そして103回目の恋をする

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部屋へ戻る途中、至は万里を呼び止める。
「万里。あのさ」
「あ? なんすか」
「言いづらいかもしんないけど、相談くらいなら乗ってやるから。頑張れよ」
こそりと誰にも聞こえないように耳元で囁けば、万里は引きつった笑みを浮かべた。
「あ、や、何の話っすかね」
「あーそういう感じなの? まあいいけど。おやすみ」
自覚がないのか、感づかれたと焦っているのか、まだ認めたくないのか。だが思惑がどうであれ、仲間の助けになってやりたいのは至の本音だ。自分たちの馬鹿みたいな恋人ごっこに助言をしてくれるお返しとしても。
至は万里の背中をぽんと叩いて、一〇三号室に向かった。
「万里と何話してたんだ?」
先に戻っていた千景にそう訊ねられ、ゆっくりと隣に腰をかける。
恋人に話しかける時とはまったく違う声音に、思わず笑ってしまうところだった。
「あ~、頑張れって話ですよ。気づいちゃえば分かりやすいですよね、アイツも。かっわいいんだから」
「え? どういうこと?」
「は? どういうって……先輩も気づいてたんでしょ? 万里が紬を好きなこと」
「…………俺は逆かな。紬が万里を好きなんだと思ってるけど」
ん? と二人して同じ方向に首を傾げ、沈黙が流れる。
至は膝の上で頬杖をついて、状況を整理する。
千景があのとき紬を見ていたのは、万里の視線を追ったからだと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。至が万里に気を取られているうちに、紬の視線が向かう先と理由に、千景がピンときたようなのだ。
「エートコレハ……ドウシタラ」
「……俺たちが口を出すべきじゃないだろ。想い合ってるなら、そのうちどうにかなる」
「ですよね」
もしかしたら、お互いが気づかないうちに想い合っているのではと考えたが、下手につついてまとまるものもまとまらなくなったら申し訳ない。ただでさえ恋愛方面は初心者な自分たちだ。焼いた世話が裏目に出るかもしれない。
「あ~でもなんとなく合点がいった。なんか俺たちのこと普通になんでもないように受け入れるから、すっごい不思議だったんですよね。男同士ですよ? しかも恋人ごっこ。他の人は理由が分からないけど、万里と、えーと……紬も? 自分が同性に恋してたからなんだなって」
誰か一人くらい、罵ってきたりしてもおかしくない状況なのに、どうしてこうも簡単に受け入れられたのだろう。身構えていただけに肩透かしをくらった気分だが、そういう理由があったなんて。
「先輩?」
黙り込んでじっと見つめてくる千景に気がついて、至は振り向く。その表情は「恋人」に向ける優しくて甘ったるいものではなかった。
「なんですかその何言ってんだコイツみたいな顔」
「いや、本当に何を言っているんだ……」
「わけが分かりません」
「はぁ……お前、なんでもないように受け入れられたのが不思議って言うけど、そうされたことはなくてもそうした覚えはあるだろう」
ため息交じりに呟く千景に、至は首を傾げた。なんでもないように受け入れられたことは、あまりない。
入団当初に廃人ゲーマーであることを暴露した時だって、恐らく引かれただろう。だけど、なんでもないように何かを受け入れたような記憶も、あまりない。個性派揃いのこの劇団で、いちいち人となりを気にしていたら身が保たないというのもあるけれど。
「どういうことですか」
「……俺のことを、知っているくせに」
わずかに眉を寄せ、静かに答えてくる千景。その歪んだ顔さえ絵になるなと思いつつ、そういうことかと納得した。
「先輩の裏のお仕事のことですか。それは、割とね、好奇心もあったりしますし」
千景が属している組織については、深く突っ込んで聞いてみたい気持ちもあるが、深く関わってしまえば彼を困らせるだけだとも理解している。
だから、聞いていない。
千景がこの劇団を守ろうとしていることは分かるし、害になるようなことはないはずだ。
そこまで思って、今の状況と同じだと言いたいことに気がついた。
なんでもないように男同士の恋人ごっこを受け入れる団員たち。
なんでもないように千景の闇を受け入れる茅ヶ崎至。
どちらも、同じだ。
至は千景を振り向き直して、目を瞬く。
「茅ヶ崎はなんでもないように受け入れるくせに、ふとした時にここに引き留めようとしてくる。ザフラでの一件もそうだ。お前がいたから俺はめったなことができなかったし、ちゃんと無事に帰るって強く思ったんだよね」
呆れたように、諦めたように短く息を吐かれ、いたたまれない。
ザフラでの一件は、自分自身驚いたのだ。体力もないくせに千景についていくなんて。だけど、確かに千景の言った通り、自分が鎖になるとも思った。
本人に言われるとどうしようもなく恥ずかしいが、千景はもう春組に、劇団にいてもらわなくてはならぬ存在になっている。
「だからどうだって言うんじゃないけどね。そうやって受け入れてもらえる側の気持ち、分かった?」
「…………先輩は分かりづらい。素直に嬉しいって言えばいいんですよ」
「ん? じゃあ、恋人のお前には素直になることにしようか。改めてよろしく、茅ヶ崎」
千景はそう言って、すいと至の手を取る。手の甲に恭しく口づけられて、至は「ひえぅ」と素っ頓狂な声を上げて手を払った。
「だっ、だからここまでしなくてもいいんですよっ! しかも部屋で!」
「ははは、お前の反応が楽しくてつい、ね」
明らかに楽しんでいる様子の千景に、至は早まったことをしたと今さら後悔した。
だがこの恋人ごっこで、ホワイトデーにつぎ込まなくてもいい諭吉が増えるのだから、少しの辛抱だと盛大なため息を吐いた。

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