そして103回目の恋をする

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千景さん、と名を呼ぶ。
「ん?」
「もしかしてここはスイートルームという部屋では」
部屋を取っているという千景に連れられてきたが、想像していたレベルとは違う。広い廊下に、若干大仰なドア。そこを開けた先には、広々としたリビングにソファがセットされている。その隣にはダイニングテーブル。プライベートディナーも楽しめるようだ。そして、寝室には大きなベッド。横向きに寝ても大丈夫なのではないかというほどだ。極めつきに、広いバスルーム。大きな窓から、夜景が見渡せるようになっている。
「今日の今日で空いてるとこだったから、口コミとか見てる余裕なかったんだ。もう少し広いとこの方が良かった?」
「いや広すぎでしょ、落ち着かんわ! え~……ここ絶対高いとこ……俺の課金飛んでくのでは」
「俺が勝手に選んだとこだし、俺が持つよ。それに……広さなんてすぐに気にならなくなるだろ?」
振り向かされて、端正な顔が近づいたと思ったらすぐに唇が触れてきて、ああこれは確かに広さも高価さも気にしてなどいられないなと目を閉じる。
何度も触れてきた唇なのに、特別みたいに思えるのが不思議でしょうがない。恋心ひとつで、キスはこんなふうに変わるものなのだと初めて知った。
「あの、ベッド……行きませんか……あ、お風呂、先に」
「いい、このままで……抱かせて」
ベッドルームへと歩みを進めながらも、唇同士が触れ合う。そうしつつ器用に脱ぎ捨てられていくコートやジャケットが、点々と軌跡を残した。
ベッドルームの大きな窓からも、都心の美しい夜景が見られる。だけどそれよりも、至近距離にある千景の髪の透き通り具合の方が綺麗だなんて、キスを受けながら思う。ベッドに腰をかけ、ゆっくりと身を沈める間も、少しも唇が離れていかない。
千景は、本当はずっとこうして触れたかったのだろうかと思うと、愛しさが募る。自分が言い出したフリだからと、変なところで自分の想いを押し込めて、ずっと見ていてくれた。
至はそれがくすぐったいほどに嬉しくて、あやすように千景の髪をなでる。
「千景さん……千景さん、好きです……大好き」
言いたくて、千景の体を押しやって、ようやく告げられた本当の想い。いつの間にかこんなに好きになっていた、と続ければ、千景が嬉しそうに鼻先をすり寄せてきた。
「俺も、本当にお前が大好きだよ、茅ヶ崎」
そうやって、頬に、顎に、喉に口づけてくる千景。しゅるしゅると引き抜かれていくネクタイに気がついて、至は千景の胸を押し上げて這い出るように身をよじった。
「茅ヶ崎?」
「あ、あの、待ってください」
「なんで」
む、と口をとがらせて見下ろしてくる千景が可愛らしくて、悶えそうになるのをぐっとこらえ、至は引き抜かれたネクタイに手を伸ばした。
「あの……バ、バレンタイン、せっかくなので……プレゼント、……とか」
そうしてそのネクタイを首に巻き、喉元でリボンの形に結んでみせる。そうしてから、見開かれた千景の瞳に我に返って羞恥に顔を赤らめた。
「すみませ、忘れてくださ……うわっ」
ハズしたかと顔を背けたけれど、その一瞬あとに押し倒されて腕の中に抱き込まれる。
「相手がお前じゃなきゃ引いてたけど。俺に全部くれるってことでいいのかな」
「は、……んっ……ぅ」
返事をする前に唇が塞がれる。これでは肯定のしようがない。はじめから深かったキスに、慣れないながらも一所懸命に舌を絡めることで千景に応えた。
「ん、んっ……う、ふっ……ぁ」
飲み込みきれなかった唾液が、口の端から流れて落ちていく。千景の手のひらが、素肌の胸を滑り出して、ぞくぞくと快感が背筋を這い上がってきた。
大きな手のひらに包まれて、幸福感にのけぞる。胸の小さな粒は、千景に愛されて硬くとがって愛撫をねだる。
「や、ちか、千景さん……それ、いた……やだ……」
「気持ちいい、の間違いじゃなくて? ん……この間は、じっくり味わってる余裕がなかったからな」
「味わうって……っあ、ぁ……!」
硬くしこる乳首が、千景の口の中に隠される。温かな舌の感触は初めてのもので、至はびくりと背をしならせた。指とは違うそれに、声が抑えられない。
「やだ、いやっ……それ駄目、千景さんっ……ね、やだ……」
「茅ヶ崎の声、可愛い。もっと聞かせて……もっと」
「ああっ……あ、あん、う」
意地悪な唇に、ちゅうと吸われて高い声が上がる。先日の事故みたいなセックスとは全然違う千景の愛撫に、至は困惑した。
「ちかげ、さ……なにこれ、怖い、気持ちいいの、こわい……っ」
「大丈夫……怖いのたぶん最初だけだよ」
「き、嫌いにならない、ですか?」
あの時と違う愛撫に、自分がどうなってしまうのか分からない。みっともない醜態をさらすことになるかもしれない。せっかく叶った恋も、これが原因で壊れてしまわないか、怖くてたまらない。
恐る恐る口にした不安に、千景は笑ってくれた。
「ならないよ。だってお前ももう分かるだろ? 俺がこの一瞬一瞬にも、お前に恋をしてること」
優しく肩をなでられる。優しいキスで涙を拭われる。指先が、声が、吐息さえが、優しく包んでくれるのが分かる。体全部で、心全部で、求めてくれているのが伝わってくる。
怖いわけがない。
至は千景に向かって両腕を伸ばした。この瞬間にも、至だって千景に恋をしている。
「俺ももう、何回目か分かりません……大好きです」
「うん、ありがとう……」
両腕で抱きしめ合って、もう一度キスをする。なにを怖がっていたのか分からないほど安堵して、至は体の力を抜いた。
千景の唇が、全身を通っていく。胸を、腹を、腕を、腿を、足を。肩を、背中を、腰を。尻に軽く歯を立てられた時には驚いたけれど、かすかな痛みさえ気持ちが良くて、もう相当危ないラインに来てしまっていると肩を震わせた。
「茅ヶ崎、入らせて……」
「ん、いいです、よ……ゆっくり……で、おねがい、しま……」
充分とは言い難いかもしれないが、ローションと愛でほぐされたそこが、千景を求めてひくつく。
先端をあてがわれた時には吸い付くような濡れた音が立って、恥ずかしいと同時に、嬉しくてしょうがなかった。
「は、う……っあ、あ……あ、あ、あっ……」
「動くぞ、ゆっくり、するから……」
「言う、前に、動いて、るじゃ、な……っひ、ぁう、や……うそ、駄目、こんなっ……」
浅いところで、小さく腰を揺らされる。奥に、手前に、上に、下に。その刺激が信じられないくらいに気持ちよくて、もしかして才能があるのではなんて他人事みたいに考えて、すぐにそんなことを考える余裕もなくなった。
「だめ、だめそこ……気持ちいい、から、千景さん、やだっ……やだ、いい……ッ」
「茅ヶ崎、可愛い、やらしい……腰、揺らして、ここ、そんなに気持ちいい? もっとしようか、もう少し奥も?」
「あっ、あッ……やだ、そこ駄目、いや、おねが、あっ、あぁ……――っあ」
広げられた脚の痛みも快感に変わっていく。中で混ざるローションと、肌がぶつかる音。滴り落ちる汗が胸の上で合わさって、お互いをさらに興奮させた。
いやいやと首を振るけれど、千景は責めの手を止めてくれない。止められたくもないけれど、息ができないほどの快感でどうにかなってしまいそうだ。
「千景さん、好き、好き……っ」
千景の背中に爪を立ててしがみついて、押し寄せる波に身を預ける。雨みたいなキスを降らされて、幸福感の中で至は達した。そんな至の体を強く抱き込んで、千景も体を震わせる。
きゅうんと胸が締め付けられる。千景が可愛くて、愛しくてしょうがない。力の入らない腕で、できる限り強く抱きしめた。

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