掴んで、息を吐いて、指でなぞって、それから

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ふっと意識が浮上する。見慣れたホテルの天井が視界に入り、今何時だろうと視線を巡らせれば、珍しい物体を発見した。

「……先輩」

隣でタブレット端末に指を走らせている卯木千景の姿。思わず驚いた声を上げれば、気がついた千景が視線をよこしてくる。

「起きたのか。おはよう茅ヶ崎」

昨夜体をつなげた相手に向けるものとはとても思えない声音に、至はひとつ瞬いた。ああこの人はいつもこうだなと思いつつ、短く息を吐いて体を起こす。

「どういう風の吹き回しです? あなたが朝までいるなんて」

視線を同じ高さにして端末をのぞき込めば、何のことはない、世界情勢のニュースページ。面白みがないなと残念がる気持ちと、仕事ではないのだと思う安堵がごちゃ混ぜになった。

「どういういやみだ?」
「だって先輩、俺とこんなことしても朝までいた例しがないじゃないですか。片手で数えてもまだ余りますよ」
「そうだったかな」
「……まあ、いいですけど。その分イイ思いさせてもらってますし」

ベッドの中でストロベリートークを楽しみたいなんて、青臭いことを言うつもりはない。そもそも千景と甘いトークなんて思いつかない。そうするくらいなら、逃したゲーム時間を少しでも取り戻そうと思うだろう。

「ねえ」

至は端末を握る千景の手首を掴み、瞳をのぞき込んだ。レンズは千景の瞳の色を隠し、なかなか読めない。それがもどかしい。同時に、こちらの事情を読まれないで済むのはありがたかった。

「そのせいなんですか? 昨夜のセックスが、いつもより早く終わったの」

ようやく、千景の瞳がまっすぐにこちらを見据える。
物足りないとは思わなかった。どこもかしこも千景に暴かれて、散々に啼かされて、意識を飛ばす寸前まで高ぶらされたのだから。いつもと同じように、朝にはいなくなっているものだと思ったからこそ、至も遠慮なく乱れた。
それなのに、この時間までいるなんてずるい。そんな思いが腹の中で渦巻く。
こんな時間までベッドにいる相手を、逃すなんてもったいない。そんな欲望が、体中を駆け巡る。

「この関係始める前に言いましたよね? 俺を満足させてくださいって」

笑う至の目許。すっと細められる千景の目蓋。探り合いながらも隠し合うような視線のやりとりが、ぞくぞくするほど欲をかき立てた。

「……まあ、あれで満足してもらったら困るかな」
「よかった。先輩のがあんな程度じゃ、興醒めですよ」

千景の手から、端末が滑り落ちる。それはシーツの上を滑り、ベッドの下まで落ちてしまった。ゴトリという鈍い音が合図だったかのように、互いの唇が重なった。

「ん……っ」

忍んできた舌先を引き込んで搦め取り、肩に腕を回して二人でベッドに倒れ込んでいく。千景の重みを感じて、至は安堵した。
こうできて初めて、自分の気持ちを覆い隠せる。セックスの最中のアイテムとして、千景を好きなフリをしているのだと言ってしまえる。

「んぁ……ふ」

こうして熱い吐息を混ざり合わせても、そういう行為なのだからとごまかしてしまえるはずだ。

「茅ヶ崎。煽った責任は取ってもらうけど、構わないよな?」

ベッドでよく聞くその声だけで欲情してしまう。ぞくぞくと背筋が震えた。至はそっと手を伸ばし、千景の唇を指でなぞる。

「心配しなくても、搾り取ってあげますよ」

こちらはもう随分前から恋心を搾り取られているのだからと、音にはしないで笑ってみせた。

 

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