カクテルキッス4-ふたりの約束-

この記事は約2分で読めます。

いまだに、夢なのではないかと思うことがある。腕の中に、ずっと欲しかった男がいる。
汗で湿った髪。抱く前にはあんなにふわふわしていたのに、自分との行為でこんなにも乱れたのだと思うと、なんとも言えない幸福な気分に陥る。すうすうと聞こえる穏やかな寝息に、千景はそっと目を閉じた。
少し前、茅ヶ崎至と恋人同士になった。片想いだとばかり思っていて、ずっと心に秘めて生きていくのだと決めていたのに。何の間違いか、彼の方も同じ想いでいてくれたらしく、好きだと言ってくれたのだ。
ザフラで過ごしたあの夜は、生涯忘れられないものになった。
(茅ヶ崎……)
そっと髪を撫でれば、もぞもぞと身をすり寄せてくる。起きているのかいないのか、だらしない顔をして。そんな気の許しようが嬉しいと感じてしまうあたり、随分と溺れているらしい。
(こんなに幸せでいいのか……)
他人の温もりというものを、しばらく忘れていた。それは、千景が他人に気を許すことなどなかったことが大きな理由だが、属している組織のせいもある。他人に気を許したら、どこで寝首をかかれるか、どこで足をすくわれるか分からない。
そこまで思って、千景はハッとした。
至を抱きしめようとしていた腕が、寸前で固まってしまう。触れていいわけがない。この手は血に汚れているのに、どうして触れてしまったのか。ワンナイトでは終われないと、どこかで予感をしていたのに、なぜあの時、誘いに乗ってしまったのか。あれがそもそもの始まりで、間違いだった。
千景は、ある秘密結社に所属している。どこの誰が設立して、どうやって運営されているのか、正直分からない。目的さえ分からない。ただ上からの命令で、任務を遂行しているだけだ。窃盗、諜報、密輸、兵器の開発、売買――殺人。いろいろなことにこの手を染めている。そうしないと、生きることが許されなかった。生き抜いてこられなかった。
守りきれなかった家族、信じ切れなかった家族、今度こそ、何をしてでも守り抜いてみせる――そう決めているのに、手を汚すことが怖い。今でさえこんなに汚れているのに、何を躊躇しているのか。
触れられなくなるのが怖い。何よりも、それが。
至を汚してしまう。受け入れてくれたこの優しい男を、誰よりも守りたいのに。
(……やっぱり、言わなきゃよかった。愛してるなんて、俺が言っていい言葉じゃない)
千景はぐっと拳を握りしめ、至から少し距離を置いて再び目を閉じた。

コメント

タイトルとURLをコピーしました