カクテルキッス4-ふたりの約束-

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With you

いまだに、夢ではないかと思うことがある。
一度は手放した男が、腕の中にいる。気持ちよさそうにすやすやと眠るその顔に、憂いはひとかけらも見られなかった。
千景は胸の辺りがじんわりと熱くなってくるのを自覚して、小さく息を吐いた。恋人――茅ヶ崎至を、うっかり起こしてしまわないように。
昨夜はまた抑えが効かなくて、何度も抱いてしまった。そもそも自分がそんなに性欲旺盛だとは思っていなくて、収まりのつかない欲望にまだ驚く。
こんな様子で、よく手放せたものだと思う。
至を守るためという名目で、自分の甲斐性のなさから目を背けるため、別れを告げた。一方的で、身勝手なものだった。当然納得はできなかっただろう。
直後に事故で記憶をなくしたこともあって、それはいまだに負い目となっている。
(記憶をなくしても、茅ヶ崎を好きになってたなんて……お笑いぐさだ。どうやっても離れられないじゃないか)
思い出してくださいよと、ぶつけてきてくれた激情と不器用な口づけ。あの時真っ白になった頭の中に、よみがえってきた記憶と後悔。
至を傷つけた後悔と、求めてもらえた身勝手な歓喜がごちゃまぜになって、泣きそうだったことは、きっと気づいていないだろう。
至はすべてを受け入れてくれる。
話せないことも多々ある中で、ギリギリのラインを求めて、知って、その上で日常を謳歌してくれている。
なんて柔軟で強い人間だろうかと、感動すら覚えた。
踏み込んではいけないラインを教えてから、自身がいていい位置を指折り数えて確認していた彼にそれを告げたら、一瞬きょとんとした後で噴き出された。
『柔軟でも強くもないです。俺は、ただ自分の恋心がいちばん大事なだけで、同じラインに先輩がいるってだけですよ。自分が居心地いい環境を守りながら生きてるだけ』
そう言って至は、ぴっとりと腕にくっついてゲームなんか始めてしまったのだ。
千景が傍にいて、ガチャの結果以外はなんの憂いもなくゲームができる環境。それが、至の守りたいものなのだろう。
それを維持するためにと、至は〝一緒に〟守ることを提案してくれた。
ひとりきりでは守れないものも、ふたり一緒なら守り抜ける。
正直、至に技術的なことは期待していない。だが、本人の意識は何よりも強力な防御になる。
巻き込めないと思っていた相手が、最大の守りになるなんて、思ってもみなかった。
(本当にもう、手放せないよ、茅ヶ崎……)
巻き込まれてほしいと願ったそれは、随分と簡単に受け入れられてしまって、今、互いの胸元には――そろいのリングがある。
空のリングケースを渡した翌日、二人で納得のいくものを購入した。だがさすがに指につけるのは憚られて、一緒にチェーンも買ったのだ。
首にかけてやった時の、至の嬉しそうな顔は、生涯忘れることがないだろう。
千景は手を持ち上げて至の髪を撫でた。
「ん……千景さん……?」
「ごめん、起こした」
「ごめんて言いながら、なんで嬉しそうな顔してんですかぁ……」
眠たそうに目を擦る手をとって、指を絡める。目に余計な傷をつけさせたくなかったこともあるが、触れていたかったのだなんて、甘ったるい思考が全身を支配するようだった。
「ち、かげさん……ほんとデレがすごい……」
「二人きりの時だけな。一応秘密の関係なんだから」
「朝っぱらから俺のことドキドキさせるの、やめてもらえません? 心臓に悪い」
顔を真っ赤に染める恋人が可愛らしくて、千景は楽しそうに口の端を上げる。
「じゃあ予告しとこうか。これからキスするけど、驚くなよ」
「まさかの宣言ワロタ」
心臓に悪くないようにと告げた言葉に至も笑って、千景は体を起こし、そんな彼を上から見下ろした。
「茅ヶ崎」
「……はい?」
「巻き込まれてくれてありがとう」
「……はい」
嬉しそうに笑う至の両腕に誘われて、千景は至の唇に口づける。
ふたりの喉元で、そろいのリングが重なり合った。

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