カクテルキッス4-ふたりの約束-

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――まさか、お前がねえ。
どこかから声が聞こえる。頭の中に直接響いてくるようなその音は、不愉快でしょうがなかった。
誰だ、と辺りを見回すけれど、暗闇ばかりで何もない。
――こんな男に骨抜きにされるなんて思わなかったよ、エイプリル。俺の気配も読めないなんて、随分と弱くなったじゃないか。
暗闇の中に、ぼんやりと浮かび上がる、はちみつ色の髪と、白い肌。血の気が引いた。その喉に絡みつく闇色の指先は、どう考えても友好的なものではない。
「茅ヶ崎! やめろ、何をしてる!」
――何って、制裁だよ。お前は組織を裏切った。裏切り者には死を――知っているだろう?
「何の話だ、裏切ってなんかない! 茅ヶ崎は関係ないだろう、放せ、今すぐだ!」
――上からの命令だ、こっちだって仕事なんだよ。まったく、なんで上の連中は、お前なんかを生かしておけって言うんだ? 俺の気配すら読めないほど幸せボケした男を、なんで必要とするんだか。
上の、と聞いてざあっと血の気が引いていく音を聞いた。組織の命令は絶対だ。
エイプリルを生かしておけという上の真意は分からないが、アイツの腕がこちらに伸びてくることはないだろう。
だが、なぜ至が標的になっているのか分からない。
――お前が弱くなったの、コイツのせいだろ? 任務に支障を来きたすって思われたんだろ。自業自得だよ、エイプリル。ああ、コイツが女だったら、殺す前にお前の前で犯してやったのにな。俺は男は趣味じゃない。
「なっ……俺は何も変わってない! 任務だってしっかりこなしてきたはずだ! そいつは何も知らない、これからも俺の邪魔になることなんてない!」
至は何も知らない――ということにはなっているが、実際は違う。千景が危険な組織に属しているのは知っているし、だからこそ自分は千景の日常でありたいと言ってくれたのだ。彼を失うわけにはいかない。彼がいるからこそ、生きたいとさえ思っているのに。
――邪魔だよ。事実、コイツがいるからお前は俺に攻撃さえしてこない。見られたくない? 傷つけたくない? ふふっ、お笑いじゃないか、エイプリル。お前の手はそんなにも血で汚れているのに。今さら普通の恋愛なんてできると思ってるのか?
「だったらできなくていい、茅ヶ崎を放せ! そいつは何も悪くないんだ!」
手を伸ばそうとするのに体が動いてくれない。攻撃をしようにも、指一本動いてくれないのだ。
どうして。どうしてこんな時に!
ドクンドクンと鳴る心臓の音がうるさい。自分の声さえかき消されてしまいそうなのに、その声だけは、はっきりと耳に届いた。
先輩。
至の、いつもの声だ。
その――直後。
暗闇の中に光る刃が、彼の喉をかき切った。
「――茅ヶ崎ィッ!!」
体を戒めていた何かがふっと消えていく。必死で腕を伸ばして、彼の体が倒れ込む前に抱き留めた。
「茅ヶ崎、茅ヶ崎! しっかりしろ、こんな血、すぐに止めて――」
ぬるりと、至の血で手がどんどん濡れていく。至は目も開けてくれない。口も開いてくれない。
「な、んで……こんな」
まだ温かいのに。ついさっきまで、腕の中で笑ってくれていたのに。どうしてこんな理不尽に、命を奪われなければいけないのか。また守れなかった。目の前で逝かせた。家族に、彼の本当の家族に、なんと言えばいいのか。
「ちがさき……頼む、目を」
目を開けてほしい。そしてなんでもないように笑ってゲームゲームと日常に戻っていってくれないか。
そのためなら、自分はどんなことだって――。

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