カクテルキッス3ーたった一度のI love youー

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両想いなんじゃねーの?
摂津万里が、突拍子もないことを口走った。
「…………は?」
至は慣れないその単語を頭の中で反芻して、目を眇め首を傾げ、指先で支える。カクテルXYZに含められた意味を、もう一度考えた。
両想い。
両想いということは、至が千景を好き――これは確定事項だが、加えて千景が至を好きだということだ。
想い合う気持ちがあるのかもしれない。視線を重ねて、指先を絡ませ合って――そんなもしもを想像して、浮かれ気分になったのは一瞬だった。
「ねーわ」
至は万里の仮定を否定する。すっと目を細めて、一瞬でも夢を見てしまった自分を自嘲して、口角を上げた。
「ない。それだけは絶対にない」
「なんでっすか。そんなに険悪な感じには見えなかったけど」
「好きな男相手に、……あんなことできるかよ。馬鹿言うな」
至は項垂れて頭を抱える。
不思議そうな万里の視線には気がついたけれど、口に出せない。このソファで犯されたことも、薬なんか飲まされたことも。
好きな相手に、そんな乱暴なことできるはずがない。少なくとも自分はそうだ、と至は長い息を吐いた。
「至さん、アンタ……」
「万里、頼むからほんと、期待させるようなこと言うな。俺と先輩の間には、お前と紬みたいな優しい空気はないんだよ」
心臓が潰れそうに痛い。万里たちならうまくいっているのだろうと思うと、自分たちの――いや、自分だけの不毛な想いが、馬鹿馬鹿しくなってくる。早くやめてしまいたいと思うのに、思う傍から千景に触れたくなる。どうしようもない。
「俺らだって、最初からうまくいったわけじゃねーんだけど……」
「は、めっずらし。人生イージーモードの摂津万里が?」
「あー、でもこれだけはハードモードだわ。優しくしてぇのに、紬さんに俺のわがまま押しつけそうにもなるし、何考えてっか分かんない時あるし」
へえ、と至は驚嘆の相づちを打つ。何でもできそうな摂津万里でさえ、真剣な恋にはそんなふうに悩むのかと。だったら自分が悩んでいても、何もおかしいことはないのだと、ほんの少し安堵する。
「冬組の旗揚げ公演の頃だったな、気づいたの。大変な時だったのに、紬さんに告ってさ。そんでもちゃんと考えるって言ってくれた時はすげー嬉しかった」
「旗揚げって、GOD座とのタイマンACTん時じゃん。万里、空気読めよ。……あ。思い出した。そういやお前あの頃、抜きネタ何使うか訊いてきたよな。あー、なるほど納得」
そう古くない記憶ではあるが、至はその時の記憶を掘り起こす。
性欲処理に何を使うのかと、当時高校生だった万里に訊ねられたことがある。どうも身近な相手をネタに使ってしまったことに、後ろめたさを感じていたようなのだが、その理由が今分かった。あの時の〝身近な相手〟が紬だったなんて、思いもよらなかったけれど。
あの時万里は、「好きな相手に乱暴なことはできない」と言っていた。至もそれに、「俺だってそーだわ」と返したような気がする。
あの頃から、少しも変わっていない。
それなのに、まさか自分がこんなふうになってしまうなんて。
万里は恋を叶えた。自分は恋をした。叶いそうにない、絶望的な恋を。
「……いーなぁ……」
「アンタでも、そんな弱音吐くんだ」
「いや吐きまくりだろ。仕事行きたくないとか仕事行きたくないとか仕事行きたくないとか」
「そうじゃなくて。アンタ恋愛方面はうまいことやってんのかと思ってた」
「期待を裏切ってすみませんー」
「俺に話すみたいに、千景さんにも言えばいいのに」
「いや、あの人に言うくらいなら、我慢してセックスだけしてひとり枕を濡らす方がましだわ」
「言い方」
千景にはどうしても知られたくない。同性を性対象にする千景でも、パートナーにするならそれなりの相手を選ぶはずだ。
(あっちの仕事に何も言わないヤツだろうな。もしくは仕事仲間かな。そうだよな、その方が説明しなくて済むんだから、楽だし。……俺なんかまるっきり対象外。体力ねーし)
膝の上で頬杖をついて、いつか千景の隣に並ぶだろう相手を想像してみる。あまりにも現実感がなくて、笑ってしまった。
「千景さんて、そんな乱暴な感じなんすか。俺もいまだに読めねー。脱出ゲームしてんのは楽しいけどさ」
「ああ、そういや先輩とたまに行ってんだっけお前」
春の公演が終わってから、千景と他の団員たちの距離も少しずつ縮まってきた。
監督拉致のことがあったせいか、最初は戸惑いもあったようだが、徐々に薄れてきているようだ。
それは、素直に嬉しいと思う。万里も、脱出ゲームに誘ったり誘われたりしているらしい。
(先輩は、ある意味専門家みたいなもんだしな。チート技いっぱい使ってんだろうけど。……万里は、何も気づかないのか、それとも、明け透けだったのは俺に対してだけなのか)
千景は以前から、至に対して裏の仕事をほのめかすようなことを囁いてきていた。決定的なものはなかったにしても、気づいてしまう要素は、そこかしこに鏤ちりばめられていた。知ってしまえば、あれも、これも、千景にとっては真実だったのだと気づく。
どうして自分に、と胸が熱くなる。
自惚れたくないと思うのに、万里が言った、夢みたいな言葉のせいで、浮かれてしまう。
(違う……違う、そうじゃない。期待したら駄目だ)
「先輩は……たぶん優しいと思う。俺を抱く時も、他の相手にするよりは優しくしてるって、言ってくれたし。まぁそういうとこデリカシーないんだけどな。マジ殺したい」
「……ガチでセフレなんだ、アンタら」
「だからそう言っただろ。同じ相手と二度はないって言ってたけど、俺とは続いてるから、都合がいいんだろ。同じ職場で同じとこ住んでると、予定も把握できるし」
続いた理由なんか、それしか思い当たらない。至が千景の立場だったら、わざわざワンナイトの相手を探すより、事情を知っている男に声をかけるに違いない。
「そういうもんかな……」
「そういうもんなの。大人には大人の事情ってものがあるんだよ、未成年」
「分かりたくねーわそんなもん」
万里が隣で息を吐く。どことなく怒っているように見えるのは、やはり〝セフレ〟という関係に納得していないからだろう。至は苦笑して、視線を逸らした。
「でも、ありがとな、万里」
「何がすか」
「聞いてくれて。ちょっとキャパオーバーしそうだったから」
千景を好きなことは、きっと変わらない。
犯されようが、妙な薬を飲まされようが、この先どれだけ騙されようが、至の千景への想いは消えないのだろう。恋なんて不確かなものに、心を持っていかれるとは思っていなかったせいで、体と心と脳の許容量が、限界ギリギリだった。
「……俺で良ければいくらでも聞くし。なんなら肩でも胸でも貸すぜ?」
万里はそう言って、ぽんぽんと肩を叩く。至は目を瞠って、くくっと喉を鳴らして笑った。
「いや、紬に恨まれそうだから遠慮しとくわ。妬いてる紬も見てみたいけど」
「それはそれで見てーわ俺も」
はは、と笑い合う。まだ、笑える自分がいることに、至は安堵した。
いくらこんな恋が初めてでも、世界のすべてが千景で染まってしまうわけではない。千景がいないと生きていけないわけではない。
この胸の痛みは、生きていく中で考えたら、ほんの些細なものなのだと、思うことができた。
「でもマジで言ってんだぜ至さん。アンタと千景さんどっちか選べって言われたら、悪いけど俺は至さんを選ぶし、アンタが苦しんでるんなら、力になっから」
「万里……」
まっすぐに見つめてくる万里の瞳には、一切の迷いも?もない。心の底からの言葉なのだと分かる。友情ごっこは苦手、と思っていても、素直に嬉しかった。

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