カクテルキッス3ーたった一度のI love youー

この記事は約3分で読めます。

一瞬、胸が鳴った。
千景は、夜の景色をフロントガラス越しに眺めながら、少し目を伏せた。
(あり得ないって分かってるのに、何を期待するんだ)
対価を言えと詰め寄ったら、至の指先が唇に触れた。
それは〝卯木千景〟を求めているのかと、一瞬、胸が鳴った。
少し考えれば、今まで通り、体だけ?げる関係を望んでいると分かるのに、彼の瞳があまりにも切なげで、胸が痛くなって、心が揺れた。
(茅ヶ崎は、駄目だ。こいつはもっとちゃんと、普通の世界の人間と結ばれるべきで)
いっそこの気持ちを告げて、取り込んでしまおうかと思ったことがある。恋愛ではないにしろ、好感情は持たれているようだし、茅ヶ崎至という一人の男を手に入れるのは簡単だ。
存在だけ、ならば。
閉じ込めるだけなら、非力な男の一人や二人、千景にとっては簡単なことだ。茅ヶ崎至ならば、いっそ楽しげに軟禁されてくれるかもしれない。
だけど、そうしても千景の望む彼は、手に入らない。
危険な世界に身を置いている以上、大切な人間は作るべきではない。弱みになる、それは組織にさえ利用されることを、千景は身をもって知っている。
武術の心得があり、組織にも属していた彼らならまだしも、人一倍体力のない茅ヶ崎至では、簡単に壊される。
(駄目なんだ。俺は、もう……誰もなくしたくない)
だからここで離れようと思った。また以前みたいに隠れアジ家トの方で過ごし、彼との接触を避ければ、この心は死んでいってくれると。
それなのに、今。
どうしてだろう、コンソールの上で、茅ヶ崎至と指を絡めている。
〝すぐどっか行っちゃうでしょ〟
指先が唇に触れた時とは別の意味で、胸が鳴った。
茅ヶ崎至は、ときどき勘が鋭い。
以前、黙って劇団を出ていこうとした時も、気づいたのは彼だったと、咲也に教えられた。
どうして、人が離れようとしている時に限って、読みがいいのだろう。
困った、と右の人差し指でステアリングを叩く。
こうして引き留められてしまえば、無碍にできない。大事な家族に引き留められたのだからと、相手のせいにしてここにとどまっていられてしまう。
欲しいと求められてしまったから、仕方ないと言い訳をして、遠慮なく触れられてしまう。
駄目なんだと思った傍から、相手に理由を押しつけて、触れる。そうできることに内心で喜ぶ自分が、どうしても情けない。
こんな男に、誰が恋をするものかと、千景は自嘲気味に口の端を上げた。

至の吐息が、空気を揺らす。
千景はぐっと伸び上がって、煽るように彼のいいところを突き上げた。
「いっ……あ、あ、う」
「茅ヶ崎、中、すごい」
「し、しらなっ……あ、待っ、いや、そ、こ……!」
逃げかける至の腰を抱え、ぐいと引き寄せる。無駄なことをするなよと囁けば、悔しそうにシーツを握る手に自身の手を重ね、さらに揺さぶりをかけた。
「ひぅっ……」
ぴたりと肌が合わさる。互いの間で汗が潰れて、逃げ出してくる。それを受け止める思考はなくて、ただ奥で果てたいと熱を押し込むだけだった。
至の指先が、肩から腰にかけての包帯を乱す。爪に引っかかったことに気がついたのか、彼はハッとしてしがみついていた手を離してしまった。
「す、みませ……」
「今さらだろ。痛みは引いてる」
「でも、見られるの嫌なんでしょ」
「ふぅん、この状況で俺の傷口を見る余裕があるんだ? 茅ヶ崎」
「は!? あ、ちょっと、待っ……無理ぃっ……」
ああなるほど、と千景は至の足を肩に担ぎ上げて、ぐんと奥に突き立てる。油断をしていたのか、至は背をしならせて高い声を上げた。
千景はそれを楽しそうに眺め、
「お前が、欲しいって言ったんだからな」
至のせいにして、至を何度も何度も突き上げた。

コメント

タイトルとURLをコピーしました