カクテルキッス3ーたった一度のI love youー

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 ゲームに興じていれば、自分の身に起きた非日常など忘れてしまえる。少し右腕の動きがぎこちないが、すぐに治るだろう。
 そうして、日付が変わっても土曜日なのをいいことに、いつもよりほんの少し熱中した。
 そのせいか、部屋のドアの向こうが、にわかに慌ただしくなったのにも気づかなかった。
「茅ヶ崎!」
「……は?」
 蹴破らんばかりの勢いで、ドアが開く。壊れてしまうのではないかと思うほど乱暴な音に、心臓が飛び出そうなほど驚いた。
「せ、ん、ぱい?」
 息を荒らげて、ずかずかと入り込んできたのは、至が想ってやまない卯木千景。珍しく汗まで浮かんでいそうな形相に、目を見開いた。
「え、あの、どうし――」
「怪我、どこだ。何があった!?」
「は? なに、なんでっ……」
 千景は歩み寄るなり、責めるようにも訊ねてくる。どうして千景が、怪我のことを知っているのだろうか。
 そもそも彼は今〝仕事中〟のはずではないのか。終わったのだろうかと考えるより先に、千景が至の右腕を掴んでシャツの袖をぐっと上げさせた。
「めざと過ぎワロタ」
 袖で隠れていたのに、なぜそこだと分かるのだろう。それも仕事柄なのだろうか、などと、どこか他人事のように思った。
「ちょ、せっかく手当てしてもらったんですから、取らないでくださいよ、先輩。そんなに大袈裟なもんじゃないんで」
 煩わしそうに包帯に指をかけた千景を、至は慌てて止める。浅い傷口とはいえ、千景には見られたくない。
 日常の平和を守ってくれている千景に、非日常に侵された部分など、見せたくない。
(……あ)
 至は、眉間にしわの寄った千景の顔を見て、気づく。
(もしかして、先輩があの時、俺に傷口見せたくなかったのも、同じ理由?)
 彼が怪我を負った時、包帯を巻き直すことさえさせてくれなかった。千景のすべてを知っている密には、手当てをさせていたのにだ。
 だけど、それと同じことを、至もしている。
 千景への想いも全部知っている万里に、手当てをしてもらって、千景には触れさせたくないこの思い。
 もしかしたらあれは、煩わしかったのではなく、そういう気持ちからだったのだろうか。
(分かりづら……)
 器用なように見えて、お互い不器用過ぎるのだ、とそこで初めて思い当たる。
「万里が……お前が刺されたって」
「はァ!?」
 至の腕をぐっと握って、包帯を見下ろす千景から、ぼそりと呟かれる言葉。至は思わず素っ頓狂な声を上げた。
 だがしかし、考えなくても分かったことだ。この怪我のことは、当事者と警官と、あそこにいた目撃者と、万里しか知らないのだから。
 気まずそうに、LIME履歴を確認する千景から、バッと端末を取り上げて、ことの次第を知ったらしい会話履歴を追いかけた。
『至さんが刺されたんすけど』
『手短に状況を話せ』
『いや……本人に聞いた方がいいと思う……一応話せる状況ではあるんで』
(なんだよこれ、見ようによっては大怪我みたいに!)
 既読がついたその後は、履歴がない。これを見て、千景は慌てて帰ってきたのだろう。
 至はカアッと頭に血が上って、千景の端末で万里へのコールをタップしていた。
『うい~す』
「うい~すじゃねえわ万里ィ!! お前な、言うなって言っただろうが!」
『あ、把握。いやー日本語って難しいっすわ至さァん』
「あァ!?」
『俺はね、〝今寮にいるヤツらには〟って言ったんすよ。千景さんさっきいなかったっしょ』
 端末の向こうからは、万里の笑う声が聞こえる。その奥で、諫めるような紬の声も聞こえる。
『じゃ、千景さんいるみたいだし切るわ。さっさと自覚しなって』
「はぁ!? おい、ちょっ、万里!」
 抗議をしきる前に、通話が切れる。もう一度コールをタップする気力は、至には残されていなかった。
「……ふざけんな、っの馬鹿」
 まさかこんなトラップが仕掛けられているなんて、とそこまで思って、青ざめた。千景が慌てて帰ってきたということを歓喜する前に、邪魔をしたのではないかという思いが頭をよぎる。
「あ、の、先輩……用事、終わったんですか? 別に、大したことないんで、その」
 至はあえて、仕事とは言わなかった。千景の顔つきが変わる。
 やっぱり邪魔をしてしまったのかと、首を竦めた。

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