カクテルキッス3ーたった一度のI love youー

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シトロンを無事に助け出してからも、一騒動あったのだが、カンパニーとしてはいちばん望んだ形に落ち着いた。
シトロンの王位継承権は?奪され、国際芸術文化大臣という名目で日本への滞在を許された。従者だったガイも、シトロンのただの友人になれた。
王位継承権を?奪されたというのを、喜んでしまっていいのか分からなかったが、シトロン本人の顔は、今までにないくらい清々しくて、落ち着いて、大人びていた。
咲也なんかはボロボロと大粒の涙を流して喜び、綴も目頭を何度もこすり、真澄でさえが目を潤ませて、家族の無事の帰還を喜ぶ。
そうして至は、少し離れたところで満足そうに、幸福そうに口の端を上げる千景を見やって、ホッと胸をなで下ろした。
(よかった、家族そろった……あの人が嬉しそうで、ホントに良かった)
まあ、黙ってひとりだけ千景についていったことを、他のメンバーにしこたま怒られはしたのだが、素直にごめんと謝った。
助け船も出してくれなかった千景を憎らしくも思うが、ついてきたのはお前の勝手だろう、なんて言われてしまえば、反論もできない。
「じゃあ、明日は帰国日だからね! はしゃぐのもいいけど、明日のことも考えて、ゆっくり休んで」
監督であるいづみの目も、涙で濡れていた。
だが、今回のシトロン奪回公演は、ひどく強行軍なスケジュールであることを思い出して、みんな一様に引きつった笑いを浮かべている。
平気な顔をしているのは、海外出張が多く慣れている千景くらいだ。
「みんな、王宮に泊まってほしいヨ」
「え? でも」
「おひたしおひたしの記念、部屋はたくさんあるネ~。使わないと痛い痛いだから、みんなを使うのが一番ダヨ~」
「めでたしだし、みんなが、だろ、違ってんのか違ってないのか分かんないけど!」
「Oh……ソーリー! みんなが、の方にしとくネ」
綴が、シトロンの緊張感のなさに呆れ、いづみが現国王の方を振り向く。そんなことを勝手に決めてしまっていいのだろうかと。
「構わない。シトロニアの家族ならば、国賓の扱いをするべきなのだろうが、手が回らなくて申し訳ない」
というようなことを、ガイが通訳してくれる。許可が下りるのならばと、いづみは頭を下げた。
「ふふ、王宮に泊まれるなんて、この先一生ないんじゃないかな?」
「貴重ですよね。シトロンくんに感謝しなきゃ」
「アンタと一緒の部屋なら、どこだって天国」
「そういうのはないから」
「お、王宮とかホント……慣れないっていうか」
「慣れてるヤツの方が稀だろう」
「どこでもいい……寝たい……」
「こらこら密くん、ここはまだ部屋ではないのだよ、起きたまえ」
「じゃあ、ホテルから荷物持ってきましょうか!」
王宮に寝泊まりするという貴重な体験を前に、メンバー全員がそわそわした様子だ。いつも落ち着いている東でさえが、緊張しているようで、それこそ貴重なものを見たと思わせる。
そうして、必要な荷物を取りに、みんなでホテルへと向かう。
「わあ、すごい星……! 綺麗」
「本当ですね」
「うむ、詩興が湧くよ」
シトロンを無事に連れて帰れる喜びと、王宮への期待感は、星で埋め尽くされた夜空で拍車がかかる。建物を飾る優しいライトアップの光と、空から降ってくる星の光。
胸が痛むほどに美しい光景の中を、浮き足立つメンバーたちのかなり後ろから、至は千景の隣を歩く。
千景の足取りがゆっくりだ。一仕事終えて満足しているのか、空を見上げる横顔は、いつもより優しいものに見える。
「良かったですね、先輩」
「ん?」
「家族。みんな守れて」
「一時はどうなるかと思ったけど。お前のせいで」
「まだ言う」
「一生言うかもな」
ドキ、と胸が鳴った。千景にそんなつもりはないのだろうが、一生、言える距離にいるということかと、照れくさくて口許を覆い、顔を背けた。
「でも、よく考えたら、状況判断は上手いんだよな、茅ヶ崎は。ゲーム脳っていうか、ゲームで鍛えたせいなのか。実際、危なっかしいと思ったことは何度かあるけど、絶対に駄目だっていう行動はしなかった」
「え……」
「袖の下にしてもな。有効な相手とそうでない相手、ちゃんと見極めてただろ」
まさか、千景に褒められるとは思わなかった。確かに、ゲームでは状況判断の素早さと正確さが肝となってくる。気づかないうちに、それを発揮していたのだろうか。
「それに、生意気にも、俺が危ないことしないか見張ってただろ。怪我なんかしたらただじゃおかないって、睨みつけてきてた」
笑い混じりに、千景が音にする。それまで気づかれていたのかと、至は気まずさに足を止めた。千景についていった理由のうちの一つは、それだった。
守るべき家族が傍にいれば、千景はめったなことをしないだろう――罪も最小限、怪我などもってのほかだと。
至はどうしても、千景を無傷で家族の元へ帰らせたかった。罪を犯すことさえいとわない彼に、家族のために、家族に言えないことをさせたくなかった。
あからさまに表情に出したつもりはなかったのに、どうして千景には分かってしまうのだろうと、胸が締めつけられた。
「普通はあんな状況じゃ、足がすくんで普段どおりに動けないもんだけど。立派に相棒してくれた」
ぶわ、と熱が上がる。
至は項垂れて額を押さえ、息を何度も何度も飲み込んだ。あふれ出てきてしまいそうな想いを、そうすることでしか我慢ができない。
(無理、もう……無理、だめだ)
気持ちが高ぶって、千景に言われた言葉が嬉しくて、もうどうしようもない。

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