カクテルキッス3ーたった一度のI love youー

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「オレたちもシトロンさんを探しましょう」
ああ、と至は頭を抱えたくなった。弟王子たちに良い感情を持たれていなかったシトロンが、あからさまに狙われて、行方が分からなくなった。
王位というものは、簡単に命をも奪っていく。それがシトロンの生きてきた世界なのかと、ここにきて改めて実感した。
だけど、駄目だ。
咲也の提案は受け入れられない。
ここが土地勘のある場所――せめて日本国内なら、なんとかできたかもしれない。だけど、ここでは駄目だ。土地勘もないし、言葉も分からない。ジェスチャーで乗り切れる場面でもない。
「シトロンさんの身が危ないのに、何もできないなんて、オレはそんなの……!」
咲也の気持ちは、痛いほどよく分かる。劇団を再建させた当初から一緒にいた大事な家族だ。
至はちらりと千景の方を見やる。わりと分かりやすく、眉間にしわを寄せていた。
(ああやっぱりそうだよな……この人が、そんなことさせたがるわけがない)
「気持ちは分かるよ咲也。でも、警備兵に見つかるだけならまだしも、敵に――シトロンを邪魔に思ってるヤツらに見つかったら、命だって危ないんだ」
「でも、だったら余計に――!」
「シトロンが、咲也の命を危険にさらしてまで助けに来られるの、喜ぶと思う?」
咲也が、ぐっと言葉に詰まる。
冷たいことを言っているかもしれない。だけど、シトロンの従者が……ガイが言っていたように、シトロンは王になるために育てられた。時には非情な決断を下す時だってあるのだろう。
だからこそそんな彼には、咲也が、日本での家族が、危険にさらされることをよしとさせたくない。日本に戻れないなら、せめて咲也たちが無事で、普段通りに演劇を楽しむことを祈っていてほしい。
(咲也たちは、駄目だ)
行かせられない。
至がそう思ってそっと目蓋を伏せた時。
「俺が行ってくるよ」
もう聞き慣れてしまった声が、耳を支配した。
「俺なら、こういうシチュエーションにも慣れてるし、ザフラ語も話せるからね」
なんとかなると思う、と続けるのは、千景だ。予想通りの展開に、至は小さく息を吐いた。
(この人、隠す気あんのかないのか……)
もともと冗談めかして裏の顔を出してはいたけれど、不用心が過ぎる。
それでも至は、嬉しかった。
千景が劇団に入ったばかりの頃、真澄が突然出ていった時は、「俺は行かないでいい」なんて言っていた男が、今はこんなにも、
「シトロンもお前たちも、大丈夫だ。俺が絶対に死なせない。密とそう約束したんだ」
こんなにも、みんなを大切にしてくれている。
胸が締めつけられた。
「千景さん一人でなんて危険すぎます!」
「そうですよ! 無茶だ!」
「俺なら大丈夫だから。信じてくれ、――頼む」
優しい、優しい声だった。それでいて、力強い、千景の声。
至は彼の傍で、軽く拳を握った。
「……分かりました」
そうして咲也が、ためらいがちにも頷いたのをきっかけに、他のメンバーも、心配そうにしながら踵を返す。
千景が、知らせてくれたタンジェリン王子にザフラ語で説明し、彼らは今来た道を戻っていった。
シトロンの大事な弟王子と、女性である監督を真ん中にして、守りながら走り去っていく咲也たちを見て、ホッとした。
「……なぜか、いちばん足手まといになりそうなヤツが残ってるんだが」
「声色変わりすぎワロタ」
「誰のせいだ」
先ほどまでの優しい千景はどこへ行ったのか。
それでも、二人きりになった途端の遠慮のなさは、嫌いではない。
「ま、体力的には難アリだけど、何かの役には立つかもしれないでしょ」
「激しく当てにならない」
「先輩俺に厳しすぎ……まあそれは建前だし、いいですけど」
「建前?」
「だってこういう時一人で行くヤツって、大抵死ぬフラグでしょ。そんなことになったら、アイツら泣きますよ」
「……お目付役ってわけか。それにしたって、当てにならないけどな」
一人ではできないことも、二人でならなんとかなることもある。千景の言うとおり、至個人の能力は当てにできない。それは至自身がいちばんよく分かっている。
それでも今、千景ひとりで行かせる選択肢は、至にはなかったのだ。
「……しょうがない、行くか。今さら戻っても、合流が難しいだろ」
「そゆこと。王宮って、なんでゲームでも現実でも、迷路みたいになってるんでしょうね?」
「知るか」
本当は、来た道は覚えている。少し頑張って走れば、先に行ったみんなに合流できないこともない。
嘘をついてでも、今、千景の傍にいたかった。

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