「さっき……」
「はい?」
「さっき、万里にものすごく睨まれたんだけどね。お前、俺のことどう言ってるの、茅ヶ崎」
そうしてふたりでソファに腰を下ろし、まるで恋人同士みたいな距離で言葉を交わす。
「別に何も言ってませんよ。あ、昨日先輩が鬼畜だったことくらいですかね」
今日の仕事大変だったんですけど、と付け加えると、千景はふふっと笑った。
「あれくらいで?」
「うわやだこの人」
「ハハッ、冗談だよ。さすがに昨日はね、無茶したかなと思ったんだ。体平気か?」
「今気にされても困る」
遅い、と目を細めれば、困ったような顔をされた。不思議に思って、至こそ困った顔を向けた。
「今日ずっと、俺のこと避けていたじゃないか。気を遣いたくてもできなかった」
気まずそうにそう返されて、ボッと顔が赤らんだのが分かる。
普通にしていようと思って、千景を視界に入れなかったのは意図してのことだ。
少しあからさまだったかと、至は項垂れて反省すると同時に、気にかけてくれていたことが、やっぱり嬉しくて、浮かれてしまう。
「こういうとこな……」
「ん? なに?」
「なんでもないです」
傍にいられるだけで、見ていてもらえるだけでいいと思った傍から、千景はその決意を決壊させる。
好きだと言ってしまいたい。好きになってもらいたい。
その願望をぐっとこらえて、千景が困らない距離でいようと、息を吐く。
「でも俺、万里にバレて良かったなって思いますよ。今なら」
「へぇ? 死にたくなるかと思ってたけど」
「や、俺もそうなると思ってましたよ。セフレなんてただれた関係知られたら、逃げ出したくなるって。でも……万里は俺を否定しなかった。紬も」
できれば知られたくなかったという思いは、今もある。綺麗でキラキラした恋をしているあの二人には、知られたくなかった。
「だからね先輩。話を聞いてくれる相手がいるってのは、楽なんだなって気づいたんですよ」
千景を好きだということも、万里はなんの不思議もなさそうに受け入れてくれた。大丈夫かと、紬も心配してくれた。
「問題を解決したいとか、そういうことじゃなくて、ただ自分の中だけにしまっていた感情を、ちゃんと聞いてくれる。それだけで、肩の力が抜けてくんです」
自分を思いやってくれる相手がいることが、どれだけ幸福か、改めて実感する。
至はそっと千景を振り向き、口を開いた。
「先輩も、もし抱え過ぎてつらくなることがあったら、言ってくださいね。俺、ゲームしながらでも先輩に抱かれながらでも、聞いてあげますから」
千景が、どれだけの闇を抱えているか分からない。
彼の過去に、何があったのか、密とはどんな出逢いだったのか、知ることはできない。踏み込んでいいものではない。
それでも、千景が望めばいくらでも受け止める。千景の生きている世界をすべて知ることはできなくとも、へえそうなんですかと、まるで夕食のメニューでも話しているかのように、聞くことはできる。
「聞いてあげます、ねぇ……」
「エート、聞きますから、で。細かいなクソ」
最後だけ小さく呟くと、千景はふっと吐息のように笑った。不快そうではなくてホッとした。
踏み込まれることを望んでいない千景に、どこまでしていいのか分からないけれど、ひとまずこれは許容範囲らしい。千景が、話すかどうかは別としてだ。
「……こういうとこだな」
「え? なんです?」
「なんでもない」
千景の呟いた言葉を聞き取れなくて、訊ねてみたのにごまかされた。彼の音を逃したくなどないのに、千景はふいと顔を背けるばかりだった。
(近づいてんだか離れてんだか、分かんないっての)
千景との距離を?みきれない。
近づいたと思ったら突き放されて、だけどまたすぐに距離が縮まる。
(生殺しっていうか、駄目なら駄目で諦め……らんないけど。好きって言いたい。好きになってって言いたい。昨日の対価、変えられるもんなら変えたいわ)
「茅ヶ崎」
「えっ……」
「一応、心に留めておくよ」
気まぐれに千景が抱き寄せてくれて、至は目を瞠る。
(うそ、何これ)
さっき万里がしてくれたのと同じように、肩が押し当てられた。ドキン、ドキン、と胸が鳴って、顎が震えてカタカタと歯がぶつかる。
(なんで? バレた? 違うよな? 鳴るなよ心臓っ)
気取られたくなくて、ぎゅっと歯を食いしばり、胸を突き破って出てきそうな言葉を、必死で飲み込んだ。
カクテルキッス3ーたった一度のI love youー
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