カクテルキッス3ーたった一度のI love youー

この記事は約3分で読めます。

「あーあ……俺も王宮に泊まってみたかったな……」
それなりに広かったバスルームを二人で使い、それなりにスキンシップをして、体の後処理を施して、チップをはずんでメイクを頼んでおいたベッドに、二人で寝転んだ。
至は両腕を天井に伸ばして、きっと王宮の天井は、これよりもっと高いのだろうなんて考えてみた。
「そういうところに泊まりたいなら、手配するけど? さすがに本物の王宮じゃないけど、城っぽいとこならね。フランスあたりかな」
「意味が分からん」
「いつかデートしようかってことだよ」
城を手配するというのがどういうことか、まず意味が分からないのだが、追求する前に撃墜される。
両想いということは、これから二人きりででかける時はデートになるということで、立派に恋人同士なのだと実感させられた。
「あの、ところで向こうみんなにはなんて説明したんですか、LIME」
「ん? ああ、茅ヶ崎が慣れないことしてバテた、ってね。体力ないのに、王宮と劇場内走り回るからだよって、付け加えておいた」
この状態で、みんなのところに戻るわけにはいかない。情事の名残が体のあちこちに残っているし、何より腰が痛くて歩けそうにない。
いったいいつの間にとは思うが、もっともらしい、反論できない理由に至は口を尖らせた。
「俺の方にLIMEすごいきてんですけど。めちゃめちゃ怒られている……」
咲也を筆頭に、無茶をしないでだの自分の限界考えてだの、これを期に体力つけろだの、プンスコマークつきで大量のメッセージが到着している。
密の、「至、大丈夫?」というメッセージと、紬の「えっと、うまく言っておくね」というメッセージに、彼らにはバレているんだろうと推察しながらも、今、千景と離れる選択肢はどこにもなかった。
「ねえ先輩、訊いてもいいですか?」
「……なに?」
「いつから?」
「そっちか」
「は?」
千景の、安堵したような呆れたようなため息が空気を揺らす。それがどういう意味なのか分からず、至は首を傾げた。
「いや、てっきり組織とかのことかと思って。お前、理解しているのか? 俺と一緒にいるってことの危うさ」
「いえ、あんまり」
あのなあ、と千景が上体を起こし、諫めるように息を吐く。至だって、分かっていないわけではない。
「また妄想で言いますけどね。千景さんの弱点になるのかも、とか、組織に狙われたらどうしようとか、俺まで犯罪に手を染めるのかとか、そういう」
ひとつひとつ挙げていくたびに、千景の眉間のしわが深くなる。千景の傍にいる限り、覚悟しておかなければいけないことだ。
「分かっているんだったら――」
「そういうの、俺が理解しちゃったら駄目でしょう」
そう続けるのと同時に、至も体を起こし、千景の肩を押す。予想していなかった力がかかり、千景は簡単にベッドへと沈んでくれた。
「え……?」
「俺は、千景さんの日常でありたい。組織のことを全部理解して、怯えながら傍にいるというのは、卯木千景の日常じゃないでしょう」
彼とは、エイプリルとして出逢ったわけではない。卯木千景として出逢い、好きになった。彼の守りたいものは、家族と、平和な日常。そこに存在する、卯木千景という男だ。
「俺は、これからも廃人レベルでゲーム楽しんで、みんなと一緒に芝居して、カレー地獄に陥りながら日々の仕事を潰してく、至って平凡な商社マンですからね」
ぱちぱちと目を瞬く千景の唇をそっと撫で、ゆっくりと覆う。
ちゅ、とリップ音を立てて離れれば、彼の唇は「ちがさき」と小さくうごめいた。
ぎゅう、と強く強く抱きしめられる。至は素直に身を預け、心音と吐息に耳を傾けた。
「いつから、か――」
観念したような千景の声が耳に届く。至は、絶対に自分の方が早く恋に落ちていたはずだと思っていた。
「一度で終われなかったあの夜に、もうとっくに恋に落ちてたよ」
そんな言葉を聞くまでは――。

コメント

タイトルとURLをコピーしました