カクテルキッス3ーたった一度のI love youー

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「茅ヶ崎?」
立ち止まってしまった至を不思議がって、振り向きかけた千景の背中に向かって二歩ほど歩み、彼の肩に額を押し当てた。
「……先輩、俺、今から戯れ言吐きますけど、聞き流してくださいね」
「え?」
カタカタと、顎が震える。喉が、泣き出したいほどに痛い。それ以上に心臓が痛くて、抑えていられない想いが、それを凌駕する。
「――好きです、千景さん。俺を連れてってくれて、ありがとうございました」
一生、言わないと思っていた。言わないと決めていた。千景を困らせたくない。拒絶されたくない。
何より、千景と触れられる時間を、終わらせたくなかった。
千景の体がびくりと揺れたようなのが、触れた肩から伝わってくる。
(ああ、うん、これで、終わる)
至は押し当てていた額を離して体を起こし、唇を引き結んで足を踏み出した。
「ち、が、さき」
千景を通り過ぎる瞬間、かすれた声で呼ばれた気がしたけれど、立ち止まってはいられない。踏み出す一歩を大きくして、千景の傍を離れようと試みた。
「茅ヶ崎!」
だけど千景に手首を取られ、それ以上一歩も行けない。至は俯いて、声を絞り出す。
「聞き流してくださいって言ったでしょう」
「聞き流せないから引き留めてるんだ、茅ヶ崎、今のは」
「分からないほど鈍くないでしょ、先輩! あんなこと、何度も言いたくないですよ!」
千景の顔を見られない。言うつもりのなかった言葉を言ってしまった。自分の意志の弱さを実感して、至は歯を食いしばった。
「笑ってくれても、いいですから、手、放して……!」
「茅ヶ崎、落ち着け、俺の話を」
「やめてくださいよ、同情とか、そういうの、余計に惨めになるだけ――」
「聞け茅ヶ崎! 一度しか言えない!!」
ぐい、と強い力で引かれ、至の足は地面で踊る。あ、と声を上げる暇もなく、千景の力強い腕の中に、閉じ込められていた。
背中に、千景の温もりを感じる。肩口に、千景の髪の感触を覚える。抱きしめてくる腕がほんの少し震えているようにも思えて、至はそこから動けなくなった。
「……お前を、……愛してる、茅ヶ崎」
絞り出すような千景の声に、目を見開く。息が止まったかのようだった。
ぎゅっと強く抱いてくる腕の強さは、その想いの強さを表しているようで、至はカタカタと顎を震わせる。
お前を、愛してる。
誰を? 俺を?
千景の声を頭の中で反芻して、至は自分の状態を改めて認識する。
背後からがっちりと抱かれ、せめてこの言葉だけは聞いてほしいと願う千景の、静かな呼吸が聞こえる。
(先、輩)
至はゆっくりと自身の腕を持ち上げ、抱きしめる千景の腕に触れてみる。
消えていかない。これは確かに現実だ。
(……千景さん)
逃げないからとなだめるように千景の腕を撫で、そっと外させて、千景の右手と自分の左手を重ね合わせ、指を絡めた。
千景の腕の中でゆっくりと体の向きを変え、正面から互いの顔を確認する。
どんな顔をしているだろうかと思っていたが、いつもと変わらない。変わらないほどに、いつも想っていた。お互いそれが〝日常〟だった。
どうして、こんなに簡単なことに気がつかなかったのだろう。どちらからともなく唇を寄せ、満天の星の下、触れるだけの口づけを交わした。

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