カクテルキッス3ーたった一度のI love youー

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迷路みたいだった王宮を走り、劇場の地下へとたどり着く。そこには、先ほど袖の下でたらし込んだ兵士とは、明らかに出で立ちの違う男たちがいた。
「警備兵多過ぎ……あれは酒じゃごまかされてくれませんよね……」
シトロンがいる奈落へ行くには、あの男たちをどうにかしなければいけないのに、簡単には通してくれなそうである。
「茅ヶ崎、ちょっと目つむってて」
至の手を放し、千景はまっすぐに男たちを見据える。鋭いその目つきは、卯木千景としてのものではなく、エイプリルとしてのものなのだろうか。
「それは物理的な意味で? それともこれから行うであろう犯罪行為に関して?」
「両方の意味で」
「ラジャ」
そう答え、一瞬目は閉じたものの、至は約束を守らなかった。
千景が至から目を逸らした瞬間に、目蓋を開ければ、千景の足が床を踏みしめ、素早く男たちに駆け寄るところだった。
「うわっ、な、なんだお前は!」
直後、男のひとりが、妙な声を上げてうずくまる。どうやら容赦ない肘を食らったらしい。千景はそれだけでは不十分だと、うずくまった男の首の辺りを蹴り落とした。
そうしてそのまま、右足を軸にして腕を振る。手刀は喉を突き、左足は腹を蹴り飛ばす。休む暇もなく、千景のつま先は男のこめかみを蹴りつけ昏倒させた。どこを攻撃すればいちばん効果的か、千景には分かっているのだろう。
次々と繰り出される技に、至は自分が受けているわけでもないのに痛みを感じ、目を背けそうになった。
唇をきゅっと引き結び、コクリと唾を飲む。
(……これが、先輩の世界なんだ)
千景はこうして、大切なひとを守っている。その場に共にいられる機会など、この先恐らくないだろう。彼の動向のひとつひとつを、じっとその目に収めようと思った。
(お芝居してる時とおんなじ、真剣な目だ……良かった、あの人はここにいる)
千景は、好きで人を傷つけているわけではない。そんなものに快楽を見いだす男ではない。暴力沙汰は好きではないが、ホッとした。
卯木千景が、そこにいる。エイプリルを含む、卯木千景というひとりの男だ。
「……目、つむってろって言っただろ」
あれだけいた警備兵をすべて伸のして、千景は至を振り向いた。
至が目を閉じていないことは、とっくに気がついていただろうに、終わってから指摘してくるあたり、怒ってはいないようである。
「死んで、ないですよね」
「ああ、息はしてるよ。別に、殺さなきゃいけないほどの相手じゃない」
「それは良かっ――」
千景の背後で、ゆらりと動く影がある。
死んでいないということは、まだ攻撃可能な状態だということだ。
「せんぱっ……!」
とっさだったと思う。
至はポケットからナイフを抜いて、千景の背後に向かって投げた。
「使うなって言っただろ」
だけどそれは、千景の顔の横で、彼自身の手で受け止められる。
次の瞬間、彼はその刃を握ったまま体を翻した。振り上げたナイフは千景の手を離れて、恐ろしいほどのスピードで、男の腕を突き刺した。
「ひぎゃっ……ああぁあ!」
「う、わ」
予測していなかった攻撃に、男から悲鳴が上がる。暗がりでも分かる血の色に、至は思わずうめいた。
千景はナイフを投げた方とは別の手で、至の目を覆ってくる。チ、と小さな舌打ちが耳に入った。
「行くぞ茅ヶ崎」
「……すみません」
「まったくだ。あんなことさせるために、護身用のナイフ渡したわけじゃない」
奈落へ向かって走る千景の背中を追いながら、あまりの非日常に鳴る心臓を抑える。
至の力では、そもそも相手のところまで届かなかっただろう。それを補うのと、至の手を汚させないために、千景がナイフを受け止め、投げ直すことになってしまった。
結局足を引っ張っただけだなと、至はしょんぼりと落ち込んだ。
「でも、……ありがとうな、茅ヶ崎」
「え、あ? あの、いえ、別に……」
前を行く千景から、思いもよらない言葉をかけられる。思わず口を覆って、叫び出してしまいそうな衝動をどうにか押し込めた。

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