そして103回目の恋をする

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至のデスクに、うさぎの形をした貯金箱が増えたのは二日後だった。ネットで見かけて、これしかないと思って即購入。お釣り以上にお金はかかったけれど、それは至の資金から出した。卯木の卯の字を表す可愛いうさぎ。花を持っているのも、春らしくて可愛らしい。春はまだ少し先だが、だからこそわくわくと待っていられる。
今日もランチのお釣りをうさぎに入れて、増えた小銭に口の端を上げた。
(先輩とランチ行くの、楽しみになってきた。うさぎにお釣りが増えるように、昨日より安いランチにしたりしてんのワロ)
今日もうさぎ行き? と訊ねてくる千景もどことなく楽しそうで、次のランチが本当に待ち遠しい。しかし今日は花の金曜日。つまり明日は土曜日で、ランチには行けない。週明けまでお預けである。
「茅ヶ崎さん、うさぎが好きなんですか?」
貯金箱を指先でなでていたら、後ろを通りかかった女性に声をかけられる。至への好意は手に取るように分かって、会話の足がかりに、あわよくばバレンタインのリサーチをしようと目論んでいるのが伝わってきた。
申し訳ないなと思いつつも、至は振り返って照れくさそうに笑った。
「あ、うん……そう、最近ちょっと、うさぎモチーフのものとか目がいっちゃうんだよね。俺がじっと見てたら千景さ……卯木先輩が買ってくれてさ。おかしいかな、男なのにこういう可愛いの集めるの」
「いえっ、うさぎさん可愛いですもんね。私もうさぎカフェとかよく行くんですけど――」
「え、そんなのあるの? 猫カフェみたいなもの?」
「そうですそんな感じの。うさぎさんと触れ合えるので、癒やされるんですよね。あの、もしよかったら今度――」
「うさぎカフェかあ、俺の彼女もそういうの好きそうなんだよねー」
その会話を訊いていた隣の同僚が、何の気なしに入り込んでくる。至としてはグッジョブと言ってやりたいところだが、目の前の女性は余計な口挟みやがってクソがとでも言いたげに眉を寄せていて、ひどく分かりやすかった。
「デートで行ってくればいいんじゃない? うさぎと戯れるお前が想像できないけど」
「それな。でも彼女が笑ってるとこ見られんならいいわー」
「へー彼女できたんですかーおめでとうございます。それで、茅ヶ崎さん、良かったら」
「そういえば、デートってみんな普段どんなとこ行くの? テーマパークとか?」
「え、デート? 俺はそうだなあ、映画とか遊園地とか、今ならスケートもいいよな」
「あ、私水族館とか好きです。ペンギンとか可愛いですよね」
「なるほど……そっか、映画はラブストーリーの方がいいのかな」
「好みもあるだろうけどな。一応話題作は押さえとくって感じ。明日も映画行くんだ。先月頭に公開になったヤツまだ観れてなくてさぁ」
彼のその言葉に、至はひとつ瞬いて、心の中でガッツポーズ。ここで映画館まで訊ねてしまうのはまずいだろうが、先月公開ということは上映館もかなり絞られてくる。
「……え、茅ヶ崎? 待てお前、映画でラブストーリーの選択肢が出てくるってことは、もしかしてデートか!?」
「えっ!?」
「はあっ!?」
「マジで!?」
「嘘でしょ!?」
「彼女!?」
なぜか、フロアのそこかしこから声が上がる。聞き耳を立てていたのだろうかと、思わず噴き出しそうになったのをなんとかこらえて、至は視線を泳がせた。
「え、あ、えっと……ま、まあ、そう、かも……」
「えっ……」
視線をやる先はうさぎの貯金箱。隣の同僚は気づかなかったようだが、最初に声をかけてきた女性の方は、それに気がついたらしく、小さく声を上げていた。
鋭い人は、察するかもしれない。『俺がじっと見てたから、卯木先輩が買ってくれた』という嘘で。
「マジかよ~いつの間に! どんな子、可愛い系? 綺麗系? 写真ないの」
「うーん、可愛い、かな。写真なんてもったいなくて見せられない。減るから」
照れくさそうに呟く至の前で、女性があさっての方向を振り向く。いや、それは千景の所属する部署の方だ。
「うわ~ベタ惚れじゃん」
「そ、そうなんですね……茅ヶ崎さん、そう……あっ、うさぎカフェのクーポンあったと思うので、あとで持ってきますね!」
「うん、ありがとう。相手にも言ってみるよ」
そうしてそそくさと走り去ってしまう。彼女がどこまで至にご執心だったかは分からないが、これでしっかりと広まるだろう。
(うーん、映画か。映画館だとスマホ触れないよなあ……ま、たまには勉強ってことで我慢するか。先輩にちょっと相談してみよ。観たいのあるかな)
仕事が終わったら、先月公開されたという話題作を中心に探してみようと考える。観劇というのもあまり行ったことがないが、演技の勉強もできることだし、デートとしては定番だ。目撃される可能性も高くなる。
よし、といくつかのルートをシミュレートして、至は今日の仕事を片付けにかかった。

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