そして103回目の恋をする

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「あ、先輩そっちのジャム取ってください」
「ん」
「ありがとうございます。今日予定は?」
「いつも通りかな」
はーい、と間延びした至の声が食卓に響く。いつも通りの光景ではあった。あったけれども、違和感に気づく者もいる。いや、違和感と言うにはあまりにも自然過ぎた。
彼らは朝食と支度を終えて出勤していく。ぷはあ、とやっと息ができたとでもいうように勢いよく吐いたのは綴だった。
「な……っんなんすかね、あれ」
「ドキドキしたよねん。二人とも最近どうしちゃったんだろ?」
「いたるとちかげ、なかよしだね~。ねこさん仲間に入りたいって~」
「彼らの間に流れる空気……む、詩興が湧いた!」
「有栖川うるさい。確かにちょっと雰囲気が変わっていたな」
「変わってたっすか? あー……いつもより近いなとは思ったんすけど……」
「茅ヶ崎が卯木に触れる時間がいつもより二秒長かったようだ」
「時間まで分かるんすか!」
それを見ていた面々が、次々に口を開く。敏感に察する者、それとは分からないまでも察する者、顔を赤くして俯く者、様々だ。
「あれ、たぶん無自覚っすよね……至さんたち」
「あー……だろうね……」
他のメンバーより事情を知る万里と紬は、何があったかを深くは考えないようにして、いつものようにコーヒーを口に含んだ。
「至くんが千景さんを見つめる瞳とか、千景さんが優しく笑う……あの、深みっていうのかな、前より恋人っぽくなってたね」
「演技する必要のないここでもああだってことは、職場じゃもっとすごいんすかね。むしろちょっと見てみたいけど。イチャイチャ全開のあの二人」
「ふふっ、そうだね」
少し前まで、春組の年長組としてしか接していなかった二人が、どんどん距離を縮めている。バレンタインのチョコを減らしたいというだけの理由でだ。万里はちらりと紬を見やった。こっそり、ほんのり、恋をしている自分は、想いも告げられていないというのに。
情けないなと息を吐いた瞬間、紬と視線が重なる。逸らすのがもったいなくて、慌てて、だけどそうとは悟らせないように言葉を紡いだ。
「紬さん、今日もバイト?」
「うん、お昼から」
「あー、俺午前のコマ空いてるんすけど、どっかカフェ行かね? 久々に」
「そうなの? じゃあ行こうか。最近時間が合わなかったもんね。早く起きてよかった。支度してくるよ」
待ってて、と紬は少し残っていたらしいコーヒーを飲み干す。洗っとく、とそのカップを分捕って、紬の笑顔を受け取った。
数秒後、キッチンの方でしゃがみ込む万里がいたとかいないとか。

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