そして103回目の恋をする

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「マジで茅ヶ崎だったんだって」
「私も駅で見かけた~。一緒にいたの卯木さんでしょ? 超目の保養した」
「彼女できたって噂回ってたけど、あれってつまりそういうことかよ?」
「えーでもそこまでされると嘘くさくなーい? だいたい卯木さんて婚約者いるって噂もあったじゃん」
「それそれ。茅ヶ崎さんのお姉さんだって聞いたし、義弟とそんなことになるかなあ?」
「僕は茅ヶ崎くんの元カノだって聞いたんだけどね……」
「えっ卯木さん後輩の彼女寝取ったってこと? え? え? それでなんであの二人がくっついてんの?」
「破談になったとか? あーそれで慰めてるうちにってヤツ! よくある!」
「それか! お姉さんとか、どっかで噂間違ったんじゃない?」
「てことは彼氏同士でくっついたのか……元カノの男関係すごかったのかな……」
そんな会話が、どこからともなく聞こえてくる。ひそひそとした話し声と、好奇心に満ちた視線。
覚悟はしていたけれど、ここ数日であることないこと言われているようだ。
もっとも、先にないことないこと吹聴したのは千景なので、そこは同僚たちを責められるものではない。
(は~俺たちの関係図すごい方向でリセットされたわ。それはそれで良かったんだけど、監督さんが悪女っぽくなってんのどうにかしないと。元婚約者さんにLIMEしとこ)
婚約は破談になった、それを慰めているうちにというのはあり得ない話ではない。観客も行間を読みすぎだと思うが、そう見られるのか、と芸の肥やしにはなりそうだ。
だけど直接関係を聞いてこないあたり、遠慮されているのか、疑われているのか。
(もう少し、匂わせればいいのかな。いや、でもあとはバレンタイン当日だよな。ちゃんと恋人がいるからって断ればいいわけだし。フリだけど)
始めてしまったからには、最後まで演じきらなければいけない。他人の入る隙などどこにもないと知らしめて、この煩わしさから抜け出したい。それだけのために、ずっと、ずっと、演じなければならない。
思えば無謀なことをしている、と今さら思う。
(でも俺はともかく、先輩はガチでオンナ駄目みたいだから、手伝ってあげたいしね。俺をカムフラージュにして、本当に好きな人とお付き合いでもなんでもすればいい)
ちくちくと腹の辺りが痛む。何か変な物を食べただろうかと押さえるも、寮の食事に限ってそんなことはないはずだ。
寝不足のせいか、ガチャに爆死したダメージか。
吐き気さえしてくる、と口を押さえれば、上から声が降ってきた。
「茅ヶ崎、大丈夫か? 胃薬買ってきたけど……」
心配そうな顔をした恋人、卯木千景だ。傍の同僚たちがあからさまにざわめいて、息を潜めたようだった。
「千景さん……なんで」
「朝からつらそうだっただろ。まったくお前は、大事な会議入ってるからって、無茶するなよ」
言った覚えもないのに、予定も体調も見透かされている。役なのか素なのか分からないが、至は申し訳なさそうに受け取った。
「なんでもお見通しですね」
「お前のことだからね。あんまりしんどかったら、医務室行けよ? 会議まで休んでるか?」
「いえ、大丈夫です。千景さんの顔見られたから、元気出てきた」
そんなことを返せば、照れくさそうにおでこを弾かれて、痛いとさする。職場でなければキスで癒やしたいと言わんばかりの顔で、千景も一緒になでてくれた。
「何かあったら呼べよ茅ヶ崎。すぐに来てやる」
「はぁい。ありがとうございます、千景さん」
ひらりと手を振って、千景は自分のデスクの方へと戻っていく。
持ってきてくれた薬をありがたくしまい込み、大事な会議に向けた資料作りに勤しんだ。
(あ、飲んでないのに痛いの治った。マジ特効薬かよ)
ふふ、と笑いながら、心配そうだった彼の顔を思い起こす。あれは、あれだけは茅ヶ崎至じぶんに向けられたものだと分かる。知らず、口の端が上がった。

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