そして103回目の恋をする

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俺の胸の上ですやすや眠る恋人の、甘ったるいミルクティーみたいな髪をなでる。それからつんとひと房引っ張る。もう一度、つん。そうやっても身じろぎしない男に、笑いが漏れた。
仕方がない。昨夜は……というか、明け方まで抱いていたからな。ダウンするのも道理だろう。
ああ、本当に可愛かった。
俺の本当の気持ちには気づいていないんだろうなって思って、呆れて、諦めて、それでも好きなことには変わりないと、あからさまにアプローチをしてきたつもり。まさか〝恋をしている〟とちゃんと言うまで欠片も考えてなかったとは、恐れ入る。どれだけ鈍感なんだ。
特別な存在なんて作らない、危なくてできやしない。そう思っていた俺の信念さえ覆して惚れさせたくせに。
まあ、恋人のフリをしようなんて持ちかけた俺が悪いのは分かってるんだけど。あの時はこんなことになるとは思っていなくて、でもたぶんあの頃から茅ヶ崎至というひとりの男に惹かれていたんだろう。
ランチに行く時の楽しそうな顔。デートのフリで街を歩く時のそわそわした顔。うさぎの貯金箱をなでる時の優しい顔。
惚れないわけがなかった。
毎日、顔を見るたび、毎分、毎秒、恋をした。
この光に透けて美しく揺れる髪に。演技とはいえ愛おしそうに恋人を見つめる瞳に。〝千景さん〟といつもと違う呼称で俺を呼ぶ声に。コントローラーを握る繊細な指先に。
それが今、間違いなく俺のもの。
少し重いなんてことも嬉しくて、幸せだ。こんな気持ちにさせたんだ、責任とってもらおうか。
「茅ヶ崎。起きて、茅ヶ崎」
「んん……ねむい……」
「だろうね。お前が落ちて二時間くらいかな」
「寝かせてください、鬼か」
肩を揺すって声をかければ、茅ヶ崎は案外早く覚醒する。これは起きてたな。
「鬼じゃないだろ」
「えー……」
「お前の恋人だよ。彼氏ってヤツかな」
「ひえ」
ぐいと引き寄せて至近距離で見つめてみる。真っ赤に染まった顔は、ちゃんと本当の恋人同士になったことを意識してくれているようだった。
「……千景さん、デレがすごい。何回キュンすればいいんですかね俺……しんじゃう」
「うーん、今なら俺も天国に行けるかな?」
「俺が道案内しましょうか」
おや、これは進歩だ。前は一人で勝手に行くみたいなことを言っていたのに。このキラキラした髪の天使さんと一緒なら、こんな俺でも行けるのかもね。
「はは、油断して地獄に引きずり込まれないようにね」
「あり得そうでワロ。まあ、でも。そんなことになったら」
なったら? と訊ねて促す。茅ヶ崎のことは絶対に守るけど、手放したくなくて地獄に道連れにしてしまったら、どうしよう。
「俺が引き上げてあげますよ」
……何言ってるんだ。何を言ってるんだ、コイツは。
「茅ヶ崎の腕力で俺を引き上げられるとは思わないけどね」
「ぐっ……そこは千景さんが頑張ってください……」
「頼りないな、茅ヶ崎」
「そっ、そういう俺が好きなくせに……!」
「ああ、それは違うよ」
「えっ」
顔を真っ赤にして憤慨する茅ヶ崎に否定を返してみたら、今度はしょんぼりと泣きそうにその綺麗な顔を歪めた。
「そういう茅ヶ崎が、大好きなんだ」
また恋させられたんだから、このくらいのイジワルは許してほしい。
遊ばれた、とむくれる顔も可愛いなんて思いつつ、また恋に落ちるためにキスをした。

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