そして103回目の恋をする

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念のためかけておいたアラームで目が覚めた。気がつけばタブレットは腕の横ですやすやしており、完全にスリープモードだ。
(うあーやっべマジで寝てた……)
まだ眠い目をこすり、寝返りを打ちつつ体を起こす。幸いにも必要な資料作成と共有は終わっており、十四時からの会議は問題なく開始されそうだ。ただメールの未読数は増えており、うんざりしそうである。
時刻は十二時四十分。
これからランチに行くのは無理だなと、ネクタイを引き寄せて首にかけると、サイドチェストにコンビニの袋が置かれているのに気がついた。ここに入ってきた時にはなかったものだ。引かれていたカーテンを開けて、スタッフに訊ねてみた。
「起きられました? どうですか、体調は」
「あ、大分いいです。お世話になりました。あの、これって……」
「あら、何かしらそれ……置いてあったの? 誰も来なかったと思うんだけど……私が席を外している間に誰かお見舞いにでも来たのかしら」
思いも寄らぬ返答に、至はぱちくりと目を見開いた。てっきり主を知っているものと思ったのだが。
(先輩かな。だろうな。あの人なら誰にも知られずこっそり忍び込むとか得意そうだし)
千景が聞いていたら、お前は俺を何だと思ってるんだと返ってきそうなことを考えて、袋の中身を確認した。サンドイッチと、ブロックタイプのカロリー補助製品。食後のデザートにとか、プリンまで入っている。小さなパックの乳飲料と眠気覚ましの粒ガム。
(……? 先輩らしくないチョイス……? 俺、チーズ味の方が好きなのに、チョコ味って。なかったのかな。いやいや定番商品切らすとか、駄目だろコンビニ)
そのチョイスには若干首をひねるものの、時間がない時にはありがたい。デスクに戻ってちょっぱやで食べようと、スタッフに礼を告げて医務室を後にした。
そうしてようやく個人端末を確認すれば、LIMEの受信が溜まっていた。一時間ほど前に、千景からも来ている。
『医務室行ったのか、偉い偉い。ランチは無理かな。行けそうだったら連絡して』
子供を相手にするような物言いに口をとがらせる。何も連絡できなかったから、千景はひとりで寂しくランチに行ったのだろうか。
『今起きました。もう平気です。ランチ行けなくてすみません』
そう送って部署に戻り、上司と同僚に顔を見せて復活を示し、デスクでサンドイッチに手をつけた。タマゴサンドよりはツナサンドの方が好みだが、買ってきてくれたものに文句は言えない。もくもくと口に運び、そういえば卵大好きな団員もいたっけ、なんて和やかな気分に陥った。
十四時からの会議は別支部も巻き込んでのものだったため、無駄に時間を食った。有意義だったと感じる社員が、果たしてどれだけいたことだろうと、重い頭を押さえながら廊下を歩く。
作った資料がちゃんと使われたのはいいが、あまり重要視はされなかった。それに不満がないわけではないが、今はとにかく早く帰りたい。
今もこそこそひそひそと噂話を囁かれ、心が疲弊してきた。
幸いあと一時間ほどで定時となるし、今日は体調が悪かったのも周りにアピールしているし、残業を申しつけられることもないだろう。早く帰って団員たちと他愛のない会話を楽しみ、美味しいご飯を食べて、ゲームに勤しんで、千景の声を聞きたい。
歩きながら、はたと顔を上げた。
(ん? 最後のおかしいな? 先輩の声は別に聞かなくても良くない? いや、一緒の部屋だから、嫌でも聞くんだけど……あ、でも嫌ってわけじゃ)
浮かんだおかしな思考に慌てて、至は口元に手を当てて考え込んだ。
千景の声は心地いい。優しい声も、悪戯好きそうな声も、起き抜けでさえ辛辣に早く支度しろと急かしてくる声も。
以前は誰かと一緒の部屋で寝起きするなんて考えられなかったのに、今ではないと落ち着かないものになっている。
(これはヤバめの幻覚。恋人のフリしてるから、そっちに振れてるんだろうけど)
千景に向かっていく好意的な感情は、きっと今の作戦のうちだけだ。共演をきっかけに交際を始める芸能人たちの気持ちが分かる、と変なところで共感をし、デスクに戻る。あとはメールチェックと明日のタスク整理をしておけば、平和に終わる。
終わる、はずだった。

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