- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
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- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
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エイプリルフール
「エイプリルフール?」
口にした言葉を、そのままオウム返しのように呟かれる。跡部は口の端を上げてフッと笑った。案の定というか何というか、やはり世間のイベント事には疎いのかと、不審そうに目を瞬いた手塚を眺める。
「そうだ。今日この日だけは一つ嘘をついても良いことになっている。そしてそれを見抜かれるかどうかまでがセットだ」
いったいどういう経緯で始まったものか、というのを説明した方がいいのだろうか。
いや、別にそんなことをしなくても理解はできるはず。
「というか、見抜かれてこそ、なんだろうな。もちろん、他人を傷つけたり、不快にさせる嘘であっちゃならねえが。ユーモアのある嘘ってヤツだ」
「難しいな」
手塚は腕を組んで眉間にしわを寄せる。この男、今までいったいどうやってエイプリルフールをくぐり抜けてきたのだろうと、心配にもなってくる。本当にテニス以外のことは考えていないというのだろうか。
分かる気もするし、もどかしくもある。
テニスがそうでないとは言えないが、もう少し青春というものを謳歌したらどうだろう。
「お前、嘘とかついたことないのかよ?」
「ないな。つく必要がない。だが跡部、これも嘘だと思われる可能性があるということなのか」
「いや、くそ真面目なお前がそういう嘘をつくとは思ってねえよ。これは、普段の信頼関係を改めて考えるいい機会でもあるのかもな」
いかにもつきそうな嘘だと思わせるか、そんな嘘をつくはずがないと思わせるか。どちらにしろ駆け引きは必要で、それを楽しむのもエイプリルフールの醍醐味だ。
「あ、言っとくが、お前とテニスがしたいって言ったのは本当だからな」
「分かっている。それこそ、お前がそんな嘘をつくはずもないだろう」
ベンチに腰をかけたまま、手塚が呆れたような息を吐く。跡部はその答えが嬉しくて、照れくさくて、項垂れて額を押さえた。
テニスがしたかったのは本当だが、ただ逢って顔を見たかったという思いもあったのは、さすがに言えやしない。
「春休みでよかった気がする。どうも俺は、そういうことに疎いようなのでな」
「ハハッ、確かにテメェは恰好の餌食だろうなあ。目に浮かぶようだぜ」
そうやって手塚を振り向くと、なぜかじっと見つめてこられてドキリと胸が鳴った。
「今日は、何を言っても嘘かもしれないと疑われる可能性があるということは、好きな相手に想いを告げてもそう思われるのだな」
「は?」
手塚がふいと顔を背ける。跡部は目を瞠った。
手塚には想いを告げたい相手がいるのだと、この時初めて知る。つま先から体が冷えていくような感覚を味わった。
なんだ。そうか。手塚も青春らしい青春を謳歌していたということか。読み切れなかったのは跡部の手落ちだ。
「……そうかもな。テメェの伝え方次第だろうが。つーかそういう相手いんなら俺とテニスなんかしてねえでそっちにアプローチかけろよ、バーカ。そいつだって、お前がそんな嘘つくとは思わねえだろ」
「そうだとありがたいが、一瞬でも嘘かもしれないとは思われたくない。今日言おうと思ったんだが、明日にした方が良さそうだ」
手塚はラケットをバッグにしまいながら、残念そうに呟く。この後逢う予定でもあったのだろうか。跡部は面白くない気分だが、それを告げるわけにはいかない。せっかくの手塚の〝春〟なのだ、ちゃんと背中を押してやろう。
「ああ、そうしとけ。成果は聞いてやるからよ」
「成果……? お前が何を言っているのか分からないが、では明日も逢えるだろうか」
「ん? ああ、逢う……アーン?」
手塚は立ち上がり、ベンチに座ったままの跡部を見下ろしてくる。まだ高い太陽に髪が透けて、美しく目に映えた。
「明日お前に告白するので、またここで逢いたい。今日は少し物足りない気がするが、楽しめたと思う。では」
そう言うだけ言って、踵を返す。
跡部は混乱した。クエスチョンマークが押し寄せて、引いて、唐突に認識した。
なにが〝明日告白する〟だ。それがもう明確なアプローチではないか。
跡部は勢いだけで立ち上がり、去りかけた手塚の背中に叫んだ。
「待……ちやがれ! 手塚ァ!!」
手塚が振り向く。きっと顔が赤くなっているだろうと思うが、そんなことは気にしていられなかった。
「言えよ、聞いてやるぜ! 今すぐだ!」
こんな態度では呆れられてしまうかもしれない。それでも明日までなんて待っていられない。目の前に幸福な結末が待っているというのに。
いや、結末ではない、これが新たな始まりだ。
「そうか。では言わせてもらおう。跡部、俺はお前のことが――」
正面で向き合って、視線を絡ませる。嘘は何もない。明日の逢瀬はデートという名で飾られるだろう。
どこからか、桜の匂いがした。
#両片想い #エイプリルフール
恋の話をしよう
発行物「永遠のブルー」・「情熱のブルー」の1エピソード
はあっ……と湿った息を吐き出して、ベッドに肘をつく。なんだ、これは。とてもじゃないが言葉になんかできやしない。
幸福でたまらない。自分の中に、こんなにも温かな気持ちがあったなんて知らなかった。
「あとべ……平気か……」
「へいきじゃ、ねえ、けど、だいじょうぶ、だ」
あまり平気ではなさそうだ。何度目なのかもう覚えていなくて、とても申し訳ない気分になってくる。
「すまない、とまらなくて……」
「だいじょうぶだって……言ってんじゃねーか……ばか」
跡部の腕が首に居巻きついてくる。鼻先がすり寄ってきて、胸が締めつけられた。もしかして甘えているのだろうかと思うと、可愛くて仕方がない。
それと同じくらい、嬉しい。
跡部景吾が、他人に甘える姿というのは珍しいはずだ。いや、珍しいどころではないだろう。
強くて、美しくて、高潔なひと。
その男が、自分に甘えてくれるというのは幸福以外の何者でもない。
俺は求められるままに唇にキスをした。
「ん」
しっとりと濡れているそれはあまりにも扇情的で、またムラムラと欲情しそうだったが、さすがに無茶だろうと己を戒める。何しろお互い初めてだった。
ほぼ十年、お互いだけを想ってきた。というのを、つい数時間前に知ったのだ。
抑えきれなかった情欲を散々に刻みつけたけれど、正直に言ってしまえば足りていない。もっと触れたい。もっと触れてもらいたい。
そんなふうに考えていることが知られたら、嫌われてしまうだろうか。
「なに考えてんだよ、手塚ぁ……」
つんと眉間を指先でつつかれる。きっと皺が寄ってしまっていたのだろう。跡部の目はごまかせないな。
「お前のことだ、跡部」
「ククッ、ベッドん中、この状況で恋人以外のこと考えてたら張り倒してやるぜ」
「それは怖いな」
そっと額に唇を寄せる。跡部がくすぐったそうに身をよじった。かわいい。
「…………お前、そんな顔もするんだな」
「……どういうことだ」
跡部が目をぱちぱちと瞬いて、驚いたような表情をする。俺はいったいどんな顔をしていたというのだろう。
「かわいいな」
「おい本当にどういうことだ。そんなわけないだろう」
「んなこと言ったって、そう思ったんだから仕方ねえだろ? 目ぇ細めて愛しそうに俺のこと見てんの、分かってねえのか」
「い、と…………間違ってはいないが、自覚がなかった」
心当たりはあるが、それを可愛いと言われるのはどうにも癪だ。
「手塚、嫌か?」
「……嫌、というか、悔しい、だろうな。やはり俺の方がお前をたくさん好きな気がする」
「アーン? ふざけたこと言ってんじゃねえぞ。俺がどれだけお前を想ってきたと思ってやがんだ」
「知らん。だが絶対に俺の方が先なんだ」
「俺だっつってんだろ」
至近距離で、お互いに譲らない視線が絡まり合う。ベッドの中で抱き合いながら言うことではない気がしてきた。
そもそも跡部とケンカをしたいわけではない。俺はふうーと息を吐いた。
「不毛な言い合いは止そう、跡部。だが、気になると言えば気になる。いったいどの瞬間に俺をそうだと認識したのか」
「……それは俺も気になる。聞きてぇもんだぜ」
お互い自分の方が先だと思ってはいるが、いつどうやって恋に気づいたのかは気になるところだ。
まさか、そこまで同じ瞬間ではないだろう。
「では休憩がてら、話をしないか」
「休憩ってところがやらしーな、まだやんのか。つーかさすがに風呂入りてえ……汗だくなんだよ」
「ほぼ十年の想いが、あれだけで足りると思うなよ。風呂に湯を溜めてくる。少しゆっくりしていろ」
根に持ってんじゃねーかと悪態をつく跡部をベッドに残して、俺はバスルームへと足を向けた。この広さなら、二人で入れるな。
楽しみだ。跡部はいったいいつ俺を好きになってくれたのだろう。
あの頃に思いを馳せながらベッドに戻ると、腰が立たないという跡部がいて、さすがに反省せざるを得ない。
引きずってバスルームまで移動するしかないが、顔を真っ赤にした跡部のことをこの上なくかわいいと思っていることは、ひとまず言わないでおいてやろう。
#両想い #ラブラブ #未来設定 #BOOST #永遠のブルー #情熱のブルー
情熱のブルー

2023/03/19
【あらすじ】
※「永遠のブルー」を手塚サイドから書いたストーリーとなります。
関東大会の試合以来、跡部のことが頭から離れない。僅かな心の動揺に手塚は恋情を自覚したが、告げるわけにはいかなかった。気持ちを押し殺し好敵手として長く過ごしてきたが、それは些細なきっかけで崩れてしまう――。
001/002/003/004/005/006/007/008/009/010/011/012/013/014/015/016/017/018/019/020/021/022/023/024/025/026/027/028/029/030/031/032/033/034/035/036/037/038/039/040/041/042
※作中にリョ桜表現が含まれます。ご注意ください。
#片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー
五分間-その後-
「五分間」の続編
部屋のインターホンが鳴る。跡部は足早にドアへと向かった。
ルームサービスは頼んでいない。部屋の番号を知っているのはホテル側の人間か、知らせた恋人だけ。不用心だとは思いつつ、跡部は確認もせずにロックを解除した。
果たしてそこに待ち受けていたのは、やはり愛しい恋人の姿。
「よう、手塚」
「すまない、遅くなってしまった」
「いや、思っていたより早いぜ。お疲れ」
すぐに抱きついてしまいたいところだが、そうすればこのままここでコトが始まりかねない。なんとか我慢して、手塚を招き入れた。
「ご家族には逢えたか?」
「ああ、明日の昼食を約束してきた」
「そりゃよかった」
ドイツから帰国した手塚は、明日の夜には向こうに立つという。トンボ帰りだが、そこしか都合がつかなかったらしいのだ。家族に逢って話すことがあると聞いたが、どうせなら三日後の誕生日までいられればよかったのにとも思ってしまう。
「雑誌のインタビューというのはいつまで経っても慣れないな」
「お前はそうだろうな。空港でのこと、訊かれたか?」
「まあ……訊かれた」
昼間空港で偶然鉢合わせた時、思いがけない邂逅だったせいか、何もかもかなぐり捨てて駆け出し、たった五分間の逢瀬を持った。
手塚の帰国待ちをしていたらしいファンやカメラを構えた報道陣を放ってだ。跡部も、イギリスから一時帰国して商談や会合が控えていたというのに、待機しろと秘書を放って手塚の手を取った。
騒ぎにならないわけはなかった。
「なんて答えたんだよ?」
「いつか話すことがあるかもしれない、と。親しい友人というのも、あの状況では難しいだろう」
ソファに腰をかけた手塚に、そうだなと跡部は笑いながら肩をすくめた。立ち話程度ならそう言えるが、手を取りながらの逃避行では到底無理だ。
「雑誌の方は抑えたが、SNSまではな……。フッ、すげぇぜこれ。〝国光サマがイケメンとどっか消えた〟〝金髪美人が手塚さんさらっていったが!?〟〝追いかける隙もない〟〝秘密の逢瀬なら邪魔できない〟……だとよ」
「どちらかと言うと俺がさらっていったような気がするが」
あの時「来い」と手を差し出したのは確かに手塚だったが、言うべきところはそこではない。十中八九、勘ぐられている。手塚国光には同性のパートナーがいるのだと。
こうなることは予想できたはずなのに、あの時はどうしても抑えられなかった。
それでも跡部は、お互いの責任においてつきあってきたはずだと思い、後悔を口にすることはない。
「腹括れよ、手塚。たぶんこれから周りが騒がしくなるぜ」
「それは分かっている。お前の方が大変そうだが」
「ふん、それを乗り越えてみせねえで、跡部は束ねられねえよ」
「毎度思うが、お前のその強気なところは好ましいな」
「ふふ、ありがとよ」
きっと空港でのやりとりを見た報道陣が、こぞって取材を申し込んでくるはずだ。手塚の取材選別はこちらでしてやるかと、いくつか懇意にしている雑誌社を思い浮かべてみる。いっそ楽しくなってきてしまった。どこがいちばん愉快な記事を書いてくれるだろうか。
「跡部、楽しそうなところ申し訳ないが、先にこれを受け取ってもらえないか」
「アーン?」
振り向いた跡部の目の前に、一輪の薔薇。
突然のことに、跡部はぱちぱちと目を瞬いた。
「お前、これ」
「ここに来る前に買ってきたんだ。まだ開いている花屋があって助かった」
そういえば、部屋に入ってきてからずっと左手が後ろに隠れていた気がする。
この一輪の薔薇を隠していたのかと思うと、可愛いことをしてくれるなと口許が緩んだ。
「今日逢えると分かっていれば、もっとちゃんとしたものを用意したんだが。せっかくの誕生日に、薔薇一輪ですまない」
「いや、嬉しいぜ手塚。……ふ、これ買うためにお前が花屋に入ってくの、見たかったな」
そう、今日十月四日は跡部景吾の誕生日だ。
今日この日に手塚に逢えたことが最高の贈り物なのに、わざわざこうして花までプレゼントしてくれるなんて。
柄じゃないだろうにと思いつつ、手塚の左手からその薔薇を受け取った。
「わざとかそうでないのか、黒薔薇ってな。俺たちにふさわしい薔薇じゃねーの」
「喜んでもらえてよかった。空港でも伝えたが、誕生日おめでとう。逢えて嬉しい」
「サンキュ、手塚。逢いたかった……」
そう言って、両腕を手塚の背に回す。手塚も両腕で抱き返してくれて、ほうっと息を吐く。
慣れた体温と匂いを感じて、脳まで満たされる思いだ。
どうして、こんなにも求めて止まないのに、離れていられたのだろう。
体を離せば視線が絡んで、唇が引かれ合っていく。
「ん……」
何度もしてきたキスでさえ、いまだに胸が鳴る。それを知っているのか、確かめるように手塚の手のひらが胸に当てられた。
びくりと揺れた肩をもう片方の手でなだめられ、応えるように舌を吸う。それを合図に、キスは深さと激しさを増した。
じんとしびれるほどに強く吸われ、歯を立て舌を舐る。混ざる唾液を飲み込んで、吐息さえ奪って互いのシャツのボタンをもどかしげに外していった。
「……っ手塚、ベッド……」
「ああ、立てるか?」
「キスで腰砕けになるほどヤワじゃねえ」
「――ほう? なんなら今から砕かせてやってもいいが」
「ベッド! 行くんだろうがよ!」
差し出された手を振り払ったのは、羞恥からくる腹立たしさだったけれども、腰が砕けるくらいのキスとはいったいどれほどのものだろうか。
興味はあるが、ここでバテるわけにはいかない。何しろ夜はこれからだ。
朝が来るまで、黒薔薇にはここで待っていてもらうことにしよう。ベッドの中で花言葉を教えてやったら、手塚はいったいどんな顔をするのだろう。きっと涼しい顔で「知っている」なんて言うに違いない。
可愛くねえなんて思いながらも、愛しそうに肩を抱いて、キスをしながらベッドへと向かっていった。
翌朝、手塚は珍しくスマートフォンの着信音で起こされた。ドイツ語で応答するのはもはやくせになってしまっていて、ここが日本であることをしばし忘れる。電話の相手が、付き人だったせいもあるだろう。
「いや、構わないが……ああ、…………は?」
まだ眠っている跡部を起こさないようにゆっくりベッドを降りて会話を続けたが、向こう側から聞こえてきた言葉に耳を疑った
「それは、どういう……いや、謝らなくていいが」
動揺は声に表れ、立てた物音に跡部が起き出してしまった。手塚は通話口をそっと押さえ、「起こしてすまない」と小さく呟く。気怠げな跡部はふるふると首を振った。
「ああ、分かった。そうさせてもらう」
手塚はため息を吐きながら通話を終え、怪訝そうな顔をした跡部に向き直った。
「何かトラブルか?」
「いや、トラブルというか……まあそうなんだが」
「なんだよ、珍しくパッとしねえ答えじゃねーの」
跡部はローブを羽織りながら立ち上がる。情事の名残が散らばる素肌は目に毒だが、強気な口許は「俺がなんでも解決してやる」とでも言いたげだ。
「帰国の便が予約できていなかったと言われた。……せっかくだから一週間ほど滞在してきたらどうかとも」
「アーン?」
今日の夜、向こうに帰る便に乗るはずだったのだ。その飛行機が予約できていないとは。強行軍だったし、時間が許すのならばもう少しゆっくりしたいというのは本音だが、これは、恐らく。
「はは……ん、気の利いたことしてくれるじゃねーの」
そう、恐らくは飛行機のチケットが取れていないなんてことは噓なのだ。めったに帰れない状況であることに加えて、昨日の空港でのことが関係しているに違いない。
「どうする手塚。俺なら、自家用機ででもお前を送ってってやれるが」
飛行機のチケットなど、今からどうにでもなる上に、恋人は財閥の御曹司だ。言い方は悪いが金に物を言わせて融通を利かせることだってできる。
跡部は楽しそうに口の端を上げ、手塚の答えを待っていた。
「結構だ。せっかくなので、一週間ほどの休暇だな」
「なら、予定会わせるから、お前の誕生日を一緒に過ごさせてくれねえか。俺もお前に黒薔薇を贈りたい」
「ああ、もちろんだ。俺たちに似合いの花だからな」
「ククッ、やっぱり知ってて選んだな」
肩を揺らして笑う跡部に、「そうだな」と今日最初のキスをする。
一週間の休暇の中で、家族に紹介する時間が取れればいいと思いつつ、昨夜散々堪能した体をもう一度抱きしめた。
黒薔薇の花言葉―永遠の愛―
#両想い #ラブラブ #イベント無配 #未来設定 #リクエスト
23182
「どういうことだよ」
「俺が知るわけないだろう」
知らされた数字を二人で確認して、眉間にしわを寄せた。果たしてこんなことが起こり得るものなのか。
いや、しかし実際に起こっている。
「23182票……」
「同率五位とはな」
〝国民〟に対して行った国勢調査という名の人気投票で、手塚国光と跡部景吾がまさかの同票数で順位が同じになってしまったのだ。
これが発表されたら皆が驚くことだろう。
跡部は、くしゃりと髪をかき混ぜる。
手塚は、僅かに視線を背ける。
どうにもむずがゆい気分だった。何しろ、この男とは特別な関係にある。
ただの戦友というわけではない。好敵手というだけでもない。球を交わす中で生まれた感情は、間違いなく恋情だった。コート上で、日常で、心を通わせあって今に至っている。
「……仕組まれてんじゃねえだろうな?」
「なんの得があるんだ、そんなことをして」
答えられなくて、跡部は気まずそうにチッと舌を打った。
総票数は50万以上あったという。そんな中で上位に食い込んだばかりか、まさか恋人と同率順位とは。
「今年一番の驚きだぜ」
「それは俺もだな。正直、お前はもっと上に行くと思っていた」
跡部の人気が高いのは、国民全ての共通認識だ。その彼が五位というのは手塚にとって驚きだった。
「アーン? 俺様はいつでもトップに決まってるだろうが。順位がどこであろうと俺は俺の中で常に一番だからな」
「いや投票の意味がないだろう。だがまあ……お前らしいとは思うが」
ため息交じりに呟く手塚だが、口許が緩んでいる。いつでも強気な跡部景吾を、とても好ましく思っていた。
「ククッ、でもお前と同率ってのは嬉しいぜ、手塚。なかなかねえだろこんなこと。俺とお前はどこまでいっても同じ目線にいるってことだ」
「そうだな。やはり投票時、お前に票を入れておいてよかった」
「…………は?」
跡部が目を丸くして手塚を振り向く。手塚の言葉をすぐに理解できなかった――わけではない。
「なんでお前が俺に入れてんだよ」
「一番好きな選手、だろう? 間違ってない。俺が参加してはいけないとは書いていなかったしな」
「そうじゃね……っああ、くそ!」
どこか得意げに返してきた手塚に、跡部は悔しげに額を押さえた。若干頬が赤いように見えるが、気のせいではないだろう。
「……どこまで一緒なんだよ……」
「跡部?」
俯いた跡部を、手塚が怪訝そうに覗き込む。
「…………俺も、お前に票入れてた、から」
返された言葉に、手塚はぱちぱちと目を瞬いた。
何のことはない、ただ互いに票を入れていたというだけだ。
「……そうか」
どちらにしろ同票であったことには変わりないだろうが、23182票という数字の中に恋人の票が入っているという事実が、嬉しくて仕方がなかった。
「しょうがねえだろ、俺はあの時の試合からずっとお前が特別だったんだ」
「こちらの台詞だが。決着がつかなかったことに、悔しさも感じるが、やはり嬉しさの方が勝るな」
「テメーとの決着は、やっぱりテニスでしかつかねえってことだろ」
同じ気持ちだったことに、跡部は嬉しそうにパッと顔を上げ、パチンと指を鳴らす。
「コート行くぜ手塚ァ!」
同じ世界で、同じ目線で生きられる幸福を今から形にしようと、ジャージの上着を脱ぎ捨てた。
「望むところだ。来い、跡部」
手塚も力強く頷き、ラケットを握る。
二人でコートへと歩みだしかけたその時、ふと思いついたように跡部が「あ」と声を上げた。そうして手塚の襟元を掴んで引き寄せ、唇の傍で囁く。
「祝いだ、受け取りな」
触れた唇は、永遠に続く熱の架け橋だ。
「おめでとう、手塚」
「お前もだろう跡部。おめでとう」
「ふふ、同率記念、だな。さあ行くぜ」
「ああ」
もう一度軽いキスを交わして、今度こそコートへと向かった。同じ世界で、何度でも恋をするために。
本誌の人気投票、ジャンフェスのステージで発表されました
#両想い #ラブラブ #イベント無配
おそろい
発行物「クリスマスには早いけど」の1エピソード
手塚と二人で店に戻り、並べられたマフラーを手に取る。迷うことなく、深い緑色のマフラーを選んで。
「お前に似合うと思って」
それをレジで綺麗にラッピングしてもらい、手塚に差し出す。自分がもらったものと同じショッパーなのは紛らわしいが、手塚はしっかりと両手で受け取ってくれた。
「ありがとう、跡部。まだ……実感がわかないが」
「こっちの台詞だ。つーかてめぇ勝手にキスまでしといて実感がねえとはどういうことだ、アーン?」
手塚はぐっと言葉につまったようだった。両想いだったことが判明して、ついうっかりあふれ出してしまった情動が、二人の唇を触れ合わさせた。跡部も別に嫌ではなかったが、場所を考えろとは言ってやりたい。
「……お前があんまりにも可愛かったものだから」
気まずそうに口にされた言葉に、カッと頬が染まり、今度は跡部が言葉に詰まる。
この男の審美眼はいったいどうなっているのだろう。可愛い? と首を傾げてみるが、さっぱり分からない。手塚がそう思っているならいるでそれで構わないが、どうにもむずがゆかった。
「お前本当に俺のこと好きなんだな……」
「お前も俺のことが好きなんだろう? おあいこだ」
「まあそうなんだが」
まさか、手塚の想う相手が自分だなんて思わなかった。
叶わないのだと思って涙を呑んだのに、こんな奇跡があるなんて。
ちらりと見やると、手塚の方も同じことを思っているらしく、どことなく落ち着かない様子だ。それがなぜか可愛らしく思えてハッとする。可愛いとはこういうことなのかと。手塚もあの時、こういう感覚を味わっていたのかと思うと、恥ずかしくて嬉しい。
指先がそわそわとして、胸が鳴る。跡部景吾ともあろう者が、こんな些細なことで心を揺さぶられるとは。それも手塚相手ならしょうがないと思ってしまうあたり、相当重症だった。
「手塚、なあ……クリスマス……空いてんのか?」
「特に予定はない。夕食は家族と共にするが」
「じゃあ、それまでデートしようぜ。テニスもいいが、もう少し恋人らしいことしようじゃねーの」
「デートか、そうか……これからはお前と逢うとなると、そう言えるのだな」
手塚の口許がふっと緩む。こんな些細なことでと思うと、途端に愛しさが増した。
「手塚、ちょっと来い」
袖をつんとつまんで、傍の通路に引っ張り込む。不思議そうに小首を傾げる手塚に身を寄せて、頬にそっと口づけた。
「……っ跡部」
「何照れてんだよ、つられるだろうが」
「いや、その、突然で驚いて」
「俺はもっと驚いたんだぜ」
反論できずにいる手塚にもう一度唇を寄せ、今度は頬でなく唇に触れる。
あの時は感触を味わう暇もなかったから、今度こそと思った。案外に柔らかなそれは心地良くて、本当に恋人同士になれたのだとじわじわ温かみが広がってくる。
だがしかしここはどうしても人目がある。名残惜しいが体を離して、愛しそうに見つめてくる手塚にまた恋をした。
恋をしてもいいのだと思うと、嬉しくて仕方がない。右肩に額を乗せれば、手塚がそっと抱いてくれた。
「跡部、クリスマスにはもう少し長いキスがしたい」
「デートの行き先よりもキスの長さか」
「俺はお前といられるならどこでもいいが」
「可愛いこと言ってんじゃねえ」
「俺は可愛くないだろう」
言いながら、左手と右手が重なり、指が絡んでいく。
そんなことをしていたら、心配した友人たちからことの成り行きを訊ねるメッセージを受信した。
説明をしに行くかと、二人は待ち合わせの場所へと歩き出す。空いた手に、揃いのショッパーを提げながら。
#両想い #BOOST🎄 #クリスマス
その唇で蕩かして
始まりの合図
スペイン戦直前、「ヤツの顔でも見に行くか」の相手が手塚だった場合のifネタ
ドイツチームが練習をしているという屋外コートに来たものの、どう声をかけようか迷う。そう思って、跡部は踏みとどまる。
声などかけずとも良いか、と。
チームとしては敗退したというのに、鍛錬を欠かさないのは当然としても、手塚は常に上を目指している。それを邪魔していいはずもない。
フォームか球速かを見られているのか、球を打つ手塚の傍にボルクがいる。
手塚が素直に指導を受ける光景というのは新鮮でもあって、あのふてぶてしい顔とこの光景が見られただけでいい。本当にそう思った。
揺るぎない信念が自分の中にある。それを確かめられた。
顔を拝みに行くかと空港からここに来るまでに、だいぶ気持ちは落ち着いたと思ったが、全然だ。
胸の奥が熱い。
苦笑して、跡部は踵を返す。
その直後、誰かの打った球がおかしな方向に跳ねて跡部の方に飛んできた。咄嗟に受け止めて視線でボールの軌道を逆行すれば、腕を組んだボルクに何事か言われている手塚が目に入った。
まさか手塚が打った球なのかと手の中の黄色いボールを凝視する。ボルクの視線がこちらを向いて、跡部は咄嗟に軽く頭を下げた。それを確かめた後、手塚がボールを握ろうとするのを止められたようだ。
まるで子供扱いだなと肩を竦め、手塚がこちらに向かってくるのをその場で待つ。他のメンバーたちの視線も痛いほどに感じたが、跡部の視線は手塚ただ一人に向かっていた。
「すまない、跡部」
「いや、邪魔して悪いな」
目の前まで来た手塚にボールを返して、はたと思い至る。手塚がボールの跳ねる方向を見極められないはずがないと。それなのにこんなところまで飛ばしてしまったのは、よほど動揺したか、もしくは――。
「わざとだろ、てめェ」
「なぜ帰ろうとしたのか訊きたかっただけだ。いつものお前なら、図々しく割り込んでくるだろう」
「真剣に練習してるとこにか? さすがにそこまで分別ねえつもりはねえんたが。アーン?」
やはりわざとだったかと眉をつり上げていつものように煽ってみせる。
「しかしお前は目立つ。視界に入れば気にかかるんだが」
「そんなのてめェの集中力不足だろ」
ふんと鼻を鳴らすが、こんなことを言いに来たわけではない。そもそも顔を見に来ただけで、何を話したいということもないのに。
「……次のスペイン戦、S3で出場する」
他のオーダーを明かすつもりはないが、しかしこの事実だけは報告しておきたい。手塚の方はどうだか知らないが、跡部はこの男を戦友だと思っている。逆の立場だったら、決勝戦の試合に選手として出られるのかどうかは知りたかっただろう。
「そうか。観戦できるのを楽しみにしている」
心なしか安堵したような表情を見せてくれて、跡部の方こそホッとする反面、いたたまれない。それが表に出てしまったのか、手塚がひとつ瞬いた後で強く訊ねてきた。
「どうした、跡部。お前なら必ず選出されると思っていたんだが」
「買いかぶりだぜ」
跡部は手塚から視線を背け、唇を噛む。選ばれてやると思ってはいたものの、結果はあの体たらくだ。ややあって、跡部は口を開いた。
「選抜内で、希望のオーダーごとに試合したんだ。勝つつもりだった。そのために鍛錬もしてきたぜ」
「希望のオーダーか。それでお前がS3とは……なるほど」
手塚もわずかの間とは言え選抜に所属していた身だ。スペイン戦を控えて何があったのか、即座に理解したのだろう。そして恐らく、S2とS1の選手も思い当たったに違いない。
「負けてたんだよ、俺は――入江さんに。5-0だぜ、情けねえだろ」
「……そうか」
「どうやってあの人を倒そうか、どうやったらゲームを取れるのか、って時に水差されちまってな。他のブロックで中高生の選手配分が決まって、そのまま俺がS3になった」
だいぶ落ち着いたと思ったけれど、いまだに悔恨が残る。こんなふうに決まったものを、すぐに受け入れられるわけもない。勝つことがすべてだというのに、これで他のメンバーは納得するのか。今まで入江と共に戦ってきた高校生たちは――入江自身は。
「俺は……俺たちは、ルールに負けたんだ」
入江は高校三年生。これが最後のU-17選抜だった。彼の悔しさはいかほどのものか。
「空港に向かう最中にも、ずっとそのことだけ考えてたな」
納得などいかない。勝つためにここに来たのに、選手として、完膚なきまでに敗れた。その自分が決勝戦でラケットを握っていいものか。
「空港? 跡部、お前……」
「辞退、しようとした」
手塚の目が珍しく大きく見開かれる。
悔しさだけで、プライドだけで、投げ出したわけではなかったと思う。未熟なままの自分が、日本代表を背負うわけにはいかない――そう思ったのに。
「空港で、樺地に止められたけどな」
いつでも従順に後を着いてきてくれていた樺地が、跡部に背いた瞬間だった。彼の後ろには氷帝の連中もいたようだが、樺地に止めさせる選択をしたヤツらには称賛を贈るべきだろうか。樺地で無理なら、張り倒してでも止めようと思っていたのだろう。
「せっかくのチャンス、ふいにしないで良かったな、跡部。もし俺が傍にいたら、殴ってでも絶対に止めていただろう」
力強く頷きながら、手塚が口にする。今度は跡部が目を瞠る番だった。チャンスと言う言葉は、入江にも言われたものだ。
「おいおい、暴力沙汰は御法度だろうが」
「茶化すな。お前のプライドの在処は分かる。だが跡部、プロになるならその屈辱をも乗り越えられなければ、到底やっていけないぞ」
「……ああ、すぐに追いかけるっつったからな」
手塚をドイツへと送り出す際、プロになるならそれを追うと言った。あの時の気持ちに嘘偽りはない。現実は容赦なく打ちのめしてくるが、それさえ享受しなければならないのだ。手塚がドイツでどんな鍛錬を積んだのか分からない。心が折れそうになったときもあるのかもしれない。
屈辱を乗り越えろと言われ、跡部は目を伏せた。
ルールに負けた。入江に負けた。
敗北の屈辱と悔恨はお互い様で、だからこそ……跡部が辞退などしたら入江は試合の時以上に圧倒的な力の差で張り倒してくるはずだ。水を差された真剣勝負に、さらに水を差すなと。
「入江さんに、つまらないって言われたぜ。あれは撤回させねえといけねえ。あの人の悔しさを背負って、俺は上に行くぜ、手塚」
目を開き、いつものようにしたたかに言い放つ。視界に、満足そうに口許を緩める手塚を認めた。
「いつものお前に戻ったようで何よりだ。報告しにきてくれたことには、感謝する」
「顔だけ見て戻ろうと思ってたんだけどな。ふ、ふふ……まったく、お笑いぐさだぜ」
こうして言葉を交わすまで、まだどこかで納得しきれないものがあった。手塚の声は跡部を落ち着かせもするし、落ち着かなくもさせる。
「なあ手塚。俺はな、空港で樺地に止められても、氷帝のヤツらに張り倒されても、こんな屈辱の中で戦えるかって思ってたんだ。アイツらを振り払ってでも辞退するつもりだった」
「跡部」
責めるような声音で名を呼ばれる。最後まで聞けと笑い、トンと指先で手塚の鎖骨を押した。
「たまたま通りかかったスペインのヤツがな、最強中学生のクニミツと戦いたかったってよ」
「それは光栄だが、最強というのはどうだろうか」
「そうだろ、だから俺様が宣戦布告してきてやったぜ。俺はその最強中学生のクニミツを倒した男だってな」
夏の関東大会、ただ一度公式戦で対峙した。あの時の熱は忘れていない。きっとこの先ずっと忘れられないものなのだろう。
「なあ手塚、俺がその時感じたもの、分かるか? 最強と謳われることへの嫉妬に似た羨望と、そこまで言わしめるお前が無二のライバルだという歓喜――湧き上がってくる闘争心。泣きたくなるだろ、跡部景吾オレを熱くさせんのは、どこまでいっても手塚国光オマエなんだぜ」
つま先から、熱が上がってくるような感覚を味わった。未熟さも屈辱も背負えるだけ背負ってやると決めた瞬間だ。それを糧にして、もう一度この男を打ち負かしてやりたいと思う、いっそ恋情のような情熱。顔を見て、決意を固めようと思って、今に至る。
行動したことは間違っていなかったなと、満足した。
「プレ杯でのあれは」
「あんなの数に入るかよ、ばーか」
「…………お前の負けず嫌いなところは、好ましいと思っている」
「そりゃこっちの台詞だ」
さしていた指を握り込んで、拳で胸を叩いてやる。それを手塚の手が包み込んだかと思えば、ぐいと強く引き寄せられた。
「なっ…………ん」
視界が揺れる。鳶色の髪が眼前に迫る。目を閉じることができなかったのは、突然だったのと、挑むような瞳に釘付けにされたせいだろう。
唇に触れたのは、間違いなく唇だ。
跡部は目を見開き、なんのつもりだとぐっと手塚の体を押しやるが、目の前の男はそれさえ気にも留めていないようだった。たった今、図々しくも唇を奪っておいて。
「おい手塚……俺とお前の間に、今までこういった要素はあったかよ?」
触れた唇を拭おうとして、なんだかもったいなくてできないことに気がつく。もったいないってのはなんだ、と思いつつ声には出さず、手塚を睨みつけた。
「なかったと思うが」
「じゃあなんの嫌がらせだてめェ。俺様はそんなに安い唇持ってるつもりはねえ」
挨拶でないキスは初めてだったなどと、言うつもりはない。そんなことを言ったら最後、この男のことだ、責任を取るとでも言い出しかねない。
「好ましいと言っただろう、今。俺も――お前も」
唖然とした。どうしてあれがこんなことにつながるのだろう。手塚の方がそのつもりでも、跡部はそんなつもりで言ったわけではないのに。
「あ……のな、好ましいイコール愛してるじゃねえだろ」
「俺もそこまで言ってない」
しれっとした態度で、手塚は恋らしきものを告げてくる。好ましいが愛してはいないと言われたのはなんだか癇に障って、悔しさがせり上がってくる。ファーストキスをくれてやったのだから、それ相応の想いであって然るべきではないか。
「そもそもお前の方が恋の告白をしに来たのではないのか。わざわざ練習中に他国のエリアまで来て」
「んなわけあるかぁ! 俺はただお前のっ……」
顔が見たかっただけで、と言いそうになって踏みとどまった。それこそ熱烈な恋の告白ではないか。この男が自分にとってどういう存在なのか、喧伝していたようなものだと思うと、途端に気恥ずかしくなってくる。誤魔化すようにちらりと視線をコートの方に向ければ、手塚のチームメイトたちがぎこちなく、分かりやすくそわそわとしている。絶対に今のやりとりを見られていたに違いない。すっかり忘れていたというか、こんなことになるとは思っていなくて、跡部にしては珍しく対応が浮かんでこなかった。
「お前、どーすんだよあの連中。質問責めに遭うんじゃねーのか」
「…………ああ、若干うるさそうなのはいるが……こうなった以上は正直に話すべきだろう」
チームメイトたちの様子には気づいていたようで、わずかに視線を流しただけで戻してくる。
「事故みてえに言うんじゃねえ、てめェが始めたことだろうが」
「跡部、それは〝始まった〟のだと捉えていいのか」
強引に始めておいてなにをのたまうのだろう、この男は。しかし、跡部は拒むこともできるのだ。駄犬に噛まれたのだと思って忘れてやることだってできる。テニスに関する屈辱はすべて受け止めると決めたものの、屈辱にもならないこれはいたいどうしたらいいだろうか。
やはり、顔を見るだけで帰っていればよかったと跡部は天を仰ぐ。空港でそうした時とは違う色が見えた。
そうして顔を正面に戻し、拒まれるとは微塵も思っていないようなふてぶてしい手塚国光を視界に入れる。
「構わねーが、やられっぱなしは性に合わねえ」
そう言って長い指先で手塚の顎を掴み、引き寄せて唇にキスをする。一度も二度も同じだ。
手塚のキスよりも長い時間触れ合わせ、これで俺の勝ちだとばかりにちゅっとリップ音を立てる。
「俺が好きなら、いつか愛してるって言わせてみせな」
「お前が俺に言われたいの間違いではないのか」
「聞いてやるから素直に言えよ」
「そっくりそのまま返そう」
「可愛くねえな」
「可愛くなくて結構だ」
たった今合わせた唇が、甘い雰囲気とは逆方向に動き出す。瞳の間に飛び散る熱は、恋人同士のものでなく宿敵同士の火花に見える。
跡部のスマートフォンに日本の選抜メンバーからの連絡が入るまでその問答は続くのだが、ひとつの壁を打ち破った跡部の声音は軽やかなものだった。
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#新テニ #本誌ネタバレ #両片想い #無自覚


泡のついたスポンジが腕をなぞっていく。ゆっくりと優しく通り過ぎていくそれはくすぐったくもあり、またじれったくもあり、手塚は唇を引き結んだ。目の前の男の首筋にかぶりつきたくなるからだ。
つい先ほどまで充分に堪能していたはずなのに、もう触れたくなるのを、どうしたらいいのだろうか。
「なんだよ?」
視線に気づいたのか、恋人が――跡部が訊ねかけてくる。さすがに人の視線に慣れている男だ。手塚はそっと口を開き、「いや……」と濁してみた。それに機嫌を損ねたふうもなく、跡部は口の端を上げてくる。
「お前に見つめられると、まーだドキドキすんなぁ」
手塚は目を瞠って、瞬いた。
周りの……主に女性の視線をほしいままにする跡部景吾が、たった一人の男の視線に心臓を高鳴らせているというのか。恋人関係になってしばらく経つし、体だってつなげているのに、視線ひとつで? と不思議な気分だった。
「今まで見ているばかりだったからな。お前の視線が俺に向いてんのかと思うと、……照れくさくて、嬉しい」
頭を抱えたくなる。
跡部景吾という男は、自身の言動がどれだけ他人に影響を与えるかを分かっていない。いや、違う。分かってはいるはずなのだ。しかしながら手塚国光が相手となるとどうも勝手が違うようなのだ。
手塚だけが特別。そう考えると、胸のあたりがむずがゆい。
「確かにお前からの視線はものすごかったな。まさかそれに恋情が含まれているとは思わなかったが」
「なんでだよ、普通気づくだろう」
恋人でありながら、まだ跡部景吾という男のことがさっぱり分からない。同性への恋情を、そんな明日の天気でも話すように言わないでほしい。
「はなから選択肢のうちに入っていないんだ。そんなことを言うならお前だってそうだろう。俺が好きだと言ったのに最初は疑っていたじゃないか」
「なっ……」
テニスを通して知り合い、好敵手として過ごしてきたが、世間では跡部の方がより手塚に執着しているように見て取れただろう。
言ったように、跡部からの視線はあからさまで、ないと落ち着かないまであった。
しかしそれはあくまでライバルとしてだと思っていたし、実際は手塚の方こそ深刻に跡部のことが好きだった。
「……はなから選択肢に入ってなかったんだよ、そんなの」
ほら見ろ、と目を細めてやると、気まずそうに視線が逸らされる。
お互いが、「まさか」と思ったに違いない。
好きになったからには潔く告げて散ろうと思っていた手塚が、違和感を覚えたのは恋を告げた後の跡部の表情。
怒るか、なんでもないように受け流すかすると思っていたのに、跡部は一瞬泣きそうな顔をした。悲しませたのかと胸が痛んだのをまだ覚えている。
「最初は……俺の気持ち知っててからかってんだと思った。わりとあからさまに接してたつもりだからな、俺様は」
「いや、分からなかったが」
「鈍いにも程があんだろ。アーン?」
「それは否定しないが、からかうなどという思いはなかった」
誰かをからかうなどという芸当ができるとは思わないでもらいたいと、気分が沈んでいく。そういう男だと思われているなら心外だ。
「そんな顔すんなよ手塚。そう感じたのは一瞬だった」
少し濡れた髪をひと筋、つんと引っ張られる。こんな時、跡部がどれだけ見てくれているかを実感する。
手塚は表情が読み取りづらい。自覚しているし、それで誤解を受けることだって多々あった。だけど、跡部には分かるらしい。ささいな変化でも読み取って、的確にすくい上げてくれる。
「それでもまさかって思うだろうが。男同士だし、てめぇはテニスにしか興味ねえと思ってたのに、割と手が早かったしな」
「それは謝らない」
「謝んねーのかよ」
跡部が声を立てて笑う。両想いだと分かって恋人関係になり、しばらく経ったと言っても、今三か月が過ぎたあたり。
だけど初めてのキスをするまで十日もかからなかった。手が早いと言われても仕方がない気もする。
驚いた顔も、その後真っ赤になる顔も可愛かったなと思い出して目を細める。
それが今ではこんなふうに一緒に風呂にまで入っているのだから、世の中何が起こるか分からない。
無論、跡部が本当に嫌ならば手を出したりしなかった。嫌われたいわけではないのだから、欲を我慢するくらいはできたのだ。
「くそ真面目に訊いてくるんだもんな、お前。抱きたいと思っているがいいか、なんてよ……。ほらそっちの腕よこせ」
言われるがままに左腕を差し出す。右腕と同じようにスポンジが優しく触れてくる。
「恋人とはいえ合意が必要なことだろう」
「あの時嫌だって言ってたらどうした?」
「我慢した」
当然のことを訊ねてくる跡部の真意が手塚にはよく分からない。自分のものにしたいと思うのと同じくらい、大切にしたい相手だ。強引にコトを進めた後にわだかまりが残るのは目に見えていた。
「たとえ俺が強引にお前を押し倒して抱いても、お前は俺を赦してしまうのだろうなと今なら思うが、あまり俺を甘やかすな」
「だったら簡単に甘やかされてんじゃねーよ」
トントンと指先で腕をつつかれる。確かにこうして体を洗われるというのは最上級の甘やかされだが、仕方がない。
「お前が楽しそうなのが悪い」
こちらのせいではないと口を尖らせると、跡部は一瞬きょとんとした表情をして、それから肩を震わせて笑った。
「ああ、楽しいな、確かに。俺は家だと世話されることが多いから、自分のテリトリーで誰かの世話をするってのは新鮮なんだ。それが愛しい恋人ってなりゃあ楽しいに決まってる」
「世話好きなのだろうとは思っていたが……まさか洗われるとはな……。もう慣れたが」
慣れるほど回数をこなしてきたということにもなって、照れくさいと同時にやはり嬉しい。ベッドの中では手塚の方が好き勝手しているのだから、ベッドを出たら跡部の好きにさせてやりたいという思いもあった。
「世話が好きってのもあるが、お前に触りたいってのがでけぇんだよ。ベッドん中じゃそんなこと考えてる余裕がなくてな、誰かさんのせいで」
「……なるほど」
余裕がないという部分には非常に心当たりがあるだけに、気まずい。そううさせているのは手塚だからだ。
跡部が楽しそうに笑う。そうしながら指先で腕を撫で、泡をすくい取っていく。ふ、と息を吹きかけて、手塚の方へと泡を飛ばしてきた。
「おい」
「ハハッ、泡まみれでもいい男じゃねーの」
すこぶるご機嫌な恋人が可愛くないわけではないしむしろ可愛すぎてどうしたらいいか分からない。しかしこのまま遊ばれているのは視覚的にもよろしくないだろう。
「もういいだろう跡部、自分で洗う」
「いやだね。俺の楽しみ取るんじゃねーよ」
スポンジを取り上げようとするが、ひょいと逃げていく。触っていたいなどと言うなら何をどうされても文句は言えないのだぞと言ってやりたい。手塚はほんの少し考え込んで、ひとまずこの戯れを先に進めなければと言葉を選んだ。
「………………湯船でお前とふたり、ゆっくりしたいんだが」
跡部がぱちぱちと目を瞬く。少し後ろめたい気もしたが、本音であることは間違いない。跡部の表情がパァッと華やぎ、油断していた手塚は頬を赤らめた。
「ん、そうだな。けど背中と髪は俺が洗ってやりたい。いいだろ手塚」
手塚はこくりと頷いた。跡部の機嫌がいい状態は都合がいいし、何より背後にいられる分には理性がどうにかなる可能性も低くなる。
跡部が手塚の背中に周り、そっと触れてくる。
唇で、うなじに。
「……っ跡部!」
「ハハッ、お前ここ弱いよな。怒るなって。もうしねえよ」
「本当に勘弁してくれ……お前は俺の理性を過大評価しているのか、欲を過小評価しているのか」
「そりゃこっちの台詞だ。絶対に俺の方がお前のこと好きだしな」
ゴシ、と強すぎず弱すぎず背中をたどっていくスポンジと泡の感触に、手塚は眉を寄せた。
「それは聞き捨てならないな。俺の方がお前を好きなんだが」
どうも跡部は想いの大きさを誤認している気がする。告白したのは手塚の方からだというのに、なぜそうも自信たっぷりに自分の方がなどと言えるのだろう。
「……………………そうなのか?」
不思議そうな声で訊ねかけてくる。本当に思いも寄らないといったふうにだ。
手塚は小さくため息をついた。確かに感情を表に出すことは不得手だが、ここまで伝わっていないとは思わなかった。
「お前は普段あれだけ自信で包まれているのに、なぜ俺のことになるとそうなんだ」
「だ、だって……手塚のいちばんにはならねえだろ、どうやったって……。お前の中の最上位はテニスだ」
「否定しないが、だったらお前はどうなんだ。俺がいちばんなどとは言わせんぞ」
「……………………まあそうだけどよ」
面白くなさそうに返してくる。背後にいるおかげで見えないが、きっと口を尖らせてでもいるのだろう。見たかったなと、愉快な気分にもなった。
跡部の口数が、急激に少なくなる。
洗い終えた背中の泡を流してくれるが、手つきが危なっかしい。
いちばんにはなり得ないということを、気にしてしまったのだろうか。お互い様なのになと、手塚は少し後ろを振り向いた。
「跡部、お前の中の最上位にテニスがあることが俺は嬉しい」
「え?」
首をぐいと伸ばして、唇に吸いつく。柔らかな感触は、手塚が気に入っているもののひとつだ。
「何しろお前とは、テニスをしていなければ知り合えなかった」
お互い生徒会長をしていたとはいえ、特に学校同士で交流会があるわけではなかった。
親しくなってからは合同での行事などを提案し執り行ってもきたが、それがなければ道が交わることはなかった相手だ。
跡部は財閥の跡取りで、手塚は一般的な家庭の暮らし。住む世界がまるで違う。
「俺の中での最上位がテニスだというのはもともとだし、それはこれからも揺るぎないものだ。だからこそ同じ世界にいて、同じ目線でいられるお前と出逢えたのが嬉しい」
「ああ……それは俺も同じだ。お前のことがいちばんなんて言ってやれねえが、同じ世界にいられるのはすげえ嬉しい。テニスをしてて良かった」
ホッとしたような表情をしたあと、幸福そうに笑ってくれる。
手放しでいちばん大事などとは言えないが、大切な人であることはお互い変わらない。それが分かっただけで充分だと。
「あー……テニスしてえ」
「今からは無理だろう。明日、相手をしてくれないか」
「こっちからお願いしたいところだ。ふ、やっぱりてめぇといるのは心地いいな。呆れもせずつきあってくれんだからよ」
「お互い様な気がするが……」
「確かに。ほら、シャンプーするぞ」
シャワーで髪が濡らされていく。シャンプーを泡立てて髪を洗ってくれる跡部は、やっと気分が上昇したようで、鼻歌まで聞こえる。
「なあ。俺のどこがそんなに好きなんだ? 俺がお前を想うよりもってんだから、それなりにあんだろ?」
「どこ……と言われてもな……、お前を形作るすべてと言うしかないんだが」
「お前時々大胆なこと言うよな……ベタ惚れじゃねーの」
「だからそう言っているだろう」
跡部の指先が頭皮を刺激していく。それが心地良くて、手塚は目蓋を伏せた。そうすると鼻歌がよりいっそう楽しそうに聞こえて、思わず口許が緩んでしまう。
「その指先も、好きだと思う」
「ん? ふふ、気持ちいいかよ?」
「ああ」
素直に返すと、小さく「かわいい……」などと聞こえてくる。それには同意しかねるが、髪を洗う仕草が本当に心地良くてどうでも良くなってしまった。
わしゃわしゃとかき混ぜられ、ゆっくりとなでつけられ、ややあって流される。丁寧な指先で、本当に大事にされているのだと実感させられた。
「ん、トリートメントも完了。先に入ってろ」
髪と体に湯をかけられ、泡がついていないことを確認した跡部は、湯船の方を顎で示す。お返しに洗ってやろうと思っていたのだが、跡部はそれを望んでいないようだ。
「俺には洗わせてくれないのか」
「んなことして我慢できると思うのかよ? 俺が」
「お前か。いや……うん、そうだな、無理だ、俺が」
跡部が何を言いたいのか分かって、みなまで言うなと手のひらで制してみる。そうして手塚は先に拾い湯船を堪能させてもらうことにした。
そこから、跡部が体を洗う様子を眺める。整った顔立ち以外にも、無駄のない筋肉や骨格を観察するには絶好の場所だ。
「なに見てんだよ、すけべ」
「いや、綺麗だと思って」
「……ありがとよ」
呆れと照れとを混ぜ合わせたような表情を、跡部はふいと背ける。
そわそわと足の指が浮いているのを見て、思わず口の端が上がった。
「つーかお前、眼鏡ねえのに見えんのかよ」
「そこまで悪くはない。あった方がよく見えるのは事実だが」
「……油断してたぜ」
ため息とともに泡を流し、髪をかき上げる。その仕種さえ様になっていて、さすが跡部景吾だななどと妙な感心さえしてしまった。
「まだ知らないことがたくさんあるな、俺たちは」
「そうだな」
洗い終えた跡部がバスタブに入ってくる。それはいいが、場所がおかしい。手塚はそうとは悟られないようにこっそり慌てた。
「おい、跡部」
「あ~……落ち着く」
ちゃぷりと湯船に体を浸からせ、背中を手塚の胸に預けてくる。これは、まずいのではないだろうか。
「俺は落ち着かない」
「慣れろ」
くっくっと笑いながら、脚の間でくつろいでしまった跡部を、退かすこともできない。
触れ合う時間を嬉しいと思っているのは手塚も同じだからだ。
恋人関係になって、初めて分かったことがある。跡部がこうしてわずかな時間でも身を寄せてくるほど、甘えるのが好きなようであること。
正直意外だった。甘えるのは弱さだなどと言いそうな彼が、こうして腕の中で「落ち着く」とリラックスしてくれているのは、本当に嬉しい。
「体は平気か、跡部」
「ん、そこそこな」
「……そこそこか」
「意外だよな、手塚がこっち方面にそこまでガツガツしてるイメージはなかったが」
初めて知ったことがあるのは跡部も同じようで、どこかで安堵する。
「嫌か? というか、それは俺自身も驚いている」
「嫌じゃねえよ、全然。嬉しい。……お前は? 俺がこうやってなんか……甘えてるみてーなとこ、嫌か」
「少しも嫌ではない。俺だけにそうなのであれば、可愛くてたまらないな」
「そうか」
振り向いて頬に鼻先をすり寄せてくる。くすぐったくて、仕返しのようにこめかみと首筋に唇を落とした。
「くすぐってえじゃねーの」
「お前が先にやったんだろう」
戯れるたびに、湯船に波が生まれる。押し寄せてくる小さなそれは、恋情と同化して胸をざわつかせる。
「お前と一緒に風呂入んの、落ち着くけど、落ち着かねえ……」
「慣れろ」
跡部の言葉を真似て返すと、彼はむくれるどころか楽しそうに片方の口角を上げる。
「俺が慣れるまで一緒に入るってか?」
「…………慣れても一緒に入りたいが」
ほんの少し考え込んで、手塚は答える。それは跡部にとって驚きだったようで、目をぱちくりと丸くさせた。
「……かわいいヤツ」
跡部の腕が首に回されて、唇に触れてくる。しっとりと濡れた唇は心地良くて、もっと長く触れていたい衝動で腰を抱く。
胸と胸が合わさって、長いキスになった。
「ん、……ふふ、これはどっちのせいだろうなあ?」
「お互いの責任だろう」
「加減しろよ、手塚。明日テニスすんだろ」
「分かった、努力しよう」
抑えていた互いの理性は湯に溶けて消え、結局はのぼせる寸前まで触れ合うことになってしまった。
それでも翌日はけろりとした顔でテニスを楽しむのだろうから、さすがという他にない。恋人と湯船でふたり、ゆっくりなどできなかったけれど、心身ともに満たされて、幸福な気分だった。
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