No.582

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情熱のブルー-026-

情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19

#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー

 寮に戻って、自主トレからの夕食、夜間トレーニングを終える。 その間にも、跡部と言葉を交わす機会はあ…

情熱のブルー,塚跡WEB再録

情熱のブルー-026-

 寮に戻って、自主トレからの夕食、夜間トレーニングを終える。
 その間にも、跡部と言葉を交わす機会はあったけれど、やはり少し疲れているように感じた。「大丈夫か」と訊ねても「ああ」としか返ってこず、まだ頼ってもらえるポジションにはいないようだと寂しく思う。
 トレーニングが終わって、一旦部屋に戻る。ベッドに置いていた袋からぬいぐるみを取り出し、跡部にメッセージを入れた。
『どこにいる?』
 少し待ってみたが、返信もないどころか既読がつかない。十分待って、探した方が早いなと部屋を出る。ひとまず跡部たちの部屋に行ってみたが、姿がなかった。
「跡部? そういえば見てないな。風呂かなあ」
「そうか、邪魔をした」
 しかし、浴場にも、談話室にも、トレーニングルームにもいない。コートにもだ。既読は相変わらずついていなくて、メッセージを読める状態にないということになる。途中で氷帝のメンバーにも出くわしたが、誰も跡部を見ていないと首を振る。
 さすがに心配になってきた。寝不足とはいえ朝から具合が悪そうだったし、どこかで行き倒れているのではと嫌な思いが頭を巡る。
「跡部くんですか。恐らく座学ルームですね。静かなところで作業がしたいと言うので、特別に許可をしました」
「座学ルームですね。ありがとうございます、黒部コーチ」
 電話をすればいいのかと思ったところで鉢合わせた黒部にも訊ねてみたら、ようやく居場所が判明した。良くない事態ではなさそうでホッとし、会釈をして踵を返した。
 そうして来てみれば、確かに跡部の目立つ金の髪が最初に目に入る。愛用のパソコンを開いて何か作業しているようで、こちらの気配には気づいていないようだ。
「ここにいたのか、跡部」
 跡部は手塚の声に顔を上げ、ぱちぱちと目を瞬く。
「どうしたよ、手塚」
「…………既読にならなかったから、どこかで行き倒れているのかと思ったぞ」
 スマートフォンを掲げてみせると、跡部はようやく気がついたように自分の端末を取り出す。メッセージが届いているのを確認して、気まずそうに詫びを入れてきた。
「悪い、気づかなかったぜ」
「コートにもいなかったからな。ここにいると黒部コーチに聞いたんだ」
「家の仕事があるんだよ。他のところじゃ集中できねえ」
 こめかみを押さえてわずかに眉を寄せる。そういえばこの男は財閥の跡取りなんだったなと思い出した。どんな手伝いをしているのかは不明だが、合宿に来てまでご苦労なことだ。
 しかし、集中できないからとわざわざここを借りていたのに、その集中を途切れさせてしまったかもしれないと思うと、申し訳なくもあった。
「邪魔をしてしまっただろうか」
「……いいや。何かあったのか?」
 ややあって跡部はパソコンをぱたんと閉じる。
 気を遣わせてしまったことは分かったが、手塚の方も深刻なのだ、気遣いに乗っかってしまおう。
 跡部の隣に腰をかけて、顔色を窺う。朝よりはだいぶマシ、といったところか。
「眠れないなら眠れないなりに、早めに体を休息させた方がいいんじゃないかと言おうと思っていたんだが……家のことなら仕方がないな」
「あ? ……なあ、もしかして、わりと心配させちまったのか」
 跡部は少しだけ目を瞠って、面映ゆそうな顔をする。手塚は無言で頷いた。恋情を抜いても、心配にはなる。
 合宿の厳しいトレーニングに加えて自主トレ、さらに今みたいに家の仕事とやらがあるのだから、時間はいくらあっても足りない。睡眠を疎かにするのはよくないと手塚自身も思っているし、跡部だってそれは分かっているだろう。
「ありがとな。今日はもうこのまま休むぜ」
 心配しているという意図を酌んでくれて、跡部は口の端を上げる。手塚はホッとして、腰の辺りに抱えていたものを渡そうと口を開いた。
「跡部、手を出せ」
「なんだよ?」
 不思議そうにしながらも手を差し出してくる。この素直さはいささか危険すぎやしないかとも思うが、それは向けられた信頼の度合いかもしれない。
 ――――俺だから、……というのは、都合良く考えすぎだな。
 そう思いながらも、あの店で買ってきたぬいぐるみを跡部の手の上に乗せた。片手では落ちそうになってしまい、跡部は慌ててもう片方の手で支えた。
「…………なんだこれ」
「猫だ。多分」
 白い被毛のふわふわもふもふ。
「犬と熊もあったんだが、なんとなく猫にした」
 なんとなくというのは?かもしれない。その青い瞳が似ていると思って、この種類しか目に入らなかったのだから。
「いやそうじゃなくてだな……っていうかこれユキヒョウじゃねーの」
「そうか。似たようなものだろう」
「まあ猫科は猫科だけどよ……」
 猫ではなかったのかとじっとぬいぐるみを見る。黒い斑点は、そういう種類の猫なのだろうと解釈していたが、ヒョウだったとは。だがしかし、それならそれで、跡部に似合っていると思った。
「ベッドの硬さなどはどうにもならないだろうからな。少しでも、なんというか……リラックスできるようなものがあればと」
「アーン? そういやお前、今日の自由時間いなかったな……? もしかしてこれを買いに行ってたのかよ」
「気の利いたものでなくてすまない。アロマとかいうものもあったが、同室の者にも配慮しなくてはと不二が言っていたのでな。ふと目に入ったこれを購入した」
 自由時間にいなかったことを認識されているというのを、どう解釈したらいいものか。
 考えながらも顔には出さないようにして、猫もといユキヒョウをじっと眺める跡部を見つめた。
 跡部の金の髪とユキヒョウの白い被毛。黒い斑点と、同じ青の瞳。それは見事にマッチしていて、手塚の目を満足させた。
「存外に似合うな」
「似合ってどうするんだよ。嬉しかねえ」
「……気に入らなかっただろうか」
 確かに、男子中学生に贈るものとして正解ではなかったかもしれない。跡部は困ったような顔をしていて、気分が沈んだ。喜んでもらえるとは思っていなかったが、気に入らないのであれば押しつけるのも忍びない。
「いや気に入らないわけじゃなくてな、照れくさいんだよ。ガキじゃあるまいし、ぬいぐるみなんて……。でもまあ、よく見れば可愛いじゃねーの」
 跡部はハッとして、ぬいぐるみを隅々まで眺めている。やはりカテゴリとしては間違っていたようだが、眉間のしわは不快の現れでなく照れくさいだけだったのかと安堵した。
「よく見なくても可愛いと思うが」
 手塚は、自分で言って驚いた。可愛いと思う感情が、こんなにもするりと口をついて出てくるなんて。
 もちろん手塚が可愛いと思っているのはぬいぐるみでなく、ぬいぐるみを眺める跡部の方だが、この流れならば気づかれないだろう。うっかりとんでもないことを口走るところだった。
 気を引き締めなければと、唇を引き結んだ。
「フン、ありがたくもらっといてやるよ、手塚ァ」
 楽しそうに口の端を上げながら、跡部はユキヒョウの頭を撫でる。その手触りは手塚自身も体感していて、心地良いのだろうなとじっと彼の仕草を眺めていた。
「手塚、ありがとな。嬉しいぜ……本当に」
 優しい声色で名前を呼ばれる。こんな距離では、鳴った心音が聞かれてしまいそうだが、距離を置く選択肢はない。
 跡部は膝の上で大事そうにユキヒョウを抱えてくれていて、社交辞令で言ったのではないことが分かる。
 胸の奥の温かみが、じんわりと沁みだして、体中に広がっていくようだった。
「そうか……」
 受け取ってもらえてよかった。嬉しいと言ってくれて、こちらの方こそ嬉しくてしょうがない。口許が自然と緩んでいく。
 その時、右肩に何かが当たった。
 ――――跡、部……?
 肩に、跡部が寄りかかってくれている。手塚は目を瞠った。体が強張るところだったが、そうすれば跡部は離れてしまうだろう。どうにか落ち着けと何度も何度も心の中で言い聞かせる。
「十分経ったら起こしてくれ」
 言いながら、跡部は膝の上でユキヒョウをぎゅっと抱え直した。
 跡部、と心の中で名を呼ぶ。
 これは、喜んでくれたと解釈していいのだろうか。
「……分かった、一時間ほど経ったら起こす」
「ふ、ずいぶん長ぇ十分だ……」
 静かな呼吸が聞こえてくる。相当疲れていたのだろうと分かるが、跡部がこんなふうに誰かに寄りかかることをよしとするとは思っていなかった。
 思っていなかったからこそ、心が乱れる。
 その誰かに自分を選んでくれたことがこんなにも嬉しいなんて。
 氷帝学園の中で周りを束ねて引っ張っていく高潔な王に、こうして安らぐ場所を与えられる人は今までいなかったのだろうか。
 できることなら、自分がその位置にいたい。わずかな時間でもいい、寄りかかっていてほしい。
 手塚は跡部を起こさないように、そっと天井を見上げた。
 ――――好きだ、跡部。
 心の中で何度か繰り返した、恋の告白。音にはできやしないけれど、手塚にはそれで充分だ。
 ――――……好きだと、こんなふうに素直に思える日が来るとはな。
 胸が、じんわりと温かくなってくる。
 この男を自分のものにしたいと思うこともあるけれど、恋の情動はそんなに激しいものばかりでもないのだと、初めて知る。伝わってくる温もりと静かな呼吸が、穏やかな時間を連れてきてくれた。
 一時間。
 せめて跡部にわずかでも穏やかな眠りが訪れてくれるように祈りながら、手塚はじっと温もりを感じていた。


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