- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
カテゴリ「ミハアル」に属する投稿[27件]
恋人だったら
早乙女アルトは、いつになくそわそわしていた。
ちらちらと隣の親友を横目で盗み見て、いつ切り出そうかと考える。
――――……やべェ、やっぱりこいつカッコイイ……。
その合間にやってくる、なんとも言えない波のような恋心。
こんなに近くで見つめていられる幸せと、眼鏡のレンズ越しに眺められているモニターへのつまらない嫉妬心。
あの緑の目にじっと見つめられたら、自分だったら茹で蛸になってしまうに違いないと小さく息を吐いて、また切り出せなかった情けない自分を心の中で詰った。
――――簡単なことじゃねえかよ、いつもと変わりねえって。
今日買い物つきあってくれないか。
ただその一言を言うだけだ。
放課後に街へ繰り出すなんてことは今までも何度だってしてきたし、友人同士の他愛のない戯れだ。
一緒に街へ行って目的もなく歩いて、喉が渇いたらカフェでお茶して、学校のことやバルキリーのことを話す。
そうだ、なんてことはないはずだ。
別にそれ以上を望んでいるわけではない。
恋人同士になりたいなんて、そんな大それたことは。
ただ近くで過ごしていたい。
手なんかつなげなくてもいいから隣を歩いていたい。
時には笑いかけてもらいたい。
それを思うだけで幸せになれるのだ。
だから今必要なのは、ほんの少しの勇気だけ。
「あっ、あのさあミシェル」
勇気は出せたけど、案の定声が上ずってしまった。できることなら時間を戻してみたいけど、そんなことはできやしない。
「ん? なに、アルト」
それでも親友はなんでもないように振り向いてくれて、そんな些細なことはどうでもよくなった。
「今日さ、放課後……空いてるか?」
「んー、特に予定は入ってないな。なに、なんか買い物?」
「あ、ああ、そう、そうなんだ。えっと……携帯のバッテリーとか、そういうの見たくて……どういうとこ行けばいいのか」
相手の方から切り出してくれて、アルトはホッと胸をなで下ろす。
しかし、うまく口実になっているだろうか。
本当はバッテリーなんか買う必要もなくて、ただ単にミハエルと一緒にこの日を過ごしたいだけ。
「ああ、いいぜ。暇だしな。ついでにどっかでアイスでも食いたい。今日暑くない?」
「えっ、あ、ああ、うん、そうだな、暑いな。アイスとかかき氷とか、そういうの食いたくなる感じ」
「決まりな。確かシスコのソフトクリームが美味いって話だぜ」
「……どこからの情報だか」
内緒、とミハエルはウインクなんかしてくる。それだけでアルトはノックアウトだ。どこの女からの情報だろうが、やっぱりもうどうでもよくなってしまう。
今日ふたりで、ソフトクリームを食べられるなら。
「容量多い方がよくないか?」
「え、でもこれだって結構もつんだろ?」
放課後、アルトの希望通りふたりでアイランド1にやってきた。買い物をするならやはりこのストリートがいちばんである。ミハエルと過ごす口実にした携帯端末のバッテリーは、専門のショップで。
しかしながらやはり口実なので、どうしても入り用というものではない。容量が多ければコストパフォーマンス的にもよいのだろうが、アルトはいちばん安いものを選んだ。
「とりあえずの予備ってとこかな。こんなにあるなんて思わなかった」
「俺も久々にショップ来た。新しい機種いっぱい出てんだな。機種変更しようにも、目移りするぜ、これじゃ」
目的の買い物を終えて一安心、ショップに展開されている様々な端末を眺めて呟いたミシェルに驚いて、アルトはえっと振り向いた。
「き、機種変更……するのか?」
アルトは自分の携帯端末をぎゅっと握りしめる。
スタンダードモデルのおかげか、ミハエルと一緒の機種だ。狙ってそうしたわけではないのだが、せっかく同じなのにと残念な気持ちになってしまった。
「あー、しばらくはしないかな。もうこれに慣れちゃってるし」
「そ、そうか」
同じ機種だからといってどうなるわけでもないのに、心臓が震える。嬉しいと、音を立てて。
「……アルト、さてはお前」
「えっ!? な、なんだよ?」
ミハエルの神妙な面もちに別の意味で心臓が震えて、思わず振り向く。
聞こえるほどの心音ではないはずだ。表情だってうまく隠しているはずで、バレてしまうわけがない。
――――バレてないよな? バレるわけねえよな!? 俺がお前を好きなこと!
ドックンドックンと鳴る心臓を押さえて、挑むようにミハエルを睨みつけた。
「充電器とかの規格一緒だからって、貸してもらおうと思ってんだろ」
ため息混じりに返ってきた言葉に脱力しかけ、どうにか踏ん張って耐える。
「え、あ、そ、そうそう、お前のと一緒だし、もし壊れても大丈夫かなーとか」
――――そんなわけあるか、バーカバーカ。
気づかれなかったことにホッとして、やっぱりちょっぴり残念で、出口から足を踏み出す。
でも本当は、気づいてほしかったのかもしれないと少しだけ俯いたら、
「まぁ、お前に頼られるのは嫌いじゃないけどな」
ぽん、とミハエルの手のひらが頭を叩いて通り過ぎた。アルトは目を見開いて、ミハエルの背中を視線で追った。
「こーら何してんだアルト、アイス食いに行くんだろ」
「あっ、うん、行く!」
ミハエルの触れてくれた髪を撫で、タッと駆け寄る。振り向いて待っていてくれるミハエルを、やっぱり大好きなんだなあと苦笑しながら。
そうして、女の子たちの間で美味しいと評判のソフトクリーム屋を見つける。行列ができているということは、評判に間違いはないのだろう。
「美味そう」
「どれにしようかなあ、俺。……アルト、買ってやろうか」
「えっ、い、いいよ自分で払う」
「……そう? しっかし、結構並んでんなー」
「美味いからだろ? 今日暑いってのもあるだろうけど」
行列のいちばん最後に並んで、アルトは視線を泳がせた。どれにしようか迷う意図でなく、こんなに近い距離では落ち着かないのだ。歩道とは言え人通りは多く、通行の邪魔にならないように並ばなければいけない。
ということは、密着とまではいかなくても距離はそれなりに近くて、熱が上がってしまう。
気づかれませんようにとあさっての方向を眺め、心を落ち着けようとはしてみるけれど、うまくはいかない。
「アルト、決まったのか?」
「えっ、あの、チョ、チョコかかったヤツっ」
メニューを見てもいないことに気がつかれたのか、ミハエルがひょいと覗き込んでくる。飛び退きたいほど驚いて、とっさに目に入ったカウンターのポップを指さした。
「ははぁ、アルトが好きそうなヤツだな。俺やっぱヨーグルトのにしよう」
「え、それも美味そう。さっぱりしてそうだよな」
「あっは、一口やるからチョコのにしとけよ」
「えっ、…………ああ、うん、もーいいやお前」
アルトはミハエルを振り向いて、そして頭を抱える。
意味をちゃんと理解して言っているのだろうか。そんな、嬉しいこと言われても。こちらは困ってしまうのに。
「なに、何か言いたげ?」
「別に。ほらもう順番回ってくるぞ」
言いたいことはたくさんあった。気になるとか好きとか大好きだとか。
だけどそんなこと言えるはずもなくて、アルトはただひとときのこの時間を幸福に想うだけにしておいた。
「ほらアルト、ヨーグルトの」
木陰のベンチにふたりで座って、冷たいソフトクリームで喉を冷やして潤す。周りのベンチにも、友人同士で来ている可愛らしい女の子たちや、恋人同士がたくさんいた。
レジでもらってきた使い捨てのスプーンでソフトクリームをすくい、ミハエルはアルトの口許へ持ってくる。一口やると言っていたのは本当だったのかと思うが、そんなことよりこの動作はつまり、あれなのか。
【食べさせてあげる】ということなのか。
「いっ、いいよバカっ」
「早く食えって、溶けちまうだろ」
恥ずかしくて何か後ろめたくて拒んでみたが、ミハエルはなおもズイとスプーンを差し出してくる。どうあっても退かないようで、アルトは困ったように眉を下げた。
今にも溶けて落ちてしまいそうなソフトクリームをじっと眺め、息を止めてかぶりつく。冷たさとヨーグルトの酸味が口の中に広がった。
「美味い?」
ミハエルが優しい瞳で覗き込んできて、アルトは両手で口を押さえてコクコクと頷くくらいしかできない。うっかりドキドキが飛び出してしまいそうだ。
「そ、良かった。アルトのも一口ちょうだい」
「す、好きに食えよ」
「ふーん、食べさせてくれないんだ」
「知るかっ」
アルトは頭を抱えて、自分のソフトクリームを差し出してやる。まともに顔も見られないのに、あんな恋人同士みたいな仕種ができるものか。
ミハエルは仕方なさそうに、差し出されたソフトクリームをスプーンですくって自分の口へと運んでいく。甘い、と眉を寄せる彼を横目で盗み見て、少しだけ口許を緩めた。
「……アルト、あのさ」
それを見計らったかのように、ミハエルの視線が飛んでくる。ドキッと跳ねた心臓を押さえて、ゆっくりとミハエルを振り向いた。
「な、なに」
「何か欲しいもんない?」
「……は?」
唐突に何を言い出すのだろう。アルトの頭の中に、クエスチョンマークが押し寄せてくる。
――――え、……え? 欲しいものないかって……うそ、まさか。
「お前今日、誕生日だろ。何かプレゼントしてやるよ」
「ミ、ミシェル」
顔の熱が急激に上がっていくのが分かる。
そうだ、今日は早乙女アルトという人間がこの世に生まれた日。
一年に一度のその日を、好きな人と過ごしてみたかった、アルトの恋心。
「な、んで……知ってんだよ」
「ふふん、そりゃあ俺は早乙女有人のファンだからな」
「茶化してんじゃねえっ」
ミハエルが得意げに眼鏡を押し上げる。それにさえ胸が鳴った。
だけど、期待をしすぎてはいけない。ミハエルは、有人として誕生日を祝ってくれるだけなのだ。間違っても、アルトと同じ恋ではない。
「茶化してねーよ別に。ホントは今日俺から誘おうと思ってたんだぜ。けどお前の方から来てくれたから、手間省けたと思ってたのに」
「い、意味わかんねーし。それに男って、友達同士で誕生日プレゼントとか、やらねえんじゃねーの」
「………………にっぶ」
小さな呟きと、大きなため息が聞こえてくる。
その理由が分からなくて首を傾げたら、
「友達じゃダメだっていうなら、恋人ならプレゼントやってもいいのか?」
「は、…………はァ!?」
「恋人になれば、お前にプレゼントやってもいいのかって訊いてんの」
瞬きができなくなる。ミハエルの言った言葉を何度も何度も頭の中で反芻して、ひとつひとつ、飲み込むように理解していく。
その意味のすべてを理解した途端、アルトの顔が真っ赤に染まった。
「な、ななななな何言ってんだお前! 寝ぼけてんのか!?」
「告ってんのにその言いぐさ、ひどくない? 遠回しにフッてんの?」
「フッ……てねぇし!」
そもそもフるだのフラれるだの以前の問題だと思っていたのだ。
まさか。
まさかこんな結末……いや、始まりが待っていたなんて。
「じゃあ、答くれよ。これ以上こんな気持ちでお前の隣にいんのってマジ生殺しっていうか。お前だって悪いんだぜアルト、ちらちらこっち見たり恥ずかしそうにデート誘ってきたり、思わせぶりな態度とるし」
「デート!? って、これ!?」
「いや、そこは俺の願望っていうか、だったらいいなっていう……でも、うぬぼれだけじゃないとも思ってんだけどな」
目の前がチカチカと光る。
何をどこまで信じて期待して、想いを返せばいいのか。
「アルト。好きだよ」
ミハエルが、一語一語を大切そうに紡ぐ。
嘘ではないのだと、夢でもないのだと、改めてその言葉がアルトの中に入り込んでくる。
「だから、今日も来年もその先もずっと、お前に特別なプレゼント買いたい」
こんなに優しい声をしていたなんて、とアルトは目蓋を伏せて、口唇を開いた。
「い、……いらない」
ミハエルが息を呑んだのが聞こえた。残念そうに、そうかと呟いたそのすぐあとに、アルトは。
「今年はもう……もらったから。あ、あの、来年から頼む」
顔を真っ赤に染めて、精一杯伝えたつもり。
形に残るモノよりも、心に残る嬉しい言葉をくれた、大好きなひとへ。
「……――アルト……!」
それで理解してくれたのか、嬉しそうな声が耳に届いた。
はふーと長く息を吐いたあとで、ミハエルはいつものようにキザったらしく言ってみせる。
「リクエストは当日デートの直前までな」
その日初めて、手をつないでふたりで歩いた。
#ミハアル #両片想い #誕生日
伝えたいことがあるんだ
早乙女アルトは、あーうーと唸って布団に突っ伏した。
発信画面は表示したのに、最後のボタンが押せない。大きくも小さくもない、何の変哲もない発信ボタン。
なかなか押せなくて、タイムアウトが発生して待ち受け画面に戻ってしまう。
意を決して携帯電話を握りしめたはずなのに、最後の勇気が出ないのだ。
そんな動作を、もう何十分続けたのだろう。
「あーもう、やだ……」
また押せなくて情けなさに髪をかきむしりたくなる。
たった二言三言、告げるだけではないか。アルトは腰を折って突っ伏したまま、眉を寄せてまた唸った。
そうだ、発信ボタンを押して相手が出てくれたら、こう言うだけだ。
伝えたいことがあるんだ、今日……逢えないかな。
たったそれだけだ。なにをためらうことがあるのだろう。一度も交流をしたことのない相手ならばこの緊張も分からないではないが、今アルトが電話をしようとしている相手は親友だ。
今では隣にいるのが当然になってしまった、大切な親友だ。
ただ、アルトの方は想いがいきすぎて恋にまでなってしまっただけ。
伝えたいことがある。恋をしていると。
告げて、どうしたいわけでもなかった。万が一にも恋人になんかなれたらそれは嬉しいけれど、過ぎた願いだと分かっている。
アルトはただ、溢れてこぼれてしまいそうなこの気持ちを、放出したいだけなのだ。
隣にいたらじっと眺めてしまう。隣にいなくてもじっと眺めてしまう。声が聞けたら幸せで、名を呼んでもらったらその日一日浮かれてでもいそうである。
「言うって……決めただろ」
昨夜さんざん悩んだはずだ。考えただけで顔から火が出そうだが、もう抑えてはいられない。ため息ひとつにさえ、想いが乗って漏れてしまっているのではないかと想うほど、胸がいっぱいなのに、これ以上は我慢なんかしていられない。
もし、今日。
今日ミハエル・ブランと逢えたら、伝えて逃げてやろうと眠れないほど考えていたはず。
「……――よしっ」
アルトは深呼吸をひとつして、体を起こす。布団の上にかしこまって正座して、もう一度発信画面を呼び出した。
自分に迷う暇を与えず、発信ボタンを押す。
出てくれるだろうか。もしかしたら出てくれないかもしれない。予定が入っていると言われるかもしれない。
ドックンドックンと鳴る心臓を押さえて、せめてこの音が相手に届かないようにと祈った。
『んー……おはようアルトー……どうした?』
6コールののち、向こう側から声が返ってくる。ドキンと今までにないくらい心臓がはねて、頬の熱が一気に上がったように感じた。
「あっ、ご、ごめんミシェル、まだ寝てたか?」
眠たそうな声は寝起きなのだと悟らせて、気遣えなかった自分を悔やむ。が、時刻はもうすぐ10時である。いくら休日とはいえ、そろそろ起きていてもいい頃だろう。
『いいよもう起きるし。アルト姫からのモーニングコールで起きられるなんて、幸せ者だね』
「冗談言ってんなら今すぐ殴らせろ」
笑い声とともに囁かれてアルトはボッと顔を赤らめたが、この男に他意などあるはずもない。ぱたぱたと火照った頬を手で仰ぎ、若干本気で返してやった。
『で、どうしたんだ?』
「え、あ、そうだ、俺……お前に」
伝えたいことがあったんだと、アルトはハッとする。
またいつもの他愛ない会話で終わらせてしまうところだったと額を押さえ、口を開きかけた、そのとき。
『っていうかアルト、今日空いてない? 逢いたいんだけど』
あまりにも自然過ぎる言葉の運びに、アルトの反応が遅れる。
逢いたいんだけど。
「え、……えっ? なんで?」
それは自分が言いたかったことだ。
逢って、伝えて、逃げるはずだった。
なぜ相手の方から逢いたいなどと都合の良い言葉が出てくるのか。
『なんでって……んー、ちょっと言いたいことがあって』
珍しく口ごもるミハエルに、アルトは瞬きを忘れる。いつだって明快な答えが返ってくる彼から、こんなに曖昧な理由で逢いたいだなんて。
「で、電話じゃダメっぽいことか?」
『だーめ、電話なんかじゃ雰囲気出ないだろ。で、何か予定入ってんの?』
何かとても大切なことなのだろうか。電話なんかでは伝えられないというのは、アルトにも心当たりがあるけれど、まさか同じ用件ではないだろうなと、若干の期待が膨れ上がる。
「は、入ってないけど! っていうかあの、俺も、……逢いたくて、電話した、んだ、けど」
向こう側で、息をのむような音が聞こえた気がする。アルトは、電話で告げたかった言葉を操った。
「お前に、伝えたいことがあるんだ。お前の言いたいこととは、ぜんぜん違うんだろうけど、電話じゃ、ダメな、話で」
『案外、同じかもしれないけど? すぐに準備するよ、えーと……駅前の噴水、あそこで待ち合わせしよう』
咳払いのあとに、ミハエルはすかさず約束を取り付けてくる。
同じかもしれない、という言葉にアルトは目を見開いて、きゅうと締まる心臓を押さえた。なんという幸せな痛み。
「あ、あそこ人多いだろ、別のとこで」
『平気だって、俺がアルトを見つけられないわけないだろ。スナイパーの目ナメてんじゃねーぞ』
どうしてこの男は、こうもこちらの心を乱してくるのか。こんなことまで言われてしまっては、期待だけになってしまうではないか。
「わ、分かったよ。俺も準備する……」
『OK、じゃあ、あとでな。あ、なあアルト、知ってた?』
火照る頬をぺちぺちと叩きながら、まず髪を梳こうとアルトは立ち上がる。訊ねられたそれに、首を傾げてなにをだと返したら。
『今日5月1日って、恋の日なんだって』
最初に目を見開いて、次にえっ…と息をのんでいるうちに、じゃああとでと通話が終わっていた。
アルトは許す限りの時間を使ってめかし込み、飛ぶように家を出る。
伝えたいことがあるんだ。
恋をしていると。
#ミハアル #片想い #両片想い
ハッピーバレンタイン~きみといっしょに~
ひゅお、と風が舞う寒い日だった。こんな日に外に出かけようなんていう酔狂な者が、どれだけいるだろう。
さむ、とアルトは首を引っ込めて、できるだけ風の当たらないように試みてみる。だがそれも隙間から入ってくる風によって無駄なものとなってしまうのだが、本能的な仕草だった。
「なあアルト、手ぇつないでいい?」
隣からかけられる声に振り向くと、こちらに手を差し出してくる恋人の嬉しそうな顔。
この寒いのになんであんなに嬉しそうなんだ、マゾなのか、と思わないでもなかったが、アルトはふいとそっぽを向いて、
「外で手なんかつなげるかっ」
頬を染めながら拒んでみた。
「中ならいいのか? でもさーほら、寒いし」
揚げ足を取ってくる意地悪な恋人は、答えを聞き入れるつもりなんかなかったらしく、強引に手を取って握りしめてくる。
最初からそうするつもりなら、訊かなくたっていいんじゃないだろうか、とアルトは困ったように片眉を下げた。
「ミシェル、お前さっき手袋してなかったか?」
「気のせい」
「そんなわけあるか、バカ。どうでもいいから、離せよ」
そう言いつつも、つながれた手を自分からふりほどこうとはしていない。恋人ーーミハエル・ブランもそれを知っていて、さらに強く握りしめてきた。
「どうでもいいんなら、離さなくていいんだろ? もー、アルトは本当に素直じゃないんだからな」
「よけいな世話だよ」
何もかも見透かされているようでバツが悪い。
そうだ、こんなことを言ってはいても、特に手を離したいわけではない。学校も勤務もなく、ふたりっきりでいられる、こんな時には。
「それにしても、寒い。風がなければ、まだ暖かいのに」
「この間なんか、雪だったもんな。二月じゃあそりゃ寒いさ」
マフラーをしてくれば良かったと呟けば、俺が抱きついてれば寒くないだろと冗談か本気か分からない答えが返ってくる。そんな彼を無視して、イヤーマフをつけてくれば良かったと呟けば、耳たぶはむはむしてあげようかと本気くさい笑いが返ってくる。
お前は本当にバカだなと言ってやると、アルトが好きなだけだよとさらりと言ってのけられる。
しゅわあああと顔から火が出そうなほど恥ずかしくて俯いたら、案の定おかしそうな笑い声が聞こえてきた。
「お前なんか嫌いだっ」
「まったまたあ。アルトも俺のこと大好きだって、ちゃんと知ってるぜ」
「おめでたいヤツだな!」
だけど否定はできなかった。手をつなぐだけでも……こうして休日にふたりっきりで出かけることでさえ嬉しく思っているのだから。
「お、アルトアルト、あれ可愛い」
「え?」
何の目的もなしに街中を歩いていた途中、ミハエルが不意に立ち止まる。彼が指を指した方を視線で追ってみると、そこここに人だかり。
なんだろう? と注視してみると、天井からのつり下げやPOPなどですぐに判明する。
今日は、バレンタインデーだった。
「毎年毎年、凝ったチョコ出てくるよなー。買う方も大変だ」
「そうか、今日、だったっけ……」
アルトは少しだけ罪悪感に苛まれる。普段からこういったイベントには疎いほうだが、恋人同士になったのだから何か用意してやれば良かったと、今さらながらに思うのだ。
それでなくてもミハエルは、誕生日だのクリスマスだの、何かと記念にしたがるのに。
「なあ、ちょっと見ていかない?」
「はっ? って、あの売場をかっ?」
「そう、いつもさー、気になるんだよな。いつでも見られるもんじゃないじゃん」
ミハエルは、やはり答えを聞く気がないのか、手をつないだまますたすたとその特設された売場へ向かってしまう。
「え、お、おかしくないか? だってあれって、女の子があげるもんなんじゃ」
「アルト、今時そんなの古いぜ? まあ女の子から男へってのが通例だけど、女の子同士であげるとか、家族用とかだってあるんだから」
男なのにあんな可愛らしいディスプレイがされた売場に行けるかとアルトは抗議したが、ミハエルは聞き入れてくれなかった。
「最近じゃ男も買うんだって。彼女とかにさ」
さらに、アルトが聞いたこともない事実を突きつけてくる。そんなわけあるかと言ってやりたかったが、売場の方に目を向けてみれば、ミハエルの言ったとおり男性もちらほらといるようだ。さらにそれを別に不思議そうに眺めている女性も見当たらない。
「え、あ、そう……なのか。じゃあ、大丈夫……かな」
「ほら、行こう。アルトの場合は絶対に大丈夫だと思うし」
「ん? どういう意味だ?」
「ナイショ」
教えてくれない言葉の意味を探って、把握して、アルトはカアッと頬を染めた。
「お、俺が女みたいだってことかよ!」
「バカだなあもう、俺のアルトはいつでも可愛いってだけじゃないか」
「ものは言い様だな!」
ぺしぺしとミハエルの腕を叩いて抗議するが、ミハエルにしてみれば謂われのない八つ当たりのようにも思えた。さらさらとした綺麗な長い髪を、今日は珍しくおだんご付きのポニーテールにしていてとても可愛らしく、一見男性には見えないのだ。
アルトは表面上嫌がっているようだが、恋人がこんなに可愛くめかし込んでデートしてくれるのはとても嬉しかった。
「本当にいろんなのがあるんだな。目移りするんじゃない?」
「ミシェル、ミシェルこれ可愛い、あっ、でもあれも可愛い。なんか桃色の!」
「……目移りしまくりだな」
普段触れることのないディスプレイと、競うように並べられた様々なチョコレートは、アルトの視界をきらきらと彩って、胸がどきどきした。
「アルト、こっちは? クマさんみたいだぞ」
「わ、何これすげえー、なあミシェル、すごいな」
「そうだな、普段はこんなチョコ見ないもん」
棚やケースに並んだチョコレートを前にはしゃぐアルトを眺め、ミハエルは口許を際限なく緩める。想像以上の喜びようで、ミハエルの胸を満たしていった。
「どれか買ってあげようか、アルト。今日バレンタインだし」
「えっ……でも、俺なにも用意してないし」
「じゃあ、アルトも俺に買ってよ。それでいいじゃん」
大切な人に贈ることができれば、男も女も関係ないだろう。もともとバレンタインがこんな風にお祭り騒ぎになってしまったのは、企業の戦略なのだから。
「う、うん、じゃあ俺もお前に買う!」
ぱあっとアルトの表情が華やぎ、ミハエルは心臓を打ち抜かれたような気分に陥る。どうにかふらつくだけに留めておいて、どれがいいかなと品定めを開始した。
「ミシェル、これ何かお酒入ってるみたいだ。こういうの好きか?」
「お、いいねえ。あ、でもこっちのビターも美味そう。悩むよアルトー」
互いのためのものをふたりで買い求める、ということをしたことがないふたりは、新鮮な気持ちで売場を歩く。プレゼントと言えば、相手にナイショにして驚かせたいというのがあったが、こんな風に一緒に買うのもいいなあと初めて感じた。
「あ、アルトこれ可愛いよ。桜の味……味? ってどういう……あ、でもすごくいい匂いがする」
「どれ? あ、ホントだ。いいなーこれ。でも食べるのもったいない気がする」
「ハハハ、分かる分かる」
そんな風に他愛のない言葉を交わしながら、相手がいちばん喜ぶ物はなんだろうと考える。
可愛らしいものか、美味しそうなものか、普段手に入らない材料を使ったものか、量がたくさん入ったものか。
「アールトー、買えたー?」
「あ、ああ……なんとか。レジすごく並んでたけど」
そんな中でも、お互い相手に渡したい物を無事に購入できたようだ。あらかじめラッピングされたものだが、ミニバッグに入れてもらったことでさらに飾られていた。
「アルトは何買ったんだ?」
「あ、あの、コーヒー豆使ってあるとかってやつ、買ってみた。お前なら苦めのも平気かと思って」
大事そうに両手に抱えたミニバッグは、ミハエルに喜んでもらえたらと思って買い求めたもの。
どうだろう? と小首を傾げて見てみたら、嬉しそうに笑う彼がいた。
「嬉しい、アルト……ありがとう。俺はね、これ買っちゃった」
ミハエルは傍の棚を指す。指の先に視線を移したら、可愛らしいペンギンの形をしたチョコレートがディスプレイされていた。
「先月さ、水族館行っただろ。アルトってばものすごくペンギン気に入ってたみたいだから」
思わずね、とウインクなんかされる。先月のデートのことはまだ鮮明に思い起こされて。アルトはボッと頬を染めた。
そんなにはしゃいでたかなと困ったように眉を下げると、目の前に小さなペンギンを差し出された。
「ほら、さっき回ってるとき試食もらっちゃった。あげるよこれも」
「ちっちゃい……ヒナ? さんきゅ、ミシェル」
あやすような仕種は若干気にかかるけれど、それでも嬉しい。それは素直に受け取って、笑ってみせる。
「じゃあ、チョコは交換な。愛してるよアルト」
「……バッ、バカ、こんなとこでキスするヤツがあるか! 油断も隙もねえ……っ」
アルトは頬を押さえてバッと飛び退く。いくら頬とはいっても、人の目があるだろうと抗議したアルトにミハエルは、大丈夫だよと笑いながら返した。
「だって、みんなチョコ買うのに必死だし。ね?」
「……ね、じゃねえ。もう、行くぞ」
「ああ、こら手をつながないと行かせないからなー」
強引に手をつながれたけれど、嬉しくて頬を染めたアルトはもう、何も言い返せやしなかった。
#ミハアル #ラブラブ #バレンタイン
恋する時間割
「ミシェル先生ー」
後ろから名を呼ばれ、ミハエル・ブランは立ち止まって振り返った。
廊下には自分の教室へ向かっていく生徒たちでいっぱいだったが、自分を目指してパタパタと駆けてきた生徒は一目で分かる。
「おう、どうした?」
「あのね、さっきの授業で分からないところがあったから、今のうちに訊いとこうと思って」
追いかけてきたの、と少し頬を赤らめながら笑う女生徒のそれが、走ったせいでの赤らみではないことも。
「熱心だな。他の教科もそれくらい熱心なら、ワンランク上の学校も行けるかも知れないぞ? で、どこだって?」
いつもこうして、授業の合間に訊ねられては、顔や動向くらい把握できる。
受け持っている生徒にはやはり好かれたいが、あまり変な期待を持たせないようにしないとと思うくらいには、好意というものに敏感だった。
「あのね、ここなの、値の求め方が分からなくて」
「あっ、ずるい、先生私も分かんないとこある!」
「ミシェル先生、次あたしね!」
そうして、一人寄ってくれば二人、三人と増えていくのにも、もう随分慣れてきた。
授業中に訊いてくれよと思わないでもなかったが、これも生徒との大事なコミュニケーション。ミハエルは眼鏡を押し上げて、女生徒たちの指し示すテキストを順番に解説していった。
「そこは先週教えたぞ、応用出るから覚えとけって言ったはずだけど」
ただ答えを示すのではなく、解く糸口を告げてやる。あとは生徒の仕事だ。
ヒントを与えられた生徒はデータを弾き出して正しい回答を導き出し、正解だと褒められてやったあと飛び跳ねる。のぞき込んでいる他の少女たちも、ああそういうことなのねと納得したように頷き合っていた。
「そうだ、週明けに小テストやるからな。ちゃんと勉強しろよ」
自分の疑問点を明快に示してくれた教師に、女生徒たちははぁーいと返事をする。
まあテストというのはあまり嬉しくないけれど、良い点を取ったらきっと褒めてくれるはずだ。そんな淡い期待を抱きながら、ミハエルに礼を告げてパタパタと教室へ駆けていった。
「はーやれやれ、毎度毎度、可愛らしいね」
肩を竦めて独り言を呟きながら教員室へ向かう。
――――まァ、あいつには敵わないけど。
早くたまった仕事を片付けて、いつも通りにあそこへ行こう。
今日はどんな顔をして迎えてくれるのか、最近はそればかりが楽しみになっていた。
ミハエルは、足早に廊下を歩く。生徒には走るなよと言っている手前、自分が全力疾走するわけにもいかず、こんな時ばかりは注意する側から注意される側になりたいもんだと思うのだ。
もうすぐ陽の暮れる図書室には、すでに誰もいない。この静かな空間が、ミハエルはとても好きだった。
喧噪から解放されるということもあったが、何よりも嬉しいのは、
「またそれ読んでんの?」
「うわあっ!!」
窓際のテーブルについて熱心に本を読みふける少年の後ろから声をかける。と、まるで幽霊にでもあったような声を出されてしまい、ミハエルの方こそが驚いてしまった。
「おっ、驚かすなミシェル!」
少年は振り向いて、当然の抗議を投げつけた。
そう、ミハエルが急いでここに来るのは、待っている人がいるから。天涯孤独の身であるミハエルに取っては、それが何よりも嬉しい。
こんなやりとりも幸せだなあと思いつつ、少し目を細めて彼の額を指先でつつく。
「こーら、学校では“ミシェル先生”だろう、アルト」
そう、彼は生徒で、ミハエルは教師だ。上下関係は当然あって、目上であるはず。
彼は気がついてハッと息を呑むも、すぐに眉を寄せた。
「だったらそっちこそ、早乙女って呼べよっ」
ミハエルだってアルトと呼んだ。お互い様じゃないかと視線だけで訴える。その仕種が妙に可愛らしくて、ミハエルは思わず笑ってしまった。
それが彼――早乙女アルトには気にくわなかったらしく、責めるように名を呼ばれる。
「ミシェル!」
「ごめんごめん、じゃあ今日はもうルールなしで。ほら、帰ろうアルト。本戻しておいで」
「……ん」
素直に謝ったら、どう返していいのか分からなかったらしく、アルトはふいとそっぽを向いてしまう。その照れくさそうな表情がまた、心臓をくすぐるのだと、彼は気づいていないのだろうか。
「遅くなっちまって悪かったな。まーた女の子たちに捕まっちゃって」
生徒もほとんど下校した今、玄関までの道のりもふたりっきり。だけどもしかしたら誰か残っているかも知れないし、手もつなげない。
――つまりは、誰もいなければ手をつなぐような関係である。
そういえばどちらが好きだの何だの言い出したのだっけと思う時もあるが、大切なのはそこではない。ミハエルがアルトを大好きで、アルトもミハエルを大好きだという事実があればそれでいい。
「ミシェルはいつもそういう言い方するけど、それって俺が妬くと思ってやってんのか?」
「え、いや、まあ……妬いてくんないの?」
アルトが少し低い目線から見上げてくる。別にそういうつもりがないわけじゃないような気もするけどどうだろう、とミハエルが心の中で考えているうちに、アルトからのため息が聞こえてきた。
「お前いつだって女に囲まれてるじゃないか。そんなのいちいち妬いてたら、こっちの身がもたないんだよ」
「あー、まあそれは否定しないけど。浮気しないかなーとか、思わない?」
浮気? とアルトが振り向く。
さすがに動揺したのだろうかと思って立ち止まってやったら、ぷほっと小さく噴き出された。
「なに笑って……――」
くんっとネクタイが引かれ、体が前のめったと思った時には、口唇が合わさっていた。
「浮気なんかする暇ないだろ、ミシェル」
離れた口唇の小さな微笑みが、ミハエルに目を瞬かせる。こんなところで大胆だなと思うが、アルトからのキスは大歓迎。
ミハエルも口の端を上げて、ちゅっと小さなキスを返した。
「そうだな、今日もウチ来いよアルト。朝まで抱いててやるからさ」
浮気する暇ないくらい、と耳元に囁いて、ふたりでぴっとりくっつきながら家路をたどる。
誰にも秘密の時間割は、そうやって続いていくのだ。
#ミハアル #ラブラブ #学パロ
うん。~恋に落ちたら~
件名 Re;
ずいぶん増えてしまったな、とアルトは携帯電話の画面を眺めてそう思った。
日々増えていくメールの表示件数が、嬉しくもありまた恥ずかしくもある。
アルトは普段、あまり自分からメールをするという習慣がない。もちろん来たものには返信をするし電話だってする。ただ、特別に好きというわけではなかった。
この携帯電話だって、ないと不便だからと家を出てから購入した。初めは使い方さえ分からず、取扱説明書を片手に利用していたものだ。
今ではもう、無くてはならないものになってしまった。
友人たちとの交流に、緊急の召集に、そして、恋しい人とのやり取りに。
友人たちのメールが二割、職場関連一割、恋人七割。
“ミシェル”
そう名づけたフォルダには、すでに三桁の受信メール。他のフォルダもあるというのに、このフォルダだけが異様に受信が多かった。
少し前まではこのフォルダ名も、“ミハエル”としていたのに、より深く彼を知って、頬を染めながらも名前を変更した。
その名を見るだけで胸が鳴るなんて、こんなに不思議なことはない。
何度も読んだメールを読み返して頬が緩むなんて、他人から見ればさぞ不審なことだろう。だけどここはミハエルと二人の自室。他に誰がいるわけでもなし、アルトは思う存分頬を緩め染めた。
メールとは言っても他愛のないもので、課題終わっただとかちょっと買い物に行ってくるだとか、マニューバのことだとか。
学校も職場も、部屋まで一緒で、それこそ四六時中一緒にいるというのに話題は沸いて出て、その度に笑いながら時間を費やす。
学校では隣の席だからか、口に出して論争を繰り広げることもあるが、それは主にマニューバのことで、少しも色気のある話題ではない。だけど、机の影で、隠れてそっと触れ合う指先がくすぐったくて、伝わってくるわずかな温もりが嬉しかった。
「ミシェル……」
まだ帰ってこないのかな、とアルトは枕に突っ伏す。
勤務時間はとうに過ぎているはずだが、ミハエルはまだ帰ってこない。バルキリーの調整だとかで、メカニックに呼び出されていたのは知っているから、何かを疑う余地もないのだけれど。
メカのことは専門でないとはいえ、SMSのパイロットをして恥ずかしくないだけの知識はある。メカニックと相談しながらバルキリーを作り上げていくのは、アルトだって好きだった。
先に帰ってて、と言われて帰ってきたけど、こんなに遅いのならあっちで待っていた方が顔も見られるし良かったかななんて、女々しいことを考える。
今ミハエルは何をしているだろう。弾き出されたデータとにらめっこの最中だろうか。それとも、調整の終わったバルキリーでテスト飛行でもしているだろうか。それだったら、今メールをしても返ってこないだろう。
アルトは大きく息を吐いた。
学校の課題も終わってしまったし、この増えすぎたメールの整理でもしようかなとメールボックスを開く。受信メモリだって無限ではないのだ。
「…………」
ミハエルから来たメールを最初のものから読み返して、必要なものとそうでないものを分けようと思った。
思ったのに。
アルトの指は、このメールは取っておきたいと次へのボタンを押し、そしてまた。
「無駄じゃね?」
二十通くらいまでを終えて、気づく。
全部、消せない。
全部嬉しくて馬鹿らしくて愛しくて、不要なものだなんて思えない。きっと今みたいにミハエルがいない時に見返して、笑ったりするのだ。消したりなんてできるはずも無い。
長い文章でも、たった一言のメールでも。
「消せねえよ、ミシェル」
呆れ気味に笑って、携帯電話を持った手の甲で額を押さえた。
こんなに好きになってるなんて。
こんなに、大好きになってるなんて。
彼なしでは生きていけないなんて言うつもりはないけれど、傍にいてくれたら幸福だとは思う。
溢れる、と思った。
恋しすぎて、溢れてしまうと感じた。
ミシェル、と名を呼んでゆっくりと息を吐き出す。閉じていた目蓋を持ち上げ、起き上がってカバンの中からブランクの記録媒体を取り出した。
小さなそれは、ケーブルで繋げばすぐにデータの移動ができる。こちらへ移し換えておこうと、アルトは携帯電話に繋いだ。
シュン、とドアが開く。やっとご帰還の、ミハエルだ。
「アールトーひ、……め」
ただいまのキスをしておかえりのキスをもらおうと思ったが、部屋の中は静まり返って、小さな寝息だけが聞こえていた。ミハエルはアルトのベッドを覗き込んで、肩を竦めた。
「眠ってたのか……どうりでメールが返ってこないわけだ」
今から帰る、とメールをしたのに、いつもは返ってくるはずのメールがこなかった理由を知って、やはりどこかホッとする。
彼に何かしてしまっただろうかと不安になるなんて、本当にこのお姫様に落ちてちまっているのだなと、ミハエルは眼鏡を上げた。
今まで付き合ってきた女性たちとは勝手が違って、日々が驚きの連続だ。これが恋なんだろうかと、初心なことを考えてみたりもする。
なにせ、今まではこんなこと無かったのだ。メールはいつも、来るのを待っていればいいだけだったし、期間が開いたって気にも留めなかった。メールボックスがその人のもので埋まるなんて、無かったのに。
今ではアルトからのものが半数以上を占め、三桁を優に超えていた。
四六時中一緒にいるというのに彼とのメールは楽しくて嬉しくて、つい何度も返信してしまう。他人から見たらひどく馬鹿馬鹿しい話でも、ミハエルにとっては大切なものだった。
ベッドの端に腰をかけて、アルトの髪を撫でる。相変わらず手触りがいいなと微笑んだ。
枕元の携帯電話はメールの受信を知らせてチカチカと光っており、読んでもらうのを待っている。きっとさっき自分が送ったものだろうなと、ミハエルは携帯電話に手を伸ばした。
その発光で彼が目を覚ましてしまわないようにと思って、受信確認をしようと思っただけだった、のに。
「……あれ?」
発光を止めるために新着メールを確認すれば、必然的に受信ボックスに画面が切り替わり、既読数と未読数が表示される。
おかしいなと思った。
他人の携帯を覗く趣味はないため、自分の名前のフォルダが作られていることを知って嬉しくなったが、メールが少ないのだ。表示は24/1となっており、既読24、未読1と見て取れる。
こんなに少ないはずはない、とミハエルはらしくなく慌てた。自分の携帯電話からアルトに宛てたメールも三桁を超えており、ならば彼の携帯電話にも三桁入っているはずで。
それが二桁になっているということ、は。
「あー……消した、の、かな」
受信のメモリだって無限ではない、許容量に限界がくれば、古いものから消えていってしまう。それを見越してメールを整理することはミハエルにだってあったし、メールを削除するのは何ら不思議なことではない。
そう思っているのに、それがこんなにショックだとは思わなかった。
自分が彼とのメールを楽しんでいるのと同じように、彼も楽しんでくれていると思っていただけに、ショックは大きかったようだ。
アルトには、自分のメールは必要ないのだと。
「ちょっと自惚れてたかも、俺」
大きく息を吐いて、額を押さえる。
好きだと言ったら驚いた後にうんと頷いてくれて、何か訊きたいことはないのかと訊ねたら特にないと返されて、手に触れて握ったら指を絡め返してくれた。
どれだけか後に言葉ももらったしキスもしたし身体だって繋げたけど、結局は自分の方がずっと多く彼を好きなのだろうと感じてしまう。
いまさら後には引けなくて、彼を閉じ込めておきたいと思う反面、自由に飛ばせてやりたいとも思う。
だけどまだ、手放す勇気は出そうにない。
アルトの携帯電話を握り締めて俯くと、人の気配に気づいたのか、彼がもそりと寝返りを打って目を開けた。
「……ミシェル。帰ってたのか」
「ああ……さっき。起こしてごめんな」
女々しいなと思っても、上手く笑うことができなかった。それに気づかないアルトではなく、起き上がって不審げに首をかしげる。
「ミシェル? 何かあったのか?」
「いや、別に何もないよ」
「嘘をつくな。じゃあなんでキスしない。いつもだったら起こしてごめんなんて言う前にしてんだろ」
そんな遠慮のないキスが好きだなんて、絶対に言ってやるものかとアルトはミハエルの肩を掴んだ。
だけどミハエルは振り向いてくれなくて、胸が鳴った。何か悪い予感がする、とシーツを握り締める。
「ミシェ……」
「なあ、姫はさ、……もうイヤになった?」
不安になって名を呼んだら、遮るように呟かれた。だけど何のことを言っているのか分からずに、訊き返す。
「何の……ハナシだ」
「俺とのこと。イヤになったんなら、遠慮せずに言ってくれていいぜ」
「……ミシェル!? お前っ、何言って」
どうしてそんなことを言い出したのか、アルトには分からない。イントネーションのないしゃべり方がいつものミハエルらしくなくて、余計に不安だった。
「イヤなまま続けられても、俺困るし」
言ってほしくないと願いながら、ミハエルは俯いたままでぎゅうっと携帯電話を握り締める。いっそ壊しかねない力強さで、手がカタカタと震えていた。
「引き止めるとかそういうことは、しない……つもりだから」
そこまで言って、ミハエルは急に視界が動いたのに気づく。気がつけば、背中にベッドを感じていた。
突然の事態を把握するのに数秒を要したが、いちばん初めに認識したのは、泣きそうな顔をしたアルト。
「なんだよそれ! お前こそ、イヤになったんなら言えばいいだろ!」
必死で堪えて、ギリギリまで我慢しているときの表情、だった。
「ふざけんなよ、引き止めてもくれねえ男にホレてたって思わせたいのかよ! 好きなんだぞ、俺、お前のことッ……!」
「え、でも、アル……」
それ以上聞きたくない、とアルトはミハエルの唇をキスで塞ぐ。
息を止めて、叫びだしたい声を押しとどめて、触れたがった口唇でキスをした。
あ、とミハエルは気づく。ベッドに引き込んで押し倒すなんて大胆なことをやってのけたアルトの身体が、震えていることに。
アルトから仕掛けられるキスが幼いのはいつものことで、だけど震える肩はいつもと違う。
今好きだと言ってくれた彼を、疑うことはしたくない。そう思って肩を抱いたら、ふっと力が抜けていくのが分かった。
「ん……」
力が抜けたのをいいことに、中へと入り込んで奪う。それを嬉しそうに反応するアルトに、ミハエルの胸が鳴った。
「んっ……ふぁ」
ちゅ、ちゅっとキスの音が響いて、ようやくいつもどおりに戻る。
満足したように口唇を離したアルトは、最後にぺろりとミハエルの口唇をなめて身体を起こした。
「今のキス、信じていいんだろ?」
「伝わった? 俺もアルトのこと好きって」
「なんで……あんなこと言い出したんだよ……心臓痛くて死ぬかと思った」
伝わったよと視線だけで返し、ミハエルの前髪を払う。気持ちを疑わせるようなことは、していないつもりだったが、相手にとっては違ったのかも知れない。
「いや、女々しくて情けないんだけどね」
「なんだよ言えよ、気になるだろ。俺の方が悪かったなら、その、謝るから」
申し訳なさそうな声にミハエルは苦笑して、こちらもまた申し訳なさそうな声で、携帯、とだけ返した。当然なんのことか分からず、え? とアルトは首をかしげる。
「ごめん、ちょっと携帯のメールボックス見たんだけどさ。その、帰る前に送ったメールが届いてチカチカしてたから、止めようと思ってな。他のメールとかは見てないけど、一応謝っとく」
「なんでそれで変な誤解とかするんだ? 他のヤツからの……そういうメール見たとかってなら、分かるけど……」
もちろん誤解を生むようなメールなんてないし、後ろめたいことは何もない。どうしてそれで、あんな話しに繋がるのか、アルトには分からなかった。
「俺から送ったメール、あんまりなかったから……必要なかったのかなって、思って」
女々しいだろ、と苦笑して視線を逸らすミハエルに、アルトは力が抜けてしまう。ミハエルを覆うように突っ伏して、くっくっと肩を震わせた。
「笑うことないだろ、俺結構ショック受けてんだけど」
アルトは笑いながらミハエルの身体を強く抱きしめ、頬にキスを落とす。
「姫?」
「お前のメール、こっちに移した」
そうして、枕元に置いていた記録媒体をミハエルに向けてみせた。案の定、ミハエルの目が丸くなる。予想通りの反応に、おかしくなってまた笑ってしまった。
「だからあんなに少なかったのか?」
「だって容量いっぱいになれば消えちまうだろ。こっちに入れておけばいつでも見られる」
消したくなかったんだ、と付け加えると、ミハエルは大きな息を吐いてぱたりと腕を下ろす。力が抜けた、と呟く彼が小さな子供のように見えて、あやすように額に口づけた。
「女々しいのはお互い様だな」
「あーもう、俺カッコわりー」
「俺、別にお前がカッコよくなくても構わねーけど」
「そう? じゃあいーや」
髪を撫でてくるアルトに笑い、目を閉じる。飾らなくてもいいんだなと思ったら、愛しさがこみ上げてきた。
「ありがとうなアルト。大好きだぞ」
「うん。俺も」
「こっちで寝てもいい?」
溢れて、一人でなんか寝られないと目を開けてアルトに視線を移したら、ピッと額を弾かれる。寝るだけなら上へ行け、と。
「していいのか?」
「いいんじゃねーの。流れ的に」
「ムードないな。たまにはさ、可愛らしく“抱いて”とか言えないもんかね」
「バッ……絶対言わねえ!」
顔を真っ赤に染めたアルトを抱き寄せて、ミハエルは優しいキスで始まりの合図を告げる。アルトはそれを受けて、ミシェルと小さく名を呼んだ。
次の日、ミハエルの携帯電話からアルトのメールが記録媒体に移され、いつも持ち歩くケースにしまわれることになる。
机の影で触れ合う指先は、いつもより温かかった。
#ミハアル #両想い #ラブラブ
可愛いしか言ってない
あー暑い。アルト可愛い。
ホント暑い。アルト可愛い。
口を開けば暑いしか出てこないような猛暑、こんな日は一日ダラダラ過ごしていたい気もするけど、恋人が可愛い顔してねえどっか出かけようなんて言ってきたら、そりゃもうマッハで仕度もするさ。アルト可愛い。
そう、隣でハニィレモンをすすってる俺の恋人は、こんなに暑いのに上機嫌だ。アルト可愛い。
「アルトー、それそんなに美味しい? それ飲みたかったの?」
「ん、まぁまぁかな。この間新商品出てるの見つけて、気になってたんだ。でも、あの、一人だと入りづらいし」
ポッと頬を染めて俯くアルトに胸が鳴る。それを飲むために俺を連れ出したのか、俺を連れ出すのにそれがちょうど良かったのか……どっちが建前なんだろう。アルト可愛い。
でも嬉しい、アルトがデートに誘ってくれるなんて滅多にないせいか、破壊力はバツグンだ。なんだこれ、仕種のひとつ、視線のひとつにドギマギするなんて、小学生かよ俺は。アルト可愛い。
「アルトがご機嫌で可愛くて嬉しいんだけどさ。ひとつ気になるんだよな」
「……何が? ヤだったのか?」
「なんで今日そんなに露出高いの?」
ショートデニム。アルト可愛い。
ノースリーブ。アルト可愛い。
珍しくアップにした髪の毛。アルト可愛い。
可愛いんだけど、可愛いんだけどそこかしこから野郎どもの視線が感じられんだよ! ああでもアルト可愛い。
「だって暑いし……」
「可愛くてエロくて、他のヤツの視線集めてんの気づかない? もーやだ、アルトは俺のなのに」
アルトが一瞬きょとんとしてから噴き出した。アルト可愛い。
「はは、ミシェルお前、ヤキモチ妬きすぎだって。そんなん気にしてたら俺なに着たらいいんだよ」
「ベッドの中なら全裸でいいけどな」
「おい、こらミシェル、…………こんなとこでキスすんな、バカ」
少し汗ばんだ肩を抱いて、覗き込むように口唇をさらった。外でキスをしたあとは決まってアルトの視線が泳ぐ。恥ずかしくて怒りたいけど、嬉しいから怒れないって感じだ。本当にアルト可愛い。
「こうして牽制しとかないと、隙あらばってヤツがいるからな。アルトと出かける時はいつだって目ぇ光らせてんだぜ」
「そんなこと言うけど、俺だってなっ……」
少しは俺の苦労も分かってくれよと鼻先をちょんと指先で押したら、勢いで抗議してくる。アルト可愛い。
言ってからしまったって顔して、また視線が泳ぐ。なあにアルトって言ってあげたら、観念したように少し長いため息をついた。アルト可愛い。
「俺だってな、お前と一緒に出かける時は目ぇ光らせてたりするんだぞ」
「え、なんで?」
「他の女がお前のこと見てるから」
困ったように店内に視線を流し、独占欲いっぱいの愛情を口唇に乗せてくれる。アルト可愛い。
「でもな、最近は気にしないようにしてる」
「気にしない…………気にならないの?」
「だってミシェルは俺しか見てないからな。だからいいんだ」
ふふ、とアルトは笑う。撃墜された。アルト可愛い。
あーそうだよ、アルトしか見てないよ。どんなゴージャスでナイスバディなお姉さんでも、もうこの可愛いひとには適わない。アルト可愛い。
「じゃあ、俺も気にしないようにしようかな」
「ふん?」
「だってアルトは俺しか目に入ってないんだろ?」
「まあな」
誘うようにアルトは目を細める。くそ、その顔弱いんだよ。アルト可愛い。
視線をよこしてくるヤツらを牽制するように俺たちは舌を絡めたキスをして、暑い夏をやり過ごす。暑さと照れで染まる頬に、つい口許が緩んでしまう。アルト可愛い。
そうして店を出て人混みへダイブ。暑いけど、アルトとならどこでも楽園。アルト可愛い。
「なあミシェル、今日は手ぇつないでてもいい?」
「もちろん。お手をどうぞお姫様。次はどこへ行こうか」
「お前と一緒ならどこへでも」
ああかみさま。なんでこの人いっつもこうなの。結論・アルト超可愛い。
#ミハアル #両想い #ラブラブ #イベント無配
Private Army
ミハアルの出逢い、おつきあい、スタント・俳優として「マクロスF」に出演するという設定での世界観
1◇Boy meets Boy ―出逢い―
001/002/003/004/005/006/007/008/009/010/011/012/013/014
2◇Scar ―傷跡―
3◇Oasis ―憩いの場―
001/002/003/004/005/006/007
4◇Visiter ―訪問者―
001/002
5◇Anniversary ―記念日―
001/002/003
6◇Completion ―小説完結―
001/002/003/004
7◇February 22 ―にゃんにゃんにゃん―
8◇Cosmic power ―ラブソング―
9◇Dress up ―オープンアルト―
001/002
10◇Frontier ―もう一度、あなたに―
001/002/003/004
#片想い #両想い #PrivateArmy #ウェブ再録

ミシェル・ブランは格好イイと思う。
惚れてる欲目を除いても、道ですれ違うヤツらがみんな振り向いてくくらいは、格好イイと思う。
だから、仕方ないと思うんだ。
あいつがああして、教室前で女に囲まれてんのは。
あぁ、今日はまだ少ない方かな。そういえばあの子は昨日も来てたよな。
何を話してんのかはここからじゃ聞こえないけど、ミシェルは優しく対応してやってんだろう。フェミニストって言えば聞こえはいいけど、あいつは女好きなんだ。年上好みって、聞いたこともあったな。
それでもめげない同級生や下級生は何人もいるみたいで。
こんなの毎朝の光景だから、今さらどうこう言うつもりはない。
いくら俺が、……ミシェルの秘密の恋人だからって。
好きなんだなあっていつからか自覚して、それを言おうと思ったらミシェルに先を越されて意地みたいにキスしたの、何ヶ月前だっけ。
ミシェルが泣きそうな顔して笑ってたのは、まだ頭から離れてない。
あー、困った。
マジで困った。
恋人って認識するたびにどうすればいいか分からないくらい心臓がくすぐったくなる。
それくらい、俺はミシェルが好き。
名前も知らない女と楽しそうにしゃべってるミシェルを見て、ヤキモチなんか妬かないって言ったらそれは嘘になるけど、いいんだ。
知ってるから。
「ミシェル!」
俺がこうして登校していちばんはじめにあいつに声をかけると、
「姫、おはよう」
どんなヤツに対する時よりも優しい顔で振り向いてくれること。
「ちょっと話あるんだけど」
どれだけの人間が気づいているだろう。あんな顔、俺が関わってないと見せないんだぜ。
「ああ。じゃ、ちょっとごめんね」
ミシェルは取り囲んでいた女たちに、それでもにこやかに手を振って駆けてきてくれた。あいつらには悪いけど、この瞬間がとても好きだ。
ミシェルの中で、俺がいつでもいちばんなんだって分かるから。
「起きられたみたいでよかったよ」
「お前がバカみたいな目覚ましかけるから」
ミシェルと一緒に、廊下を歩く。もうすぐ授業始まるってのに、廊下は人がいっぱいだ。ダメだな、こんなとこじゃ。
まぁ、人がいなくてもこんなところじゃ話せやしないけど。
「バカみたいって?」
屋上へ上がる階段の途中、踊り場で折り返して三段目、ミシェルがニヤニヤと面白そうにのぞき込んでくる。
近い。けど嬉しい。でもそんなこと言えない。
「なあ、どんな?」
「…………いつ録ったんだよ、勝手に人の携帯いじんな」
今日の朝は、ミシェルの声で目が覚めた。別に隣にいたわけではないし電話をもらったわけでもない。
おはよう姫、愛してる。
朝っぱらから歯の浮くような台詞は、きっとボイスレコーダーで録ったものだろう。
マジでびっくりして、一瞬うっとりして、時計を見てはね起きた。学校に来る間も、ずっと考えてた、ミシェルのこと。
バカじゃないのか、なんであんなことするんだ、嬉しいとか思ってねえ。
そんなことばっかり。
一言くらい言ってやろうと思ったんだ。勝手にアラーム音変えるなって。起きられなかったらどうするんだって。
「毎日アルトの耳にいちばん最初に入る音が、俺の声だったらいいなって思っただけだよ」
脱力して言えなかった。どうしてこの男は、こうも恥ずかしい台詞を言えるんだろう。
もしかして俺も、録音してやった方がいいのかな。
「姫も今度俺の携帯に愛のメッセージ入れてよ。ミシェル大好きカッコイイ愛してるとかさ」
「絶対にしねえ!」
「ちぇ、ケチ。で、なに話って」
階段の途中で立ち止まって、別に、と壁にもたれた。携帯のことは話したし、実を言うとそれほど重要視してることじゃなかった。
ただ、
「何それ意味分かんない。……ははん、さては俺が女の子たちと一緒にいたから、ヤキモチ妬いたんだろ。可愛いなーもう」
ミシェルも俺の下の段で立ち止まって壁にもたれる。こうしてミシェルを見下ろすのはあまりない。悔しいけど背も少しミシェルの方が高いから、いつもどうしても目線が上になってしまうんだ。
「いや、ヤキモチ……は、妬くけど……」
俺がミシェルを見下ろす時って言ったら、こいつの上に乗っかってる時くらい。
こんな風に、少し目にかかりそうな前髪に上から触れるのも、新鮮な感じだ。
「けど、なに?」
「あ、その顔」
額に指先が触れた瞬間、ミシェルの表情が変わる。でも俺がそう言った次の瞬間には、不思議そうなものに変わった。
「顔?」
「俺、ミシェルの顔結構好きなんだ」
「は? 顔が好きって、なにそれちょっと複雑なんだけど」
しまった、言い方間違えたな。顔だけが好きなのかって、誤解させちまった。
「そうじゃなくてさ。ミシェルさ、女子たちと話してても……俺が声かけるとな、今みたいにすげえ優しい顔して振り向くんだぜ」
それが嬉しい。だからわざと、割り込むみたいに声をかけるんだ。……サイアク。
ミシェルのこと好きなヤツらには悪いなってのも思うけどめいっぱい優越感もあって、俺やっぱりミシェルのこと好きなんだなあって実感して、ミシェルに好かれてんだなあって嬉しくなって、心臓が……体ぜんぶがくすぐったくなる。
「だから、お前が誰と仲良くしてたっていいんだよ。お前が好きなのは俺で、俺が好きなのは……お前なんだから」
心の底からそう思って言ってやったら、ミシェルのほっぺたが心なしか染まったように見えた。やっべ、可愛い。
「なんだよ、照れてんのかよ」
「だって、アルトはあんまりそういうこと言ってくれないだろ」
そうは言いつつも別にすねた風もなく、ミシェルは段をひとつ上がってくる。やっぱり正面に来ると目線が上になって、悔しい。
「イヤか?」
「ちっとも。その分俺が言うし、アルトの照れ屋なところは助かってるかもな」
こつんと額が当たる。鼻先がもうちょっとで触れる。ミシェルは俺を包むように手すりを握って笑う。
「助かるって、なんで」
「だって、ところかまわずそんなこと言われたらさ」
意味が分からなくてへの字に曲げかけた口唇に、
「……キス、したくなるだろ」
「ところかまわないのはお前だけだ」
別にそういうことを誘って言ったわけじゃないと視線を逸らしたら、俺だけ見ててなんて言うようにまたキスが降ってきた。
バカだな。バカだなあ、こいつ。
俺はいつだってお前しか見てないのに。
こんなところでされるキスに、恥ずかしさより嬉しさの方が勝ってしまうくらい。
もっともっとキスしたいって両肩を引き寄せてしまうくらい。
いっそ誰かに見られて噂が広まって、独り占めしても誰にも文句言われないようになったって構わないって思うくらい。
好きだなんて言葉じゃもう足りないくらい、お前のこといっぱいいっぱい、好きになってるのに。
「アルト、アルト……好きだよアルト」
俺以外には絶対見せないような優しい表情と甘ったるい声と、子供みたいに甘えてくる仕草。体にゆるく巻き付いてくる、ミシェルの腕。頬に触れる、前髪。互いのシャツ越しに伝わってくるドキドキ。やっかいなキスの副作用。
「なあアルト、気づいてる?」
「……なに」
「さっき、授業のチャイム鳴っちゃったの」
キスに夢中で気づかなかったって言ったら、こいつはどんな顔するんだろう。さっきみたいに照れるかな、それとも面白そうに意地悪な笑い顔するんだろうか。
「あとね、キス終わったあと、いっつもそうやって寂しそうな顔すんの。気づいてる?」
甘い声で先手を打たれた。っていうか自分の顔なんか分かるわけねえだろ。
「こんなキスじゃ足りないって俺のこと引き留めるんだよな」
「し、知るかよそんなの。都合いいように解釈すんなっ」
言われてみればそうかもしれない。だけど、言われてしまったから悔しくて認めてやれない。
だけどもっと一緒にいたいんだ。もっと触れてほしいんだ。
ミシェルが言うように、キスだけじゃ足りない。
キスをする前だったら、キスだけでも……言葉だけだっていいって思うのに、キスをしてしまうともっともっと欲しくなる。
「そう? じゃあどっちか選んでよアルト」
「選ぶって……何を」
訊き終わらないうちに、ミシェルの腕が俺をぐいと抱き寄せる。口唇が触れそうな近さで、ミシェルが笑った。
「このままサボってセックスか、キス100回か」
選択肢の意味が分からねえ。
俺がどっちかを……っていうか前者を選ぶと思ってんだろ、くそっ。
「じゃあ……」
ミシェル・ブランは格好イイと思う。
そんで、可愛くてズルくてちょっとバカだ。
「選べないから両方だ」
俺がどっちかで我慢できるわけなんてないのに。
#ミハアル #両想い #ラブラブ #お題