No.131

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うん。~恋に落ちたら~-001-

ミハアルウェブ再録 2011.10.23

#ミハアル #片想い #ウェブ再録

 アルトは、長いため息をついて寝返りを打った。もうすぐ、日付が変わる。「メール……来ねえなぁー……」…

ミハアルウェブ再録

うん。~恋に落ちたら~-001-

 アルトは、長いため息をついて寝返りを打った。もうすぐ、日付が変わる。
「メール……来ねえなぁー……」
 もともと頻繁にするわけではないメールを、慣れない手つきで確認していく。
 しかしそうやって受信ボックスのディスプレイを何度見返してみても、メールの受信表示もなければ待ち受け画面に電話の信表示もなかった。
 ――――送信してから……もう六時間くらい経ってるのに……。
 送信履歴を確認して、現在の時刻を確認して、経過時間を確認して、もう一度メールの新着がないか確認した。
 やはり、ない。
「なにやってんだよ、バカ……」
 ごろりと向きを変えて、握りしめていた携帯電話を半ば放るように布団の上に落とした。
 そして五分ほどもすれば、またメールの新着を確認してしまう。
 この二時間ほど、それの繰り返しだった。
「……っべ、別にメールが来ないからスネてるとか心配とか、ないからなっ!」
 ぼふんと枕に拳をぶつけながら起き上がる。
 自分の行動をよく確認してみると、拗ねてはいないかもしれないし、心配もしていないかもしれない。
 ただ、待ってはいた。
 それを誰にも知られたくなくて、自分で自覚もしたくなくて、誰もいない一人暮らしのアパートで言い訳を散らかす。
「スネてなんかねえし、何かあったのかなんて心配もしてねえしっ! 腹が立ってるだけでっ……」
 きっと仲の良い女性とでも一緒にいるのだろう。その人との時間の方が大事だろうことは分かるから、拗ねてなどいない。
 バイトがあるとは言っていたが、確か近くの宿舎に住んでいるハズだから、事故や事件に巻き込まれてでもいるのかなんて心配なんてしていない。
 無性に腹が立つだけだ。
「くそ、ミハエルのヤツ……!」
 まだメールしてこねえのかよ、と何十回目かの確認を行う。
 ミハエル・ブランは、アルトの同級生である。
 航宙科パイロット養成コースの仲間として共に過ごすようになって、どれだけ経っただろうか。
 彼は学年でもコースでも、いつでもいちばんだ。学科も実技も、上級生を抜いて主席を維持している。数値を見てもフォームを見ても、文句のつけようがない。アルトがいちばん信用していて、いちばん追いつきたい相手であった。
 ただ、そんなことは誰にも教えていない。
 だがテストやシミュレーションでは、ことあるごとに突っかかって――やや一方的にではあるが――競っているのだから、もうそろそろ気がつかれてはいるかもしれない。
 ――――本当は……あんなヤツにメールなんかしたくねえのに。弱味さらしてるみたいで。
 だけどあの男に追いついて追い抜くためには、少しでも技術を磨かなければならない。
 そのためには、敵にだって教えを請うさ。
 そう思ってメールをやりとりし出したのが、転科してから三ヶ月目。
「……アイツの名前ばっかりだ……」
 見事にミハエルの名前でいっぱいになった受信ボックスを眺める。
 アルトが演劇科から転科したのは、純粋に空を飛びたかったからだ。決められた道を進むのではなく、自分で選んだ物に夢中になってみたかった。
 あの日見上げた空に、美しい弧を描いて飛んでいく彼がいたのは、偶然だっただろう。
 それでもアルトの瞳は釘付けになり、漠然としていた空というものへの想いが、確実に膨らんでいくきっかけとなったのは否定のしようがない。
 彼のように飛んでみたい、いつか一緒に飛んでみたい。
 その思いを抑えきれず、家中に反対されながらも空への道を、自分自身で選んだのだ。
 しかし、きっかけとなったミハエル・ブランという人物にはあまり良い印象を持っていなかった。
 それは単なる価値観の違いなのだろうけれど、彼の乱れた女性関係はアルトには容認できない。
「アイツもあれさえなきゃあな……そしたら俺だってもうちょっと」
 学校で聞こえてくる様々な噂を思い出して呆れ果て、はたと目を瞬く。
 もうちょっと……なんだと言うのだろう。
 見直してやるのに? 気軽に話もできるのに? いや、そういったニュアンスではなかったように思う。
 ――――デートだとかバイトだとか、……忙しそうだから、それがなければもうちょっと教えてもらえるのに……。……だよな?
 若干ミハエルへの嫌味を含めてみると、胸のあたりがちくちくと痛む。夕食に何か悪いものでも食べただろうかと思い出すが、特に変わった物はなかったはず。
 ――――別に……急ぎの用事じゃないから、いいけどさ……。
 ごろりと寝返りを打つ。胸のちくちくがムカムカともやもやを引き連れてきて、アルトはミハエルのバカ野郎と悪態をついてやった。
 だがまあ、メールできるような相手がミハエルしかいないというのも少々問題なのだ。以前よりはだいぶ他のメンバーとも交流を持つようになった。だから嫌なら他の誰かにとも思うが、フライト技術を訊ねるのならミハエルがいちばん分かりやすい。
 授業時間だけでは分からないこと、得られなかった知識、他のメンバーが当然のように知っていること、疑問に思ったことなどを、ミハエルはいつもちゃんと返してくれるのだ。
 こうも頻繁ではミハエルだってうんざりしているだろう。まさに飽きるほど、というくらい、いっそ世の中の恋人同士よりも密なやりとり。
 もちろん色っぽい話題など微塵もないのだが、律儀に返信してくれる。的確な指示と明快な回答は、確かな技術があってこそのものだ。
 だから、訊くべき人物はミハエルしかいない。
 それなのに、今日はいつまで経ってもメールの返信が来ない。
 こんなに遅くまでバイトとやらがあるのだろうか? それともやっぱり、学校の連中が噂するようにいつも違う女性と夜を過ごしているのだろうか?
 ――――なんか……胃まで痛くなってきた……なんだこれ。
 アルトは布団に突っ伏して、夕食の献立を再度思い起こす。やっぱり唐揚げを食べ過ぎたのだろうかと考えるが、量だっていつもと同じ。
 やがては考えることに飽きて、ため息ひとつで打ち消した。
「こねぇ……なー……」
 特に緊急性のある内容ではない。明日……いや、日付が変わってもう今日だ。登校してから訊き直しても充分間に合う程度の、そんな。
 それでもなにかしらの反応が欲しいと思うのは、アルトのわがままだろうか。
 昨日はちゃんと返信があったのに。
 一昨日もしっかり返信してくれたのに。
 今日はどうして、待っても待っても来ないのだろう。
 変わることのない待受画面が、どうしてか揺らめく。
 涙のせいだと気がついたのは、滴が枕にたどり着いてから。
「うそ、だろ……っくそ、なんでだよ、なんで……っ」
 なんでこないのか。
 なんで泣いているのか。
 なんで胸が痛いのか。
 全部答えが見つからなくて、息を止めて思考をまっさらにしてしまおうと試みる。
 そうだ朝だって早く起きて練習行くんだからと理由をつけて、眠ってしまえる状況を作り出す。もうなにも考えずに朝を待っていればいいのだと。
 アルトは目を閉じて深呼吸を繰り返して、やがて眠りへと落ちていく。
 それでも鳴らない携帯電話を握りしめてしまうのは、寂しさからだったのだろうか。


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