- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
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恋するうさぎはメンドクサイ
好きな声
千景が部屋に足を踏み入れると、ルームメイトが死んでいた。
いや、正確には死んだような形に突っ伏していた。
「……茅ヶ崎?」
いつもの部屋着、いつものちょんまげ、頭にはヘッドホン、手には携帯端末が握られている。呼びかけても返事はないが、呼吸は聞こえてくる。深刻な事態ではないようだと、千景はジャケットを脱いでハンガーにかけた。
「へんじがない。ただのしかばねのようだ」
千景が帰ってきた気配は伝わっているだろうに、微動だにせず突っ伏したままの至の頭から、ひょいとヘッドホンを取り上げる。
「ふえ」
「可愛くない。何してるんだ」
「死んでました」
「お線香上げた方がいい?」
「もうちょっといたわってください。先輩のせいなのに」
「わけが分からない」
至は上体だけ上げて理不尽な悪態をついてくる。今帰ってきたばかりの千景に、なんの仕打ちだろうか。放っておくかとネクタイに指をかけたところで、至が口を開いた。
「先輩のソロバージョン聞いたら死ぬしかなかった。案外優しい声してますよね」
ぱちぱちと目を瞬く。そういえば新入り四人組で歌った曲を、ソロバージョンで録り直したものがあったはず。それのことを言っているのかと納得した。
「なるほどきゃにめ勢か」
「いや全店舗買いました。特典は逃したくない。それでCDは順番に聞こうと思ったんですけど、我慢できなくて初っぱなに聞いちゃって」
「ふぅん。ところで、案外ってどういうことかな、茅ヶ崎」
「ひえ」
まあ自分がそれほど優しいとは思っていないけど、と心の中で思って千景は至の前にしゃがみ込む。至は体を起こして座り込み、端末の画面をついと撫でた。
「だって、ペテン師は格好いい成分が多いじゃないですか。こんなに優しい声たくさん聞けて、ほんとに死んだ。またもっと好きになったので、先輩のせいです」
「…………可愛いとか思ってないからな」
「嘘つき」
至は楽しそうに笑う。可愛いどころか愛しいと思ってしまったこの気持ちは、声に出してあげた方がいいのだろうが、それはそれで負けたような気がして悔しい。
「茅ヶ崎は、たぶんカンパニーでいちばん俺のいろんな声を知ってると思うけど?」
からかう予定で顔を覗き込めば、さっと頬が染まり、視線が泳ぐ。稽古の時や会社にいるときとは全く違う種類の声だと、言わなくても伝わっているらしい。
「どんな声がお好みかな?」
「決めろって言うんですか」
むくれた顔を見せてくれた恋人に、ほんの少しすっとした思いで立ち上がろうとしたけれど。
「俺のいちばん、知ってるくせに」
「え?」
「千景さん、イく時俺の耳元で〝茅ヶ崎〟って呼ぶから。あの声、俺の中でいちばんですよ」
してやられた。千景は苦虫を噛みつぶしたような顔で、至の体を引き上げる。
車に引っ張り込んでそのままホテルに向かっても、責められるいわれはないはずだ。
「じゃあ、存分に堪能しろ、茅ヶ崎」
今夜は何度、彼の名を呼んでやろうか。千景は欲望にまみれた指先でステアリングを撫でた。
#ラブラブ #両想い #千至
待受画面
可愛く描けたっしょ! と上機嫌で談話室に入ってきた一成を、椋や九門たちが振り向いた。
「わあっ、可愛いね!」
「これカズさんが描いたの? 超可愛いじゃん」
「でしょでしょ~、誕プレでチカちょんに画材もらったからさ~。せっかくならチカちょん描こうと思って!」
一成の発した可愛らしいあだ名に、至の耳が瞬時にダンボのように大きくなった。
(え、なに? 先輩? 描いたってなに? イラスト?)
至は、いつものように手にしていた携帯端末から顔を上げ、ここぞとばかりに話題に入った。
「なに、先輩描いたの? 俺にも見せて」
テーブルに置かれたそれを覗き込むと、そこには確かにちかちょんこと卯木千景が鎮座していた。グラスグリーンの髪と、鋼ブルーの瞳。デフォルメされたイラストだったが、至の心臓を何よりも撃ち抜いたのは、ぴょこんと上向くウサギの耳。
「うぐぅ……」
至は思わず口許を押さえ、しゃがみ込んで俯いた。ギブアップを表すようにテーブルを空いた手で叩けば、ぺちぺちとなんとも頼りない音が響く。
「ね、ね、超きゃわたん! あとでちゃんとお礼言っておこ!」
「カズくん、僕も描いてほしいな」
「あっ、オレもオレも!」
「オッケー任せて!」
傍ではそんな可愛らしい会話が続いているようだが、至の頭の中には残らない。右から入って左から抜けていくような感覚だった。
(可愛すぎてシャレにならん……!!)
ウサ耳の生えた千景。動物が苦手な彼は、ケモ耳をつけてと言ってもつけてくれないだろう。公演ならば別にしてもだ。それがこんな形で見られるなんて。
心臓が速い。頰が熱い。口許が緩む。
至は小さくうなりながらもなんとか体を起こして、もう一度そのイラストを視界に入れた。
やっぱり可愛い、と目蓋を伏せたが、意を決して一成を振り向いた。
「ねえ一成。これ写真撮ってもいい? ネットには上げないからさ」
「へ? ああ、うん、別にいいよん♪ なになにいたるん、これでチカちょんからかう腹づもり?」
「ハハ、まぁそんなとこ。だって嫌がる顔見たいでしょ」
そう言って笑ってみせたが、うまくごまかせているだろうか。
至がこれを欲しがる理由はたくさんあるが、ひとつに絞るとするならば、千景のことが好きだからだ。
(ほんとにかわいい)
至はようやくまともに見られるようになったイラストを、携帯端末のカメラに収める。何度も撮り直して、何枚も撮り集めて、最高の一枚を待受画像に設定した。
アプリのアイコンが邪魔だが、邪魔だからこそ落ち着いていられる。画面全部を見たら、時間が経つのも忘れて見入ってしまう。
満足げに息を吐き、念のためデータをクラウドに転送しておいた。千景に削除されてしまうかもしれない。
「いいカンジ。ありがと一成。部屋に戻るわ」
椋たちをモデルにラフスケッチし始めた一成に礼を言い、ひらひらと手を振って至は談話室を後にした。
(は~マジ可愛い。実物あんなに格好いいのに、こうやって絵にすると可愛いとか反則じゃない?)
画面を見つめながら部屋に戻り、手に入れたウサ耳千景を存分に堪能する。
柔らかそうな耳に触れてみたいと画面に触れるも、当然ながら硬い。さらさらした髪に触れてみたいと思っても、やっぱり硬い。
伝えることのできない気持ちだし、これで満足しておくしかないかと苦笑して、ソファに寝転がった。
そうして程なく、千景が残業を終えて帰宅する。至は慌ててソファの上に体を起こした。
「ただいま」
「おかえりなさい先輩。残業、大変でしたね」
「まあね。取引先がゴネるから、打ち合わせ延長の上に断れない会食とか、本当に面倒だった」
ふう、と息を吐いてスーツを脱ぐ仕種もサマになる。至は目を背けたくても背けられない複雑な恋心を胸に、お疲れ様ですと呟いた。
「そんな先輩に癒やしをあげましょうか」
「は?」
「ほら、一成がかわいい先輩描いてくれましたよ」
そう言って、画像フォルダから先ほど撮ったウサ耳千景を、モデル本人に向けてみせる。
一瞬にして千景の顔が引きつったのは面白かったけれど、やっぱりお気に召さなかったかと眉を下げた。
「なんだ、それ」
「なにって、だから一成が描いた先輩」
「それは分かるけどなんでウサギの耳がついてるんだ」
「それは一成に聞いてくださいよ。可愛いじゃないですかこれ。誕プレに画材あげたんでしょう? それで描いたみたいですよ。喜んでましたけど」
う、と千景が言葉に詰まったのが分かる。自分が贈ったプレゼントで描いてくれたとなれば、あからさまに嫌がるのも憚られるのだろう。つくづく他人に甘い男だと、至の心臓が締めつけられた。
「はぁ……もう、いいけど。それ、ネットに上げるつもりかな」
「さあ。俺は止めてませんけど、しないと思いますよ。先輩がそういうの嫌がるって知ってるから。写真も好きじゃないでしょ」
俺にも撮らせてくれないのにと、心の中で小さく呟く。本当なら千景の写真を待受にしたいところだが、そもそもデータがない。一成のイラストを借りたのは、それも理由のひとつ。
「で、お前は何でそんなもの撮ってるんだ。嫌がらせか」
「……バレました?」
はは、と笑いつつも、上手く笑えたとは思っていない。
嫌がらせのつもりはない。
千景のことが好きだから、いつでも見ていたかった。だけど写真はないし、もし他人に見られても、イラストなら団員仲間が描いたんだと団員愛を楯にできる。
「嫌がらせの他に理由が思いつかないからな」
「ヒドス。……でもこれ、ほんと可愛いんですってば。よく見てくださいよ。耳とか触り心地良さそうだし」
「……そんなわけないだろ」
至は待受画面に戻した端末をじっと眺めて、千景のため息にも気づかずウサ耳を撫で続けた。
我慢できなくなったら幸や臣に頼んで、ヌイグルミにでもしてほしいくらいだ。
どうせ本物にはそんなふうには触れやしないのだから。
「茅ヶ崎、本気でその待受固定するつもりか?」
「え、いいでしょ別に。癒やしをくださいよ」
「そんなもので癒やされるお前の気が知れない」
振り仰げば、千景は不機嫌そうに眉間にしわを寄せていた。これは本格的に怒られる流れだろうかと身構えたら、手にあった端末をひょいと取り上げられた。
千景は端末の画面にすいと指先を宛て、じっと眺めているふうに見える。一成の描いたウサ耳の自分を受け入れられないのか、その顔は険しい。
ち、と小さく舌打ちまで聞こえた気がした。
そうして短いため息のあとに、千景は指先を動かす。
「先輩待って!」
そんなに嫌だったのかと、顔を歪めて千景を呼ぶ。からかうつもりも嫌がらせのつもりもなかったし、そんなに嫌なら待受からは解除する気はある。
「先輩、やだ、消さないでください、お願い」
たまに眺めるくらい許してほしい、他の誰にも見せたりしないからと、瞳で訴えてみせた。
「消さないよ」
千景が、にっこり笑顔で振り向いてくる。仮面であることを隠しもしない様子に、至はさっと血の気が引いたけれど。
千景の指先は自身の前髪を撫で整え、眼鏡の位置を直す。 ん? と至が首を傾げている内に、端末からシャッター音が聞こえてきた。
「……うん。はい茅ヶ崎、返すよ」
「え? は?」
「そっちにしとけ」
ポンと端末を放られて、落とさないように必死で受け止めた。いったい何をしたのかと端末を確認した至の目に、ウサ耳イラストではない、千景の自撮り写真が飛び込んでくる。
「はぁあああ!? ちょ、待って、どういうつもりっ……」
「嫌がらせ。じゃあ、メシ食べてくるよ」
言って、千景はさっさと着替えて部屋を出ていってしまう。ソファには、ただ茫然とした至が取り残された。
「ナニコレ……」
手の中には、千景の写真が待受にされた携帯端末。どうやら夢ではないようで、一気に顔の熱が上がった。
「待って待って、無理、超レアGET、かっこよすぎ」
顔からソファに倒れ込んで、思いがけないアイテムドロップをどうにか消化しようとする。だが、そんなに簡単にいくわけがない。
嫌がらせどころかご褒美にしかなっていないことを、あの男は知っているのだろうか。
至は端末を胸に抱いたまま、小さくうなりを上げた。
その同じタイミングで、部屋のドアの外側、千景が脱力したようにしゃがみ込んで項垂れる。
「バレたかな……なにやってんだ、俺は」
一成の描いたイラストに嫉妬なんかして、初めて自撮りなんかしてしまった事実。いくら自分がモデルになっているとはいえ、なんだか悔しかったのだ。
そんな気持ちで子供っぽいことをしてしまったことに、呆れ返る。千景は小さくうなりを上げて、夕食をとりに行こうと、吐息とともに立ち上がった。
きっと待受はすぐに変えられてしまうだろうけど、このわずかな時間だけでもいいからと、祈りの言葉を吐きながら。
至の端末の待受画面が、ずっと千景の写真にされていることを知るのは、もう少し後のこと。
#千至 #両片想い #イベント無配
アイレベル:その後の二人
未だに夢なのではないかと思う。
至は、千景が入れてくれたコーヒーに口をつけながら、キッチンに立つ彼の背中を眺めた。手際よく作られていくのは、おそらくスクランブルエッグ。傍にあるのはサラダだろうか。
(自炊、してるんだ……なんか勝手に外食とか多そうなイメージしてたけど、あの引き締まった体でそんな不健康なわけなかったわ)
〝引き締まった体〟という単語で、ついうっかり昨夜のことを思い出してしまって、顔が火照るのを自覚する。小さくうなりながら俯けば、自分の腕についたキスマークに気がついた。
(うわ、千景さんてばこんなとこにまで。……わりと余裕なかったのかな。かわいい)
昨夜、初めて千景の自宅に招かれた。行こうと思っていた至オススメの店が、タイミングの悪いことに定休日だったのだ。気まずい思いで千景に謝ったら、「じゃあ俺のオススメのとこでいいかな」と微笑まれて、どこへ行くのかと思えば――千景のマンション。
(俺のとこから二駅か……歩こうと思えば歩ける距離に、こんなイケメンがいたとはね)
千景とは、お互いをよく知らないうちに電車で出逢った。出逢ったというか、至がヒトメボレして一方的に眺めていただけだ。
そう思っていたのに、千景の方からも同じ想いを返されて、「俺の方が先に至を見つけたんだぞ」なんて面倒くさいマウントを取られた。
(いや、今もまだあんまり知らないけど。ウチの会社の取引先に勤めてることと、死ぬほど顔がいいことと、ハチャメチャに
イケボなのと、俺を甘やかしすぎるってことくらい)
初めて体を重ねてから、まだあまり時間が経っていない。お互い仕事があるし、夜の逢瀬は金曜日。それでも運がいいなと思うのは、毎朝電車で逢えるからだ。
(千景さんの傍に陣取るようになってから、ホント周りの視線が倍増したんだよね~。見たい気持ちは分かる。千景さんホントに格好いいから)
電車で眺めているだけの時は、絶対に恋人がいるだろうと思っていた人の恋人に、まさか自分がなれるとは思っていなかった。
(し、しかも、こんなデロ甘の扱い受けるとか死ぬ、確実に昇天する)
髪に触れる時も、唇に触れる時も、もちろん体に触れる時も、千景は優しい。とても大切にされているのが、うぬぼれでなく伝わってくるのだ。おかげで千景と逢うたびに心臓がドキンドキンと大きく跳ねる。
「至、お待たせ。どうしたの……あ、コーヒーにミルク入れる?」
そんな彼の自宅で朝食を取るということが、どれだけ幸せで、どれほど緊張することか。千景が、軽い朝食を両手にテーブルの方へやってくる。
「え、あ、平気です。手伝いますよ」
運ぶのくらい手伝おうと、至は腰を上げかけたけれど、千景に止められた。
「至は座ってて。昨夜ちょっと無茶させたからな」
「……っべ、別にそんな! ……ちょっと、キツかったですけど……」
「そういう反応、すごくいいな。可愛い」
確かに昨夜は濃密な時間を過ごした。何度か行ったホテルよりも盛り上がってしまったのも事実で、腰が痛くて重いのも本当だ。
だけどあれは完全に合意の上の行為で、千景だけの責任ではない。心も体も欲しがってしまったのだから仕方がないのだ。
「睨むなよ」
「睨んでません。……やっぱりどうにも顔がいいなって思ってただけです」
「俺はあんまり自分の顔好きじゃなかったんだけどね」
「えっ、なんでですか、すごいカッコい、……好み、なのに」
力説しそうになって、恥ずかしくて違う言葉を探したけれど、結局そんな言葉しか出てこずに至は視線を背ける。
もっと気の利いた言葉が出てくればいいのにと。
「至が好きだって言ってくれるから、今は好きだよ。まさか、この恋が叶うとは思ってなかったしね」
トーストしたパンにマーガリンを塗りながら、千景は苦笑する。それはこちらも同じだと、至はサラダに手を伸ばす。
「至を初めて見かけたとき、すごくドキドキしたんだ。だけどノンケだろうし、恋人がいるだろうって思ってたんだよね」
「いやそれ俺の台詞です」
「だけど至が傍にくると、視線が倍増するんだよね、あの電車。至への評価が高いのは嬉しいけど、ちょっと嫉妬する」
「それも俺の台詞ですし!? 千景さん、自覚してくださいよ」
あの視線がどちらへ向かっているものなのかなんて、考えなくても分かりそうなものだと至は息を吐く。
「千景さんは、格好いいしスタイルもいいし、ネクタイとかも趣味がいい。タバコ吸わないのもポイント高くて、声もいいですよね。好きにならないわけないでしょ」
「それを言うなら至だってそうだろ。ふわふわの髪とか触りたくなるし、背も高い。細い腰なんか支えたくなるし、指も綺麗。声もね、高すぎず低すぎず、俺の好み。好きになるのに五秒かかったかどうか」
「いやさすがに盛りすぎでは」
「盛ってない。本当のことだ。至に早く気づいてほしかった。もしかしてあの子も、って期待して、毎朝同じ電車、同じ場所に乗って、至を待ってたんだぞ」
落ち着き払った様子でコーヒーに口をつける。誰に何と言われようと、至がどれだけ謙遜しようと、彼の中では揺るぎない事実になってしまっているようだった。
「至がこういう付き合い初めてだって聞いた時、本当に嬉しかったんだ。至が他の誰の物にもなってなくて良かったって」
「……そ、そんなの……あの日、千景さん結構余裕そうに見えてたんですけど」
「そう思う? 至を何度も抱いたのに」
色を含んだ瞳が見やってくる。墓穴を掘った、と至は目を伏せたが、確かにあの夜、初めてだというのに何度も繫がった。
「至からまた逢えるかって訊かれた時も、嬉しかったな。俺の方から言おうと思ってたから」
「いや、だってあの時は俺、必死で……夢かと思ってたっていうか、夢にしたくなかったっていうか。初めて話したのに浅ましいって思われてもいいからって……」
一夜限りで終わりたくなんかなかった。千景がそんなふうに想ってくれていたなんて知らなかったから、彼をこの手につなぎ止めておきたかった。
「至は素直だよな、こういう時。羨ましいよ。俺はそういうの、どっかに置き忘れてきた気がする」
「そうですか? でも千景さん、俺を抱く時すごく素直っていうか、可愛くなるから、嬉しいですよ」
昨夜のことを思い出して首を傾げれば、千景がコーヒーを噴き出しかける。
「そ、そういうことは初めて言われたけど……」
「そうなんですか? じゃあ俺が初めてもらっちゃったんですね」
「……ちなみに、どこをどう捉えたら素直ってことになるのかな……」
千景が今まで、どんな人たちを相手にしてきたのか、至は知らない。気にならないと言ったら噓になるが、それを気にするより、もっと千景のことが知りたい。
可愛いと言われて複雑そうな顔をする彼のことを、もっともっと、広く、深く。
「分かりませんか?」
「まったく」
「千景さん、俺にしてほしいことちゃんと言ってくれるから。背中抱いてて、放さないで、入れたい、イきそう……一緒に、……って。そういうの可愛くて、すごく嬉しい。だから俺も、安心して甘えられるんですよ」
千景が口許を押さえて項垂れる。自覚がなかったのか、それを素直と捉えられるとは思っていなかったのか。
「……昨夜も、言ってた?」
「はい。いっぱい。覚えてません?」
「いや、その、……夢中で」
「ほらそういうとこ。ねえ俺、千景さんのことどんどん好きになっていくんですけど、大丈夫ですか?」
ほんの少し顔が赤い気がして、胸が鳴る。千景もそんなふうになるのだと、愛しさが増してしまった。
「ああ、それは心配ないよ、大丈夫。もっと好きになって。俺はその倍以上、至を好きになっていくから」
「え、なにそれズルくないです?」
「ズルくないです」
したり顔で笑う千景が、やっぱり可愛い。もっといろんな顔を持っているのだろう。
「ねえ至、今日はどうしようか。どこかに出掛ける? それとも」
「あ、人の多いとこ苦手なんですよ俺。デートスポットっていうか……あの、ごめんなさい」
気まずそうに視線を落としてから千景を見やれば、何やら驚いた表情。
「いや、俺もそういうとこ苦手っていうか。至となら別かもしれないけど……」
「あ、そうなんですか? 良かった……じゃあDVDとか借りてきます? ネット配信のでもいいですけど」
「そうだな。食べたら、少し散歩がてら借りにいこうか」
はい、と至は頷く。
千景と一緒にいるのが心地いい。これから一緒に時間を、言葉を、熱を重ねて、共に過ごせたらいい。
同じ歩幅で、同じ目線で。
#両想い #ラブラブ #千至 #リーマンパロ
暑い日は
今日は暑かったよね。だから俺、コンビニでアイス買ってきたわけ。アイスクリームっていうか、アイスキャンディーってヤツ。
ちょっぱやで着替えて、ちょんまげ作る前にアイスの袋を破って口ん中に放り込んだ。
ひんやりとした感触がたまんない。暑い日はアイスとコーラがいちばんだわ。たまにはビールもいいけどね。
アイスを咥えたまま、前髪をまとめ上げてゴムで縛った。いつものスタイル完成。
ってとこで、先輩が帰って来た。
「ただいま」
「ほはへひははひ」
「うん何言ってるかは分かるけど行儀悪いな」
それは分かってるけど、アイス溶けるじゃん……。
あ、でも駄目だ。
「えっと、おかえりなさい、先輩」
俺はアイスを放して、クローゼットに向かった先輩にちゃんとおかえりなさいを言った。そして素早くアイスを戻す。やっぱり冷たくて最高。
「別に言い直しを要求したつもりはなかったんだけどな。ただいま茅ヶ崎」
先輩は俺が言い直したことに驚いたみたいで、目をぱちぱち瞬いて、またクローゼットに向かう。
だってさ、そんなこと言いながらも声がめちゃめちゃ優しくなるんだよね、先輩って。あれ気づいてんのかな。
ジャケットを脱いでベストを脱いで、ネクタイを外してシャツを脱ぐ。
何度も見てきた光景なのに、まだドキドキするわ。
あ、あの背中の傷、もしかしてこの間つけちゃったヤツかな。……駄目だ、エロいこと考えてたらシたくなる。
「なに?ジロジロ見たりして」
「えっ、あ、いや、何でもないです!」
俺はごまかして正面に向き直るけど、絶対ごまかせてない。早くアイス食べきってゲームしよ。
「あっ、やべ」
先輩の着替え見てたら、溶けたアイスが棒を伝ってきている。もう少しで指につきそうだったそれを舌で舐め取って、柔らかくなった部分をキスするみたいに食べてみた。
「……今日暑かったからか?」
「ん、え、はい。あ、先輩も食べたかったですか?あ、……っと」
着替えを終えた先輩が、俺の隣に腰を下ろす。先輩の重み分ソファが沈んだのが伝わってきて、なんだかちょっと恥ずかしくて嬉しい。
そんなこと思ってる間にもアイスは溶けてくる。早いって。
「いや、別に。甘いだろそういうの」
先輩の分も買ってくるべきだったかと思ったけど、予想通りの答えが返ってきた。ですよねー。
でも、なんでだろう。さっきからじっと見られてる気がするんだけど。着替え見てた仕返しか?
って、思った直後、違うって分かった。
「……茅ヶ崎」
吐息みたいに俺のこと呼んで、先輩が腰に手を回してくる。
待て待て待て、これあれだ、えっちなことになるヤツだ。
自意識過剰って言われるかもしれないけど、違うんだって、先輩の腰がくっついてきてるし!
「せ、先輩、あの」
「なに?」
「なに、じゃないですよ。駄目。──ちょっと待ってて」
えっちなことになんのは別にいいんだよ。俺だってさっきちょっとヤバかったし。
だけど俺は今アイス食ってんの。溶ける溶ける。もったいないしね、イチャイチャはこれ食べ終わってから!
ってことを言いたいんだけど、焦って声が出てこない。このまま押し倒されたりしたらどうしようかね。俺拒めないわ。
けど、先輩は寄せてきてた体をちょっと離して、どことなくそわそわとした様子で俺の手に残ったアイスを見つめている。
なんだそれ可愛い……!
待っててって言ったから?ちゃんと待っててくれるんだ?あああバカ、本当に可愛い!
俺は急いでアイスを食べて、先輩に寄りかかった。待っててくれた先輩にちょっとエロいキスしたら。
「冷たいな、お前の舌」
野獣みたいな顔した可愛い恋人に押し倒される。
その顔と言葉と声だけで、俺は脳みそとろけそうだったんだよね。
#両想い #ラブラブ #千至
「ナイランBARに連れてきた」の至サイド 自販機でコーヒーのボタンを押して、何食わぬ顔をして壁にもた…
どうやらナイランBARに連れていってもらえるようで
「ナイランBARに連れてきた」の至サイド
自販機でコーヒーのボタンを押して、何食わぬ顔をして壁にもたれる先輩の元へ歩み寄った。
「お疲れ、茅ヶ崎」
俺の気も知らないで、先輩はそう言ってにっこり笑うだけ。ううう顔がいい。って、いや、そうじゃなくて。訊くことあるだろ。
「先輩、そろそろ教えてくださいよ」
「うん? 何かあったっけ」
とぼけやがってコノヤロウ……。もっとも、素知らぬふりして壁にもたれてるこの人も様になるから困るんだ。
惚れた欲目を抜いても、先輩は格好いい。今だって、休憩室だっていうのに女の子たちからの視線がウザい。俺を通り越して先輩に向かってんの。いや別に先輩の方がモテるから嫉妬してるわけじゃない。
違うんだよ。
……見られたくない。俺だって先輩のこと好きなのに、おんなじ気持ちで見てほしくない。
叶わないの分かってるから、心の中でそんなわがままを思うだけ。
いいなあ、あの子たちは。キラッキラな目ぇして見てたって、誰に咎められるわけでもないんだから。
俺はね、駄目でしょ。
同じ男で、職場の先輩後輩で、劇団仲間で、ルームメイトで。
はあ面倒くさい。せめてどれか一つだけだったら、告って玉砕する道もあったんだけど。部屋も同じじゃ気まずいどころじゃない。
だから、これは内緒の恋。俺だけの秘密だ。
「今日の予定空けておけって言った理由。何なんですか?」
そう、先日、先輩に言われたんだ。今日、二十四日の予定を空けておけって。まあ別に大事なイベント入ってないし、稽古も空きだし、仕事もまあ、……落ち着いてはいる、はず。
普段なら、飲みに連れてってくれるのかなとか、ちょっとご飯でも、とかそういうものかなって思うんだよ。事実これまでも何度か先輩の財布をアテにして連れてってもらったことはあるし。
でもね。でもさ、今日って。
俺の誕生日なんだよね。
……誕生日、なんですよ、先輩。
そんな時にさあ、好きな人に予定空けておいてって言われたら、ちょっと期待するじゃん。先輩にその気がなくても、なんかちょっと豪華な食事かな、とかさ。そういうのって俺だけじゃないと思う。普通の反応だろ。たぶん。恋なんかすんの初めてで分かんないけどさ。
「ああ、それね」
誘われてからずっと悶々悩んでた俺の気も知らずに、この人は! それねってなんだよ、それねって! 期待した俺がバカだった、またカレー屋にでも連れてかれるんだ。
「ちょっと待って。えーと、ああこれだ」
言って、先輩はスマホを操作する。何か見せたい物でもあるのかと思ったら、俺のスマホが震えた。え? 何か転送された?
俺は慌ててポケットからスマホを取り出した。
「行きたがってたナイランBAR、連れてってやる。定時で上がれよ」
「え、……――は!?」
待って。待って今なんて言ったのこの人! ナイラン? BAR? って? 言った? いやいや、そんなわけ……。
でも待って、俺のスマホに送られてきたの、メールの画面だ。今日の日付と、時間と、1~2名様と書かれた予約確認メール。
「え、え……?」
俺はそれが信じられなくて、思わずスマホと先輩の顔を交互に眺めた。先輩お得意のペテンではないようで、先輩は何か優しい顔で笑ってる。何だそれ、待って写真に撮りたい。いや、それより何これ、ほ、ホントに……?
「せ、先輩、これ」
「疑ってるかもしれないけど、ちゃんとした当選メールだよ。これだろ、行きたがってたの。……違った?」
「えっ、いや、別に疑って、え、あの、こ、これ、ですけど、だって、マジですか」
先輩は俺に自分のスマホを渡してこようとするけれど、そうじゃない、信じられないのは先輩じゃなくて、当たったってこと自体がだよ。っていうか先輩が自分のスマホ他人に触らせるとか、えっ、これもレア案件では? ちょっと、処理が追いつかないんだけど、まずはじめにだ。
行けるの? ナイランBARに?
「行きたくない?」
「バッ、馬鹿言わないでください、行きたいですよ! だってナイランッ……! ……な、ナイランBARずっと行きたくて」
思わず叫び声を上げそうになって、慌てて口を押さえて深呼吸。危ない危ない、ここはまだ職場なんだ、カンペキエリートな王子様を崩すわけにはいかない。
「そう、良かった。じゃあ仕事終わったら行こうか」
「い、いいんですか? 俺が行っても……」
「お前が行かなくてどうするんだ。仕事、片付けられそうか?」
「ちょっぱやで終わらせます! うわ、すげー嬉しい……あ、でも今日、もしかしたらみんながパーティーとか、してくれるのなら……」
もちろん行きたい。抽選制の予約なんか全然当たらなくて、実は今回の予約期間も全落ちだったんだから。こんなとこまで物欲センサー発動すんのかワロス。って、いやいやそこじゃなくて。今日、俺の誕生日だからさ、もしかしたら劇団のみんながお祝いしてくれるかも、っていう思いもある。これまでずっと、みんなの誕生日を祝ってパーティーしてきたんだから、何か暗黙の了解的なとこがあって。
もしそうだったら、悪いよな……。
「ああ、それは大丈夫、根回ししておいた。明日にしてもらってるから」
「いつの間に。サプライズとか企画してたら俺に筒抜けですよ」
「あれだけパーティー好きのカンパニーで、サプライズも何もないと思うけど。まあそんなわけだから、今日は俺に付き合って」
「ぶはっ、げほっ、げほっ」
「おい汚いな」
飲んでたコーヒー噴き出したけど、どう考えても先輩のせいだ。先輩は他意はないんだろうけど、〝付き合って〟なんて言われたら動揺するだろ馬鹿、好き、めちゃくちゃ嫌い。
「す、すいません、いやほんとあの、びっくりして……」
先輩はハンカチを渡してくれて、また俺を翻弄する。それでも俺は受け取って、汚れた口許を拭った。あ、先輩の匂い……。これ返さなきゃダメかな、ダメだよな、もちろん洗うけど。
「あ、だから今日電車で行くぞって……そういうことだったんですか」
「鈍いな。BARなんだし、お酒あるんだろ? 飲酒運転は犯罪だぞ」
「思考回路がショート寸前なので。えー、でもすごい楽しみ。ありがとうございます先輩」 考えてもなかった。先輩サプライズ上手いなー。一気にテンション上がったわ。ホント、純粋に嬉しい。
え、先輩なんで今顔逸らしたの。笑ってる? ……俺そんなに変な反応したかな。恥ずかしい。
「期待通りの反応で嬉しいね。じゃあ、定時にそっち行くから」
あとでな、と先輩は俺の頭をぽんぽんして休憩室を出ていった。カンペキエリート王子様茅ヶ崎、K.O.寸前です。いやもう手遅れかもしれな……。
ちょっと待って恐ろしいことに気づいた。
誕生日に二人っきりでBARに行くとか、これはもはやデートでは?? しかも俺のずっと行きたがってたとこって。え、デートでは??
うわ無理! 無理無理、嬉しいけどしにそう! 先輩、いったいどういうつもりで誘ってくれたんだろ……。いや、どういうつもりも何も、向こうはそういうつもりじゃないだろ。分かってるよ。分かってるけど、ちょっと期待はしてしまう。
先輩にとって、俺って、なんなんだろ……。
ん~~、でもしんみりすんのやめとこ! せっかくナイランBAR行けるんだし、仕事ちゃんと終わらせとかないと! 時間に遅れてったらもったいないわ。もう二度と行けないかもしれないし、目一杯楽しもう。
それが好きな相手と一緒だなんて、幸せすぎだよ。
定時、十分前。
仕事は終わらせた。後は明日で構わないもの。何ならテンション上がりすぎて明日やるはずだった物にまで手を着けてしまった俺グッジョブ。明日楽だわ。
けど、だからって気は抜けない。ここで暇そうにしていようものなら、どっかから仕事押しつけられるに決まってる。
今日はノー残業デーですのでお帰りください、俺は帰る。いや帰るっていうか先輩とデートです。デートです誰が何と言おうと先輩が何と思っていようと。俺がデートって思ってればデートなんです。
もう作成し終わったファイルをもう一度開いて、入念にチェックする。フリをして、パソコン右下のデジタル時計に目をやった。どうにか早く数字が増えていかないか祈ったけど、俺は魔法なんか使えやしないんだった。
グエン~どうにかして~。
とは思うけど、グエンはそんなことに魔法使ったりしないよな。誇り高き湖の騎士ランスロットのためになるならやるかもだけど。んん、でも彼女にも高潔でいてほしい。こんなことに魔法なんか使わせられない。
でも、早く。早く、早く、早く変われ!
キーボードで意味のない文字を打っては消して、消しては打ってを繰り返し、ときどきランスロットと打ってしまったりガウェインと打ってしまったり、……先輩と打ってしまったり、バレたら死ぬレベルのものまであった。
けど、無事に定時! パソコンの電源を切れば、先輩が宣言通り迎えに来てくれた。カレシか。
「お疲れ様」
「お疲れ様です先輩。帰りましょうか」
俺は素早く腰を上げて、誰にも捕まらないように職場を後にした。〝先輩と帰る〟というシチュエーションなら、他に誰も誘ってこないだろうし、言い訳だって簡単だ。
「は~楽しみ」
廊下を歩く時も、エレベーターに乗るときもそわそわしていた俺を、先輩は楽しそうに見つめてくる。うわマジやめてそんな優しい顔で見てこないでください、誤解しちゃうでしょ!
まあ、そんなこんなで、無事にナイランBARに着いたわけですが。入り口からしてアガるわ。えええあれ王宮の門かな。うわ、奥の方石造りになってる。細かい……! ファンたちのレビューは見たけど、再現率高い。さすが監修ちゃんとしてるだけあるわ。
先輩が予約のメールを店員に見せて、身分確認。店員が従者に扮してるのもポイント高い。まるでこれからアーサー王に謁見をしに行くみたいだ。すごいゾクゾクする。好きなゲームが、こんなふうに再現されてるなんて。
そうして案内されたのは、なんとランスロットのエリアだった。城内とか城下町とか森とか、いくつかのエリアがあるんだけど、その中でも俺のイチ推しキャラんとこ充てられるとか、ホント先輩、神なのでは?
「すごい、すごいですね先輩。ランスロットのパネルが!」
「お前の顔見てる方が面白いよ、茅ヶ崎。ひとまず何か飲もうか。軽食もあるみたいだけど」
キャラクターをモチーフにしたカクテルやちょっとしたおつまみ、軽食が魔道書みたいなメニューにずらり。えええこれ制覇したいけど無理だわ……キャラ多過ぎ。
「俺はランスロットですかね。ここは外せない」
「はは、だろうな。じゃあ俺は――ガウェインを」
先輩の顔でガウェインて言われるとなんか違和感。先輩がもうガウェインに見えるのは、舞台の方で演じたキャラだからかな。
「そうだ茅ヶ崎、改めて。誕生日おめでとう」
カクテルも運ばれてきて、特典コースターもグエンのが当たって、目の前には好きな人。それだけでも充分に嬉しいのに、改めて、なんて。
「ありがとうございます。貴重な体験させてもらって嬉しいです」
本当にね、こんなこと二度とないと思う。先輩がどういうつもりで俺を誘ってくれたのか分からないけど、今日は目一杯楽しもう。
先輩と乾杯させてもらって、ランスロットのブルーラグーンを口に含んで、次は何を飲もうかななんて、もう二杯目のことを考えていたら、先輩が唐突に眼鏡を外した。さらに、男らしい指で前髪をかき上げたんだ。
「え」
『好きなだけ頼めよ、茅ヶ崎。まあお前の誕生日だしな、ここは俺の奢りだ。ただし腹に収まる程度だぞ。残したりしたら承知しねーからな』
ひえっ……。
思わず息を飲んだ。両手で顔を覆って、天井を仰いだ。
……っこ、の、ひ、と、はぁ~~~~……!!
「先っ輩……ズルイ、卑怯、格好いい、しぬ」
いやホントもう無理、まさか先輩から〝ファンサ〟がもらえるとは。先輩のガウェイン、本当に格好いいんだよ、舞台の方でもガウェインに落ちたヤツらいっぱいいるんだってホント!
俺はガウェインもすごい好きだし、先輩のこともすごく好き。こんな嬉しいことないだろ……!
「ッああ~~もう、推し二枚重ねとかマジか」
「……なにお前、俺推しなの?」
しまった。声に出てた。うわどうしよう、気づかれる? ワンチャンある? ごまかせる、よな?
うっかり声に出してしまった俺は、どうにかごまかそうとして言葉を必死で探したんだけど、出てきた言葉は「聞かなかったことにしてください」だ。情けない。あああこれで気づかれたらどうすんだ、先輩ホントに気にしないで!
「あ、俺次はこっちのドリンク頼むんで! 先輩は?」
ごまかしかた下手か。俺、一応舞台役者だよな? 先輩の前でだって、何度も演技してきたよな? なんでこんなふうにしかごまかせないんだろう。いやもうごまかせてるとは思わない。
気づかれたかなー。正真正銘推しですよ、先輩。いや、推し、じゃ……ないな。
正真正銘好きなひと。
気づかないでほしい。気づいてほしい。いい加減にやめたい、こんな恋。だけどやめたくない俺もいる。
やばい、頭ん中ぐちゃぐちゃだ。せっかくのナイランBARなのに、カクテルの味なんか分からない。まあ、特典のコースターがあれば、夢じゃない証拠にはなるから、いいかな。
いやよくない、せめてメインキャラのカクテルは全部飲む。
俺の誤算は、このコラボBARがちゃんと子供だましじゃない酒を提供していたことだろう。
気がつけば、制限時間になっていたようで。足下がぐにゃぐにゃする。すごいなー、これもマーリンの魔法か何かか? こんなとこまで再現できるものなんだな。
「茅ヶ崎、おい大丈夫か?」
「らいじょうぶです~」
「……大丈夫じゃなさそうだな。酔い覚ましに、一駅歩こう。つらかったら言えよ」
先輩の声がやけに近くで聞こえる。こーのイケボが。ムカツク。ねえなんか先輩の腕に背中支えられてる気がする。夢かな??
店を出たはずなのに、まだ地面がぐにゃぐにゃしてる気がするんだよね。まだ魔法がかかってる。さすがナイラン。
「せんぱい、きょう、ありがとうございました」
正直あんまり散策できなかったけど、楽しかったのは覚えてる。嬉しかったのも覚えてる。
「ろれつ回ってない。でも、喜んでもらえてよかったよ」
先輩の声が優しい。春組の連中の前でも、こんな声出してたっけ?
「ナイランBARに来られたのも、そうなんですけどー、先輩と一緒っていうのも、先輩が俺のためにー予約取ってくれたのも、嬉しかった、です」
「……はいはい」
「あのですねー、俺にとって、先輩はぁ、推しっていうか」
「ほら分かったから、ちゃんと歩け」
「はつこいのひとなんですぅー……」
俺が覚えているのは、背中をさすってくれている先輩の手が温かかったのと、何秒か止まった足。
声に出してるなんて思ってなかった。そんな意識、なかったんだ。
「俺もだよ、茅ヶ崎――」
だから、先輩が何を言ってるのか――分かってなかった。
#両片想い #誕生日



会社の飲み会を断って、成り行きで別のところへ飲みに行くことになった千景と至。そこで女性客から「一夜限りのお誘い」という意味を持つカクテルをおごられそうになり、千景は意味を知って回避するが、至が口を付けてしまい……?
EP:2.22のガチャ事情
1:ONE NIGHT IN HEAVEN
2018/05/03 セフレの始まり
2:愛のひとつも囁けない
2018/07/01 気づいてしまった恋心
作中に万紬表現があります。ご注意ください
3:たった一度のI love you
2018/08/19 ザフラでの公演
作中に万紬表現があります。ご注意ください
4:ふたりの約束
2019/08/04 恋人同士になったけど……。
作中に万紬・十左表現があります。ご注意ください
5:千秒の愛に至る音 掲載準備中
2022/087/24 プレゼントをしたい。
EP:2.22に祝福のキスを
#セフレ #片想い #両想い #両片想い #原作沿い #ウェブ再録 #カクテルキッス