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ff-フォルティッシモ-segue

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(画像省略)【装丁】文庫サイズ/208P/全年齢/1200円【書店通販】フロマージュブックス様【自家…

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ff-フォルティッシモ-segue


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【装丁】文庫サイズ/208P/全年齢/1200円
【書店通販】フロマージュブックス様
【自家通販】BOOTH(https://hanaya0419.booth.pm/
【あらすじ】ff-フォルティッシモ-の続編。一応完結。
跡部が青学に訪れ恋を告白してきたが、「なにも望まない」とも言う。手塚は応えられないと突っぱねるが、跡部がドイツ語を得意としていると知って教えてもらいたいと頼んだ。傍にいられるのは苦しいけれど、そんな苦痛さえ愛しいと跡部は受けてくれる。
ドイツ語を勉強しながらテニスを楽しみ、跡部の本質に触れていく手塚。
ドイツ語の習得に尽力してくれる跡部に何か礼をと思いプレゼントを贈った際に見た表情がとてもかわいく思え、跡部が望むならと「キスくらいならしてやれるが」と提案する。だがそれは跡部を深く傷つけてしまい、メッセージも返してくれなくなった。
氷帝に出向いた手塚は、呼び出した跡部に交際を申し込み、跡部は困惑しながらも受け入れてくれたけれど――。
【ご注意】うちの青学メンバーは氷帝メンバーと仲良し/※※描写はしてませんが、忍→岳の設定がありますので、苦手な方はご遠慮ください※※

#塚跡 #シリーズ物 #片想い #誕生日 #新刊サンプル





 お茶をお持ちしますと執事は下がっていく。部屋の隅に、プレゼントの山。これが全部跡部への贈り物なのかと思うと腰が引けてしまった。
 その中で、自分が預けたものを見つけて手に取った。比べてしまうと、やはり見劣りするなと思う。急なことだったし、もともと誕生日用に選んだプレゼントではないというのが、申し訳ない気もした。来年はもう少し気の利いたものにしようとソファに腰をかけたところで、はたと気がつく。
 来年、と未来の事を考えてしまった。当然のように傍で祝える前提で。
「……そうか」
 この感情がなんなのかは分からない。だが少なくとも、自分の未来には跡部もいてほしいとは思っているようだ。来年も誕生日を祝いたい。当日は忙しいのだから、別の日でも構わない。ゆっくり、おめでとうと言える環境で過ごしてもみたい。その反面、自分たち二人ならテニスでいいのではないかとも思う。一日中テニスをするだけでも祝いになるかもしれない。楽しそうな跡部の顔が目に浮かぶようだと思った。
「手塚、悪い待たせて」
 その時、予告もなくドアが開けられ、跡部が姿を現した。跡部にとっては自分の部屋なのだからノックなど必要ないが、心の準備をしていなかったせいで、思わずビクッと体が強張った。
「あ、ああ、いや、そんなに待っていない」
「そうか? あ、ミカエル、後は俺がやるから。今日はありがとな」
「とんでもないことでございます。ご入浴の際はお呼びください。お坊ちゃま、朝にもお伝えしましたが、お誕生日本当におめでとうございます」
「ああ、ありがとう。母さんや父さんはもちろん、お前にも感謝してるぜミカエル」
「もったいないお言葉にございます。では、ごゆっくり」
 ドアの傍でそんなやり取りをして、跡部は紅茶の乗ったワゴンを部屋に引き入れる。手塚はどこかでホッとした。彼にもちゃんと、あんなに誕生を喜んでくれる人がいることに。
「ん、手塚。熱いから気をつけろよ」
「ありがとう」
 まさか跡部が手ずから紅茶を注いでくれるとは思っていなかったが、素直に受け取って口へと運ぶ。そういえば飲み物はあまり口にできなかったなと思うと、満たされた気分だ。
「盛大なパーティーだったな。毎年こうなのだと聞いて驚いたが」
「招待客が多くなるから、どうしてもな。まあ誕生日パーティーにかこつけたご機嫌伺いだぜ」
 跡部は自分用に入れた紅茶をテーブルに置き、「それでも」と続ける。
「今年はお前がいてくれて嬉しい。似合ってるって言われたの、本当に嬉しかったんだ」
 その場で、右足を軸にくるりと回ってみせる。わずかにジャケットの裾が揺れたことすら計算されたことのように美しく、改めて跡部景吾という男の体幹の良さを実感した。
「どうだよ?」
「あの時言った通りだ。似合っていると思う。それに、そうやって動いても軸がぶれないというのか……きっと足腰の鍛錬を欠かしていないのだろうと」
「そりゃあな」
 ふふっと得意げに笑って、跡部が隣に腰をかける。ふわりとバラの匂いがして、いつもと違いすぎる彼に戸惑いもした。
「俺は、お前のことを本当にひとかけらしか知らないのだな」
「アーン? 俺様の立ち回りに惚れ直したかよ?」
「……それは、その……」
 惚れ直したとは言ってやれない。物珍しさはあるが、いつまでも見ていたいかというとそうでもない。そもそも、元々惚れてはいないのだから、惚れ直したという表現はふさわしくないのではないだろうか。
 そんなことを思って二の句を継げないでいると、跡部がふっと呆れたように、諦めたように笑った。
「嘘がつけねえ野郎だな。ここは嘘でも惚れ直したって言っとく場面だろ」
「お前に嘘などつきたくない。たとえお前のためになるのだとしても、気持ちのいいものではないだろう」
「ああ、お前のそのクソ真面目なところ、好きだぜ。ホント律儀だよなぁ……おままごとみてーな恋人ごっこに付き合ってくれてんのも、嬉しいと思ってる」
 頭を抱えたくなった。どうしてこの男はこうなのだろうと。まだ一方通行な想いの分、引け目に感じるのも仕方はないと思うのだが、それこそ良い気分ではない。
「恋人ごっこというのは撤回しろ、跡部。俺は俺なりに、お前としっかり向き合って、交際していくつもりでいるんだ。バカにされているようで気分が悪い」
 隣に座る跡部をじっと見据えながらそう告げると、跡部は目を見開いた後に気まずそうに目蓋をわずかに伏せ、下を向いた。少しの沈黙が訪れるが、手塚はただ黙って跡部の出方を待つことにした。
「…………悪い、お前がそんなふうに感じるなんて、思ってもみなかった」
 ぼそりと呟かれた言葉に安堵する。理解はできなくとも、そう感じてしまっていることは伝わったようだ。
「本当にすまない……ただ、まだ現実味がなくてな。どっかで線を引いておかねえと、一気に崩れていきそうで、怖い」
 気まずそうに呟かれたその言葉に、手塚はどこかで安堵する気持ちがあった。
 ひとつ瞬いて、それを自覚する。
 自分の未来に跡部がいないかもしれないと怖がる自分を、恥じ入る思いがあったのかもしれない。だから『怖い』と素直に口に出してしまえる跡部を、羨ましく思った。
「……お前にも怖いものがあったのか」
「お前だけだぜ、俺にこんなこと言わせるの」
「確かにお前から弱音が吐かれるとは思わないな。だが、また知らないお前を知れて嬉しいと思う」
 こくりと頷きながら返せば、それを見て跡部は強張っていた頬を緩めた。
「ちょっとまだ、追いついてねえんだよ。好きなヤツから交際申し込まれてみろ、混乱だってする。しかも昨日の今日だぜ。想像もしてなかっ……いや、想像はしたことあるけど、現実になるなんて思わないだろ、普通」
 そうして、言いづらそうに呟く。こんな跡部景吾も珍しいのだろうなと、目を逸らすことができないでいた。
「俺は好きな相手からというのは経験がないから分からないが、お前がそう言う気持ちは分かる。俺だってお前に好きだと言われて、混乱した」
「本当にかよ。涼しい顔してやがったけどな?」
「……表情に出なかっただけだろう。俺は分かりづらいとよく言われる」
「テニスだとあんなに分かりやすいのにな」
 だいぶいつもの調子を取り戻しつつある跡部が、笑いながら返してきた言葉にハッとする。そういえば、訊いておかなければいけないことがあったのだと。
「跡部、お前もテニスは続けるのだろう?」
 当然イエスが返ってくるものとばかり思っていた答えは、跡部が目を見開いたことで裏切られる。いや、まだ否定されたわけではないと、嫌な音を立てる胸を押さえた。
「跡部」
「…………気持ちだけじゃ、どうにもならないことがある。恋にしても、テニスにしても」
「跡部」
「手塚、俺の住む世界を見ただろう。俺は家の事業を――」
「跡部、脱げ、その服」
 跡部の声を遮って、手塚は強い視線で突き刺した。自身も学ランのボタンに手をかけながら。
「――は? ちょ、……待ておい、お前、なにを」
「その服でテニスはできないだろう」
 学ランをバサリとソファの背にかける。身を強張らせていた跡部が、ハッとした後になぜかがくりと項垂れた。
「テニスならテニスって言え、バカ……」
 跡部が何に対して文句を言っているのか分からなかったが、そこに気を揉むよりもまず、跡部とテニスがしたかった。家の庭にコートがあるというのがこんなに都合の良かったことはない。
 手塚は学ランを脱いだだけ、跡部もジャケットを脱いで靴を運動靴に履き替えただけで、ラケットを片手にコートへと歩んでいく。テニスに適したスタイルではないというのに、手塚は容赦なくサーブを打ち放った。
 跡部なら打ち返してくる。そう確信して。
 案の定、跡部は打ち返してきた。それでも、いつもより球速が落ちている気がする。
 ――――何を迷っているんだ、跡部。
 左腕に、すべての力を込める。跡部が目を瞠ったのが見えた。
 その一瞬後から、彼の顔つきが変わった。すべてを受け止めて打ち返してやるという思いが、その表情に表れている。
「……くっそ、なんなんだよ……!」
 悪態をつきながらも、返しづらいところに打ってくる。それに追いついて、手塚も返す。跡部が返してこられなかったのは、動きづらい服装だからだろう。悔しそうに舌を打ったけれど、キッと睨みつけてくる視線にぞくりと背筋が震えた。
 力強いインパクト音が心地良い。
 いつもと勝手が違うタイミング。それを本能で感じ取ってすぐに態勢を整えてくるところは、天性のセンスだろうか。
 やはり、そうだ、と手塚は思う。
 さらに返球の強度を高めて、跡部に向かって打った。
「お前がテニスを辞められるわけがない」
 ボールと同じほどの強さでそう言い放つと、跡部の眉が寄せられたのが見える。重い打球を受け止めて、意地で返してきた。
「分かってんだよそんなこたぁ!」
 手塚は返ってきたボールを受け、先程までとは打って変わって柔らかく返す。跡部のテリトリーで一度跳ねた黄色い球はガットに迎え入れられ、力強く返ってくる。当てて、返す。打たれる。刺すように狙い打つ。打球の強さと速さに倣ってインパクト音も変わる。
「氷帝でアイツらに逢ってなければ、テニスを楽しむこともなかった! 関東大会でお前と試合してなければ、俺は中学でラケットを置いていたんだよ!」
「俺をテニスの言い訳に使うな、跡部!」
 打球が荒くなる。手塚のも、跡部のも。
 ――――俺を言い訳になどせずとも、お前はテニスを愛しているのではないのか。
 動きづらい服装でプレイしてさえこんなに巧みな技術を繰り出せるのは、それだけテニスに真摯に取り組んできたためだ。誰よりも強くありたいと思う気持ちが、プライドが、自分たちを創り上げているのではないのか。
 手塚はじっと跡部を見つめる。ボールなど見ずとも、彼がどこに返してくるのかが分かった。それは跡部も同じなのか、ネットを挟んでコート上で視線が絡み合う。
 一球、一球、打つ度に、返される度に、音が透き通っていくような感覚に襲われた。
 跡部の抱いているもどかしさが、ボールを通して伝わってくるようだ。
 お前に出逢っていなければ、と責めるような眼差しに理不尽さを感じながらも、ぞくぞくするほどの情熱に胸を打たれる。
 ――――跡部、お前に出逢っていなければ。
 お前だけだと思うなと、真剣にボールを返す。あの日、あの時、衝撃を受けたのはこちらの方だと手塚は思う。伝え聞いていた印象をぶち壊して、球に食らいつく執念と真摯さを、技などよりも綺麗だと感じた。確かな技術と自信、集中力と精神力は、純粋にプレイヤーとして惹かれた。
 そのままライバルではいけなかったのかとまだ責めたい気持ちもあるけれど、特別な想いがあるからこそこうして迷いさえぶつけてくれるのかもしれないと思うと、もっと打っていたい気持ちにさせられる。
 長いラリーになった。打ち負かすためのラインではなく、返されるための緩やかなもの。
 それを止めたのは、跡部の方だった。
 何度目かの応酬の後、跳ねたボールを手のひらで受け止める。はあっと聞こえた吐息は、笑っているようにも思えた。
「お前に……出逢っていなければ、俺は迷わず跡部を継いでいただろうな」
 困ったような笑い顔に、手塚の方こそ困る。あまりにも綺麗で、胸が高鳴りそうだった。
「もちろん家は継ぐぜ、一人息子だしな。生まれた時から決まってるようなもんだが、それを不満には思っちゃいねえ。むしろ周りの期待は俺の誇りだ」
「……そうか」
「テニスをどうするかは、今はまだ答えが出ねえ。どうするのがいちばんいいのか分からねえんだ。気持ちだけじゃどうにもならないことがあるんだよ。けどな」
 跡部はそこでいったん言葉を止め、握りしめていたボールをぽんと投げてよこす。手塚は不思議に思いながらもそのボールを受け止めた。
「今、確信したぜ。てめぇとはどうなろうが、よぼよぼのジジィになってもこうやってテニスしてんだろうなってよ」
 満足げに、楽しそうに跡部が笑う。手塚はひとつ瞬いて、よこされたボールに視線を落とす。
 何十年も先の未来だ。
 白髪になって、手もしわしわになって、体力も落ちて、それでもラケットを握りこうして球をかわす日々。
 それが容易に想像できてしまった。
「――ああ、そうなるのだろうな」
 跡部はプロのプレイヤーにはならないかもしれない。それはとても残念で寂しいが、だからといって同じ世界で、同じ目線でいられないわけではない。
 テニスで強くなりたい。ずっとテニスをしていたい。その思いは、いつでもそこに在るはずだ。
 それならいいか、と手塚はボールを握りしめた。
「みっともねえとこ見せちまったな、手塚」
「特にみっともないとは思わなかったが。今日もお前とテニスができて嬉しい」
 本心からそう言ったら、跡部が気まずそうに口を覆って顔ごと逸らした。特に悪い反応ではなさそうで、手塚はそのまま放っておいた。
 しかし、さすがに帰らなければ。今日は遅くなるかもしれないとは言っておいたが、手塚はまだ保護者が必要な中学生だ。あまり遅くまで出歩いているわけにもいかない。
「跡部、そろそろ帰ろうと思うんだが、まだプレゼントを渡していない」
「え? あ、ああ……もう遅いしな。っていうか、良かったのに、プレゼントなんか。正直お前がそこまでマメなヤツとは思ってなかったし」
 急だったこともあるのだろう、跡部は遠慮がちに振り向いてくる。好きな男を目の前にして言う言葉だろうか。
「それは俺も自覚しているが」
「自覚してんのかよ」
 笑う跡部に、なんの逡巡もなく頷く。気の利いたことをできる性質ではないと思っているし、『お礼をした方が良いんじゃ』と大石に言われなければ、気には留めつつも跡部のために何か買ったりはしなかっただろう。
「だが、せっかく手渡しできる状況なのだし、受け取ってほしい」
「そりゃもちろん。今日は、この地球上で俺がいちばんの幸せ者じゃねーの」
 少し大袈裟過ぎないかと思うが、跡部がそう思いたいならそれでいい。
 顔が見られただけでいいなんて言っていたが、初めて〝恋人〟として祝うのだ。何か贈りたい。跡部の方だって、恋人がいる誕生日というのは初めてだろう。
 そこまで思って、初めてなのだろうかと疑問にも思う。
 跡部ほどの男ならば、今までに恋人がいても……幼い頃から決められた婚約者などというものがいてもおかしくない。
 なんだか面白くない気分で部屋に戻り、ソファに置きっぱなしだったプレゼントの包みを手渡す。
「誕生日おめでとう、跡部。高価な物ではないが、使ってもらえるとありがたい」
「サンキュ、手塚。嬉しい……」
 それを両手で大事そうに受け取ってくれた。緩みっぱなしの頬に、本当に嬉しいと思ってくれているのがさすがに手塚にも伝わってきた。
「付き合ってるヤツからっての初めてだ。大事に使わせてもらう」
 何げなく呟かれた言葉に、手塚はひとつ瞬いた。まさか心を読まれていた分けでもないだろうに、引っかかったトゲをぽろりと落としてくれる。弱味として現れて、眼力(インサイト)で見破られたのなら不甲斐ないことだ。
「……初めてなのか。女子生徒に人気があるだろう、お前は」
「アーン? 確かに俺様はそういうの多いがな。イコール恋愛に結びつくわけじゃねえんだよ。あの中でどれだけ真剣に俺に惚れてる奴がいると思う? たとえいても、俺はパートナーを慎重に選ばなきゃいけない立場だ」
 跡部景吾の名はいろいろな意味で青学にさえ聞こえていたのだが、跡部の反応は素っ気ない。学園中の女子生徒の視線をほしいままにしているのだろうに、その中に真剣なものはなかったのだろうか。
「……慎重に選んで、俺なのか」
「自覚しやがれよ。俺のそういう、立場とか将来とか、何も考えられなくさせちまったんだろうが、お前が! クソ、なんでお前なんかに惚れちまったんだ、俺は」
「それは情熱的なことだな。だが、それはお前の立場や将来に、俺が必要なのだと直感的に思ったからなのではないのか。テニスをしていれば、どうしたって世界が交わる」
「……――フ、フフッ、物は言い様だな、手塚ァ」
 跡部は何か眩しいものでも見つめるように目を細める。
 跡部景吾の中で、手塚国光がいる未来が当然のものとして存在している。すとんと何かが腑に落ちたような感覚を味わった。
 跡部の中でそうであるように、手塚の中でもそうなのだ。
 じっと跡部の瞳を見つめると、じっと見つめ返される。どちらが先に逸らすのだろう、と思うほど長い間、見つめ合っていたような気がした。
「……そう見つめられると、照れくせぇんだが」
 そして、先に逸らしたのは珍しく跡部の方。頬を赤らめて、視線を外して手元の包みに移す。結んだリボンを解いていく指先の仕種に、胸が鳴りそうだった。
「先日突き返されたものを贈り直すのもどうかと思ったんだが。お前のために選んだのは違いないから、その……」
「あ、あれな。俺の口からもう一度よこせって言うのもどうかと思ってたんだ、よかった。本当に嬉しかったんだぜ。まあその後どん底に突き落としてくれやがったがよ、この朴念仁が」
 袋を開けて、中身を覗き込む跡部に、ぐっと言葉が詰まる。そのことを持ち出されると勝てなくて、気まずい。どれだけ傷つけたのかと思うと、手塚の方こそ胸がズキンズキンと痛んだ。
 こんなに痛むのなら、やはりこの先跡部を傷つけないようにしたいと改めて思う。
「手塚、これは? この間はなかったよな」
 跡部が、袋の中から取りだした物を不思議そうに見つめる。やはりなじみのない物だったかと思うが、それならそれでこれから触れていってくれたらいい。
「日記帳だ」
「日記帳? そんなのつけなくても俺様はその日の出来事なんて覚えてるぜ?」
 教科書程のサイズだが、厚みはない。それは一年分を記録できる日記帳で、カレンダーやメモ帳も付いている。スケジュール帳としても使えるようだったが、跡部のように多忙な男にこれでは足りないだろう。
「覚えていても、一日のことを整理して、翌日の目標を立てることができる。わずかだが、達成感もあるな。何年か後に読み返して、初心に返るということも可能だろう」
「一日の整理……お前も日記つけてんのか?」
「ああ、毎日。そろそろ買い足さなければいけないんだが、どうせならお前にもと思った次第だ」
「毎日か。継続するってのもなかなか根気のいることだしな。それはどこかで力になる」
 頷きながら同意を返すと、跡部はビニールの開封口に指をかける。一度開けた形跡があるのに気づいてか、不思議そうにしながらも取り出して、中身を確認し始めた。
「どんなこと書けばいいんだ」
「なんでもいい。俺は、学校であったことや、家族で話したこと、練習のことなどを書いている」
 お前らしいなと、跡部の口角が上がる。些細なことでもいいのだと知って、跡部はぱらぱらとページをめくっていった。
「テメーへの想いを日々文字にしてってやろうか」
「感情を整理するという意味では、有効的なのではないだろうか。別に不快ではない。俺も今日は、お前のことを書こうと思う」
「フ、そうかよ、光栄、だ……ぜ」
 ぱらりとめくったその指先が、ぴたりと止まるのを見た。
 青い目が、大きく見開かれるのを見た。

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バラ色の未来を抱いて
バラ色の未来を抱いて

バラ色の未来を抱いて

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(画像省略)バラ色の未来を抱いて【11/23新刊】バラ色の未来を抱いて【塚跡】【装丁】文庫サイズ/4…

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バラ色の未来を抱いて

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バラ色の未来を抱いて


【11/23新刊】バラ色の未来を抱いて【塚跡】
【装丁】文庫サイズ/48P/R18/400円
【書店通販】フロマージュブックス様予定
【自家通販】BOOTH予定(https://hanaya0419.booth.pm/
【あらすじ】U-17の世界大会後、試合の興奮とパーティーの雰囲気に浮かされて濃密なキスをしてしまった。手塚に耳元で部屋番号を告げられた跡部は――。
【ご注意】三年後塚跡、本誌ネタがありますので、未読の方はご注意ください。






 十八になった秋、初めて他人の素肌の感触と、温度を知った。




 跡部景吾は、ベッドの上で眉を寄せた。どういう状況だと。
 いや、状況は分かる。分かるのだが、理解をしたくないというか、素直に受け入れてしまいたくない。
 なぜ自分は他人の部屋のベッドで体を横たえているのか。それだけならまだしも、どうして自分の体に他人の腕が乗っかっているのか。
 ――――重い。
 しかしこの際重いのはどうでもいい。必要な筋肉が増えたのだろうかとどこか的外れなことを考えてしまうのは、きっと現実逃避に違いない。
 よりにもよって手塚国光の腕が巻きついているなんて、考えたくもないのだ。
 ――――どーすんだ、これ。
 良くないところの違和感と、自分の胸元に散らばる花びらのような痕。どう見たって事後だ。記憶はある。手塚が泊まっている部屋まで一緒にきて、何か言葉を交わすこともなく唇を重ねたのを、しっかりと覚えている。
 その後の事は、あまり、思い返したくない。
 ――――醜態、さらしたんだろうな……分かんねーけど。
 跡部は盛大にため息を吐いて、いろいろな何かを諦めて手塚の腕の中から這い出た。胸どころか腹にも腕にも散らばる花びら。
 その色は、まるで薔薇のようだ。
 頭を抱えたくなった。
 まさか初めて肌を触れさせたのがこの男で、初めて肌に触れた相手がこの男だなんて、と隣に眠る男の寝顔を見下ろす。さすがに眼鏡はしていなかったが、いつ外したのだろうと目を細めた。
 確か最中にも眼鏡はかけていたはずで、キスの時少し鬱陶しかった気がすると、些細な事を思い出す。
「……こんなヤツでも寝顔は可愛いんだな」
 まったく腹の立つ、と怒気を孕んだ声で呟くと、桜色をした唇がうごめいた。
「お前の審美眼を疑う日がくるとは思わなかった」
 寝息の様子から、起きているのだろうなとは思ったが、第一声がそれかよと、責め立ててやりたい気分にもなる。
「起きてんならさっさと退いてほしかったんだがな、手塚ァ」
「まだ起床時刻ではなかったからな」
 だが手塚はいやみをものともせず体を起こし、コンソールに置いてあった眼鏡をかける。ようやく知っている手塚の顔になって、どこかホッとしてしまったのが悔しい。
 そうして気づく。手塚の胸にも散らばる花びら。どう考えても跡部がつけたものだ。さすがにそれは覚えていない。雰囲気に飲まれて、熱に浮かされて、あの肌を吸ったのかと思うと、恥ずかしくて情けなくて仕方がなかった。
「シャワー、先にいいか?」
「…………好きにしろよ」
「そうか。では行ってくる」
 手塚は珍しく脱ぎ散らかしていたシャツをたぐり寄せて羽織り、着替えを持ってバスルームの方へと向かって行った。
 どうしてくれようあの男、と恨みがましくその背中を見送って、跡部は項垂れてくしゃりと髪をかき上げた。
 どうしてこんなことになったのか、理由を言葉にするのは難しい。
 U―17の世界大会(ワールドカツプ)、今回は日本での開催になった。跡部は日本選抜チームを率いる主将であり、誰よりも熱くこの大会にすべてを懸けているつもりだった。恐らく傍からは必要以上に熱を入れているように見えていただろう。
 というのも、対戦国であるドイツチームを率いるのが、あの手塚国光だったからだ。
 永遠の宿敵とやや一方的に決めた相手。
 十四の夏、中学の日本一を決める大会の関東初戦。今思えば技術面も精神面も未熟なものだったけれど、今でも、これから先もずっと、最高で唯一無二の試合だ。
 誤算と言えば誤算だった。あのとき手塚国光と対戦していなければ、あのとき全力でぶつかりあっていなければ、こんなにもテニスに打ち込むようになることはなかっただろう。体中の血が入れ替わったかのような感覚さえあった。
 あの日から、跡部景吾にとって手塚国光は誰よりも大切な男になってしまった。
 いっそ恋のような情熱で手塚を見つめていた。
 だが、恋ではない。そう思っていた。
 唯一の相手だが、そんなキラキラとした感情はなかったはずなのだ。
 それがなぜ、こんなことになっているのか。
 昨日の試合も、長いタイブレークだった。中学の時よりずっと多くの時間、手塚と打ち合っていた。取って、取られて、どちらが勝つのか観客たちも分からなかっただろう。
 終わりたくない。終わらせたくない。
 勝ちたい。負けたくない。
 お前と戦うためにここにいる――そう言い合うように球を交わし、視線を重ね、もう流れる汗も出てこない、足も動かないとお互いプライドだけでラケットを振るっていたように思う。
 果たして、勝利を収めたのは手塚だった。
 負けてしまったかと空を仰いだら、陽が落ちかけた美しい夕暮れ。
 悔しさは残るけれど、満足だと幸福感に満ち足りて手を差し出したら、その手を取った手塚がぐっと掲げてきた。
 あの日と逆だが、同じだ。
 お互いが敗者で、お互いが勝者だと、健闘を称える。
 しかしあの日顔を背けていた跡部とは違い、手塚はじっと見つめてきていた。跡部も視線を逸らせなくて、夕陽の中の手塚国光をじっと眺めた。
 それは数秒のことだったのだろうが、跡部にとっては永遠にも思える時間だった。
 これは恐らく、恋よりも性質(タチ)が悪いと自覚したのは、恐らくその瞬間。
 手塚がいないと生きていけないなどと馬鹿げたことを言うつもりはない。この男がどこで何をしていようとテニスを愛してさえいればいい。そう思った。
 手塚がこれから先もテニスを愛していくのと同じように、跡部景吾は手塚国光を愛していくのだろうと、諦めにも似た感情で、笑ってしまったことを覚えている。
 手塚を愛している。だけどそれを形にしようとは思っていなかった。想いを告げるつもりもなかったのだ。
 それなのに、大会が終了した後の交流パーティーで一瞬視線がぶつかった。それだけで、何かが瓦解していく音と、揺らめく青い炎を認識したのだ。
 カーテンの陰に引っ張り込んだのは、どちらだっただろうか。もう覚えていない。けれど、それは確かに互いの意思だった。
 言葉もなく、ただ唇を合わせた。感触を覚える暇もなく舌を絡めて吸い合い、腰を抱く。衣擦れの音がやけに耳に付いて、余計に気持ちが昂ぶった。
 今思い出しても、あのキスが、あの視線のぶつかり合いがいけなかったのだと痛感する。
 跡部は、はあーと大きなため息をついた。




 重たそうな赤いカーテンで、二人の体が隠れる。すぐ傍では大会に出場した選手や関係者たちが、ドリンク片手に談笑しているというのに、手塚と跡部にはその音さえ耳に入っていなかった。
「……っん、ぅ、ふぁ」
 ちゅ、ちゅうっ、と湿った音が耳に届く。着込んだスーツが擦れ合って、普段は聞かない音も響く。指に絡ませた髪の感触は慣れないもので、跡部はことさらにゆっくりと手塚の髪をかき混ぜた。
 試合の興奮が冷めやらないだけだと頭のどこかで言い訳をしながら、永遠の宿敵と決めた相手と濃密に舌を絡め合う。
 手塚が、キスの仕方を知っていたとは。
 そんな、若干失礼なことを思いながらも、恋人同士みたいなキスをした。唇が濡れていくのが嬉しくて恥ずかしくて、心臓が躍る。
 唇が離れた隙に吐息のように「跡部」と呼ばれ、腰がずくりと疼いた。欲情しているのだと認識したくなかった感情は、手塚に唇を押しつけて舌を吸うという行動を起こさせ、まったくの逆効果だった。
「は、……はぁ、っんぅ」
「…………ッ、ん」
 鼻から抜けていく手塚のくぐもった喘ぎに、体中の熱が上がる。もっと聞きたいと舌に軽く歯を立て、体を押しつける。離れがたいどころか、もっと触れたいと物足りなく思い始めた。
 このスーツの奥に隠れた素肌の感触を、温度を、誰よりも先に知りたい。
 手塚の胸をスーツの上から撫で始めた頃、同じように跡部の腰を明らかな意図をもって撫でてくる手に気がついた。
 マジかよ、とそれで逆に冷静になったような気がしたけれど、手塚の濡れた唇が、耳元に寄せられる。
「跡部、一〇〇七号室」
 その声に、ぞくりと背筋が震えた。
 手塚はそれだけ囁くと、指先で唇を拭い、まるで何事もなかったかのようにホールへと戻っていく。それがなんだか悔しくて、跡部も濡れた唇を手の甲で拭った。
 ホールにいた大石に、「どこ行ってたんだ?」と訊ねられて「窓からの夜景を眺めていた。なかなかの光景だったな」などと返しているのを聞いて、なんて図太い神経をしているのだと眉を寄せる。
 だがこの程度で動揺していてはこの先やっていけないと持ち直し、跡部もなんでもないようにホールへと戻った。


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#両片想い #未来設定 #新テニ #塚跡 #R18 #新刊サンプル

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(画像省略)ff-フォルティッシモ-【装丁】文庫サイズ/128P/全年齢/700円【書店通販】フロマ…

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【装丁】文庫サイズ/128P/全年齢/700円
【書店通販】フロマージュブックス様予定
【自家通販】BOOTH(https://hanaya0419.booth.pm/
【あらすじ】跡部に恋を告白されたが、当然受け入れるつもりはない手塚。「どうしろと言うんだ」と訊ねれば「どうもしないでいい」と返され、ならばいいかとドイツ語を教えてもらうことになる。そんな中で、跡部のために良かれと思って取った行動が彼を傷つけてしまった――。
【ご注意】続き物の1冊目/うちの青学メンバーは氷帝メンバーと仲良し/※※描写はしてませんが、忍→岳の設定がありますので、苦手な方はご遠慮ください※※







 跡部が訪ねてきたのは、まだ暑い九月のことだった。
 元テニス部の三年生たちで図書館に行こうという話になった日。部を次世代に託し、一応の引退をした手塚たちは、勉学に励んでいた。
 さしあたって月末のテストに向けて勉強をしないかという意見と意欲には賛成だ。学校の図書室は他の生徒もたくさんいて机が足りず、町立の図書館へと連れ立って学校を出ようとした時、いつもと違うざわつきがあるのに気がついた。
「校門がやけに騒がしいね」
「そうだね、何かあったのかな?」
「俺ちょっと見てくる!」
 ざわざわというよりはそわそわと落ち着かない女生徒たちが多い。まるで縁遠い芸能人にでも遭遇したような様子だ。その原因を確かめるべく、菊丸が駆け出していく。慌ててその後を追う大石の姿も、もう見慣れた光景だった。
 フットワークが軽いと言えばいいのか、好奇心が旺盛と言えばいいのか。もう少し落ち着かないものだろうかと、手塚もその様子を眺める。「あー!」と菊丸が声を上げた後、大石が驚いたような顔をして、次いで笑顔になった。
「知り合いだった確率百パーセント」
「誰だろう? 他校のテニス部とかかな」
 乾が眼鏡のブリッジを押し上げる。河村がその隣で首を傾げた。
 それならば自分たちも顔見知りである可能性が高い。挨拶程度はした方がいいだろうと、手塚は足を踏み出した。
「あ、来た来た手塚。お客さん」
 歩み寄る手塚に気づいた大石が、校門の外側にいる人物を指さして振り向いてくる。「俺に?」と手塚は不思議そうに声を上げた。まるで心当たりがないが、自分に用なら聞かなくてはと外へ身を乗り出す。
「――よう、手塚」
「…………跡部」
 そこには、顔見知りどころではない相手が佇んでいた。
 氷帝学園テニス部部長、跡部景吾その人である。
 なるほどそれでこの騒ぎかと納得もした。その整った容姿だけでなく、財閥の御曹司という肩書きまで持っているのだから、女生徒たちが色めき立つのは分かる。
「あまり騒ぎを起こすな」
「俺のせいじゃ、…………まあ俺様のせいか」
 むっとして眉間にしわを寄せる跡部だが、周りの状況を把握して呆れと諦めとで笑い、人差し指に口づけて投げてやる。周りにいた女生徒たちは悲鳴を上げて、腰を抜かす者までいた。
「跡べーすご……」
「大丈夫かなあ、保健室運んであげたほうがいいかもしれないね」
「大丈夫だよタカさん、余韻に浸らせてあげよう」
 その様を、若干引き気味に眺める元レギュラー陣たち。手塚は腕を組んで、じっと跡部を見やった。
「騒ぎを起こすなと言ったはずだが」
「あー悪い、氷帝じゃこれくらい日常茶飯事だからよ……」
 素直に非を認める跡部に、いささか驚く。自分本位なのは相変わらずだが、引き際というものはわきまえているのかと気まずそうな顔を眺めた。しかし、いったい何の用だろうか。わざわざ青学にまで来るのだから、よほど重要な案件なのかもしれない。
「それで、何の用だ」
「……ちょっと、いいか、手塚」
「この後皆で勉強をすることになっている」
「そんなに時間取らせねえよ。十分……いや、五分でいい。空けろ」
 下手に出ていたかと思えば、強引に時間を空けろと言ってくる。まるで叶わないことなどないというような風情だ。財閥の御曹司であることから、あながち間違いでもないのだろうが、そんなになんでもかんでも簡単にいくとは思わないでほしい。なぜかこの男を前にすると体の中にメラリと炎が揺らめく。
 きっと、あの試合のせいだろう。
 関東大会初戦、シングルス1。それまで跡部に抱いていたイメージはことごとく壊され、印象深いものになっていた。
 もう一度対戦したらどうなるだろうか。そんなことを考えているせいか、素直に聞いてやりたくない思いがわき上がってくる。
「今日でなければいけないのか。俺の都合も考えろ」
 約束も何もなしに突然訪ねてきておいて、有無を言わさずというのはいただけない。大石たちとの勉強会の方が先約だ。
 それでも強引に腕を引くのだろうと思っていたが、跡部の視線が下を向いたのに気がつく。そういえば約束もなにも、個人的な連絡先を交換しているわけではなかったと思い出し、やりようがないのだと悟った。
「悪い、出直す。明日なら――」
「手塚、俺たち先に行ってるから。聞いてやれよ」
 背後から、大石がぽんと肩を叩いてくる。すでに図書館の方向へと足を向けている者もいて、大石もそれを追うようだった。
「わざわざ青学まで来たんだから、大事な用なんでしょ、跡部。手塚はそういうところ本当にアレだよね」
「融通が利かないっていうか、真面目っていうか。じゃあ、後で」
 ふふっと笑って不二が、肩を竦めながら大石が、先に向かった乾たちを追いかけていく。あの物言いは気にかかるが、分かったと頷く他にない。
 確かにわざわざ出向いてきたのを突っぱねるには「対戦校の部長だから」という言い訳がもう通用しない。跡部も引退して次代に引き継いだのだ、公式試合で当たることはなくなった。
「……お前いつもこんななのか?」
「こんな、とは?」
「他人を寄せ付けねえよな。俺だけってわけじゃねえみたいだが」
 手塚とは反対方向に歩いていく楽しそうな背中を眺め、跡部が静かに口にする。寄せ付けないという言葉が重くのしかかってくるようだった。
 確かに他人に興味を持つ性質(たち)ではないが、今の態度がそう思わせたのならば仕方がない。優先したい順番の問題なのだが、改善しなければいけないだろうかと跡部を見やる。
 友人とまではいかないにしろ、単なる顔見知り程度ではないのは確かだ。テニスの腕はすごいし、そういう意味では注目している相手でもある。
 今夏の大会で、全体を通していちばん印象に残っている相手だというのに、先ほどの態度は良くなかったなと心の内で反省した。
「すまない。どうも他人との付き合いが上手くないようでな」
「別にいいさ。テメェはテニスに一直線てだけだろう。それで、手塚。話なんだが、……ここじゃちょっと言いづらい」
 別にいいと軽く受け流してしまう跡部は、器が大きいのかそれとも気に留めるほど関心がないのか。それはどちらでもいいが、周りに目を向けると確かに煩わしいほどの視線を感じる。ちらちらともったいぶった視線は跡部に向かっており、雑談程度でも難しそうだ。
「車待たせてんだ。中で話せるか」
「分かった」
 ホッとしたような跡部について行くと、想像していたような大仰な車ではなかった。高級車ではあるものの、人気の高い国産車。目立つのが好き――というよりはどうしても目立ってしまう跡部にしてみたら、随分と大人しい訪問だ。
 何か深刻な相談でもあるのだろうかと、少しばかり緊張した。
 運転手に後部座席のドアを開けられ、跡部に促されて車内に入る。
 ゆったりとした空間は、しかし落ち着かなくさせた。反対側から跡部が乗り込んできて、ふうーと息を吐く。このままどこかへ移動するのかと思ったが、運転手はドアの外で待機したままだ。
 不思議に思って跡部を振り向くと、険しい顔をしている。
「他人に聞かれたくねえ」
「……そんなに深刻なことなのか? なぜ俺に」
 テニスに関わることなのだろうかと、心臓が嫌な音を立て始める。
 もしかしたらどこかに故障を抱えてしまい、今後プレイができなくなるとかだとしたら。
 ――――跡部がプレイできなくなる?
 そう考えた瞬間、冷水を浴びせられたような気分に陥った。あの強気でがむしゃらなプレイが見られなくなるのか? ボールを受けることが、打球を返すことができなくなるのか。
 それは、いやだ。
 そもそもなぜそれを自分に告げようとしてくるのか。肩を痛めた経験があるから、何かアドバイスを聞きにきたのかもしれない。手塚は、視線だけで自身の左肩を見やり、あの日の試合を思い起こした。
 チリ、と焼けるような熱さを指先に感じる。ラケットを握りたい。隣にいるこの男とは、今度いつ試合ができるだろうかと考えてみたりした。
 だが跡部は、何も言おうとしない。重苦しい空気が流れる。じれったい緊張が、手塚に拳を握らせた。
「跡部、五分だ」
 静かに言い放つ。校門のところで逢って「五分」と言われた時から、すでに時間が経過している。正確に計っているわけではないが、それくらいは経っているだろう。まだ用件を何も聞いていないが、五分と言ったのは跡部の方だ。このまま無為に過ごすような暇も義理もない。
 ドアを開けようと手を伸ばした手塚を遮るように、跡部が口を開いた。
「お前が好きだ、手塚」
 振り向きもせず前を見据えたまま、険しい顔で唐突に告げられる、好意。手塚はノブに伸ばしかけた手を引っ込めて、跡部を振り向いた。
「……それは、どういう種類の好意だ」
「恋愛感情だよ。わざわざ言うんだから分かるだろうが」
 告げたことで開き直ったのか、跡部の肩から力が抜けたように思う。手塚はひとつ瞬く。恋愛感情、と頭の中で反芻して、理解をした。
 理解はしたが、それと跡部の気持ちに応えることは別だ。
「そうか」
 ただそう頷く。誤解をされるだろうかと一瞬ひやりとしたが、跡部はそんな手塚の様子にふっと笑った。
「へぇ……そういう反応すんのか。てっきり意味が分からないとあしらうもんだと思ってたが」
「意味は分かるが理由が分からない。だが説明も要らない。どう言ったところでお前のそれは変わらないんだろう。聞いても無駄だ」
「そうだな。俺の中の事実は変わらねえ」
 片方の口角だけが上がる。だいぶいつもの調子に戻ったように見えて、重苦しかった空気の理由を知った。どう告げようか迷っていたのだろう。その割にはなんともシンプルなものだったが。
「それで、お前は俺にどうしろと言うんだ、跡部」
 面倒なことだと思う。
 まさか跡部にそんな感情を抱かれるなんて、思いも寄らない。これは確かに他人には聞かれたくない話だ。跡部が運転手さえ遠ざけた理由が分かった。
 これまで好意を告白されたことがないわけではない。それはもちろん女性からだったが、判を押したように交際したいと望んでくる。それは自然な願望であり、仕方ないとも思うのだが、断るのが面倒くさい。
 では断らずに交際をすればいいというわけでもなくて、テニスに打ち込みたい今、そういったものは煩わしい以外の何者でもないのだ。
 この男も、好きだから交際してほしいなどと言ってくるのだろうか。できるわけがないと思っていることは、態度で察してほしい。
「……別に、何もしねえでいいが」
 それを明確に察したのか、本音なのか、跡部はそう返してきた。手塚はわずかに目を見開く。何もということは、交際も、傷つけないようにと気を揉むこともしないでいいというのだろうか。
 望まないでほしいと思いながら、望んでこないとなると肩透かしを食らった気分だった。

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#塚跡 #片想い #新刊サンプル #シリーズ物

手塚と跡部の恋の話
手塚と跡部の恋の話

手塚と跡部の恋の話

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(画像省略)手塚と跡部の恋の話【装丁】文庫サイズ/190P/R18/900円【書店通販】フロマージュ…

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手塚と跡部の恋の話

手塚と跡部の恋の話
手塚と跡部の恋の話



【装丁】文庫サイズ/190P/R18/900円
【書店通販】フロマージュブックス様予定
【自家通販】BOOTH(https://hanaya0419.booth.pm/
WEBで公開しているSS、通販時のBOOSTお礼に書いたものなど集めました。書き下ろしはありません。

◆収録作品◆
それはまるで最初から
永遠の情熱に
恋を羽織る
おそろい (クリスマスには早いけど:その後/BOOSTお礼)
エイプリルフール
不意打ちのアイラブユー
贈る側のはずなのに1004
贈る側のはずなのに1007
その瞳に映るもの
唇が奏でる音は (BOOSTお礼)
指を絡めた後に (BOOSTお礼)
脱がせてやろうか?
共犯者たちのランデブー
始まりの合図
ここで重なり合うもの
次に逢うときは
キスを贈る
勝負はこれから
そのすべてを覚えたら
さくら、ひらひら
23182
五分間
五分間―その後―
恋の話をしよう (情熱のブルー:その後/BOOSTお礼)
GOOD NIGHT :Tezuka(永遠のブルー:その後/BOOSTお礼)
GOOD NIGHT :Atobe(永遠のブルー:その後/BOOSTお礼)

#R18 #未来設定 #再録 #新刊サンプル #塚跡

夜明けのキャロル
夜明けのキャロル

夜明けのキャロル

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(画像省略)夜明けのキャロル【装丁】文庫サイズ/48P/R18/300円【書店通販】フロマージュブッ…

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夜明けのキャロル

夜明けのキャロル
夜明けのキャロル


【装丁】文庫サイズ/48P/R18/300円
【書店通販】フロマージュブックス様予定
【自家通販】BOOTH(https://hanaya0419.booth.pm/
【あらすじ】「左手をつかんだあとに永遠のキス」で書き切れなかったエピソード。翌朝のえっちと招待客への打診






 腹の筋を指先で撫でると、力んで震える。それが面白くて……というのが正しい表現かは分からないが、跡部の反応をもっと見たくてやわやわと腹を撫でた。
「手塚っ……エロい触り方……してんじゃ……ねえっ……」
 跡部が手を添えて止めようとしてくるが、少しも力が入っていない。期待の方が大きいんだろう。
「仕方がないだろう。俺はお前のいやらしいところが見たい」
「なんっ……」
 跡部は目を大きく見開いて、絶句しているようだ。
 そんなにおかしな感情ではないだろう。好きな相手が自分の手で乱れていくのを見たいというのは。
「おま、え、普通にそういう、こと……言うんだよな……」
「言っておくが、俺の欲を目覚めさせたのはお前だからな、跡部」
「やっ……ん、ん」
 太腿を撫で上げれば、背をしならせて声を上げる。まさか俺には性欲がないなどと思っていたのだろうか。まあ俺自身、こんなに強い方だとは思ってもいなかったから、しょうがないのかもしれないが。
「……だっ、て、よ……まだ、夢……見てるみてぇで……落ち着かねえ……」
「夢?」
「ずっと好きだったんだ、片想いだって思ってたっ……それなのに、いきなりプロポーズされるわ、キスどころかセックスまでしちまうわ、挙げ句てめぇがそんな、こと、言うから……」
 跡部がふいと顔を逸らす。この男にしては珍しくて、心臓が少し嫌な音を立てた。
「お前が俺に欲情してんの、まだ、受け止めきれねえ……」
 ……それは、そうなんだろうな。関係が一気に進んでしまって、跡部にしてみたら世界が百八十度変わってしまったようなものだ。
 今まで何も言わなかったくせに、跡部を知りたいと強引に関係を進めたのは俺だ。混乱につけ込んで「抱きたい」と言ったのも。跡部なら断らないと思っていたのは事実で、引くふりをしたのも卑怯なことだった。
 俺は跡部の気持ちもずっと知っていたし、跡部に好意を持っている自分にも気がついていたから、こうなることは自然だったんだが、もう少し跡部の気持ちを考えるべきだったな。
「跡部、俺にもさすがに性欲はある。慣れてもらうしかないんだが…………お前は、俺が性的なことを口にするのは嫌だろうか」
「想像してなかったから落ち着かねえだけだっつってんだろ! 少しくらいこっちの事情も考えやがれ!」
 顔を真っ赤にして抗議してくる。言うこと自体は問題ないのか。あまり明け透けに言うものではないと思っているが、跡部が嫌でないなら構わないだろう。反応が見たい。
「お前に……その、欲情されんのは……嬉しいんだよ……求められるとは思ってなかったから、嬉しくて、興奮する……」
 こんな時にそんなに可愛いことを言うんじゃない。たまらなくなって、跡部の口をキスで塞いだ。これ以上何かを言わせていたら、本当にしゃれにならない。
「んっ……ぁ、っふ」
 舌を掬い上げるように舐ると、絡めてきてくれる。かわいい……。もっと触れたい。中へ、もっと奥へ。
 キスをしたまま脚を撫で、性器を……通り越して、窄まるそこを指先で撫でる。唇が離れた隙に、湿った吐息が漏れる。反応をみるに、嫌ではなさそうだ。
 昨夜のなごりとでも言うのか、まだ柔らかいそこに指を押し入れる。跡部の膝が揺れて、俺を誘うように脚が開いていく。それをいいことに、俺は指を増やして跡部の中をかき回した。
「んっ、んぁっ、や、や……ぁ、手塚、手塚っ……ゆび、あ……」
「痛みは?」
「ねえ、わけじゃ、ねえけど、平気だ……から、もっと」
 やはり受け身は負担がキツそうだが、回数をこなせば大丈夫だろうか。ゆっくり、ゆっくり、跡部をほぐしていく。潤んだ瞳と上気した頬がなんともいえず劣情を煽ってくれた。
 じれったい、と小さく首を振る跡部だが、こっちだって我慢しているんだ。少し大人しくしていてほしい。
 いや、大人しくしていてほしいというのは噓だ。跡部の手が自身のものに伸びて、いやらしく扱き出す。後ろを俺にいじられながら、それを自分で慰めるのが、どれほどいやらしい光景か、お前は分かっているんだろうか。
「あ、あ、っあ……てづ、かっ、てづかぁ……っ」
 あまつさえその舌っ足らずな口調で俺を呼ぶことが、どれだけ俺を刺激しているのか。
 早くここに入れたい。打ち込んで、かき回して、注ぎ込んでやりたい。
「やっ、なんで、ん、手塚、ゆび、はげし……いっ」
「お前が煽るからだろう。そんなに脚を広げて誘われたら、抑えられない。ここをもっと広げて、かき回して、奥までぐちゃぐちゃにしてやりたくなる」
「ばっ……! てめ、だから、そういうこと、言うなら、予告、しやがれっ」
「言う言葉を予告とは、どうすればいいのだろうな。早く慣れろ。こんなことを言うのはお前にだけ、ベッドの中だけだからな」
「昨夜ベッドの中じゃなかっただろうが! も、い……いから好きにしろよ……!」
 ああ、そういえば最初はバスルームだったな。あれも色っぽかった。思い出して、また我慢が利かなくなる。ここに、俺のが入り込んで……中の熱さに信じられないくらい気持ちよくなって、さらに跡部が欲しくなったんだったな。

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#両想い #ラブラブ #R18 #未来設定 #結婚 #新刊サンプル #塚跡

左手をつかんだあとに永遠のキス
左手をつかんだあとに永遠のキス

左手をつかんだあとに永遠(とわ)のキス

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(画像省略)左手をつかんだあとに永遠のキス跡】【装丁】文庫サイズ/104P/R18/600円【書店通…

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左手をつかんだあとに永遠(とわ)のキス

左手をつかんだあとに永遠のキス
左手をつかんだあとに永遠のキス



跡】
【装丁】文庫サイズ/104P/R18/600円
【書店通販】フロマージュブックス様予定
【自家通販】BOOTH(https://hanaya0419.booth.pm/
【あらすじ】手塚の試合を観にきた跡部だが、優勝を手にした手塚に「話がしたい」と誘われて――?

せっかく6月の塚跡オンリーなので、プロポーズネタを。




 これからやることを指折り数えながら、どこへいくともなしに歩く。気がつけば、街並みを見下ろせる穴場のスポットにまで来てしまっていた。
「あぁ、すげえなこれは」
「こんなところがあったのか」
「お前も来たことなかったのか」
「練習ばかりで、なかなかこういう場所はな」
 隣で手塚が頷く。眼下に、優しい光を放つ街並みが広がる。大聖堂や橋のライトアップは特に美しく、目の保養をさせてもらった。
「式とかどうする? やるなら、アイツら呼びてえな。氷帝の連中。お前も青学のヤツら招待しろよ」
「ああ、そうできればいいな。あとは、選抜で世話になった人たちか……」
「広いとこ探さねえとな。新居どこにするかも……」
「一緒に住めるのか? それは嬉しい」
「別居婚じゃつまんねえだろ」
 お互い多忙な身だ、結婚して同居したからといっていつでも一緒にいられるということにはならないが、帰る場所が同じというのは嬉しい。山積みの問題を早いところ片付けて、新婚生活と行きたいものだ。
「ひとまずウィンブルドン終わったら家族に話しておく。そっちのご家族の都合がつけば、いつでも挨拶に行くぜ」
「分かった。そうなると、俺も少し大会のペースを考えないといけないな。やることがたくさんある」
 手塚も、できることをひとつひとつ考えているようで、指を折って数えている。試合をセーブさせてしまうのは申し訳ないが、自分たちだけで決めてしまっていいことではない。
 面倒だなと手塚の気が変わってしまわないか心配ではあったが、今のところその懸念は杞憂だったようだ。
「結婚、か……まだ現実味がねえな……」
「明日、指輪でも買うか?」
 無計画なプロポーズのおかげで、心構えも準備も何もできていない。分かりやすい約束の証しをと提案してくる手塚に、跡部はああと気がついて左手を持ち上げ、空っぽの薬指をじっと眺めた。
「ん? ああ、ここに合うヤツな。ひとまず婚約指輪か。形式張ったものでなくても、揃いで買おう」
「分かった」
 こくりと頷く手塚。もうすぐここが輝きで彩られるのかと思うと、嬉しくて仕方がない。幸福な気持ちで、跡部はその薬指に口づけた。
「そういや、なあ手塚、俺たちキスもして、…………ね、え」
 交際どころか告白さえすっ飛ばしてのプロポーズだった。するべきものを何もしていないなと改めて認識したら、手塚に手首をつかまれた。ぐっと引き寄せられ、さきほど自身で口づけた薬指に手塚の唇が当てられる。
 は、と息を吐いて、現実だということを認識する。
 顔を上げた手塚と視線が重なって、目蓋がゆっくり落ちていくのと同じ速度で距離が近づいていく。ややもせず触れた唇は、想像よりもずっと柔らかかった。
「…………外ですんなよ……」
「ああ、すまない」
 初めてのキスだ。
 優しいひかりを放つ夜の光景に包まれながらというのは非常にロマンチックだが、誰かに見られていたらどうするのだろう。どうもしないとでも返してきそうな手塚の満足そうな表情に跡部はむっと口を尖らせて、手塚がやったように今度は手塚の左手首を取って持ち上げた。
 空っぽの薬指に唇を寄せて、誓いのようなキスをする。
「目を閉じてろ」
 小さくそう言い放ち、手塚が素直に目を閉じてくれたのに若干驚きながらも跡部も目を伏せ、唇同士を出逢わせた。
 どこで誰が見ていようと、お互いが何も見ていなければどうでもいい。世界にたった二人きりのような感覚を味わいながら、初めての唇の感触を楽しんだ。
「跡部、結婚しよう」
「ああ、手塚」
 指を絡め合って、もう一度キスをする。
 問題は山積みだが、本当にこの男と結婚するのか。
 まだ、少しも実感が湧かない。ふうーと息を吐きながら肩に顔を埋めてもだ。
 思えばこの左肩が壊れたことがきっかけだったなと思い出す。もう二度と壊れないようにと祈るように頬をすり寄せたら、腰を抱く手塚の腕が力強くなったように感じた。
「跡部、先ほども言ったように俺はお前と共に過ごすことをさほど重要には思っていなかった。今までがそうだったからな」
「ん? ……まあそりゃ俺もそうだが。お前が世界のどこで何をしていようと、テニスでつながっていられると思ってた」
「だがそれは、知らなかったからなのだと思う。俺は今、お前の唇の感触を知ってしまった。もっと知りたいと思うのは、おかしなことではないだろう」
「……は…………?」
 跡部はゆっくりと体を起こし、その言葉が持つ意味を把握して、カッと頬を紅潮させてぐっと手塚の体を押しやった――つもりだったが、腰の腕はさらに力を強め、離れることができなかった。
「ちょっ、ま、待てお前っ、いきなりそれはっ……ていうかどっちがどっち……っ」
 唇以外の感触も知りたい――体の隙間をなくすように抱き寄せられれば、手塚が望むことはすぐに分かる。分かるが、思考がついていかない。男女のように、役割が明確に分かれているわけではないのが、跡部の混乱に拍車をかけていた。
「おま、え、俺のこと、どう、したいん、だよ」
「抱いてみたい。もっと言うなら、手で、指で、唇で、舌で、俺のすべてで乱れていくお前を見たい」
「なっ……ん、てめっ……てめーが俺に抱かれるって選択肢は!」
「あるわけないだろう」
 指先が腰を撫でて、手塚がどちら側でいたいのか分かったが、素直にはいそうですかと受け入れてやるのは悔しい。逆というものも考えてみろと言ってみたが、無駄だった。キングを自負する跡部よりも傲岸不遜で頑固なこの男は、テニス以外でも変わらない。
「跡部、駄目か?」
「……っ」
 駄目か? などと下手に出て訊ねているようでも、腰はがっちりと抱え込んでいる。駄目だなどと返せるわけもない。まだ口約束だけとは言え結婚の約束をしたのだし、肉体的な繫がりをもつのはおかしなことではない。そもそも恋い焦がれた男から誘われて断れるわけもなかった。
「駄目なら諦め――」
 跡部が答えを出す前に、予防線を張ったのか手塚が引こうとする。跡部は指先で唇に触れて、その言葉を止めた。
「手塚、お前の口から諦めるなんて言葉聞きたくねえ」
 いつだって手塚は諦めなかった。
 肩が壊れても肘がおかしな色になっても、勝利に執着してきたはずだ。その男の口から、諦めるなどという音がこぼれていいはずがない。
「お前の望むような反応できねーかもしれねーぞ。何しろ男に抱かれた経験はねえ」
「構わない。こちらも男を抱いた経験などないからな。初心者同士でいいだろう」
 まあそうだろうなとは思うが、真面目な顔をして言うものだから思わず笑いがこみ上げてくる。心の準備も、体の準備もできていない。だがもし失敗しても初心者同士なのだからという免罪符ができた。
「分かった。いいぜ手塚、俺がお前に抱かれてやるよ」
 そう言ってニッと口の端を上げてやれば、手塚が僅かにホッとしたような顔を見せる。
 きゅっと心臓が締めつけられるような感覚を味わい、交際0日の婚約者たちは夜のドイツを歩いた。

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#片想い #両想い #未来設定 #R18 #結婚 #新刊サンプル #塚跡

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塚跡お題100本マラソン1~10

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(画像省略)2022年8月に出した47冊塚跡、早くに完売してしまったのと、ご要望いただいたため再発行…

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塚跡お題100本マラソン1~10


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2022年8月に出した47冊塚跡、早くに完売してしまったのと、ご要望いただいたため再発行しました。
中身は誤字脱字等修正したのみ

【自家通販】BOOTH(https://hanaya0419.booth.pm)匿名性なし
書店:フロマージュブックス様
(https://www.melonbooks.co.jp/fromagee/ci...

①ラブラブな二人へセット1 SS11本/40P/500円 2022/10/08発行済み
髪にキス(塚→跡。眠ってしまった跡部の髪に)/間接キス(塚←跡。狙ってやったわけじゃない)/額にキス(塚→←跡。おそろいのパジャマを買った)/眼鏡をかける(塚→←跡。同棲中?)/スーパーで買い物(塚→←跡。未来設定:同棲中)/膝枕をする(塚→←跡。跡部の膝枕)/一緒に寝る(塚→←跡。同棲中の夜のひととき)/後ろから抱きしめる(塚→←跡。同棲中、朝食を用意していたはずなのに)/おそろい(塚→←跡。未来設定:同棲中、おそろいが嬉しい)/散歩をする(塚→←跡。未来設定:同棲中、コンビニへアイスを買いに)/最高の愛情表現(塚→←跡。ハッピーサマーバレンタイン!CD発売されました)

②恋する台詞セット1 SS10本/40P/500円 2022/10/08発行済み
勝手に自己完結してんじゃねえよ(塚→跡。片想いと思っていたのに)/うーんと……じゃあキス10回分で(塚→←跡。お店で待ち合わせ)/何か、お前といると落ち着かねえなあ(お互い無自覚)/お前の笑顔、好きかも(塚→跡。無自覚だけど……?)/なんでこんなにいい匂いがするんだろ(塚→跡。巻き込まれる乾と大石)/俺を惚れさせたんだ、覚悟しろ(塚→跡。気づいてしまった)/電話なんかじゃ足りない(塚→←跡。ドイツ―日本間の電話)/……もし、今、……すぐ会いたいって言ったら(塚→←跡。旧テニ世界)/結論としては…好き…なんだと思う(塚→跡。混乱してプンスコする跡部……?)/また明日、この場所で…会って、くれますか(塚←跡。テニスがしたい)

③ラブラブな二人へセット2 SS10本/40P/500円 2022/12/18発行済み
腕を組む(塚←跡。無自覚)/ストレッチ(塚←跡。もう少しマシなきかっけはないのか)/相合い傘(塚←跡。この状況で相合い傘は)/服の裾を引っ張る(塚→←跡。未来設定:ある夜のできごと)/手を繋ぐ(塚→←跡。少しでも一緒にいたいので)/猫を拾う(塚←跡。ねこちゃんを拾う。「まどろむ仔猫」とは別物)/映画を見る(塚→←跡。未来設定:普通のデートがしたい)/動物と遊ぶ(塚←跡。「猫を拾う」の続き)/贈り物をする(塚←跡。これなら受け取ってくれるだろうか)/雨に濡れる(塚→←跡。突然の雨に降られてしまった)/花火を見る(塚→←跡。未来設定:同棲中、一緒に花火を見上げる)

④恋する台詞セット2 SS10本/40P/500円 2022/12/18発行済み
あと……五分だけ(塚→←跡。同棲中の朝)/体温高いよお前(塚→←跡。ソファでしちゃイチャ)/それだけで充分だったんだよ(塚→←跡。好きになったきっかけは)/……いや?きれいだなと思って(塚←跡。一緒に花火大会行きました)/たまにはこうやって我が儘言え(塚→←跡。未来設定:甘えられたい)/……誓うか?(塚→←跡。ずっと一緒にいることを)/別に好きなんて言った覚えないけどね(塚→←跡。返り討ちに遭う不二と菊丸)/こんなに会いたいと思うの、おかしいかなあ(塚→←跡。未来設定:見送ったばっかりなのに)/例えば、俺の横で無防備に寝てくれることとか(塚→←跡。手塚にとっての幸福とは)/殴り倒したいくらい好きですよ(塚→←跡。困っていることがある)

⑤イマジネーションセット SS10本/40P/500円
カレンダー(塚←跡。約束の日が待ち遠しい)/とけかかったアイス(塚→←跡。まだ恋人同士じゃない)/止め処ない蒼(塚→←跡。面白そうに笑うのは)/チョコレートを一粒(塚→←跡。バレンタイン)/手を繋いで、指を絡めて(塚→←跡。ハッピーサマーバレンタイン)/夢をみた(塚→跡。無自覚)/うたかたのまどろみ(塚→←跡。プールサイドから愛を込めて)/満月夜(塚→跡。ついうっかり告白)/うさぎのりんご(塚→←跡。未来設定:風邪を引いてしまった)/まどろむ仔猫(塚→跡。拾ったねこちゃん)

⑥バラエティセット1 SS11本/40P/500円
冷たい雨(塚←跡。告げてしまった、駄目なのに)/熱いコーヒーを一杯(塚→←跡。夜明けのコーヒー)/流れ星に願いを(塚→←跡。流れ星に願いを)/思いがけないプレゼント(塚→←跡。薔薇3本の意味)/つかの間の休息(塚→跡。無自覚)/少しばかり優しすぎる(塚←跡。つかの間の休息続き)/夢で逢えたら(塚→跡。未来設定。いつでもあの試合を思い出す)/甘い蜜のよう(塚→←跡。初めて触れた唇)/友達は恋人未満か否か(塚→跡、塚←跡。両片想い)/甘酸っぱいセンチメンタル(塚→跡。二人で「リョーマ!」を観る。ほんのりリョ桜?)/恋愛対象というものは(塚→←跡。まさか両想いだったなんて)

⑦バラエティセット2 SS10本/40P/500円
空いた座席(塚→跡。未来設定:この試合に勝ったら)/いつかの話(塚→←跡。プロポーズしました)/ゲーム・オーバー(塚→←跡。どっちが先に閉じる?)/月明かりの下で(塚→←跡。肌寒くても一緒にいれば)/いい夢をみるために(塚→←跡。ドイツと日本、時差はあるけども)/この手を取れるかい(塚→←跡。言ったら最後)/視線だけの密会(塚→←跡。視線で会話するのもお手のもの)/じれったい奴等め(塚→←跡。不二・大石・滝・忍足が奮闘(?))/常に前を見据える、強靱な瞳(塚←跡。未来設定:もう一度戦いたい)/盲目な程に、一途に(塚→跡。分かりやすいほどアレなのに)

⑧バラエティセット3 SS11本/40P/500円
あ、目が合った(塚←跡。この気持ちはなんだろう)/あ、メールが来た(塚→跡。この気持ちはなんだろう)/本当はうれしいけど(塚→←跡。お前にそういう欲があったのか)/小さな意思表示(塚→←跡。伝わるだろうか?)/…分かれよ、ばか塚→←跡。自分にもこんな欲があったのか)/色付いた桃色の頬(塚→←跡。友人たちに報告する跡部)/…あんまり見んなよ(塚→←跡。情事の名残と、思いがけない告白)/優しく、強く美しい恋人(塚→←跡。未来設定:好きなタイプ)/甘えるのが怖いのは(塚→←跡。未来設定:同棲中、甘えられるのは嬉しい)/君を見つけてしまったあの日(塚→跡。知らなかった君のこと)/ただ、君と居たいと(塚←跡。ライバルでいいから)

⑨バラエティセット4 SS9本/32P/400円
スパイ組織(塚→跡。ちょっとバイオレンス)/何かが変わった気がした日(塚→跡。何げない日常だったのに)/気持ちを言葉に変えた日(塚→跡。正直に、直球で)/君に居留の恋をした日(塚→跡。二度目どころか)/飽きないか、そんなに俺のことばっかり見てて(塚→←跡。絶対にこっちの方が負けている)/勘違いするな、遊びだよ(塚→←跡。そのつたないキスが)/おいで(塚→←跡。疲れているなら、この腕の中で)/先に言ったら負けよ(塚→←跡。お互い意地っ張り)/視線の絡む瞬間に(塚→←跡。そろって告白)

⑩ちょっとエッチなセット(R18) SS7本/26P/300円
長いキス(塚→←跡。キスのルーティン)/ディープキス(塚→←跡。舌の色を見る)/背中にキス(塚→←跡。不安にさせていたなんて)/何度も言わせるな、ばか!塚→←跡。足りてるわけ、ないよな?)/あー…愛されてるって感じ(塚→←跡。未来設定:一緒にお風呂)/苦しい位が丁度いい(塚→←跡。隠れてキスを)/余裕なんて、ない(塚→←跡。未来設定:玄関先で)

#両想い #ラブラブ #未来設定 #両片想い #片想い #新刊サンプル

その唇で蕩かして
その唇で蕩かして

その唇で蕩かして

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(画像省略)その唇で蕩かして【装丁】文庫44P/300円/R18【通販】BOOTHおよびフロマージュ…

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その唇で蕩かして

その唇で蕩かして
その唇で蕩かして


【装丁】文庫44P/300円/R18
【通販】BOOTHおよびフロマージュブックス様にて予定
【あらすじ】焼き肉バトルのヘリデート後、泊まっているホテルの部屋になだれ込んで濃密なキスを交わす二人。昂ぶった体を、お互いの恋情が見逃すはずもなかった――。
※途中、跡部が手塚に乗っかっている描写がありますが、最初から最後まで塚跡です。






 ドアを開けて招き入れた。その瞬間腕を引かれ、今閉めたはずのドアに押しつけられる。
「あ、……っ」
 すぐに重なってきた唇を拒む気はさらさらないが、唐突な接触に跡部はくぐもった声を上げた。
「んん……っ」
 熱く、力強い舌が入り込んでくる。追われた舌が出逢って、口の中で暴れ回った。ちゅ、ちゅ、と濡れた音が響く。足の間に膝を割り込ませ体で押さえつけてくる強引さを、本能で押しやろうとしてしまう。だけど舌先で口の中から頬を撫でられて、ぞくぞくと這い上がってきた快感が、その手を緩めさせた。
「んっ……ふぁ……んぅ」
 唇が離れてもすぐにくっついて、むさぼるように吸われる。そのたびに心臓が音を立てて、息が続かない。テニスをしている時の呼吸とはわけが違う。このまま呼吸困難で死んでしまうのではないかと思うほど激しく、奪われていく。
 がっちりと腰を抱く腕。膝から太腿を撫で上げる左手。ジャージの上からでもその手が熱を持っているのが伝わってきて、嬉しくて仕方がなかった。
「ん、んっ……」
 熱い舌先と器用な指先に蕩かされ、膝から力が抜けていくようだ。それでもどうにか踏ん張って耐え、混ぜられた唾液を飲み込んだ。
「手、塚……っ」
 唇が離れた隙に名を呼んで、衿を掴んで引き寄せる。
 手塚国光が自分に欲情しているという事実が、跡部景吾を興奮させる。それを、この男は分かっているのだろうか。
 奪われていた唇を今度はこちらが奪い返して、離れてやるものかと両腕で手塚を抱きしめた。
 どうして離れていられるのだろうと思うほど、互いの恋情は深く、強い。
 ドイツへ行けと背中を押したのは跡部自身だし、それ以外の選択肢などなかった。だけどこうして逢えてしまうと、触れたくて仕方がなかった自分を思い知らされる。
「……っおい、ば……馬鹿、待て、手塚」
 ジャージの上から胸に押し当てられていた手が、ジャッとファスナーを下ろす。すぐに中のウェアをたくし上げてきて、さすがに慌てて手塚の体を押しやった。
「がっつくんじゃねえよ、こんなところでっ」
「お前が言うな。ヘリの中でも散々俺を煽ってくれたな」
 ぐっと言葉に詰まる。
 各国を巻き込んだ焼肉バトルの最中に、手塚と優雅にヘリデートとしゃれ込んでいたが、こっそり腰を抱いたり指を絡め合わせたりしていたのは跡部だ。そういう欲が少しもなかったかと言えば嘘になるし、あわよくばという気持ちも確かにあった。
 だがだからといって部屋に入ってすぐにとは思っていない。まさになだれ込むような状態だ。
「跡部。まさか俺には性欲がないなどと思っているんじゃないだろうな」
「さすがにそこまでは思ってねえよ! 思って……ねえけど、だから、ちょっと、待てって」
 手塚の手のひらが、素肌を撫でてくる。危うくこのままここで許しそうになるが、すんでのところで理性をかき集めることに成功した。
「やりてぇのはこっちだって同じなんだよ、ばか、おい……ほんの少しじゃねえかっ……」
 手を引き剥がして、ようやくまともに手塚を正面から見る。濡れた唇やわずかに上気した頬はこんな時しか見られなくて、さらに欲情させられた。ストイックな雰囲気を醸し出すドイツ代表の黒いジャージが、逆にエロティックに手塚国光を包み込んでいる。

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#両想い #ラブラブ #R18 #新テニ #新刊サンプル #塚跡

クリスマスには早いけど
クリスマスには早いけど

クリスマスには早いけど

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(画像省略)クリスマスには早いけど【装丁】文庫128P/700円/R18【通販】BOOTHおよびフロ…

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クリスマスには早いけど

クリスマスには早いけど
クリスマスには早いけど


【装丁】文庫128P/700円/R18
【通販】BOOTHおよびフロマージュブックス様にて予定
【あらすじ】クリスマスを絡めた、手塚と跡部それぞれの片想い。
お互い相手に好きな人がいると思っているけれど、簡単には諦められない。応援したいけれど、募っていく想いは矛盾した感情をつれてくる。





 跡部は的確に状況を判断し、理解してくれる。それには正直驚いた。大勢の部員たちを率いていた男だ、周りをよく見ているのだろうと思っていたが、ここまでとは。もし同じ学校に通っていたら、どちらが部長に据えられていただろうかと、考えても仕方のない想像をしてみたりもした。
「相手が優しければ優しいだけ、たとえ気持ちを受け入れられても〝本当に好きでいてくれてんのか〟って考えちまうだろう。拒まれるにしたって、拒んだ相手の方が傷つくかもしれないって思ってんだろ」
「恐ろしいほどにその通りだな。眼力(インサイト)はそんなことも分かるのか」
 どれもこれもが一度は考えたことで、いっそ憎たらしくなる。そこまで分かるものならば、この気持ちにも気づいてくれていいのではないかと。そして盛大に拒んでくれればいい。その方がすっきりするというものだ。
「フン、眼力(インサイト)を使うまでもねぇぜ」
「じゃあ、お前はどうなんだ?」
「……アーン?」
「よく知らないが、女生徒に人気があるのだろう。交際を申し込まれたこともあるのではないのか? そういう時、お前ならどうするんだ」
「ねえが? 交際を申し込まれたことなんざ」
「は?」
 思わず、低い声を上げて聞き直した。
 何を言っているのだこの男は。
 言ったようによくは知らないが、跡部景吾は男女関係なく人気がある。青学にまで噂が届くほどなのだ、手塚の思い違いというはずがない。
 好意があるなら、親しくつきあいたいと思うのが普通だ。それにも関わらず、申し込まれたことがないというのはどういうことか。
「あまり面白くない冗談だが」
「本当のことだぜ。俺様の人気が高いのは否定しねえが、今まで一度も告白なんかされたことねえ。あ、イギリスにいた頃……いやあれは社交辞令だな。参考にならなくて悪い」
 もしかして、申し込みだと気づいていないだけなのではないだろうか。そう思いかけて跡部をじっと眺め、「ああ……」となんとなく察した。なるほど、跡部景吾に交際を申し込むなどということは、恋を諦めるより勇気がいるのだ。
 まず彼の放つオーラに負けない覚悟をもって目の前に立たなければいけない。それからひどく綺麗な顔をしたこの男に恋を告げる。――無理では? と容易に答えが導き出される。
 跡部景吾と同等の自信を持ち、強くなければ、告げることさえままならないのだ。それを考えると、跡部が一度も告白などされたことがないというのも頷ける。
「なるほど」
「何がなるほどだよ。なんかムカつくな。……しかし、お前がねえ……青学の女かよ?」
「いや、…………他校だ。テニスで知り合った」
「なるほど」
「何がなるほどなんだ」
 真似をされて、真似をし返して、跡部がふっと笑うのが目に入った。「お前らしい」と言われて、ああテニスだからかと納得した。交流会か大会などで知り合ったと解釈したのだろう。それは間違いではない。
 跡部が、どこかホッとしたような表情になった。
「テニスでつながってんなら、いいじゃねえか。最初はギクシャクしても、同じ世界で生きてりゃ理解し合える」
「そうだろうか」
「ああ。なにせテニスだからな」
 満足げに頷く跡部に、手塚こそ満たされる思いだ。テニスというスポーツに全幅の信頼を寄せるこの男が、本当に好きだと思う。
 それならば、言ってしまっていいのだろうか。拒まれるだろうが、テニスの世界でなら理解しあえるという彼になら、この想いを告げてもいいような気がする。
「だから手塚、ちゃんと言ってみろよ。お前の惚れた女は、お前の真剣な想いを茶化すようなヤツじゃあねえんだろ? 惚れたお前が、相手の価値下げてんじゃねーぞ。もし万が一駄目でも、この俺様が直々に慰めてやろうじゃねーの」
 相手の価値を下げるな――言われて気づく。
 拒まれるのは仕方ないにしろ、その後に関係が壊れてしまうのが怖いというのは、跡部がそうする男だと言っているのと同じことだ。最初は絶対に気まずいだろうが、跡部景吾はそんなことで揺らぐ男ではないと信じたい。
 それにしても、当人がどうやって慰めてくれるのかと思うと、愉快な気分にもなってくる。
 告げてみようか。お前が好きだと。
「俺のは無理だが、お前の恋は叶ってほしい」
 口を開きかけたその時、体中に衝撃が走る。ひゅっと呑んだ息が、そのまま止まったかのような感覚を味わった。
 ――俺のは無理だが――
 なぜ。
 なぜ気がつかなかったのだろうか。跡部の指摘が的確過ぎたのは、彼自身が叶わぬ恋をしているからなのだと。
 カタカタと震える歯を食いしばり、唾を飲み込む。全身から血の気が引いていくようだ。
「……跡部、お前にも、好きな相手がいるのだな」
 跡部は一つ瞬き、ハッとしたように眉を上げ、次いで寄せる。言うつもりはなかったらしく、珍しく油断している彼に不謹慎だと思いつつ胸が鳴った。
「……普通だろ、別に」
「…………そうだな」
 絶望的だ。もともとなかった希望が、ここで絶たれる。親身になってくれたのは、自分が叶えられない恋の代わりだったのだろう。なんて残酷なことをしてくれるのかと、心臓がずきずきと痛む。
「俺に恋を叶えろというのなら、お前だって努力をできるはずではないのか」
「こっちだってまるで絶望的なもんなんだぜ。優しいヤツだからな、拒ませたくねえんだ」
 跡部は寂しそうにふるふると首を横に振る。優しい相手なのだと言う彼の方こそ、優しい。拒ませることで傷つけたくないのだろう。それほどに相手を理解し、好きなのだと分かる。
 跡部の恋が叶えば、諦めもつくだろうか。
 手塚は高い天井を見上げ、ふうーと息を吐いた。
「跡部」
 そうして跡部に向き直り、口を開く。
「お前の恋が叶うように願っている。友として、心から」


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#両片想い #クリスマス #未来設定 #R18 #新刊サンプル #塚跡

ただの好意かそれとも恋か2
ただの好意かそれとも恋か2

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(画像省略)ただの好意かそれとも恋か2いつかみた永遠のあと2ndにて発行『ただの好意かそれとも恋か』…

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ただの好意かそれとも恋か2


ただの好意かそれとも恋か2
ただの好意かそれとも恋か2


いつかみた永遠のあと2ndにて発行
『ただの好意かそれとも恋か』続編。一応これで完結、旧テニの世界線です。

【装丁】文庫サイズ/206P/R18/1000円(対面イベント価格)
【自家通販】BOOTH(https://hanaya0419.booth.pm/items/422502...)匿名性なし
書店:フロマージュブックス様(https://www.melonbooks.co.jp/fromagee/de...
【あらすじ】まっすぐすぎる手塚の想いに触れて、跡部は恋人としてつきあうことを承諾した。そうなった以上は手塚を好きになってやりたいが、どうすればいいのか分からない。卒業まであまり時間もなく、離れる前に恋人らしくなりたいけれど、気持ちが追いついてこない。それでも手塚からの想いは嬉しくて、
心が傾きかける。そんな中、もうすぐ互いの誕生日で──?




 他人の体温が、こんなに落ち着くものだとは思っていなかった。
 そう表現するとあらぬ誤解を受けそうではあるが、あながち誤解というわけでもないような気はする。
 跡部は手塚の背を抱いて撫でながら、はあーとゆっくり息を吐いた。
 まさか、手塚国光と恋人として交際をすることになるとは思っておらず、受け入れておきながら若干展開についていけない。
 勢いだったと言うつもりはさらさらないけれど、この状況をどうしたらいいのだろう。
 自分を抱いてくる手塚の腕は先ほどよりさらに強くなっているし、小さく「跡部」と呟く声は、震えているようにも感じられる。それほどに歓喜しているのかと思うと、胸が締めつけられた。
「……手塚。なあ、いったん離れろ……少し、苦しい」
 なだめるように背中をぽんぽんと叩けば、手塚はハッと我に返ったように体を強張らせ、慌てて距離を置く。跡部はそれがおかしくて、口の端を上げた。
「す、すまない。夢ではないかと思って」
「アーン? 夢じゃねえだろ。今さら撤回するつもりはねぇぜ、俺様は」
 手塚に好きだと言われて、応えてやれないことが苦しいと思うくらいには、手塚に好意を持っている。それならば受け入れた方がいっそ楽だと思ったのだ。
 間違いなく恋ではないが、手塚はそれでも構わないと言ったはず。相変わらず自信満々に「恋に変えてやれば問題ない」などとのたまいながら。
 二人でソファに座り直し、同時に息を吐く。示し合わせたわけでもないのにタイミングが重なってしまったことに、どこかむずがゆさを感じた。
「真似すんなよ」
「してないだろう」
「……ふん。なあ、ところで手塚よ」
「なんだ」
「つきあうってのはいいんだが、お前は具体的に何をしたいんだ」
 ソファの背にもたれふんぞり返ってそう呟けば、手塚は珍しく表情を崩す。「何を言っているんだこの男は」とでも言いたげなその顔は珍しくて、後から写真でも撮っておけばよかったと思ったことだろう。
「なんだ、その顔は」
「いや、跡部お前……交際というものの意味くらい分かるだろう」
 言いながら手塚はポケットから携帯端末を取り出し、何かを打ち込み始める。
 そうして、跡部にも見やすいようにと端末を互いの真ん中辺りに移動させてくる。跡部は反射的にそれを覗き込んだ。
「親密な関係を前提とした、互いの適合性を確認することを目的としたつきあいの段階……フン、なるほどね。って、そうじゃねーよバーカ。さすがに意味は分かる」
 どういう解釈をしたら、交際そのものの意味が分からないと思うのだろうか。跡部は自身が世間一般の常識から若干外れているだろうことは自覚しているものの、そこまで世間知らずではない。
「俺が言ってんのはそこじゃねえ。つきあうってなったらいろいろ、その、あんだろーがよ」
「いろいろか。俺とお前では、一緒に登下校というのは無理だな……休日にどこかへ出掛ける……今までもそうしていた気がするが。……跡部、もしかして俺たちはとっくにつきあっていたのではないのか?」
「んなわけあるか! こういうのは双方の合意が必要だろうが。俺が頷いてやったのはついさっきだぜ。……そういうとこでもねえんだよ手塚、テメーは幼稚園児か」
 会話が成り立っているような成り立っていないような。跡部は呆れたように項垂れて、額を押さえる。手塚がそこまで考えていないということはないはずだ。頭の中でどうこうしようが構わないと言った言葉に、すまないと返してきたことがあるのだから。
「どういうことだ、跡部」
「察しの悪いヤツだな。恋人同士ってことは、肉体的なつきあいもあるのがほとんどだ。俺がお前を抱くか、お前が俺を抱くかとか、いろいろあんだろ!」
 何を言わせるんだと眉をつり上げ、声を張り上げる。
 恋人になることを承諾した以上、そこは重要な部分ではないだろうか。きちんと役割が決まっている男女とは違って、自分たちは男同士だ。どちらがどちらになるかというのは、あらかじめ話し合っておかないと、認識のズレで大変なことになる。
「そうか、分かった。では俺がお前を抱こう」
 至極真面目な顔で頷きながら、手塚はさも当然のことのように返してくる。跡部は今度こそ本当に呆れてしまった。最大限譲歩したような口ぶりで、少しも譲る気のない言葉は、手塚らしいとも思ったけれど。
「テメェ俺様を抱く気でいんのか」
「そうだが」
「こっちだって抱く側の性別なんだよ」
「知っている。……待て跡部、お前も俺を抱きたいのか?」
「そういうことを言ってんじゃねーよ! さも当然のように俺を女役にすんなっつってんだ!」
 そもそもたった今恋人同士になったばかりなのに、抱きたいかどうかなどと分かるはずもない。
 話題にしておいてあれだが、考えたことがなかった。
 もし抱けと言われたら抱く努力をしてみようとは思うが、努力をしなければならない段階ではそんな行為はしたくない。何をするにもお互いの合意が必要だ。
「交際を承諾されたばかりでこんなことを言うのもどうかと思うが、俺は跡部を抱きたい。お前は俺を抱きたいわけではないと言う。それならば、抱きたいという明確な思いを持っている俺がお前を抱くべきだろう」
 テニス馬鹿だとばかり思っていたこの男にも、人並みの欲望があったのだな――なんてことを言うつもりはないが、ここまで押しが強いとは思っていなかった。
 プレイスタイルを考えればそう不思議なことではないのかもしれないが、手塚国光という男に抱いていたイメージというものが、ガラガラと音を立てて崩れつつある。
「なるほどね。……いや違う、納得すんな。くそ、もっともらしいこと言いやがって……。じゃあ訊くが、もしこの先俺がお前を抱きたいって言ったらどうするつもりなんだよ。大人しく抱かれんのか、テメーは?」
「……お前がそう望むのなら、……努力は、する。お前とは、対等でありたい」
 眉間にしわを寄せて険しい顔をし、めいっぱい躊躇いながらも、手塚は頷く。
 どうせ突っぱねるのだろうと思っていただけに、跡部は「努力する」と言われたことに驚いた。自分の願望を何が何でも押し通したいわけではないようで、毒気を抜かれた気分になる。
「だから跡部、お前はまず俺を好きになってくれないか。順番で言ったらそこからだろう」
「あー……そこは前向きに考えておいてやるぜ。言っておくが、つきあうのを承諾したのは、テメーがめんどくせぇからだ」
「考える余地があるという時点で、俺の勝ちが決まったようなものだな。覚悟をしておけ」
「アーン? 早々に勝利宣言とは、いい度胸してんじゃねえか手塚ぁ! 俺様が負けるわけねえだろうが!」
「いや、俺は必ず勝つ」
 ソファの上でお互いに向き合いながら、不毛な争いが始まる。勝ちだの負けだのの言葉に過敏に反応してしまうのは、プレイヤーとしての性だろうか。
「上等だ、コート行くぜ手塚!」
「勝負か、受けて立とう」
 ザッと跡部が腰を上げれば、手塚も同じ勢いで立ち上がる。視線はお互い相手を捉えたままで、一触即発と言っても過言ではない雰囲気だ。ことの発端がベッドの中での役割の話だったなどと、この状況で誰が思うだろう。
 それでも二人は、意気揚々と部屋を出て跡部家のテニスコートへと向かっていった。


 汗が飛び散る。荒い呼吸が空気を揺らす。握りしめる手に力がこもる。荒い吐息の中で相手の名を呼んで、足を大きく――踏み出す。
「まだだ、跡部……っ」
「……くっそ……!」
 頭より先に体が反応して、受け止める。もちろん、小さな黄色いボールを、だ。
 長いラリーになった。お互い負けるわけにはいかないと、意地でつながっていくボール。恐らく二人ともが、どこからこんなことになったのかもはや覚えていないのだろう。
 ただネットを挟んだそこに相手がいる。ラケットがある。ボールがある。
 それだけで、この瞬間すべてを懸けるに値した。
 この広い世界の中で、そう思えるものに――そう思える相手に巡り会えたのは僥(ぎよう)倖(こう)だ。
 なくしたくない。繋がりを断ちたくない。好意を向けられているのなら、受け止めてでも。
 そう頭の隅で考えた瞬間、ボールが足元を撃ち抜いた。跡部はハッとして、転がったボールを振り向いた。
「油断しているお前が悪い」
「…………してねーよ」
 チッと舌を打ち、ボールを拾い上げる。まったく厄介な相手だと思いながら、ぐいと汗を拭った。なんとも思っていない相手ならば、突き放すことなんて簡単なのに。手塚国光だというだけで、それが難しくなる。
 ぽんとボールを放ってよこすと、手塚はぱしりと受け止めただけでサーブ位置に向かうことはしなかった。不思議に思って首を傾げたら、責めるような眼差しで突き刺された。
「勝負の最中に考え事とは、随分余裕だな、跡部」
「アーン?」
「打球が軽くなった。言い直すぞ。今お前の足元を抜けたのは、お前の油断じゃない。慢心だ」
 わずかに怒りが混じる声に眉が寄る。頭ごなしに言われるのは不愉快だ。心当たりがあるとしても、だ。
「何を考えていた? 本調子ではないお前に勝っても、嬉しくないな」
「てめーが勝つこと前提かよ。…………いや、悪い、まだ少し……受け止め切れていねえんだろうな」
 挑発するように笑ってみたものの、すっきりしなくて跡部は視線を逸らす。ひとつ深呼吸をして、非を認めた。
 せっかく手塚と打ち合っているのだ、集中したい気持ちはもちろんある。勝ちたい気持ちも、叩きのめしたい気持ちも大きい。
 だけど、心のどこかで引っかかっている。
「受け止めきれないというのは、俺がお前を好きだということをか?」
 ネット際まで歩んできた手塚を見やり、小さく首を振った。手塚の気持ちを疑うことはない。何しろ視線も気持ちも、痛いほど自分に向かってくるのだから。
「受け止めきれねえってのは、俺の……自分の狡さだ」
 そんなまっすぐな気持ちに応えられないことを、ずっと心苦しく思っていた。ただ種類が違うだけでこちらもちゃんと好意を持っているというのに。
 だからもういっそ受け入れてやれと思ったのは、勢いだけではない。手塚ならばいい、本当にそう思っている。
 後悔はしていないのに、引っかかる。
「俺はお前に恋してねえ。お前とテニスがしたい、お前をつなぎ止めておきたい、この糸を断ち切りたくねえ。そんな自己欲を満たすために、お前の気持ちを利用している。……お前じゃなけりゃあ、もっと簡単だったろうにな」
 自嘲気味に笑い、己の矮小さに初めて気づく。跡部景吾ともあろうものが、そんな形のないものに縋るだなんて滑稽だ。
 らしくないと呆れられるだろうか。
 真剣な想いを利用するなと怒るだろうか。
 手塚に応えたいと思う傍ら、応えられなかった時のことを思うと怖い。きっとこの糸は切れてしまう。切りたくないから、応えたい。だけど――と無限ループに陥ってしまいそうだった。
「お前のそれがずるいということならば、俺はもっとずるくて卑怯な男ということになるが」
 ややあって、呆れも怒りもまじっていない声が耳に届いた。跡部は反射的に俯けていた顔を上げ、正面に手塚国光を見た。
「アーン……? 卑怯って、てめぇがか」
「そうだ。俺はお前が俺とのテニスを望んでくれていることを知っている。純粋に嬉しいと思う横で、テニスを引き合いに出せばお前が断らないと分かっていて、ラケットを握る。テニスにそんな感情を持ち込みたくはないが、お前の瞳が俺の動きを追う様を見るのは気分が高揚する。恐らく、快感と言っていいものだろう」
「かっ……」
 思いも寄らない言葉が返ってきて、ボッと頬が染まるのを実感する。当の手塚は恥ずかしげもなくまっすぐに見つめてきているから、余計に羞恥が増大した。
「跡部、俺はお前を好きになってからずっと、己の中の相反する心と戦っている。テニスを利用することへの怒りや不甲斐なさや、純粋に楽しみたいのにできないもどかしさが、常にあるんだ」
 跡部の瞳が、ゆっくりと見開かれていく。テニス馬鹿だとばかり思っていた手塚が恋をしていることもそうだが、そんなふうに考えていたなんて。
 ぐっとボールを握りしめるその拳の強さは、そのまま彼の中の葛藤を表しているのだろう。手塚の中でいちばん大切なものと、大切にしたい相手、そしてその相手が大切にしているものが、複雑に絡み合っているに違いない。
「相手がお前でなければもっと簡単だっただろう。もっと上に行きたい――それだけだったのに、テニスをする理由が増えてしまった」
「理由……?」
 跡部がひとつ瞬いて再度手塚に目をやれば、互いの真ん中で視線がぶつかる。絡んで、結ばれて、引き剥がせないところにまできてしまった。
「お前に負けたくない。お前と同じだけの熱量でこの世界にいたい。俺はこの先一人で歩いていくものだと思っていたが、できればお前とずっと共に歩めたらと、そう思っている」
 すうっと、乾いていた土に水が染み込むようにその言葉が体の中に入ってくる。緩やかに体を潤していくそれは、指先にまで到達した。
 テニスにかける熱量はお互い同じ。そこに恋愛感情を混じらせたくないという思いも、利用してしまうことへの葛藤も、同じなのか。ずるくて卑怯だと言いつつも、手塚はどこか満足げで、楽しそうですらある。
 跡部は顔を下向けてはあーと息を吐いた。
 同じだというのならば、もういいかと。
 テニスをお互いの不埒な想いに巻き込みたくはなかったが、手塚はそんな自身さえ受け入れている。手塚にできて、自分にできないわけがないと、跡部は顔を上げてキッと手塚を睨みつけた。
「中学生の分際でプロポーズとは、大した度胸だなあ、手塚ァ!」
「プロポ…………そういうつもりで言ったわけではない」
「んだよ、そこまで考えてねえってか?」
「違う、お前にプロポーズするなら、もう少しちゃんと言いたいというだけだ。今のをプロポーズなどと思ってもらっては困る」
 揶揄ったつもりが、撃墜された気分だった。頬が火照るのを自覚したが、悔しくて顔を背けられない。負けたような気分になってしまう。
「……ハ、口下手なテメェがどんなプロポーズするつもりなんだか。いいか手塚よ、俺は跡部の後継者なんだぜ。それなりの覚悟で――」
「分かった。では予約だけしておこう。お前にいちばん初めにプロポーズするのは俺だ、覚えておいてくれ」
 二の句が継げない。交際を承諾したその日のうちに、プロポーズの予約とは。
 その単語を出してしまったのは跡部だが、後悔した。手塚は本気でそうするつもりでいる。
 まっすぐに、強く、強く、見つめてくる瞳に、ぞわぞわと肌があわ立った。毎度のことながら、すさまじい自信だ。断られることなど微塵も考えていないようなオーラが腹立たしくて、恥ずかしくて、悔しい。
「……テメェの相手すんのは、疲れるな」
「それはこちらの台詞だ。お前相手だと、いつも気を張っていなければならない。ひとつの油断がお前に嫌われることにならないかと……そんなことばかり考えている」
 跡部がため息を吐けば、手塚がその倍ほどの量を吐き出す。
 跡部は目を見開いた。あの自信満々の声の底で、そんなことを考えているというのか。まったく、内側が少しも読み取れない男だ。
 間抜けにもぽかんとしていた己に気がついて、我に返り跡部は肩を竦めて小さくハッと笑う。そうしてネット際まで歩み、手塚の額を指先ではじいた。
「……っ、何を、するんだ」
「ばぁーか。テメェを嫌いになんかなりやしねえよ。安心しな」
 それなりに痛かったのか、額を押さえる手塚に自信たっぷりに言ってみせる。
 この男に恋をできるかどうかは分からない。だけど、嫌いになることだけはないと、胸を張って言ってやれる。
「たとえ何らかの罪を犯しても、張り倒してやるだけで、嫌いにはならねえ」
「……俺はそんなことしない」
「たとえっつってんだろ。だが、そうだな……俺が手塚国光を嫌いになることがあるとしたら――ひとつだけだな」
 手塚がひとつ瞬き、先を促してくる。
 跡部もひとつだけ瞬き、言葉を舌に載せた。
「お前が、テニスを嫌いになったら、俺はお前を好きではいられねえ」
 ぐっとラケットを握る。
 この先テニスを続けていく中で、ずっと同じテンションでプレイできるとは限らない。体に限界が来て、辞めざるを得ない時もくるだろう。
 だが、だからといってそれを責めるようなことはしない。責めたいとも思わない。それが手塚の選ぶものならば、納得ができる。
「テニスができなくなってもいい。テニスを好きじゃなくなってもいい。だがテニスを憎むような男にはなるな。そうすりゃ俺は、死ぬまでテメェを嫌いになることはねえ」
「テニスを……嫌いになるという発想がなかった。あり得ない話だ。安心しろ、俺にはテニスとお前しかないからな」
「……っちゃっかりさらっと口説き文句入れてくんじゃねーよ」
 無意識だったと、眉を寄せた手塚の困ったような顔に、胸の辺りがくすぐったくなった。ついうっかり口に出てしまうほど、自然に想ってくれていることが、嬉しいと思ってしまった。
「手塚、今日はこれくらいにしておこうぜ。叩きのめしてやりてぇっつー気持ちが萎えちまったからな」
「お前こそ、ちゃっかり自分の勝ちで終えようとしているが」
「そうだったか?」
 そもそもどうしてこんなことになったのだったか、忘れてしまった。確かに跡部の方が多くポイントを取っていて、勝敗をつけるのならば跡部の勝ちだ。
 それを面白くなさそうにする手塚を、どう受け止めたらいいのだろう。
 頑固だと言えばいいのか、融通が利かないと言えばいいのか、大人げないと言えばいいのか。それとも、可愛らしいと思ってしまってもいいのか。
「次に取っときゃいいだろ」
「次だって、お前は負けるつもりがないんだろう」
「当然だ。まあ、そうむくれんなよ。今日はテメェにとっちゃ最高に幸せな日だろ? 何しろこの俺様を手に入れられたんだからよ」
「俺に恋をしていないというお前をな」
 言いながらも、続けるつもりはないらしい手塚は、タオルを取りにベンチへと向かいかける。恋に変えさせるなどと強気なことを言っていても、そこは気にしているようだ。
「手塚」
 跡部は、体を翻しかけた手塚の腕をつかんでぐいと引き、振り向かせる。少しだけ踵を上げて伸び上がり、汗の浮かぶ額に唇を寄せた。先ほど指先ではじいた場所に。
 こんなことで痛みは消えないだろうし、らしくないことをしているということも分かっている。
 触れて、二秒。離した唇の端を上げた。
「せいぜい頑張って落としてみせな。今はこれで我慢しておけ」
 至近距離で見た手塚の表情は茫然としており、一秒後にはカッと頬が染まって見えた。
「…………跡、部っ……!」
「そんな反射神経で、よく俺様のライバルなんてやってられるよなあ。ほらもう戻るぜ」
 掴んでいた腕を放せば、らしくなく手塚がよろめく。ネットを掴んで支えにしつつ、手塚は項垂れていた。
 まったく愉快な光景だと、跡部は気分が良い。あの手塚国光が、額へのキスひとつでこうまで動揺するなんて。
 邸内へ戻ろうと踵を返す跡部の後ろで、手塚の大きなため息が聞こえてくる。ちらりと視線だけで振り向けば、口許を押さえて頬を赤らめた手塚が見える。
 あんな手塚を、他に誰か知っているのだろうか。青学の連中は、家族は。
 胸が小気味よいリズムを刻む。じんわりと熱を持ったような唇に、そっと指先で触れる。
 そこは、わずかに汗で濡れていた。

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