- きみに逢いに 2026/02/22 11:10:24 NOVEL,テニプリ,塚跡
- クリスマスには早いけど 2025/12/25 00:00:00 NOVEL,テニプリ,塚跡
- 恋人たち 2025/10/11 22:15:31 NOVEL,その他ジャンル
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解けない暗号-003-
「ほら、ついたで工藤。ここでちょっと雨宿りさせてもらおか」
小さなパン屋の軒先で、コナンを下ろす平次。屋根のないビルばかりで、たまにあっても同じように雨宿りする人たちでいっぱいだった。ようやく見つけた、ふたりきりの雨宿り先だ。
「眼鏡が濡れちまった」
大事な眼鏡に、いくつもの雨粒。コナンはポケットからハンカチを取り出し、レンズを拭いた。眼鏡がないと見えないわけではないが、これは博士に作ってもらった大事なものだ。大事に扱っておかねば、と丁寧に。
「はー、せやけどひどい雨やな」
そんなコナンの隣に、平次がしゃがみ込んだ。声が急に近くに聞こえて、心臓が跳ねる。思わず、一歩反対側に体をずらした。平次がそれに気づいた様子はなかったが、なんだか後ろめたい。
――――なんだよ……なんでこいつと一緒にいて、後ろめたいなんて……。こんなこと、今までもあったじゃねーかよ。
平次がいる右側だけ、どうしてか緊張して固まってしまっている。逢いにきたなんて言うからだ、と平次を睨みつけてみたら、じっとこちらを見つめるまっすぐな視線とかち合ってしまった。
「なっ、なんだよ」
「なあ、オレらってどないなカンケイに見えるんやろな」
「はぁ?」
「オレは親友やとは思てるけど、ハタから見たら全然そんなんちゃうやろ、この歳の差」
歳の差と言いきるには中身が邪魔をするけれど、少なくとも見た目は小学生と高校生だ。離れ過ぎた見た目年齢は、人々に違和感を与えるだろう。
「いいとこ、親戚の兄ちゃんとちっこいガキてとこやろか」
「なんだよ、突然そんなこと言い出して……」
「いや、今回の件、相続権の争いって感じやないやろ。歳が離れてるみたいやけど、兄弟みんな仲ええもんな。できればみんな納得いくような遺言やとええなって」
「あの短時間に、真実なんて分からねぇだろ。本当は腹の中で他の兄弟蹴落とそうとしてるかもしれないんだぜ」
「夢のないこと言うなや、その格好で」
「もしもの場合を言ってやってんだよ。お前は事件の関係者に感情移入しすぎるクセがあるからな」
お前に言われとうないわ、と平次がむくれる。事件に、個人の感情を持ち込むのはよくない。先入観が、真実を覆い隠してしまうからだ。だけど、感情の行き先を考えなくなってしまったら、それは寂しいことだ。平次もコナンも、感覚でそれを知っている。そんな相手だからこそ、信頼をして共に事件解決に向けて走れるのだ。
「まあ、そんなこと考えるより、この暗号を…………っくし!」
暗号をどうにかしないと、とコナンは言いかけ、途中でくしゃみに邪魔された。ぞわりと下から這い上がってくる悪寒に、少し身を震わせる。
「なんや、冷えたんか? ちょっと雨に濡れただけやん」
「オレはお前と違って繊細なんだよ」
「ハ、さよけ」
言って、平次はジャケットの衿を落とし袖を抜く。それをコナンの肩に被せて腰を上げた。
「な、なんだよ」
「着とけや。ないよりマシやろ」
「はぁっ? い、いいよ、お前だって寒いだろ、こんな雨」
コナンはこんなことをされる理由がないと、被せられたジャケットを平次に返そうとするけれど、
「オレはお前と違てオトナやし。繊細なちびっ子とはちゃうねん」
「何がオトナだよ、未成年のくせに……っ」
茶化してきた平次の足を蹴ってやる。キック力の増強をしなかったのは、まあ、情である。
ざあざあと降る雨は、まだ雨足を弱めてくれない。寒いのは確かに事実で、貸してくれるというなら借りておいてやってもいいかと、コナンはジャケットの衿を掴んだ。
途端、香る他人の匂い。平次の匂いだ。
「……っ」
カッと顔の熱が上がる。
――――さっきから、おかしい。どうしちまったんだ、オレは……!
心臓は跳ねて、いっそ地面を叩く雨粒よりも激しい音を立てている気さえしてくる。
「は、服部、やっぱこれ――」
「なあ工藤」
やっぱり返すと言い掛けたコナンに、上の方から声が降ってくる。雨音はひどく大きいのに、どうしてかその声を聞き逃すことはなかった。
「な、なんだよ」
「こないな暗号遺して死によったじーさん、本当に意地悪でやっとるんやなかったら、兄弟らで力合わせて解いてほしかったんとちゃうか?」
「え?」
「あんなぁ、オレいま、めっちゃ楽しいんや。事故でも殺人でもない、ただの遺言書の暗号解読て、宝探しみたいやろ」
暗号の写しをじっと眺め、平次は笑う。確かに、人は亡くなっているが天命だ。血なまぐさい話ではない。
「この暗号がオレらに解けんてことは、なんやあの兄弟らにしか分からんもんがあるっちゅーことや。宝探し、楽しんでほしかったんやないかなって思ってな」
「解けない言い訳にすんなよ。西の名探偵の名が泣くぜ。……でも、確かにそうなんだよな……この近くにこんな名前の店はないし、三叉路もない」
「あの人らにしか分からん暗号や。この雨止んだら、依頼人の家戻ろか。ヒントやってあとはじーさんの望み通り、あの人らに解かせたほうがええ」
そういえば、あの豪邸の主の子らはとっくに独立して家を出ており、それぞれに家庭がある。何かイベント事でもなければ、全員が集まることはないのだろう。昔は、それこそ作られた暗号で一緒に遊んでいたのだろうに。
「骨折り損じゃねーかよ」
「まあ、ええやろ。久々に楽しめたで」
「確かに、それはあるけど……この雨さえなけりゃな」
そうして二人は暗号を解くことを諦め、主の遺志をくむことにした。
雨が止んだら、彼らのところに戻って話してやろう。
「工藤」
「あ?」
「オレら住んどるとこも違うし、意見の食い違いもぎょうさんあるやろうけど、……けど、できる時はこうやってふたりでやろうな」
ニ、と嬉しそうに口角を上げる平次に、コナンは目を瞬く。今まで何度も、協力したり衝突したりしながら事件を解決してきた。だけど改めて「ふたりで」と言葉にされるとは思わなかった。
――――キザなヤツ……。
自分のことを棚に上げてか、自覚しないでか、コナンは少しだけ視線を逸らす。明確な答えを求めているわけではないのか、平次はいまだに止まない雨を眺めていて、ふたりの視線が重なることはない。
だけどコナンの体を包む平次の匂いが、口許を緩めさせる。
――――ふたりで。
一人で解けない事件(があるのも悔しいが)、ふたりでならきっと大丈夫。根拠は今まで過ごしてきた時間。こうして言葉にしてくれる、素直な思い。
「あぁ……そうだな」
コナンは小さく呟く。それは雨音にかき消されて、平次の耳まで届かない。都合はよかった。きっと心音も消してくれている。
「え、なんやて?」
案の定そう訊き返してきて、コナンはホッとした。こんなわけの分からない感情からくる心音、聞かれたくない。
「足引っ張るんじゃねーぞって言ったんだよ」
「こっちの台詞じゃボケェ」
いつも通りの悪態に包み隠して、深呼吸を三回。
やっぱりその音も、ざあざあと降り続く雨がかき消してくれた。
友人の本に寄稿したもの
#DC #服部平次 #江戸川コナン #平コ #ウェブ再録
解けない暗号-002-
「工藤?」
「え、あ、ああ……いいけど、おめーのオゴリな」
「なんでやねん。て、まあええけどな。この間の詫びせなあかんし」
決定的な言葉を吐かれ、コナンは内臓が飛び出してきそうな口を押さえて顔を背けた。
やはり目的の大半は、それだったのかと。確かに待たされた時間は長いけれど、その詫びのためだけに、大阪―東京間を行き来してしまう高校生がどこにいるのだ。それを言うなら行く先々で事件に巻き込まれる小学生もどうかと思うが、それは不可抗力である。
「あ……のさ服部、オレ別に、あの時のことそんなに怒ってるわけじゃねーんだけど」
「そうなん? せやけど普通、あんなに待たされたらもっと電話とかメールとかしてきよるやろ。それがなかったし、怒ってんのやろなって思て、直接謝ったろとこうしてはるばる逢いに来たっちゅーに、つれないしなぁ」
「バッ……バーロー、なに言ってんだ。お前が連絡もなくオレを待たせるなんて、事件に巻き込まれてるくらいしか思いつかなかったからな。連絡できる状況じゃねぇんだなって思って、控えたんだけど……違ったか?」
寂しそうにそう呟いた平次を、コナンは不思議そうに見上げる。約束を忘れていたという可能性を考えなかったのは、そういえばどうしてだろうと、今さらながらに気がついた。そして実際平次は、携帯端末を取り上げられ連絡しようにもできない状況ではあったのだ。
「や、その通りなんやけど、……さよか……そやったんや……」
「まあ、事件に巻き込まれっと連絡忘れるくらい没頭しちまうってのはあるけどな、お互いに」
ホッとして嬉しそうな顔をした平次には気づかないで、コナンは苦笑する。コナン自身、事件にのめり込み過ぎて蘭たちに連絡を入れ忘れたことは何度もある。だから、たとえ誰かに同じことをされても、怒れる立場にないのだ。
さらに相手が服部平次なら、事件を放って約束を優先させようものならキック力増強シューズで蹴りつけてやるところだ。助太刀を望んで連絡してくるならまだしも、未解決のまま約束のことなんて優先してほしくない。
――――そういうヤツだから、信頼してんだよ。
「オレが怒るとしたら、まあ、……怪我したとかそういうのは、別にいいか」
「そこは怪我すんなって怒るとこちゃうんかい」
「和葉ちゃんに任せる」
「ほんなら、お前が怒るんはどないな時なん」
「そうだな……オレを呼べよってとこ、だろうな」
ニ、と口の端を上げてみる。
平次は目を瞠り、頭を抱えた。
――――ホンマに、どないな小学生やねん。
呼べというのは不謹慎ながらも八割方好奇心に違いなくて、あとの二割がプライドだろう。体は小学生ながらも、工藤新一がいるのになぜ頼らないのかと。
間違っても心配をして怒ってのことではないと知っている。
だけどそれが、信頼なのだということも知っている。
そう長い時間を過ごしたわけではない。ただその短い期間を濃密に過ごした。
――――他におらんわ、こんなヤツ。
濃密、と言ってしまうと語弊があるようにも聞こえるが、実際濃く深く、密度のあるつきあいだ。間違ってはいない。親友と言っていい間柄、だろう。
――――けどピンとこんなぁ。なんやろ、オレと工藤のカンケイって。
事件のことを考えなければならないのに、平次の頭の中は今、隣を歩く相手が占めてしまっている。歩調を合わせているのがいけないのか、同じ方向に歩いているのがいけないのか。
そもそも、逢いたいと思ってしまったのがいけないのか。
――――ちょお待て、逢いたいってなんや。
平次はふと頭をよぎった言葉にハッとして、足を止めた。
今回東京に来ることを、報せはしなかった。というのも、気がついたら新幹線に乗っていたからだ。
改札を通って、東京行きの新幹線に乗って、空いていた自由席に座って、缶コーヒーの蓋を開けて、そこでようやく「何しに行くんや」と思ったことを思い出す。
用があったわけではない。ついでに顔を出したわけではない。先日の詫びをしたいという思いはあったものの、それならば事前に連絡を入れて相手の都合を確認するべきだ。
どうして、東京につくまでの間にそれをしなかったのか。
安くはない新幹線代を払って、もしいなかったらどうしていただろう。
――――確認、したくなかったんや。おらんて分かったら、その時点で引き返してた。……逢えたらいいなくらいの気持ちで事務所向こうて、ソワソワすんのとドキドキすんの、楽しみたかったんかな。
平次の思考はそこまで行き着いて、なぜその対象がコナンであるのか、首を傾げながら掘り下げる。
「おい、服部?」
その対象本人に声をかけられて、ハッと顔を上げた。上げたと言っても視線は下の方なのだけれども。
立ち止まった平次の十数歩先に、不審そうな顔をしたコナンがいる。
「なんか分かったのか?」
「……や、逆に謎が増えたっちゅうか」
「謎? なんだよ」
平次は再び足を踏み出し、コナンに数歩で追いつく。口にした「謎」という言葉に食らいついてくるコナンだが、残念ながら事件の謎ではない。
「暗号のことやないて。なんかなー、こう、なんで今日来たんやろて思て」
「お前なぁ……真面目に考えろよ。そりゃあこっち来て暗号解くハメになったのはご愁傷様だが、早く解決しねーと、……って、つめて」
呆れて息を吐くコナンの頬に、ぽつりと降ってくるしずく。
「お、雨か?」
平次の額にも、ぽつりぽつり。雨かと気がついた時にはもう、いくつものしずくが服や髪を濡らしていた。
「雨の予報なんてあったっけ」
「あれやろほら、ゲリラ豪雨ってヤツ」
平次が口にしたその言葉に二人は顔を見合わせ、口許を引きつらせた。
ゲリラ的な集中豪雨は、ここ数年必ず日本のどこかで起こっている。時には災害レベルにまで達するが、そこまでの予報は聞いていない。
だがなんにしろ、雨は雨だ。歩いているうちにも雨足は早まり、更には粒が大きくなってきている。
「まずいで工藤、どっか屋根のあるとこ探さな……!」
「ああ、走るぞ!」
この雨は強くなる。そう確信した二人は、同時に駆け出した。パシャパシャと足を踏み出すたびに水が跳ねる。二人分だった足音は、やがてひとつだけになった。
「っ、おい服部! 何しやが……っ」
「この方が早いわ、ちびっ子」
というのも、どうしても歩幅が違ってしまうコナンを、平次が脇に抱え上げたせいだ。確かにコナンに速度を合わせるよりも多少重くても抱えた方が早いような気がして、さらに言えばこの雨の中、見た目だけとはいえ小学生を置き去りにして走ることなどできやしない。今できる最善の策だ。コナンが暴れなければ。
「下ろせ、馬鹿! 人をボストンバッグか何かみたいに抱えんじゃねー!」
「バッグの方がまだマシや、暴れんからな! 暴れると余計に濡れんで」
ぐ、とコナンは言葉に詰まる。確かに足をバタつかせたらその分だけ雨に垂直になり、濡れる回数が増える。大人しくしていても濡れるのには変わりがないが、自力で降りられそうにもない。下ろしてくれそうもない。諦めて体の力を抜いた。
――――新一の体だったら、こんなこともねぇんだろうけど。くそっ、服部のヤツ! てめーのせいでなんか心臓おかしいじゃねーかよ!
冷たい雨で体は冷えるはずなのに、顔だけが熱い。否応なしに感じてしまう平次の体温と、自身の体温とが混じり合っているかのような感覚に、言いようのない気恥ずかしさを胸に刻み込んだ。
#DCコナン #服部平次 #江戸川コナン #平コ
解けない暗号-001-
「おい工藤」
服部平次は自身の上に乗っかる相手の名を呼んでみるが、返事すらない。
「工藤て。返事くらいせんかい、このドアホが」
「あー?」
「あー? じゃないわボケ、なんでオレが下にならなあかんねん」
足を掴みそう悪態を吐いてみたが、気にも留めていない様子でまさぐるのが気配で分かる。
「仕方ねーだろ、近くに足場になりそうなもんがねぇんだからよ。これくらい役に立て」
平次の肩に細い両足を乗せ、高い塀の上を小さな手で確かめつつ、平次が工藤と呼ぶ江戸川コナンはそう吐き捨てた。
実際、仕方がないのだ。その塀は二メートルほどの高さ。大人でも、背伸びしてその向こうが見えるものではない。
コナンと平次はその向こうの状況が見たいのに、コナンの言う通り近くに足場になりそうなものは一切なかった。となれば、二人分の身長を利用するしかない。
そうなると必然的に、平次がコナンを乗っけるしかないのだが、平気で土足で肩に乗せろと言う小さな高校生が、気にくわないらしい。
「あんなぁ工藤、まぁだあん時のこと根に持っとるんか?」
「べーつにぃ? ま、お前が約束の時間に四時間遅れたことなんてな、全然、これっぽっちも、怒ってねぇからよ」
コナンはそう言うが、声と一緒に肩を蹴りつけるつま先も一緒に降ってくる。怒っとるやないかい、と平次は声に出さずに思い、ため息を吐いた。
約束をしていたのにその時間に遅れてしまった(しかも大幅に)ことは全面的にこちらが悪いのだし、怒るのも無理はない。その日運悪く事件に巻き込まれてしまい、連絡さえままならなかったのだ。
やっと解放されてから恐る恐る確認した携帯端末には、着信が一件とアプリでのメッセージが四件だけ。拍子抜けしたのを覚えている。
――――普通なら、もっと怒るやろ……和葉でさえああやで……。
以前幼馴染みを待たせてしまった時は、ひどく根に持たれたものだ。男と女では気の持ちようが違うのか、それとも。
――――それほど楽しみにはしとらんかったってことかいな。……ま、ええけど。
「服部。服部、足放せ、降りる」
ため息を吐いたすぐあとに、コナンの声が降ってくる。
「あ? もうええんかいな」
言われた通りに、足を支えていた手を放すと、コナンは平次の肩からひょいと飛び降りた。身軽なもんやで、と平次は肩を竦める。
同じ歳のはずなのに、なんの因果であないにちっちゃなってまったんやろな、と、何度か考えたことがあった。
原因は以前聞いたが、なぜ彼でなければいけなかったのか。探偵だったからというだけですませるには、あまりにも過酷だ。
――――せやけど、こないなことになっとらんかったら、工藤と仲良うもなっとらんかったやろな。
西の服部、東の工藤と並び称されているのは知っていたし、内心ライバル扱いをしていた相手だ。
無論今でもライバルには違いないのだが、事件が起これば互いに協力し、頼り、頼られを繰り返すことなど、なかっただろう。
――――解けんことがあると、いっつも工藤のこと思い出すもんなぁ。工藤はどうか知らんけど。
ちら、とコナンを見下ろすと、袖についた砂埃をパンパンとはたき落とし、およそ子供らしからぬ表情で考え込んでいた。
「……なんだよ?」
「いや、なんでもない。ほんで? 何かあったんか? 上」
「いや……ここはどうもハズレらしいな」
「あかんかったか。あの暗号からすると、この近くなんやけどな……」
資産家の当主が、遺産相続に関して暗号めいたものを遺して亡くなった。そこに事件性はないものの、暗号と聞いていても立ってもいられなくなった、探偵ふたり。
元は毛利小五郎に依頼されたものだが、居合わせた以上無関心ではいられない。
こうして遺された暗号を元に、次の手がかりを探しているのだが、なかなかに難しい。当主自身がミステリ好きだったのか、暗号というものに慣れてない者が見てもちんぷんかんぷんなものだったろう。
「ようできてるとは思うけど、どうも分からんなあ。こういうの作るんやったら、誰がいちばん初めに解くか、知りたいもんとちゃうんか? 自分の作った暗号で他のヤツらが四苦八苦してんの見るんは、楽しいと思うけどなあ」
「楽しいか? 悩んでるの見て楽しんでるなんて、そのじーさん性格悪かったんじゃ」
「そら解く側の目線やろ。作る側は楽しいと思うで。前にもおったやろ、なんや小説書くじーさん。文章の頭で読者に呼びかけとるヤツ」
あれは間に合わんかったけどなあと、服部は電話越しでやり取りした事件のことを思い出す。そういえば、あれも暗号だった、とコナンも思い出した。あれは確かに意地悪でしているわけではなかったのだ。誰が最初に解いて部屋にくるか、楽しみにしていたらしい。
無論、暗号でしかけてくる連中全員が全員そうやって楽しんでいるわけではないだろうが、聞いた話では庭園の世話をするような慈しみ深い老人だったとか。
「そうか……依頼人も、とくに遺産目当てって感じじゃなかったしな」
「どこまで血がつながっとるか分からんような遠縁の連中は目ぇ血走っとったけど」
安らかに眠らせてあげたい、というのは当主の長男、順番から言えば次期当主のはずだが、その弟や妹も、その子供たちも、同じような表情をしていた。
「ちょっと最初からやってみよか。迷った時は原点にて言うやろ」
「ん、ああ、そうだな」
そう言って、二人は暗号文の最初である邸宅へと歩き出す。そうする中、コナンは気づくのだ。平次がいつも、小さくなった自分の歩調に合わせてくれていることを。
足の長さが違えば当然歩幅も変わってくる。服部が歩く三歩分を、コナンは五歩六歩で進まなければならない。いたたまれない気分でいっぱいだった。
今はそんなことを考えている場合ではないというのに、どうもこの西の名探偵と歩いていると気が緩む。
それは恐らく、信頼というものなのだろうけど、コナンとして接してきて実はそんなに時間が経っていない。江戸川コナンが工藤新一だということを知る数少ない人間のひとりだが、なぜこの男なら大丈夫だと思ってあの時話してしまったのか。ホームズフリークが集まったあの事件、ごまかそうと思えば多分できたはずだ。
推理しているところを聞かれてしまっていたのが致命的だったとはいえ、方法がなかったわけではないだろうに。
――――あの時は、こんなに頻繁に逢うようになるなんて、思ってなかったけど……。そういや服部のヤツ、こっちに何しにきたんだ?
いつもの休日になるはずだった。連休中は家族旅行に出掛けるという少年探偵団の連中から誘いがくることもなく、毛利小五郎のもとに舞い込む依頼のどれかについていこうかなと思っていた矢先。「よぉ工藤!」なんて連絡もなしに探偵事務所のドアを開け放し、「工藤?」と首を傾げた蘭にいつも通り苦しい言い訳をしていたのが、つい三時間ほど前。
そのあとすぐに依頼が舞い込んできて、三人で出掛けるはめになってしまったのだ。だから平次がこちらに来た理由は聞けていない。また事件が絡んでいるのだろうけど、それにしては何も話してこないのだ。目の前の暗号を解くだけで精一杯、というわけでもないだろうに。
「なあ、服部」
「ん? なんや分かったんか?」
「あ、いや……お前さ、こっち何しに来たんだ? また何か事件絡みなんだろ」
コナンは隣をゆっくり歩いてくれる平次を見上げながら訊ねる。事件なら、概要くらい聞いておきたい。
何かのヒントになるかも、などと、ひとつの事件を追っている最中に気を逸らしてしまうことに言い訳を重ねた。
「ちゃうちゃう、今回はほんとにプライベートや。そう毎回毎回、事件でたまるかい。……ま、結果的にこうなっとるけどな」
「え……」
なんだ、とがっかりしてしまう気持ちが半分。事件なら事件で、推理が楽しめると思ったのだが。
私用で来て、顔を出してくれたのか、とくすぐったい気持ちが半分。コナンとて大阪に行けば顔を見せるくらいはするが、それだって連絡を入れてからだ。
「こんなんなかったら、美味いメシ屋にでも連れてったろ思ったんやけどな。こっちのメシは分からんから、お前の案内になってまうけど」
頭の後ろで手を組んで、笑いながら呟く平次に、思わずコナンの足が止まった。
まさか、もしかして、まさか、もしや。
――――服部……この間約束遅れたこと気にして……埋め合わせとか、しに……?
その仮定に気づいた瞬間、頬がボッと染まる。
――――え、え、あ!? なんっ……なんだ、これ!
火照った頬の暑さを自覚して、コナンは慌てた。ドクンドクンと音を立てる心臓は、パイカルを飲んだ時ほど苦しくはなく、だけどその音は小さな体ぜんぶに響き渡るかのようだった。
「お? どないしたん、工藤」
「なっ……んでもねーよ!」
「なあ、この事件解決したらどっか美味いメシ屋教えてんか。東京のくっろいうどんにも慣れたで」
平次はそう言って笑う。東京と関西では、食の文化が大分違う。それを楽しむかどうかは人それぞれだが、お好み焼きはおかずと言い切った彼の意見に賛同するのは、難しいだろうと考えた。
#DCコナン #服部平次 #江戸川コナン #平コ
Ich liebe dich
Saphirのヒカリ
見え透いた甘い罠
「イクス、ポッキーゲームって知ってる?」
着替えを終えて待機室に入るなり、ハーノインは突拍子もないことを口にする。先に着いてドリンクを飲んでいたイクスアインは、またおかしなことを言い出した、とばかりに片眉を上げ、ハーノインを見やった。
「ポッキーゲーム?」
「そうそう、この間アドレス交換したコがさー、なんか友達とのパーティで盛り上がったんだってさ」
隣の椅子に腰をかけるハーノインの言葉を一言一句漏らさず耳に入れ、イクスアインは眉を寄せた。ハーノ、と咎めるために名を呼んだら、イクスアインの思惑とは異なる解釈をして彼は笑う。
「あっれ、イクス、やきもち?」
「そんなわけあるか」
わざわざ身を寄せてのぞき込んでくるハーノインをギロリと睨み返し、一蹴してみせた。
「軍人が、気安く個人情報を他人に教えるものではない。どうせお前のことだ、一度しか逢わない予定の女性なんだろう」
ハーノインの交友関係が広いのは知っている。どれだけ深いのかまでは知りたくもないが、言及してやれる間柄にはいる。自分がいるのになんて言うつもりはないが、軽々しくつきあいを広めるのも問題があるとイクスアインは思うのだ。
「まーたお前は、そうやって俺のことロクデナシみたいに言う。心配しなくても、アドレスはちゃんと使い分けてるって。どうでもいい方でね」
「充分ロクデナシだ、貴様は」
こんな男に引っかかる女性も女性で問題がある、と口には出さずに眼鏡を押し上げる。口に出せないのは、単に批判だからというわけでなく、自身を棚に上げてしまうことになるからである。
「それで……ポッキーゲームがどうしたっていうんだ、ハーノ」
「あーそうそう、やってみない?」
「え?」
「ちょうどクーフィアが食ってたからさぁ~、分捕ってきたんだよね」
そう言ってハーノインは指先で摘んだポッキーとやらをふりふりと振ってみせる。人のものを奪うのもどうかと思うが、とイクスアインは不審そうな目を向けた。
「そんなもの、どうするんだ? 食べるのか?」
菓子の好きなクーフィアが美味しそうに食べているところは幾度か見かけたことがあるが、イクスアインはそれを食べたことがない。まずくはないだろうが、そもそも食べ物を使ってゲームなど不謹慎な気もする。
「そう、イクスと俺が、こう……端っこから食べてくの」
「なに? 二人で一本? おかしくないか」
「おかしくないんだって。怖じ気付いて食べなかったり、途中で折ったら負けらしいよ。なあ、しない?」
両端から二人で食べるゲームで、止まったり折ったりしてはいけないということは、つまり。
「……ハーノ……」
イクスアインは呆れ果てて、盛大にため息を吐く。額に手を当て、多少大袈裟に首を横に振った。
「魂胆が見え透いているぞ? 仮にも軍人が」
「おいおい仮にもってなに」
伏せていた目蓋を持ち上げ、イクスアインはゆっくりとハーノインを見やる。ハーノインもそれに気が付き、視線を絡め合わせた。
「私とキスをしたいなら素直にそう言えばいい」
「――はは、バレてた?」
ひとつのものを両端から食べ合うということは、やがては口唇同士が触れ合うわけで、恐らくそれが最終目的のゲームなのだろう。
「さすがにイクスは察しがいいな。泣けてくるよ」
「お前が隠さないだけだろう?」
仕方のない奴だと、肩を落とす。いったいいつから、そんな彼をも愛しいと思うようになってしまったのだろう。長く一緒に居すぎた延長の感情だとしても、触れる熱は本物だ。
「せっかくだし、やる?」
「つきあってやってもいいが、明日は買い物の荷物持ちをしてもらうぞ」
適当な理由をつけて、肩を抱いてくるハーノインに身を預ける。せっかくクーフィアから分捕ーーもらってきたのだ、粗末にするにはもったいない。
「ほい」
「ん」
ハーノインの摘んだポッキーが、イクスアインの口へと運ばれ、イクスアインはそれを素直に受け取った。そのもう一方の端を、ハーノインがくわえる。視線を交わしたその瞬間が合図で、口唇で挟みながらゆっくりとかみ砕いていく。
相手がどこまできているか確認するために、目は開けておかなければならない。なるほど普通にするキスとはまた違った趣だ。
カシュカシュと硬い音が耳に響き、歯が振動を伝える。チョコレートの甘い匂いが口の中いっぱいに充満し、気分まで甘ったるくなった。
もうすぐ口唇同士が出逢う。何度も触れてきた口唇だが、やり方ひとつで心臓の跳ね方が変わるのだと、改めて知った。
互いの間にあったポッキーがなくなり、ついに触れ合う口唇。ハーノインの舌がイクスアインの口唇を舐め、思わず肩が揺れた。
「イクスの口、甘い」
「当然だろ、こんな甘いの食べたら……」
しかしゲームにはならないなと呟くと、ハーノインは笑いながら同意を返す。ほんの少し普段と違ったキスができた、それはそれでよしとしよう。
「これでさ、イクスとつきあってなかったらドキドキだったんだろうけど」
確かに、ゲームの相手に片想いでもしていたら絶好のチャンスだろう。だから思うのだ。ハーノインにポッキーゲームのことを話した女性は、彼に気があるのではないかと。暗に、ハーノインとしたいと言っているのではないのかと。
――――別に嫉妬しているわけではない……ただ少し面白くないだけだ。
「ハーノ」
「ん?」
イクスアインはハーノインの手を取り、指を絡める。ここにつなぎ止めていられるように。
「キスだけでいいのか?」
愉快そうに口の端を上げ、彼をのぞき込む。一瞬で、ハーノインの目つきが変わったような気がした。
「おいイクス、煽ってんじゃねーよ……っ」
ハーノインはイクスアインに絡められた手を自身の方に引き、イクスアインの背を抱く。ぶつかった口唇を吸って、中へと入り込んだ。
「あっ……」
口唇の隙間から、イクスアインの小さな喘ぎが漏れていく。逃げるようにも、挑発するようにもうねる舌先を捕らえ、ハーノインはここぞとばかりに絡みつけた。
「ん、ん……っ」
吸い上げるたびに、イクスアインが反応を返す。ちゅ、ちゅ、と立つ濡れた音が、互いの欲望を煽っていった。体を押しつけた勢いで、ガタリと椅子が鳴る。
「あっ……ハーノ、っ」
イクスアインの体がデスクに乗り上げる。ハーノインの体で押さえつけられて、逃げ場はなくなった。もとより逃げるつもりなどないが、忘れそうになった。ここは自室ではなくトレーニングの待機室なのだと。
「ハーノ、待てっ……」
ハーノインの口唇が首筋に移動し、素早くシャツの裾から入り込んだ手のひらが素肌を撫でる。胸の突起に指先が到達するかと思ったその瞬間、セットしていたアラームが室内に鳴り響いた。
「あ……」
二人でハッと体を起こし、音の原因であるアラームを止める。トレーニングの交代時間、タイムリミット。
イクスアインは乱れる呼吸でトレーニングウェアを直し、眼鏡の位置を直す。ハーノインは、気を削がれて面白くなさそうにガシガシと頭を掻いた。
「イクス」
「ト、トレーニングにいかなければ。ハーノ、お前もだろう」
「おいイクス、どうすんだよこれッ」
「どうにもできるか!」
下半身を指さして引き留めるハーノインの手を払って、イクスアインは赤い顔を背ける。たかが一個人の小さな感情で、こんなところで情事にふけるところだったなんて、イクスアインにとっては失態以外のなにものでもない。
トレーニングを終えた隊員たちが外の通路を歩いている音がする。いつまでも行かなかったら、不審がられるかもしれない。
「お前なあ、あんだけ煽っといてそれはないんじゃない?」
ハーノインの言い分も分かる。分かるが、どうしろと言うのだ。イクスアインは気まずそうにそれでもハーノインを振り向き、
「う、埋め合わせはする。ハーノ……今夜私の部屋へ」
誘うための文句を吐いた。しかしハーノインの方はそれでも納得しないようで、不満そうな表情を浮かべている。
「埋め合わせってんなら、お前が俺んとこくるのがスジってもんじゃね?」
「バッ、バカ、わざわざ抱かれになど行けるか!」
待機室のドアに触れ、これ以上の問答はしないと振り切る。
「いやいや、すること一緒じゃん? 意味わかんね」
「一緒ならかまわないだろう、だから、お前が私を抱きに来いと言ってるんだ!」
思わず叫んだイクスアインに、ハーノインはぽかんと口を開ける。ここまで心も体も許しているのに、なぜ最後の最後に素直でいられないのかと、笑った。
「イクスー、そういうの、屁理屈って言うんだぜ」
「そうか、埋め合わせはいらんと見た」
「えっ、あ、うそうそ、行くって。待ってろよ、イクス」
待機室を出かけるイクスアインに、ハーノインはキザにウインクなんかしてみせる。それを受け、イクスアインは照れくさそうに口元を緩めた。
「ああ、待っている」
それだけ言ってイクスアインは待機室の向こう側へ消え、シュンとドアが閉まる。
「しっかし……どーすんだよこれ……」
自分も行かなければならないのだが、いまだにおさまりのついていない下半身を見下ろし、ハーノインは小さく、それでも嬉しそうに呟いた。
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触れられる距離
海野六郎は、視線を上げずに訊ねてみた。
「若、いかがなされました」
自分の仕える主――真田幸村は、先ほどから寝転がったり起きあがったり、あるいは部屋の中を歩き回ってみたりとせわしない。
普段はそのような仕草はなく、むしろゴロゴロと寝ころんでいるだけのように思う主を目にして、何事かあったのかと思うのは当然のことであった。
「いや、どうも落ち着かんのでな……」
幸村は頭をガシガシとかきながらそう返してくる。六郎は読んでいた書物をはたりと閉じ、主を振り仰いだ。
「お察しします、若。徳川の所行は今や目に余る……さりとて表立って動く訳にもいかず、更には石田殿からの密書……お心休まる時がないかと存じます」
「六郎?」
六郎は目を伏せる。世の民の知らぬところで、煮立つほどの原のさぐり合い、書面の攻防、勝手な布令。小さくはあれど真田の領地を守る幸村にとっては、そのすべてが頭の痛いことだろう。
「ですが、若。何の為に私がいるとお思いなのです? 若は私がお守りいたします故、どうぞ落ち着かれませ」
「ふ……ん? できた家臣よのう。したが、落ち着かん原因を作った張本人が、何を言うておるのだ、六郎」
幸村は六郎を見下ろし、目を細める。呆れと、若干の苛立ち。そして、愛しさを込めて。
「……私が、何か不始末でも?」
「お前が朝、ワシから煙管を取り上げたであろう。落ち着かんのはそのせいだ」
不思議そうに首を傾げた六郎に、シラを切るつもりかと告げてやる。六郎は一度目を瞬いて、ああそれでですかと悪びれもせずに頷いた。
「一日くらい、よろしいではないですか。喉にも悪いようですし。若の御為です」
「一日我慢したとてなんになるやら……六郎、返せ」
「なりません。今日一日、お預かりいたします」
六郎のいうことも分かる。だが習慣になてしまっているものを今さらやめるのは難しい。欲求の方が勝ってしまう。
「あれがないと手持ち無沙汰でならんのだ。口も寂しいしのう……鬱憤が溜まって死んでしまうぞ」
「ではその時は私もお供つかまつります」
しかし六郎はおそらく本気であろう忠誠で拒んでくる。幸村はがっくりと項垂れ、力が抜けたのかそこに座り込んでしまった。
「お前には、敵わん……どうあっても返さんつもりか」
「時には耐えることも、優れた武将の務めかと存じます」
朝、六郎は幸村に煙管を渡さなかった。
体に悪そうだというのが一番の理由で、いつも手にされている煙管に嫉妬したのが二番の理由。
もちろんそんなことを言えるわけもないが、ここまで気落ちされるとは思っていなかった。今さら撤回するのもどうかと思うが、指先が迷って動く。
「六郎」
「は、何か……」
大きなため息のあとに名を呼ばれ、動きかけた指がぴくりと止まる。気づかれただろうかと思った次の瞬間、強く引き寄せられた。
「んんっ……!?」
突然塞がれた唇と、抱かれた腰。何が起こったのかすぐには把握できず、目を見開く。
「ん、は……っふ、んんっ……」
熱い舌先が入り込んできてようやく、口づけされているのだと気がついた。
唇を吸われ、舌を絡められ、吐息さえ奪われる。抗議したがった声が鼻から抜けていった。
「はぁっ……ぁ、んふ……」
強く吸い上げたあとにちゅっと音を立てて唇は離れていく。ようやく呼吸ができたような気がして、六郎は責めるように幸村を見上げた。
「涙目で睨まれても、少しも怖くはないぞ、六郎。そんなに気持ち良かったか?」
「なっ、……なんなのです、突然に!」
否定仕切れずに頬を染め、それでも虚勢を張って幸村の体を押しやる。そんな六郎を笑いながら眺め、悪びれもせずに幸村は答えた。
「口が寂しいのでな。ふむ、これなら苛立ちも収まるのう……さて暇を持て余しとる手は……お前を撫でておれば良いか」
つ……と指先が背筋を撫でて、手のひらが脇腹を包む。六郎は息を呑んで眉を寄せた。悪戯好きの主の手の癖など知っているが、これを止めるにはどうしたら良いのか。
「若っ……手を、どけてください……!」
「では、選ばせてやろうかの」
幸村の指先に反応してしまう六郎だが、こんな時間からそんなことができるものかと抵抗を試みる。たいていは無駄に終わるのだが、今日は幸村の反応が少し違う。
選ぶ? と六郎は不思議に思って幸村を見上げた。
「素直に煙管を返して夜ワシの相手をするか、このまま朝までワシの相手をするか。ん、どちらが良いかのう、六郎」
ワシはどちらでも良いぞと意地の悪い笑みが見下ろしてくる。選択肢を与えてやるとは優しい主だと、確信的な揶揄を持って。
言葉の意味を把握して、六郎の頬が真っ赤に染まった。
この場合どちらが良いと言えばいいのだろう。
幸村の為を思って煙管を取り上げたのは本当だし嫉妬が混じっているのも本当だが、このまま朝までだなんて死んでしまう――主の寵が嬉しくて。
「か、返しませんし朝まで若のお相手など、私の体が持ちません。どうしてもと仰るのでしたら、命じなさればよろしいでしょう」
ふいと顔を背けて、幸村の出方を待つ。命令という建前に自分の欲求を隠して甘えるくらい、きっと許してくれるはずだ。
「この策士めが……惚れた者を抱くのに命令などしとうないわ」
幸村はそう言いながらも気分を害した様子はなく、六郎の髪を指に絡めて遊んでいる。暇な指先はどうやらそこに落ち着いたらしく、何度も何度も髪を梳いてくれた。
「ではせめて夜まで、触れる位置におれよ、六郎。その後は拒ません」
幸村は今一度六郎の唇を啄んで、頬を撫でる。
六郎は幸村の出した答えに恥ずかしそうに御意と答えた。
夜まで、こうして唇が寂しくない距離に、指先が暇を持て余さない距離に。
#BRAVE10 #真田幸村 #海野六郎 #幸六


