華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.617
OFFLINE 2024.03.17
#塚跡 #シリーズ物 #片想い #誕生日 #新刊サンプル
(画像省略)【装丁】文庫サイズ/208P/全年齢/1200円【書店通販】フロマージュブックス様【自家…
OFFLINE
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【装丁】文庫サイズ/208P/全年齢/1200円
【書店通販】フロマージュブックス様
【自家通販】BOOTH(https://hanaya0419.booth.pm/)
【あらすじ】ff-フォルティッシモ-の続編。一応完結。
跡部が青学に訪れ恋を告白してきたが、「なにも望まない」とも言う。手塚は応えられないと突っぱねるが、跡部がドイツ語を得意としていると知って教えてもらいたいと頼んだ。傍にいられるのは苦しいけれど、そんな苦痛さえ愛しいと跡部は受けてくれる。
ドイツ語を勉強しながらテニスを楽しみ、跡部の本質に触れていく手塚。
ドイツ語の習得に尽力してくれる跡部に何か礼をと思いプレゼントを贈った際に見た表情がとてもかわいく思え、跡部が望むならと「キスくらいならしてやれるが」と提案する。だがそれは跡部を深く傷つけてしまい、メッセージも返してくれなくなった。
氷帝に出向いた手塚は、呼び出した跡部に交際を申し込み、跡部は困惑しながらも受け入れてくれたけれど――。
【ご注意】うちの青学メンバーは氷帝メンバーと仲良し/※※描写はしてませんが、忍→岳の設定がありますので、苦手な方はご遠慮ください※※
#塚跡 #シリーズ物 #片想い #誕生日 #新刊サンプル
お茶をお持ちしますと執事は下がっていく。部屋の隅に、プレゼントの山。これが全部跡部への贈り物なのかと思うと腰が引けてしまった。
その中で、自分が預けたものを見つけて手に取った。比べてしまうと、やはり見劣りするなと思う。急なことだったし、もともと誕生日用に選んだプレゼントではないというのが、申し訳ない気もした。来年はもう少し気の利いたものにしようとソファに腰をかけたところで、はたと気がつく。
来年、と未来の事を考えてしまった。当然のように傍で祝える前提で。
「……そうか」
この感情がなんなのかは分からない。だが少なくとも、自分の未来には跡部もいてほしいとは思っているようだ。来年も誕生日を祝いたい。当日は忙しいのだから、別の日でも構わない。ゆっくり、おめでとうと言える環境で過ごしてもみたい。その反面、自分たち二人ならテニスでいいのではないかとも思う。一日中テニスをするだけでも祝いになるかもしれない。楽しそうな跡部の顔が目に浮かぶようだと思った。
「手塚、悪い待たせて」
その時、予告もなくドアが開けられ、跡部が姿を現した。跡部にとっては自分の部屋なのだからノックなど必要ないが、心の準備をしていなかったせいで、思わずビクッと体が強張った。
「あ、ああ、いや、そんなに待っていない」
「そうか? あ、ミカエル、後は俺がやるから。今日はありがとな」
「とんでもないことでございます。ご入浴の際はお呼びください。お坊ちゃま、朝にもお伝えしましたが、お誕生日本当におめでとうございます」
「ああ、ありがとう。母さんや父さんはもちろん、お前にも感謝してるぜミカエル」
「もったいないお言葉にございます。では、ごゆっくり」
ドアの傍でそんなやり取りをして、跡部は紅茶の乗ったワゴンを部屋に引き入れる。手塚はどこかでホッとした。彼にもちゃんと、あんなに誕生を喜んでくれる人がいることに。
「ん、手塚。熱いから気をつけろよ」
「ありがとう」
まさか跡部が手ずから紅茶を注いでくれるとは思っていなかったが、素直に受け取って口へと運ぶ。そういえば飲み物はあまり口にできなかったなと思うと、満たされた気分だ。
「盛大なパーティーだったな。毎年こうなのだと聞いて驚いたが」
「招待客が多くなるから、どうしてもな。まあ誕生日パーティーにかこつけたご機嫌伺いだぜ」
跡部は自分用に入れた紅茶をテーブルに置き、「それでも」と続ける。
「今年はお前がいてくれて嬉しい。似合ってるって言われたの、本当に嬉しかったんだ」
その場で、右足を軸にくるりと回ってみせる。わずかにジャケットの裾が揺れたことすら計算されたことのように美しく、改めて跡部景吾という男の体幹の良さを実感した。
「どうだよ?」
「あの時言った通りだ。似合っていると思う。それに、そうやって動いても軸がぶれないというのか……きっと足腰の鍛錬を欠かしていないのだろうと」
「そりゃあな」
ふふっと得意げに笑って、跡部が隣に腰をかける。ふわりとバラの匂いがして、いつもと違いすぎる彼に戸惑いもした。
「俺は、お前のことを本当にひとかけらしか知らないのだな」
「アーン? 俺様の立ち回りに惚れ直したかよ?」
「……それは、その……」
惚れ直したとは言ってやれない。物珍しさはあるが、いつまでも見ていたいかというとそうでもない。そもそも、元々惚れてはいないのだから、惚れ直したという表現はふさわしくないのではないだろうか。
そんなことを思って二の句を継げないでいると、跡部がふっと呆れたように、諦めたように笑った。
「嘘がつけねえ野郎だな。ここは嘘でも惚れ直したって言っとく場面だろ」
「お前に嘘などつきたくない。たとえお前のためになるのだとしても、気持ちのいいものではないだろう」
「ああ、お前のそのクソ真面目なところ、好きだぜ。ホント律儀だよなぁ……おままごとみてーな恋人ごっこに付き合ってくれてんのも、嬉しいと思ってる」
頭を抱えたくなった。どうしてこの男はこうなのだろうと。まだ一方通行な想いの分、引け目に感じるのも仕方はないと思うのだが、それこそ良い気分ではない。
「恋人ごっこというのは撤回しろ、跡部。俺は俺なりに、お前としっかり向き合って、交際していくつもりでいるんだ。バカにされているようで気分が悪い」
隣に座る跡部をじっと見据えながらそう告げると、跡部は目を見開いた後に気まずそうに目蓋をわずかに伏せ、下を向いた。少しの沈黙が訪れるが、手塚はただ黙って跡部の出方を待つことにした。
「…………悪い、お前がそんなふうに感じるなんて、思ってもみなかった」
ぼそりと呟かれた言葉に安堵する。理解はできなくとも、そう感じてしまっていることは伝わったようだ。
「本当にすまない……ただ、まだ現実味がなくてな。どっかで線を引いておかねえと、一気に崩れていきそうで、怖い」
気まずそうに呟かれたその言葉に、手塚はどこかで安堵する気持ちがあった。
ひとつ瞬いて、それを自覚する。
自分の未来に跡部がいないかもしれないと怖がる自分を、恥じ入る思いがあったのかもしれない。だから『怖い』と素直に口に出してしまえる跡部を、羨ましく思った。
「……お前にも怖いものがあったのか」
「お前だけだぜ、俺にこんなこと言わせるの」
「確かにお前から弱音が吐かれるとは思わないな。だが、また知らないお前を知れて嬉しいと思う」
こくりと頷きながら返せば、それを見て跡部は強張っていた頬を緩めた。
「ちょっとまだ、追いついてねえんだよ。好きなヤツから交際申し込まれてみろ、混乱だってする。しかも昨日の今日だぜ。想像もしてなかっ……いや、想像はしたことあるけど、現実になるなんて思わないだろ、普通」
そうして、言いづらそうに呟く。こんな跡部景吾も珍しいのだろうなと、目を逸らすことができないでいた。
「俺は好きな相手からというのは経験がないから分からないが、お前がそう言う気持ちは分かる。俺だってお前に好きだと言われて、混乱した」
「本当にかよ。涼しい顔してやがったけどな?」
「……表情に出なかっただけだろう。俺は分かりづらいとよく言われる」
「テニスだとあんなに分かりやすいのにな」
だいぶいつもの調子を取り戻しつつある跡部が、笑いながら返してきた言葉にハッとする。そういえば、訊いておかなければいけないことがあったのだと。
「跡部、お前もテニスは続けるのだろう?」
当然イエスが返ってくるものとばかり思っていた答えは、跡部が目を見開いたことで裏切られる。いや、まだ否定されたわけではないと、嫌な音を立てる胸を押さえた。
「跡部」
「…………気持ちだけじゃ、どうにもならないことがある。恋にしても、テニスにしても」
「跡部」
「手塚、俺の住む世界を見ただろう。俺は家の事業を――」
「跡部、脱げ、その服」
跡部の声を遮って、手塚は強い視線で突き刺した。自身も学ランのボタンに手をかけながら。
「――は? ちょ、……待ておい、お前、なにを」
「その服でテニスはできないだろう」
学ランをバサリとソファの背にかける。身を強張らせていた跡部が、ハッとした後になぜかがくりと項垂れた。
「テニスならテニスって言え、バカ……」
跡部が何に対して文句を言っているのか分からなかったが、そこに気を揉むよりもまず、跡部とテニスがしたかった。家の庭にコートがあるというのがこんなに都合の良かったことはない。
手塚は学ランを脱いだだけ、跡部もジャケットを脱いで靴を運動靴に履き替えただけで、ラケットを片手にコートへと歩んでいく。テニスに適したスタイルではないというのに、手塚は容赦なくサーブを打ち放った。
跡部なら打ち返してくる。そう確信して。
案の定、跡部は打ち返してきた。それでも、いつもより球速が落ちている気がする。
――――何を迷っているんだ、跡部。
左腕に、すべての力を込める。跡部が目を瞠ったのが見えた。
その一瞬後から、彼の顔つきが変わった。すべてを受け止めて打ち返してやるという思いが、その表情に表れている。
「……くっそ、なんなんだよ……!」
悪態をつきながらも、返しづらいところに打ってくる。それに追いついて、手塚も返す。跡部が返してこられなかったのは、動きづらい服装だからだろう。悔しそうに舌を打ったけれど、キッと睨みつけてくる視線にぞくりと背筋が震えた。
力強いインパクト音が心地良い。
いつもと勝手が違うタイミング。それを本能で感じ取ってすぐに態勢を整えてくるところは、天性のセンスだろうか。
やはり、そうだ、と手塚は思う。
さらに返球の強度を高めて、跡部に向かって打った。
「お前がテニスを辞められるわけがない」
ボールと同じほどの強さでそう言い放つと、跡部の眉が寄せられたのが見える。重い打球を受け止めて、意地で返してきた。
「分かってんだよそんなこたぁ!」
手塚は返ってきたボールを受け、先程までとは打って変わって柔らかく返す。跡部のテリトリーで一度跳ねた黄色い球はガットに迎え入れられ、力強く返ってくる。当てて、返す。打たれる。刺すように狙い打つ。打球の強さと速さに倣ってインパクト音も変わる。
「氷帝でアイツらに逢ってなければ、テニスを楽しむこともなかった! 関東大会でお前と試合してなければ、俺は中学でラケットを置いていたんだよ!」
「俺をテニスの言い訳に使うな、跡部!」
打球が荒くなる。手塚のも、跡部のも。
――――俺を言い訳になどせずとも、お前はテニスを愛しているのではないのか。
動きづらい服装でプレイしてさえこんなに巧みな技術を繰り出せるのは、それだけテニスに真摯に取り組んできたためだ。誰よりも強くありたいと思う気持ちが、プライドが、自分たちを創り上げているのではないのか。
手塚はじっと跡部を見つめる。ボールなど見ずとも、彼がどこに返してくるのかが分かった。それは跡部も同じなのか、ネットを挟んでコート上で視線が絡み合う。
一球、一球、打つ度に、返される度に、音が透き通っていくような感覚に襲われた。
跡部の抱いているもどかしさが、ボールを通して伝わってくるようだ。
お前に出逢っていなければ、と責めるような眼差しに理不尽さを感じながらも、ぞくぞくするほどの情熱に胸を打たれる。
――――跡部、お前に出逢っていなければ。
お前だけだと思うなと、真剣にボールを返す。あの日、あの時、衝撃を受けたのはこちらの方だと手塚は思う。伝え聞いていた印象をぶち壊して、球に食らいつく執念と真摯さを、技などよりも綺麗だと感じた。確かな技術と自信、集中力と精神力は、純粋にプレイヤーとして惹かれた。
そのままライバルではいけなかったのかとまだ責めたい気持ちもあるけれど、特別な想いがあるからこそこうして迷いさえぶつけてくれるのかもしれないと思うと、もっと打っていたい気持ちにさせられる。
長いラリーになった。打ち負かすためのラインではなく、返されるための緩やかなもの。
それを止めたのは、跡部の方だった。
何度目かの応酬の後、跳ねたボールを手のひらで受け止める。はあっと聞こえた吐息は、笑っているようにも思えた。
「お前に……出逢っていなければ、俺は迷わず跡部を継いでいただろうな」
困ったような笑い顔に、手塚の方こそ困る。あまりにも綺麗で、胸が高鳴りそうだった。
「もちろん家は継ぐぜ、一人息子だしな。生まれた時から決まってるようなもんだが、それを不満には思っちゃいねえ。むしろ周りの期待は俺の誇りだ」
「……そうか」
「テニスをどうするかは、今はまだ答えが出ねえ。どうするのがいちばんいいのか分からねえんだ。気持ちだけじゃどうにもならないことがあるんだよ。けどな」
跡部はそこでいったん言葉を止め、握りしめていたボールをぽんと投げてよこす。手塚は不思議に思いながらもそのボールを受け止めた。
「今、確信したぜ。てめぇとはどうなろうが、よぼよぼのジジィになってもこうやってテニスしてんだろうなってよ」
満足げに、楽しそうに跡部が笑う。手塚はひとつ瞬いて、よこされたボールに視線を落とす。
何十年も先の未来だ。
白髪になって、手もしわしわになって、体力も落ちて、それでもラケットを握りこうして球をかわす日々。
それが容易に想像できてしまった。
「――ああ、そうなるのだろうな」
跡部はプロのプレイヤーにはならないかもしれない。それはとても残念で寂しいが、だからといって同じ世界で、同じ目線でいられないわけではない。
テニスで強くなりたい。ずっとテニスをしていたい。その思いは、いつでもそこに在るはずだ。
それならいいか、と手塚はボールを握りしめた。
「みっともねえとこ見せちまったな、手塚」
「特にみっともないとは思わなかったが。今日もお前とテニスができて嬉しい」
本心からそう言ったら、跡部が気まずそうに口を覆って顔ごと逸らした。特に悪い反応ではなさそうで、手塚はそのまま放っておいた。
しかし、さすがに帰らなければ。今日は遅くなるかもしれないとは言っておいたが、手塚はまだ保護者が必要な中学生だ。あまり遅くまで出歩いているわけにもいかない。
「跡部、そろそろ帰ろうと思うんだが、まだプレゼントを渡していない」
「え? あ、ああ……もう遅いしな。っていうか、良かったのに、プレゼントなんか。正直お前がそこまでマメなヤツとは思ってなかったし」
急だったこともあるのだろう、跡部は遠慮がちに振り向いてくる。好きな男を目の前にして言う言葉だろうか。
「それは俺も自覚しているが」
「自覚してんのかよ」
笑う跡部に、なんの逡巡もなく頷く。気の利いたことをできる性質ではないと思っているし、『お礼をした方が良いんじゃ』と大石に言われなければ、気には留めつつも跡部のために何か買ったりはしなかっただろう。
「だが、せっかく手渡しできる状況なのだし、受け取ってほしい」
「そりゃもちろん。今日は、この地球上で俺がいちばんの幸せ者じゃねーの」
少し大袈裟過ぎないかと思うが、跡部がそう思いたいならそれでいい。
顔が見られただけでいいなんて言っていたが、初めて〝恋人〟として祝うのだ。何か贈りたい。跡部の方だって、恋人がいる誕生日というのは初めてだろう。
そこまで思って、初めてなのだろうかと疑問にも思う。
跡部ほどの男ならば、今までに恋人がいても……幼い頃から決められた婚約者などというものがいてもおかしくない。
なんだか面白くない気分で部屋に戻り、ソファに置きっぱなしだったプレゼントの包みを手渡す。
「誕生日おめでとう、跡部。高価な物ではないが、使ってもらえるとありがたい」
「サンキュ、手塚。嬉しい……」
それを両手で大事そうに受け取ってくれた。緩みっぱなしの頬に、本当に嬉しいと思ってくれているのがさすがに手塚にも伝わってきた。
「付き合ってるヤツからっての初めてだ。大事に使わせてもらう」
何げなく呟かれた言葉に、手塚はひとつ瞬いた。まさか心を読まれていた分けでもないだろうに、引っかかったトゲをぽろりと落としてくれる。弱味として現れて、眼力(インサイト)で見破られたのなら不甲斐ないことだ。
「……初めてなのか。女子生徒に人気があるだろう、お前は」
「アーン? 確かに俺様はそういうの多いがな。イコール恋愛に結びつくわけじゃねえんだよ。あの中でどれだけ真剣に俺に惚れてる奴がいると思う? たとえいても、俺はパートナーを慎重に選ばなきゃいけない立場だ」
跡部景吾の名はいろいろな意味で青学にさえ聞こえていたのだが、跡部の反応は素っ気ない。学園中の女子生徒の視線をほしいままにしているのだろうに、その中に真剣なものはなかったのだろうか。
「……慎重に選んで、俺なのか」
「自覚しやがれよ。俺のそういう、立場とか将来とか、何も考えられなくさせちまったんだろうが、お前が! クソ、なんでお前なんかに惚れちまったんだ、俺は」
「それは情熱的なことだな。だが、それはお前の立場や将来に、俺が必要なのだと直感的に思ったからなのではないのか。テニスをしていれば、どうしたって世界が交わる」
「……――フ、フフッ、物は言い様だな、手塚ァ」
跡部は何か眩しいものでも見つめるように目を細める。
跡部景吾の中で、手塚国光がいる未来が当然のものとして存在している。すとんと何かが腑に落ちたような感覚を味わった。
跡部の中でそうであるように、手塚の中でもそうなのだ。
じっと跡部の瞳を見つめると、じっと見つめ返される。どちらが先に逸らすのだろう、と思うほど長い間、見つめ合っていたような気がした。
「……そう見つめられると、照れくせぇんだが」
そして、先に逸らしたのは珍しく跡部の方。頬を赤らめて、視線を外して手元の包みに移す。結んだリボンを解いていく指先の仕種に、胸が鳴りそうだった。
「先日突き返されたものを贈り直すのもどうかと思ったんだが。お前のために選んだのは違いないから、その……」
「あ、あれな。俺の口からもう一度よこせって言うのもどうかと思ってたんだ、よかった。本当に嬉しかったんだぜ。まあその後どん底に突き落としてくれやがったがよ、この朴念仁が」
袋を開けて、中身を覗き込む跡部に、ぐっと言葉が詰まる。そのことを持ち出されると勝てなくて、気まずい。どれだけ傷つけたのかと思うと、手塚の方こそ胸がズキンズキンと痛んだ。
こんなに痛むのなら、やはりこの先跡部を傷つけないようにしたいと改めて思う。
「手塚、これは? この間はなかったよな」
跡部が、袋の中から取りだした物を不思議そうに見つめる。やはりなじみのない物だったかと思うが、それならそれでこれから触れていってくれたらいい。
「日記帳だ」
「日記帳? そんなのつけなくても俺様はその日の出来事なんて覚えてるぜ?」
教科書程のサイズだが、厚みはない。それは一年分を記録できる日記帳で、カレンダーやメモ帳も付いている。スケジュール帳としても使えるようだったが、跡部のように多忙な男にこれでは足りないだろう。
「覚えていても、一日のことを整理して、翌日の目標を立てることができる。わずかだが、達成感もあるな。何年か後に読み返して、初心に返るということも可能だろう」
「一日の整理……お前も日記つけてんのか?」
「ああ、毎日。そろそろ買い足さなければいけないんだが、どうせならお前にもと思った次第だ」
「毎日か。継続するってのもなかなか根気のいることだしな。それはどこかで力になる」
頷きながら同意を返すと、跡部はビニールの開封口に指をかける。一度開けた形跡があるのに気づいてか、不思議そうにしながらも取り出して、中身を確認し始めた。
「どんなこと書けばいいんだ」
「なんでもいい。俺は、学校であったことや、家族で話したこと、練習のことなどを書いている」
お前らしいなと、跡部の口角が上がる。些細なことでもいいのだと知って、跡部はぱらぱらとページをめくっていった。
「テメーへの想いを日々文字にしてってやろうか」
「感情を整理するという意味では、有効的なのではないだろうか。別に不快ではない。俺も今日は、お前のことを書こうと思う」
「フ、そうかよ、光栄、だ……ぜ」
ぱらりとめくったその指先が、ぴたりと止まるのを見た。
青い目が、大きく見開かれるのを見た。
畳む