華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.618
NOVEL,テニプリ,塚跡 2024.08.15
#両片想い #イベント無配
手塚は、商品の陳列棚で珍しく悩んでいた。というのも、いつも使っている制汗剤が売り切れていたせいだ。…
NOVEL,テニプリ,塚跡
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手塚は、商品の陳列棚で珍しく悩んでいた。というのも、いつも使っている制汗剤が売り切れていたせいだ。季節柄、制汗剤が飛ぶように売れるというのは理解ができる。だからこそ品切れが発生するのはいかがなものか。
いつもそれを使っていたからか、他の物に手が伸びない。他の店なら売っているだろうかと、その場を離れかけた。
だが、踵を返したところで体が硬直する。視線の先に、見知った男を見つけたからだ。
「――跡部」
「よぅ、手塚じゃねーの。奇遇だな」
その男の名は、跡部景吾。ライバル校の部長をしている男だ。そして、まったく不本意ではあるが恋焦がれている相手でもある。
なぜドラッグストアに跡部景吾がいるのだと困惑した。財閥の御曹司である彼が、こういった庶民的な店にいるというのがどうにもミスマッチだ。と思うくらいには、彼とはテニスでしか語り合えていない。彼も、こういった店に入るのかと、新たな事実が分かって面白くはあった。
「買い物か」
「ああ、ちょっとな。ストック切れてたような気がして寄ってっみたんだが……こういうところは慣れてなくて……いろんなものがあるんだな」
なるほどと思った。やはり予想通り、こういうところにはめったに入らないようだ。
「何を探しているんだ?」
「制汗剤。あ、この辺りか」
なんなら案内でもしてやろうと思ったが、跡部の目当ても制汗剤らしい。汗をかくスポーツだから、制汗剤はあって困ることもない。手塚の目当ては売り切れていたが、この店に入ってよかったと、もう考えを改めた。
跡部は普段何を使っているのだろうと興味も湧く。今でさえ、傍にいるとほんのりと良い香りがする。制汗剤なのか、香水なのか、それは手塚には分からなかったが。
「手塚は普段何使ってんだ?」
「俺はこれなんだが……生憎と在庫がないようでな」
「アーン? 売り時逃すなんて、なっちゃいねえな」
「急な大量買いがあったのかもしれないだろう。店を責めるな」
眉を寄せた跡部が可愛らしくて、自身も思ったはずのことをなだめすかして棚へと視線を戻す。
「……お前は? 普段使っているものはあるのか」
「んー、俺はこれだな。……なんか新しいの出てる……」
ここぞとばかりに探りを入れてしまう手塚を警戒することもなく――少しも意識されていないことが悔しくはあるが、ある商品を指さしてしゃがみ込んだ。どうも愛用のものに新作が出ていたようで、興味津々である。
かわいい、なんて思いながら手塚も隣にしゃがみ込んだ。
「液体タイプなのか……使ったことがないが、いろいろな香りがあるんだな」
シトラスだのサボンだのマリンだの、様々な商品名が並んでいる。テスターというシールが貼ってあるものは、香りの確認をしろということなのだろう。
手塚はフレッシュサボンと書かれたものを手に取って、蓋を開けてみる。
「振ってからだろ普通。ちょっと貸せ」
「おい」
そのまま香りを確認しようとしたのだが、跡部に分捕られる。跡部はそのボトルを軽く振って、蓋を開けてくれる。「ほら」と差し出されて、手のひらを向けて出した。液体がほんの少し流れ出てきて、落ち着かない。
「ふーん、なかなかいい匂いじゃねーの。手塚の好みか?」
手の甲に塗り込んで、香りを確認してみる。悪くない。跡部も同じように香りを確認していて、心臓が変な音を立てた。
「あ、ああ。せ、せっかくだからこれにしてみる。跡部は?」
「俺はこれだな。フローズンミント」
「…………名前だけで決めていないか」
「アーン? 俺様にぴったりじゃねーの」
氷帝のキングだからと〝フローズン〟を選ぶのが跡部らしいが、どんな香りなのだろうと、手に取って確認してみた。
「ぴったりかどうかは分からないが、いいと思う」
「だろ? でもな……」
「どうした」
「ボトルの色がな……。手塚の持ってるヤツの方が好きな色なんだよな。ボトルっていうか、キャップな」
言われて見てみれば、確かに商品事にボトルの色が違う。キャップも、同系色のもあれば異系色のもある。ふと、陳列棚の手書きのPOPが目に入った。
目を瞠る。
〝好きな人とキャップを交換しよう! 使い切れば、恋が叶うかも……?〟
などと書いてある。売り文句なのか、ジンクス的なものでもあるのか。跡部がどちらにしようか悩んでいるのを横目に、手塚はスマホで検索をしてみる。どうも、キャップの交換というのは中高生を中心に行われているようで、実際恋が叶ったという物も見られた。
というか、これだけネットに書かれているということは、恋に興味のある者たちには暗黙の了解のようなものなのだろう。交換できた時点で、少なくとも好意は伝わるのではないか。
「なあ手塚、これキャップだけ交換しねーか」
「は?」
そんなことを考えていたら、跡部からのとんでもない発言に、思わず幻聴かと声を上げてしまった。
「お前、こっちの色嫌いか?」
「い、いや、そんなことは、ないが」
「じゃあ決まりな。いいだろ?」
跡部はイエスも聞かずに商品を一つずつ手に取って腰を上げる。「会計してくる」とレジへ向かう跡部の背中をじっと見つめたまま、何が起こっているのか分からなくて硬直してしまったが、すぐに後を追った。
「おい跡部、勝手に払うんじゃない。自分の分は自分で払う」
「アーン? 俺様が傍にいんのにそんなことさせるかよ。それに、わがまま聞いてもらうんだからな」
レジの傍で押し問答など始めそうになったが、それでは他の客にも店員にも迷惑だ。ひとまず支払いを済まさせて、店を出た。
しかし跡部のわがままなど可愛らしいものだし、なんならキャップの交換はこちらの方こそお願いしたいところだ。
「キャップの交換はするが、支払いの方は譲れない。ゆ、友人だと思っているからこそお前の財力には頼りたくないんだが」
「そんなに気にするような金額じゃねーだろ……ん、じゃあキャップ。交換な」
跡部はなおも聞かずに、キャップの交換だけを終えてしまう。フレッシュサボンのボトルに、フローズンミントのキャップがはめられ、フローズンミントのボトルには触れ煤サボンのキャップがはめられた。
上機嫌の跡部を見られて嬉しいけれど、このままではいけない。
手塚は制汗剤のボトルを握ったまま、跡部に向き直った。
「跡部、お前とは対等でいたい」
「そりゃ光栄だが、払わせる気はねえ。……えっと、なら、この後」
「お前が頑固なのは分かった。だから、次は俺が二つ買わせてもらおう。これがなくなる前にまた逢いたい」
そう告げると、跡部はぽかんとした顔で見つめてくる。そうしてなぜか口許を押さえて顔を背け、手のひらでそれ以上の言葉を制してきた。
「わ、分かった、それでいい……っていうか、それなら連絡先交換しようじゃねーの。その、テ、テニスしてえ時とか、あるだろ、お互い」
「ああ、そうだな」
渡りに船とばかりに、手塚はスマートフォンを取り出す。緊張と嬉しさとで、指先がおぼつかない。それでもなんとか連絡先を交換して、ホッと息を吐いた。
「き、今日はちょっと、準備ができてねえから、また別の機会に」
「そうだな。するならするで、遅くなることを家族に言っておかないといけないだろう。跡部、明日は?」
「空いてる。じゃあ明日、いいか?」
「構わない。場所はお前に任せよう」
「ああ、分かった。じゃあ明日な。後で連絡する」
どさくさに紛れて明日の約束を取り付け、店の前で別方向に足を進める。途中、跡部が何か思い出したように「あ」と声を上げて振り向いてきた。
「手塚、明日これつけろよ。早く使い切って、俺様に買ってくれんだろ?」
そう言って、お互い手に持ったままだった制汗剤のボトルに、コツンとキャップを当ててくる。
心臓を射貫かれたような感覚を味わって、表情を崩さないようにするのに必死だった。
「ああ、分かっている。では跡部、また明日」
「気をつけて帰れよ、手塚」
こくりと頷いて、今度こそお互い別方向に歩き出す。
手塚は手の中のボトルを握りしめ、本来は違う色のはずのキャップに目を落とした。
「……キャップを交換する意味、アイツは知っているんだろうか」
そもそもあのジンクスがにどこまで効果があるのか分からない。だが、これをきっかけにして連絡先の交換ができたし、テニスをしたいと誘える土台もできた。あとは自分の頑張り次第。
まずは明日だと、赤い顔を少し俯けながら家路を急いだ。
別方向に歩いていった跡部が、「交換できるなんて思わねえだろうが……!」と感極まってしゃがみ込んでいたことを知らないままで。
このボトルを使い切ったら、告げてみようか、この恋を。
#両片想い #イベント無配