No.473

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恋するうさぎはメンドクサイ-009-

千至WEB再録 2020.05.31

#千至 #片想い #ウェブ再録

 朝茅ヶ崎をお越しに行ったら、珍しくもう起きていた。どうしたんだろう。「あ、おはようございます先輩。…

千至WEB再録

恋するうさぎはメンドクサイ-009-


 朝茅ヶ崎をお越しに行ったら、珍しくもう起きていた。どうしたんだろう。
「あ、おはようございます先輩。思ったより早かったですね」
 なんだ……起こしてやろうと思ったのにな。アイツのぐずぐずしてる声、結構好きなんだけどな。……え、いや、今のは別に他意はないんだ。好きって、そういう意味じゃなくて。仕方ないなって、家族みたいに思えるから。
 でも、起きてたんなら仕方ないか。一緒にご飯を食べて、出勤準備をして、玄関へと向かう。車のキーを持ち上げて、気がついた。
「あれ、茅ヶ崎これ……」
 キーに付けたストラップがチャリと音を立てる。そこに付けられていた見覚えがあった。
「あ、それ可愛いでしょ。昨日買ったナイランご当地メダル。でもスマホには付けられないし、キーの方に付けました」
 それは、俺がこっそり買った物と同じ。……なんだ、買ってたのか……。やっぱり買わなきゃ良かったな。いや、確認すれば良かっただけなんだけど。
「……運転、俺がするよ」
「え、いいんですか。ありがとうございます」
「最初っからそのつもりだっただろ」
 茅ヶ崎は上機嫌で助手席に向かっていく。その嬉しそうな顔はいつもと一緒だ。うん……俺が何を思ってようと茅ヶ崎は変わらない。これでいいんだ。でも、買ってしまったご当地メダルどうしようかな……俺が持っててもしょうがないんだけど。他のヤツにあげるかな。いや、誰にあげるっていうんだ、ランスロットだぞ。
 ……内緒で持っておこう。茅ヶ崎とおそろいになってしまうのはアレだけど、誰にも言わなければバレないしね。茅ヶ崎に知られないようにしておかないと。
 おそろいか……悪くない。
「先輩、なんか嬉しそうな顔してますね。何かありました?」
「え?」
 茅ヶ崎が隣から声をかけてくる。思わず振り向きそうになったけど運転中だ、危ない。だから振り向かないまま、なに? と訊ねてみた。
「いや、朝から機嫌いいなって思って」
「別にそんなことないよ。というか……お前こそ俺のことよく見てるんだな」
 機嫌がいいなんて自覚はないけど、そんなこと、俺を常に見てなきゃ言えないじゃないか。せっかく買ったナイランご当地メダルが無用のモノになって、どちらかというと機嫌悪いのに。ああ、でも、おそろいは悪くないって思ってたから、それかな。
「先輩が俺を見てるよりはレベル低いですけどね~」
「見てない」
「ときどき先輩の視線感じるんで」
「気のせいだろ。自意識過剰だな。というか、それは本当に俺の視線なのか? また変なヤツに付け狙われてるんじゃないだろうな」
「外岡みたいな? いや、変なヤツはもっとねっとりしてるんで、違いますよ」
 苦笑する茅ヶ崎は、多くのそういった視線に触れてきたんだろうか。
 俺が知らない頃の茅ヶ崎……。危険な目には遭わなかったのか?
「……大丈夫だったのか?」
「え? ああ、別に警察沙汰になるようなことはね、なかったですよ。これからは先輩が守ってくれるでしょうし」
 ふふっと笑う声が聞こえる。なんでコイツはこう、危機感が足りないんだ。そりゃ、俺ができる範囲で守るけど。
「そんなこと言うんだったら、俺の傍離れるなよ」
 するり、と。
 口から何か出た。
 今、何を言った? 何を言ったんだ、俺は。傍から離れるな? 子供じゃないんだぞ、そんなこと……する必要もないだろ。
 自分の口から出た言葉が信じられない。
 だけど茅ヶ崎を視界に入れておきたい。危険な目に遭う前に手を伸ばしてやりたい。危険な目になんか遭わせない。
「ち、茅ヶ崎、今のは別に」
 変な意味じゃなくて。
 そう言おうとしているのに、茅ヶ崎はそっぽを向いて、聞く気がないようだった。
 そんなことをしている間に会社に到着して、何でもないように車を降りた茅ヶ崎にホッとした。気にしてないみたいだ。
 ……でも、少しは気にしてるかもしれない。傍を離れるななんて、恋人でもない男に言われて、どんな気分だろう? 嫌われてない……よな?
「先輩、今日帰りは?」
 ドアを閉める寸前、茅ヶ崎が覗き込んでくる。朝の光に浮き上がるコイツの顔は、まあ確かに綺麗だよ。周りのヤツらが騒ぐのもよく分かる。
「え、あ、ああ……特に外回りは入ってない。時間が合えば一緒に帰るか?」
「ですね。俺今日午前に会議入ってるんで、延びるかも。ランチ一緒に行けないです、たぶん」
「そう……じゃあ、今日はランチ別々だな。仕事終わったら連絡入れるよ」
 はーい、と言って茅ヶ崎はドアを閉める。あ、アイツ車のキー受け取らないで行きやがった。帰りも俺に運転させる気満々じゃないか。……いいけど。
 でも、そうか……今日はランチ一緒に行けないんだな。残念。明日はどうだろう? 待て、なんで俺、こんなに茅ヶ崎とのランチ楽しみにしてるんだ? 特別なもの食べにいくわけでもないのに。
 ……茅ヶ崎が変なこと言い出してから、思考がおかしい。茅ヶ崎のことばっかり考えてる。
 気のせいだ、絶対に気のせいだと言い聞かせて、俺も車を降りる。少し先で茅ヶ崎が足を止めて待っていてくれて、心臓のあたりがむずがゆかった。だけどそれでも気のせいだと頭の中で繰り返し、足を踏み出す。
 恋なんて面倒くさいもの、するわけにはいかないいんだよ、バカ。



 まただ。
 また、茅ヶ崎が視界に入ってきた。俺が追っかけてるわけじゃない。茅ヶ崎が勝手に入ってくるんだ。そんなのどうしろって言うんだ?
 茅ヶ崎は同じ部署の同僚と話してるみたいだし、今声をかけたら悪いかな。先に駐車場へ行ってるか。アイツにはLIMEでも入れておけばいい。
 端末を取り出そうとしたところで、茅ヶ崎が俺に気がついたみたいだ。顔をこっちに向けて、笑ってくる。
「先輩」
 体のどこかで、音がした。
 何かが割れたような、落ちたような。
 茅ヶ崎が小走りでこっちに向かってくる。踏み出すたびにふわふわと揺れる髪。それはどうしてかスローモーションのように俺の視界を彩って、焼きついた。
「今上がりですか? ちょうどよかった、俺もなんで一緒に帰りましょ。運転よろ~」
 ……待て。待ってくれ。なんだこれ? どうして俺は今、茅ヶ崎を――可愛いと思った? 一緒にいた同僚にろくに挨拶もせず俺の方へ駆け寄ってくるなんて……それも、職場ではあまり見せないような笑顔でだ。
 いや、違う……違うそうじゃない。俺は別に、変な意味で可愛いと思ったんじゃない。そのはずだ。
「先輩? もしかしてまだ仕事残ってます?」
「え、あ、ああ……いや、大丈夫、上がりだから」
 茅ヶ崎が覗き込んでくる。やめろ、近い。だいたいコイツはどうかしてるんだ。俺が茅ヶ崎のことを好きだと思い込んでるのに、そういう男の隣を平気な顔して歩くんだから。もし俺が変な気でも起こしたらどうするつもりなんだ? 車なんて狭いし密室だし、俺がちょっとハンドルを操作するだけでホテルにだって連れ込めるんだぞ。
「今日の夕飯なんですかね」
「カレーかな」
「え、昨日と一緒では」
「昨日はビーフだったし、今日はチキンかもしれない」
「肉変えただけワロ」
 車の中で他愛のない会話はするけれど、俺の中身はイライラでみっしりだ。どうしてこんなに茅ヶ崎のことしか考えていられないんだろう。邪魔くさい。
 押しのけようとするのに、ぽんぽんと顔が浮かんでくる。耳を塞ぎたいのに、運転中じゃそれもままならない。茅ヶ崎の声が耳に留まり続けてる。嗅ぎ慣れたラストノートが鼻を抜けて、脳に好感を伝えてくる。
 違う、これは違う。
「あ、先輩コンビニ寄ってくれません? そこの角曲がったとこ――」
 視界に、角を指さす茅ヶ崎の手が入り込んできた。とっさにその手を掴んだのは、エイプリルとしての防衛本能だったと思う。
 でも、指が絡んだのは? 不必要に握り締めてしまったのは? 思わず茅ヶ崎を振り向いてしまったのは?
「先輩?」
 きょとんとした顔を傾げた茅ヶ崎に、何かがせり上がってきた。それと同時に、体温が上昇するような錯覚に襲われる。
 ほんの一瞬。たったそれだけで自覚した。
「な、なんでもない。いきなり手を出すなよ、危ないだろう」
「えぇ……~」
「コンビニでいいんだったな。また食玩?」
「あと課金のカード」
 またお前は、と呆れた調子で呟く。いつも通りにできていただろうか。声は震えていなかっただろうか。上ずってはいなかったか?

 ああ、まさか。

 本当に俺が茅ヶ崎を好きだったなんて。


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