No.472

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恋するうさぎはメンドクサイ-008-

千至WEB再録 2020.05.31

#千至 #片想い #ウェブ再録

「美味しい。あとで万里にもお礼を言っておこうかな」「や~別にいいんじゃないですか? ついでだったんだ…

千至WEB再録

恋するうさぎはメンドクサイ-008-

「美味しい。あとで万里にもお礼を言っておこうかな」
「や~別にいいんじゃないですか? ついでだったんだし」
「人のついでで俺に恩を売るなよ。ガチャの件はこれで済ませるつもりないからな」
「えー、済ませましょうよ。……あ、だったら膝枕もサービスしますけど」
 ぽんぽんと茅ヶ崎が自分の膝を叩く。……そこに寝ろと? 何を言ってるんだ、コイツは。
「ほら、先輩お疲れのようですし。大好きな俺の膝枕なんて、今後ないかもですよ?」
「まだ言ってるのか、それ。俺はお前に恋なんかしてない。冗談もほどほどにしないと、怒るぞ」
「先輩そうやって頑なに否定してますけど、そもそも恋がどんなものか知ってるんですか? 理屈じゃなくて、感情で」
 いつまでこんなくだらない論争を繰り返すんだ? そう思って振り向いたら、茅ヶ崎はどこか寂しそうな顔で俺を見ていた。返す言葉を見失って戸惑う。なんでそんな顔するんだ、茅ヶ崎。
「い、いや……感情でというのは、経験がない、けど」
 うっかり真実を漏らしてしまう。知ってるって嘘を吐いた方が良かったのかな。でもそれはそれで面倒くさいことになりそうだ。恋をできない理由は話せないけど、恋をした経験がないってことくらいは、真実でいいか。
「俺はね、知ってますよ。恋がどんなものか」
 茅ヶ崎の声に、目を見開いた。ぞわ、と肌があわ立つ。
 どうしてだ、別に恋の経験くらいあるだろう。茅ヶ崎だって健康な成人男子なんだ、恋のいろはくらい経験してたって不思議はない。
 なのにどうしてこんなに……寂しいなんて思うんだ?
「ほらまたそんな顔して。心配しなくても、今はフリーですよ」
 茅ヶ崎はすっと手を伸ばして、俺のパソコンをパタンと閉じる。それでやっと我に返った。俺としたことが、他人に端末触らせるなんて。油断と隙しかないじゃないか、しっかりしろ。
 眉を寄せていたら、型を掴まれてグイと引っ張られた。おい、どうした俺、油断と隙はあるくせに抵抗力がない。
 気がつけば、俺の頭は茅ヶ崎の膝。強制的膝枕が実施されていた。
「おい、茅ヶ崎」
「ハハッ、先輩見下ろすとかレア。いや、これぞSSR」
 悪戯が成功したみたいな顔で、茅ヶ崎が笑う。さっきまで寂しそうな顔してたのに、なんだそれ。動揺した俺の時間を返してほしい。はぁ……、まあ身の危険があるわけじゃないから、いいか……。
 茅ヶ崎の膝は硬くはない。柔らかくもない。筋肉ついてないから、こんなものかな。存外に心地いい。
「それでさっきの話なんですけどね。俺は恋をしたことがあります。だからちゃんと経験で知ってるんですよ」
「へぇ……それなのに今特定の相手がいないってことは、失恋したのかな。ご愁傷様。慰めたりしないぞ」
「いやそういうことを言いたいんじゃなくてですね。恋を知ってる俺が言う【先輩は俺のことが好き】と、恋を知らない先輩が言う【茅ヶ崎に恋なんてしてない】。どっちが信憑性あると思います?」
 言葉に詰まった。茅ヶ崎はさほど重要そうに思えない様子でゲームを楽しんでいて、また体が冷えていく。
 と思ったら、小さな端末を握っていたはずの茅ヶ崎の手が、俺の髪を撫でた。
「その俺が言うんだから、先輩は恋してるんですよ。今、俺に」
 確かに筋は通っている。体感として恋を知らない俺より、恋をしたことがある茅ヶ崎の方が、その感情に詳しい。だからって俺が恋してるなんて認めるつもりはないけどね。
 だけど、俺の髪を撫でる茅ヶ崎の手が心地いい。汚れきった俺のものとは全然違う。あったかいな……。
「……恋って、どんなふうになるの、例えば」
 恋を知っている茅ヶ崎はあったかい。どんな女を好きになったんだろう。ゲームみたいにできうる限りの情熱で想っていたんだろうか。その女は、なんで茅ヶ崎の想いに応えてくれなかったんだ?
「どんなふうって、普通ですよ。声聞きたくなったり、隣にいたいなあって想ったり。違う誰かと一緒にいるとこ見てすごい嫌な気分になったりしますよ。それでも声かけてもらうだけでそんな気分吹っ飛んでいくんですよね」
 茅ヶ崎が穏やかな声でそう呟く。終わった恋にしろ、その優しい時間はコイツにとって大事なものだったんだろう。
「触れたくなったり、ちょっと甘えてみたくなったり。何より、その人のこと可愛いなあって思ったら、もう駄目ですね」
「じゃあお前は、俺がお前を可愛いと思ってるふうに見えてるの?」
「え、可愛くないです?」
「可愛くないよ。どっちかっていうと憎たらしい。部屋掃除しないし朝は俺が起こさないと起きないし」
「うぐぅヤブヘビだった」
 茅ヶ崎の言うものが恋の症状なら、俺はやっぱり恋なんてしてない。茅ヶ崎の声を聞きたくなる時なんてないし、隣にいたいと思ったこともない。外岡が隣にいるのが気に食わないのは、たぶん春組の総意だろう。声をかけてやるのは俺の方だし、触れたいなんて考えたこともない。甘えるとか、どうやって? それに……茅ヶ崎のどこを可愛いって思えって言うんだ? 顔がいいのは確かだけど……それだけじゃ恋にならない。
 でも、触れたくなる、……か。この手は心地良いから、触れていたいかな……触れててもらいたい……。
「どうすれば好きになってもらえるのか分からなくて、嫌われたくなくて、臆病になるんですよね。思ってることの半分どころか、三分の一も伝わってないんだろうなって」
 苦笑する吐息が混じる。
 違う、と感じた。これは、過去の思い出を語っているんじゃない。茅ヶ崎の恋は――現在進行形なんだ。その声の中に、目蓋の裏に、恋する相手を浮かべている。触れたくて、甘えたい相手だ。
 なんだ、そうか。
 ちゃんと相手がいるんじゃないか。
 体が重い。沈んでいきそうなほど重い。息を吐き出したいのに、なぜか唇の手前で止まってしまう。
 どんな女なんだろう。どこを好きになったんだ? その女にも、普段のだらしない姿見せてるのか? 見せられない……告白できてない? 俺も知ってる子なら、橋渡ししてやった方がいいんだろうか。
 そう言ってやりたいのに、唇が動かない。
 どうしてだ。なんで、こんなに悔しいんだろう。俺の知らない恋という感情を茅ヶ崎が知っているから? いや、茅ヶ崎が知ってることを俺が知らないってのは確かに悔しいかもしれないけど、恋情とかそういうのは不要な分野だ。負けてるわけじゃない。
「先輩? どうしたんですか、黙り込んじゃって。俺に恋してること自覚しちゃいました?」
「してないよ、恋なんて」
「たまには素直になってくださいよ……」
「事実を言ってるんだけど」
「俺も事実を言ってるんですけどね」
 ふう、とわざとらしいため息を吐いて、茅ヶ崎の指先が俺の額をはじく。いい度胸だな。
 俺はそれをきっかけにして、体を起こした。これ以上つきあっていられるか。あ、と茅ヶ崎が小さな声を上げたけど、そのまま部屋を出る。今日は向こうで眠ろうかな。


 茅ヶ崎の戯れ言には付き合っていられない。
 そう思ってアジトに来たんだけど、落ち着かない。静かすぎる。ソファに座っても、ミネラルウォーターを飲んでも、愛機でネットサーフィンをしても。なんだかそわそわとしてしまって、全然集中できないんだ。
 まあ寮の方だと誰かしらの声や生活音が聞こえるから、防音完備のこの部屋じゃ、ちょっと寂しい感じがするのも無理はないかな。ハハッ、こんなふうに思うなんて、人は変われば変わるものだ。
 入団した当初は、あそこにいるのが苦痛だったのに、今じゃ向こうが日常になってる。
 いつも誰かがいて、笑い合って、ご飯を食べる。
 そういえば、茅ヶ崎と一緒にいる時間も増えたな。
「ねえちがさ……」
 ソファで隣を振り向いて、ガランとした空間に声を飲んだ。いるわけないだろ、ここは寮じゃないんだ。
 あんまり一緒にいすぎて、隣にいるのが当たり前みたいになっちゃったのか……。仕方ない、会社も組も部屋も一緒なんだ。こんなふうに茅ヶ崎を探してしまっても、なにもおかしなことなんてないさ。
 もう眠ろう。
 ああ、アイツ明日の朝ちゃんと起きられるのかな。早めに向こう戻って起こしてやるか。

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