華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.465
千至WEB再録 2020.05.31
#千至 #片想い #ウェブ再録
はじめに印象に残ったのは、あのピンクアゲートのような瞳だった。 口許は笑っていながらも、その美しい…
千至WEB再録
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はじめに印象に残ったのは、あのピンクアゲートのような瞳だった。
口許は笑っていながらも、その美しい瞳は笑っておらず、鮮やかなピンクはどこか冷めているように感じられた。それでも内に何かを秘めているような揺らめきを何度か見たのを覚えている。
この男は何かを隠している――はじめは警戒、次には興味。組織の任務に支障を来すようなものではなかったのが残念だが、その仮面はなんのために付けているのか気になった。
剥がしてやりたい。そう思ったこともあったけれど、その時の俺には何よりも大事な使命があった。オーガストの仇を討つ。ただそれだけのために生きて、終わった後のことは何も考えられなかったんだ。
結局それは真実を知らなかった俺の空回りだったわけだけど、まさかあの炎みたいな感情の先に、こんなことが待っているなんて思わなかったよ。
「千景さん、すみません運転してもらっちゃって。疲れてませんか?」
「ん? ああ大丈夫だよこのくらい。監督さんの運転する車に乗るくらいならね」
「どういう意味ですかっ」
「ははは。帰りは茅ヶ崎に運転させるし、問題ないよ」
「うげ」
急に名前を出された茅ヶ崎が、蛙を踏み潰したような声を出す。コイツのどこが弊社の王子様なんだろう?
今日は、MANKAIカンパニー春組の地方公演だ。公演自体は何度もやってて、もちろん他の組も地方に出掛けて公演している。衣装や道具は事前に遠征先に送るけど、それでも思い出したように必要な物が増えていく。そんな時は車での移動になっちゃうんだよね。重い荷物抱えて移動して、遠征先の関係者に挨拶して場当たりして、なんて、無駄に体力を削られるだけだ。
車を運転できる俺と茅ヶ崎が、交代で運転手を任されている。監督さんも免許はもっているんだけど、うーん、どうもね。
「今回くらい見逃してくださいよ。そう長い時間じゃないんだし。ほら俺は主演ですしね」
はははと乾いた笑いを漏らしながら、茅ヶ崎はなんとか運転手を回避しようとしてくる。運転が嫌いなわけではないんだろう。コイツはただゲームがしたいだけだ。
「それを言うなら俺は準主演なんだけど?」
「俺の方が出が多いじゃないですかっ」
「はぁ……そんな泣き言、ランスロットなら言わねぇだろうな」
ニ、と笑ってやると、目を見開いて、悔しそうに眉を顰めて、遠慮なしに睨みつけてくる。もう一度言うけど、コイツのどこが弊社の王子様なんだ?
「……すまない、お前にばかり負担をかけるわけにはいかないし、帰りは俺が替わる」
「ああ、まずは目の前のデカいヤツ倒してからだな」
役のままそう言うと、茅ヶ崎はふいと顔を背けた。あれは素なんだろうな。ま、ホントに疲れてたら危ないから、帰りも俺が運転してやるけどね。何しろ茅ヶ崎はいちばん出番の多い主演だ。
そう、今回の演目は茅ヶ崎主演、俺が準主演の舞台。KNIGHTS OF ROUNDⅣ。世界的人気を誇るゲームの舞台版だ。プレ公演を経て無事に本公演にこぎ着けて、星井ディレクターのお墨付きとあって劇団の知名度も少し上がった。
それはひとえに、茅ヶ崎のバカみたいな情熱のおかげだろう。功労者だと思ってるよ。本当にね。
だからこそこうして、オファーが来たりもするんだ。地方公演は基本的に営業をかけているんだけど、今どうも近くでナイランのイベントがあるみたいなんだよね。
そのおかげで、カンパニーに公演依頼がきたってわけ。公式サイドも絡んでるし、再演許可もあったし、主演の茅ヶ崎はやる気に満ちてるしで、春組のみんなも楽しそうだ。
正直、こんなに長く留まることになるとは思わなかったけどな。
なにせ俺は最初、この劇団を潰そうとしてた。オーガストが死んだのに、俺たちだけのうのうと生きていることが許せなかったんだ。だけどディセンバー……密と俺を生かし続けてくれたのはオーガストで、俺たちが幸福になることが彼の願いだった。
彼を、彼らを信じ切れなくて裏切った俺が、幸福、ね……。それにはまだ少し抵抗があるけれど、この温かな連中の傍で……どうにか頑張っていきたいと思ってるよ。
普段見ない街並みにそわそわしている咲也や、監督さんしか目に入っていない真澄、そんな真澄を困ったふうな表情ながらもあしらう監督さん、さっそく道行く人と仲良くおしゃべりを始めるシトロン、無意識にかネタになりそうなモノを探している綴。そして歩きながらじゃゲームもできないとむくれる茅ヶ崎。
自然と口許が緩んでしまう。この大切な家族たちを、俺は全力で守りたい。
「せーんぱーい、何してんですか。はぐれちゃいますよ。あ、おじいちゃんだからサポート必要か」
茅ヶ崎が笑いながら手を差し出してくる。ニヤつく口許は、先ほどの仕返しらしい。俺はその手をゆっくりと払い、歩幅を広めた。
そうすれば、同じ歩幅で、同じ速度で、隣を歩く茅ヶ崎。口許はさっきみたいな悪戯好きのそれではなくて、嬉しそうに微笑んでいた。
そうやって黙って笑ってれば、王子様に見えるのかもね。
#千至 #片想い #ウェブ再録