華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.137
ミハアルウェブ再録 2011.10.23
#ミハアル #片想い #ウェブ再録
【今日の総合教養、すっげえ眠かった】【ハハ、俺技術だったからまだマシだった】【次は化学だったよな】【…
ミハアルウェブ再録
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【今日の総合教養、すっげえ眠かった】
【ハハ、俺技術だったからまだマシだった】
【次は化学だったよな】
【ああ、実験だって聞いたぜ】
そういえばそんなようなことを聞いた覚えもある。どちらにしろテキストデータを取りに教室へ戻らなければと思ったところで、アルトは初めて、実験に必要な白衣を忘れてきたことに気がつく。
がくりとうなだれて、さあ誰に借りようかと思案して、先に返信をしておこうと作業を再開した。
【白衣持ってくんの忘れた。どっかから借りてくるから、先に行っててくれ】
はあーと長いため息をつく。しかしこれといって親しい友人が他にいるわけでもなく、借りるのも一苦労かと思われた。
ブルルと携帯電話が震える。差出人は確認する必要もない、ミハエル・ブラン。
【替え持ってるぞ? 貸してやるからあと十秒で教室戻れ】
アルトはぱちぱちと目を瞬いて、廊下を駆けていく。途中教師に走るなと怒られたような気もするが、アルトの耳には届いていなかった。
「十秒はねえだろ!」
「文句言える立場か」
教室に戻るなり、アルトはつかつかとミハエルに歩み寄り、不満を訴える。授業を受けてた教室が近かったからいいようなものの、校舎が違っていたらまず無理だ。
「ほら、白衣。ったく手の焼けるお姫さんだな。目を離してらんないぜ」
ぽふんと実験用白衣を押しつけられる。アルトは礼を言うより先に頬を赤らめた。
今のアルトにとって、ミハエルの放つすべての言葉が殺し文句になってしまう。
「姫、どうした?」
「なっ、何でもねえ、サンキュ」
気づかれないうちにとアルトは踵を返す。できるだけいつも通りにしたはずだったが、
「ははん、さては俺の優しさにとうとう惚れたろ?」
「――――それはない」
ミハエル・ブランという男は、いったい何をどこまで見透かしているのだろう。いつものように否定は返してやったけど、本当は気づかれているのではないかと思ってしまう。
「ひーめー、そんな急がなくてもまだ時間あるぜー?」
「十秒で来させといて、よく言う」
「ほんとに十秒でくるとは思わなかったんだけど」
ふん、とアルトは鼻を鳴らしてさくさくとミハエルの数歩前を歩く。傍になんかいたりしたら、心臓の音が聞こえてしまうかもしれない。気がつかれてはいけない想いを、あの男ならめざとく察知してしまうかもしれない。
――――もっと近くにいたいけど、傍にいたいから近くにいたらいけないんだ……!
そうだ、抑えなければいけない想いだってあるのだと、アルトはきつく目を閉じた。
その日の実験は、いくつかのグループに分かれてのものだった。残念ながらミハエルとは別々になってしまったけれど、考えてみたらそれでよかったかもしれない。
一緒のグループであってみろ、実験に集中なんかできやしないに決まっている。
いや、別々のグループに分かれてさえ、集中なんてできやしなかった。
――――格好いい、な……。
気づかれないようにそっと横目で恋しい人を見やる。
周りの女子たちが騒ぐのも頷けると、アルトは口に出さずに考えた。
ただでさえ女性にウケのよさそうな顔立ちをしている上に、ひとつひとつの仕種が目を引いてしまう。眼鏡の奥のあの瞳に見つめられたら、心臓は跳ね上がってしまうだろう。
あんまりに長く見つめすぎたのか、アルトの視線に気がついたミハエルが顔を上げてこちらを向いてしまう。
アルトは心臓が飛び出るほど驚いて、パッと正面に向き直った。
――――バッ、バカ目ぇ逸らすことなんてなかったのに!
不審がられていないだろうかと目をぎゅっと瞑って、座った膝の上で両手をぎゅっと握りしめた。当然ながら、実験の内容なんて頭にも視界にも入っていない。
「アルト、大丈夫か?」
「……っ!?」
次の瞬間頬に触れてきた誰かの手の甲に、ヒッと息を飲んだ。バッと振り仰いだら、神妙な面持ちのミハエルがいて、目を瞬く。
「ミハエル……?」
「顔赤い。熱はないみたいだけど」
ミハエルの指が、頬に触れる。そうすることで体温を確認したのか、熱はないと知ってホッとしたように見えた。
「だ、大丈夫だ、そういうんじゃないから」
「……まァ、いいけど。関係ないし。体調管理くらい、自分でしろよな」
「平気だって言ってんだろ」
ふん、と疑わしげに目を細めながらも、無理をするなと付け加えてくれるミハエルに、震える口許を見られたくなくて片手で覆う。
――――ああ、あぁダメだ、ホント駄目だ俺、こいつのことすげえ好きだ……!
告げて何か返ってくる想いなら、今ここで叫んでいただろう。人目も気にせず、お前を見ていたんだと。
「なんだよ早乙女、お前体調悪かったのか? そういやさっきから全然実験に参加してねえけど」
「あ、違う違う、だいじょう……って!」
同じグループのメンバーに声をかけられて、アルトはハッとしてぶんぶんと手を振る中、ぺしんと後頭部をはたかれる。
少しの痛みを訴えた箇所を押さえながら振り向くと、そこにはもう背を向けているミハエルがいた。
心配させんな、とその背中が言っているように見えるのは、きっとアルトの都合の良い解釈だろう。
アルトは正面に向き直って、終了間際の実験にようやく参加する。だがもちろん、アルトの思考を占領しているのはただひとつ、ミハエルへの想いだけだった。
――――あんな一瞬のうちに……俺のこと気がついてくれた……。
目を逸らしてしまったことを怒るのではなく、何事かあったのだと心配してくれる彼を、心の底から恋しく思う。
恋とはこんなものなのかと、かきむしりたくなるほどくすぐったい心臓を押さえて、アルトは口許をゆるめた。
#ミハアル #片想い #ウェブ再録