No.138

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うん。~恋に落ちたら~-008-

ミハアルウェブ再録 2011.10.23

#ミハアル #片想い #ウェブ再録

 アルトは最後の文字を入力しようとして、躊躇うように目を瞬く。こんなメールを送信したら、その後どうな…

ミハアルウェブ再録

うん。~恋に落ちたら~-008-


 アルトは最後の文字を入力しようとして、躊躇うように目を瞬く。こんなメールを送信したら、その後どうなるだろうか。いや、結末は見えているはずだ。
 ――――やっぱり送れない。お前が好きだ……なんて。
 アルトは本文を破棄してディスプレイを閉じ、はあーと長く息を吐いてうなだれた。
 ミハエルが好きだということに気がついてはや数週間。言わない方がいいと思っていた。今でもそう思っている。
 だけど今日、あふれそううになってしまった。厳重に鍵をかけているはずのハコから、ぶわあっと噴出してしまいそうだった。
 ――――言っても仕方ないのに。アイツが応えてくれるはずがねえ……。
 ミハエルの顔を思い浮かべて火照った頬を鎮めるように、組んだ腕に埋める。この想いに気がついてからというもの、大変な日々を送っている。
 目で追いかけすぎないように、友人以上の笑顔を向けないように、周りの女生徒に嫉妬しすぎないように、うっかり言ってしまわないように、細心の注意を払ってきたつもり。
 ――――言ったらそこで、終わるんだ。絶対に言ったら……駄目なのに。
 いつまで我慢できるだろう、この膨らんでしまった想いを、いつまで閉じこめていられるだろう。
 アルトは、ふと力なく笑った。ミハエルを好きになることなんて絶対にないと言っていたのに、人の心は分からないもんだと。
 あの時もう、冗談めかして言ってしまえばよかった。
 惚れてる、と。
 そうしたら彼は、きっとつまらなそうな顔をして言うのだろう。からかいがいのないヤツだと。
 そうしてずっと、友人同士の距離を保って過ごしていくはずだ。
 悩んで悩んで、アルトが送ったメールは、
【うん。】
 すぐにミハエルから返信が来た。
【話繋がってねーよ、ちゃんと読んでる?】
 やっぱり分かんないよなあとアルトは笑った。
 小さなイエスは伝わらなくていい。自分だけが知っていれば、それでいいのだ。
【あー悪い悪い、作り方な。そんなに食いたかったらいつでも来いって言ってんのに】
【そっちじゃなくて、この間行った店の名前! 職場の同僚に聞かれたけど覚えてなくて】
【ごめん見てなかった】
【アルトどうしたんだ? 今日のお前、やっぱりちょっとオカシイぞ】
 声を聞いたわけでも、姿を見たわけでもないのに、どうしてそう思うのだろう。自分でも気がつかないうちに、そんな文面になってしまっているのだろうか? それとも、それだけ彼が自分をみていてくれたということだろうか?
 じわりと涙が浮き上がってきて、アルトは目を閉じる。
 深呼吸を繰り返して、吐く息とともにミハエルへの想いを吐き出した。
 ――――傍にいられるなら、我慢してみせる。
 この想いを叶えるよりも、傍にいることの方が余程大切だと、受信したメールを読み返す。以前よりずっと近くなった距離、増えたメール、共に過ごす時間。
 しかし、失敗したと感じる。メールを見てしまえば、顔を思い出してしまう。顔を思い出せば、声が聞きたくなる。直接逢って話したくなる。
 だけど逢ってしまったら、抑えられなくなってしまう。その未来が手に取るように分かるのだ。
 ――――言ったら駄目なのに、なんでお前は俺の決心を鈍らせるんだ……。
 告げてしまったら、こんな風にメールをすることもなくなってしまうんだ、と何度も何度も言い聞かせる。言い聞かせたのに、アルトの指先はいつの間にか発信ボタンを押してしまっていた。
 ミハエルのナンバーにコールしてしまったと気づいた時には、受話器の向こうから彼の声が聞こえて、心臓がはねる。
『アルト? どうしたんだ』
「あぁ……悪い、たいしたことじゃないんだけど」
 応答の前に切ってしまうことだってできたのに、指先は正直だった。アルトは苦笑を漏らし、不自然でない声音でミハエルに応えた。
『大したことがなくておまえが電話なんてしてくるかよ。いいから話せ、今さら遠慮もないだろ』
 耳元で聞こえるミハエルの真剣な声に、泣きたくなる。思い返してみればそんなに長くを共にしたわけでもないのに、伝わってしまうくらい近くにいたのだろうか。
 ――――声、聞きたかったんだ……。
『アルト?』
「どうすればいいか……俺なりに考えてはみたんだけど、もう、答えが見つからなくて」
 極力、深刻になりすぎないように声を操ったつもりだが、聡いあの男なら、なにか感づいてしまうかもしれない。アルトは、ゆっくりと息を吐き出した。
『どうした』
「……好きだって言われたら、お前ならどうするのかなって思ったんだ」
 嘘をつくのは上手くない。舞台の上で演じることとと、日常で嘘をつくことは、まったく別のものだった。
 結局話題らしい話題を見つけられなくて、状況を濁して伝える。
『……あぁ、誰かに告らえたのか? 勇気あるよなあ』
 短い言葉で理解してくれるミハエルにホッとして、愉快そうな声音に変わったことには苦笑した。
「お前は誰にも本気にならないんだっけ?」
『まァ、それを覆すような子がいたら話は別だけどな。前も言ったけど、思わせぶりな態度で傷つけたりすんなよアルト。女の子ってのは傷つきやすいんだぜ』
 アルトではそれを覆すことはできないのだろうかと考えて、できるはずもないのにとこっそり笑った。
『今日告られたのか? お前今日そんなことちっとも言ってなかったじゃないか』
「女じゃなくて。……顔も名前も知らないヤローだったから、相談してもいいのかどうか分からなかったんだ」
『あー、そりゃちょっと…………男ォ!? いや、まあ、アルトなら、分からんでも……ないけど』
 でもなあ……と口ごもるミハエルが珍しくて、回答云々を別にしてアルトは笑ってしまった。いつだって明快な答えを返してくるのに、戸惑っているのかと。
『誰だか知らないけど、アルトの相手になるようなヤツじゃないんじゃないか? お前がつきあいたいなら別だが』
 同性だからというだけで、その想いを否定するつもりはない。だいたいミハエルだって、褒められた女性関係ではないのだ。
「……うん」
『なにその間の抜けた答え。アルトはいいのか? そんな、名前も知らないようなヤツと恋人になるとか』
 アルトは少しだけ目を伏せる。実際は告白なんてされていない、全部作り話だ。ミハエルの声を聞きたがって作り出した、イツワリだ。
「もし俺がOKしたら、お前怒る?」
 相手がミハエルだったら、一も二もなくOKしているのに、と来ないだろう未来を描いて苦笑する。
 せめて、そんなヤツやめておけと罵ってくれないだろうか。俺が幸せにしてやるよなんて言ってくれるはずもないのだから、せめてもう少し幸せになれそうな相手を選べと、気遣ってくれないだろうか。
 ――――お前が俺の幸せを願ってくれるなら、それでいいかな。
 小さな幸福だ、だから、どうか。
『無理だろ、だってお前が惚れてんの俺じゃん。俺に未練残したまま他のヤツとって、お前そこまで器用じゃない』
 アルトは目を見開く。ハハハと笑い混じりに聞こえてきた答えに、肯定を返してしまおうかと思った。
 だけど、これはいつものジョークだ。本気にしたら泣きを見るのは絶対にこちらの方。
「……惚れてねえよ」
『そう?』
 予定調和、といったところだろう。ミハエルにとっては。本当の心は、アルトの中にだけあればいい。
『なんて返せばいいか分かんないっていうなら、俺が返しといてやろうか。アルトとオツキアイしたいなら、まず親友である俺を通せってさ』
「保護者かお前は。親友って、そこまで首突っ込むもんなのか?」
 ジョークには、同じノリで返す。アルトは無理矢理笑って、本当にそんな独占欲が彼にあればいいのにと考えた。
『首突っ込みたくもなるだろ、仮にも初恋の相手だぞ』
 ツキンと、心臓に痛みが走る。何でもないことのように話すミハエルを、初めて憎らしく思う。いつの話をしているのだ、なぜ終わった恋を持ち出すのだと。
「……っんなんだったら、俺のアルトに手ぇ出すな、くらい言ったらどうだよ」
 泣き出したい衝動を抑えながら、軽口で返したつもりだった。彼ならきっと、笑ってイイネなんて言ってくると思っていたのに。
『アルト? お前泣いてないか?』
 返ってきた言葉は、予想しても望んでもいなかったものだった。
「な、泣いてねえよ」
『本当に? そういえばお前、風邪薬ちゃんと飲んだのか? 今日授業中おかしかったろ、油断すると痛い目見るぞ』
 ハッとして、そしてホッとした。気づかれたわけではないのだ。ほんの僅かな声音の変調を見破るのはさすがといったところだが、心の変化までは分からなかったらしい。
 学校で様子がおかしかったのを体調のせいだと誤解して、そのせいで声が変わったと思ったのだろう。
「……かなわないな、お前には」
『熱、あるんだろ。なんかそういう時って心細くならないか? 加えてお前ひとり暮らしだろ、らしくなく弱気になったりしてさ』
 ああ、とアルトは頷いておく。心細くて弱気になっているのは本当だ。この想いは宙に浮いたままでたどり着く先がない。
『そういう時って、誰かの声が聞きたくなる』
「お見通しかよ、くそ……」
 いつだって声を聞いていたい。話を合わせながらも、アルトは受話器越しに聞こえてくるミハエルの声に神経を集中させた。
『薬飲んだからって安心してないで、ちゃんと栄養と……まあこれは俺よりお前の方がしっかりしてるからいいとして、水分ちゃんと取ってゆっくり眠れよ』
「……うん、ごめん……ミシェル、ありがとう」
 するりと口をついて出る、謝罪と感謝。以前のアルトだったら、絶対に出てこなかったものだ。面食らったのか、ミハエルからの応答が一瞬送れたように感じる。
『あ、明日も具合悪いようだったら、休んだ方がいいぞ』
「ん……」
 ひとしずく、頬を伝う涙。
 想いを伝えられなくて悔しいと思ったのか、それともこんなに近くで声を聞けることを幸福に思ったのか、そのどちらもなのかもっと別の感情なのか、アルトには自分に説明ができなかった。
 ただ、
「ミシェル……」
『……ん?』
「ありがとう」
 この想いが変わることはないのだと、根拠のない自信が全身を包み込んでいる。
「ごめんなこんな時間に、電話なんて」
『いや、気にすんなよ。親友だろ』
 電話の向こうから、ミハエルの優しい声が返ってくる。牽制のようにも聞こえてしまって、アルトは苦笑した。
「じゃあ、またな、おやすみ」
『おやすみアルト、良い夢を』
 ツーツーツーと通話の切れた音がするけど、もったいなくて終話ボタンを押せなかった。
 良い夢をと祈ってくれたミハエルが、本当に本当に愛しい。いつか笑い話になったとき、彼に言ってやれたらいいと、アルトは幸せな気持ちで眠りについた。




【なあアルト、ときどきメールに書いてる"うん。"って何なの?】
【内緒】
【なんだよ、呪文か? 呪ってんじゃないだろうな】
【心当たりがあんのか。色男はツライな】
【あるか、バーカ】
 アルトは笑って、おやすみのメールを打つ。もうだいぶ気持ちが安定してきた。
 彼があの言葉の意味に気づくのはいつだろうと、楽しみになるくらいには。
 早く明日になるといい。明日も逢いたい。逢って声を聞いていたい。アルトと呼ぶ、あの声を。
 そう思えば、アルトはいつでも幸福な気持ちで眠ることができるのだ――――。




 なあそろそろ惚れた?――――うん。


#ミハアル #片想い #ウェブ再録