No.80

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Please marry me!-006-

ミハアルウェブ再録 2011.03.20

#ミハアル #両想い #ウェブ再録

「初めて……入った」 玄関に滑り込んだあたりで、アルトが不意に口にした。 そういえば婚約者なのにミハ…

ミハアルウェブ再録

Please marry me!-006-


「初めて……入った」
 玄関に滑り込んだあたりで、アルトが不意に口にした。
 そういえば婚約者なのにミハエルがどこに住んでいるのかや家族の構成さえ知らない。それに今さら気がついて、アルトは俯いた。
「ここはあんまり使ってないけどな。バイト先の宿舎あるし、あっちの方が便利なんだよ」
 買い込んできた食料をテーブルにドサリと置いて、ミハエルは立ち止まったままのアルトを振り返る。緊張しているのかなと肩を竦め、自分の中の欲望は押さえ込んだ。
「アルト、別に無理しなくても」
 歩み寄ってアルトに選択の権利を与える。
 はずだった。
「お」
 顔を上げたアルトの腕はミハエルの首を引き寄せ、ぶつけるように口唇を合わせてきた。
「んむ」
 文字通りぶつけてきたもので、ムードも色気もあったものじゃないが、意思だけはハッキリと伝わってきた。
 大丈夫。
「アルト……」
 ミハエルは、こてんと肩に額をゆだねるアルトの背中をぽんぽんと叩く。
「俺お前のこと何にも知らない。家族のこととか、バイトのことも……好きな食べ物は……だいたい分かるけど、そういえば誕生日とかも」
「俺たちいろいろ順番間違ってるよな。つきあう前に結婚申し込んで、いろんなこと話すより先にキスして、……こんなだもんな」
 ちゅ、と口唇にキスを落として、ミハエルはアルトを部屋の中へと促す。そうだなと笑うアルトに、気持ちを先に伝えられたことだけは、それでもまだ間違いの中のひとつの正解といったところだろうか。
「ここさ、両親が遺してくれたとこなんだ。だからたまに帰ってきたりはしてるんだけど」
 やっぱり生活感はあんまりないよなと苦笑するミハエルに、アルトは気がついてごめんと呟く。
 遺してくれた、ということはもう他界しているのだろう。大切な人がこの世からいなくなるということが、どれだけ苦しくて悲しいか、母を亡くしたアルトもよく知っている。両親ともとなれば、痛みも苦しみも倍増だろう。
「こんなこと訊いていいのか分かんないけど、ミシェル」
「うん?」
 出来合いの総菜と、レトルトのドリアと、サラダとドリンク。いつもここで食事をするわけじゃないからと、すぐに食べられて残らないものを買ってきた理由が分かる。
「家族……いないのか」
 疑問符のつけられないアルトの呟きに、ミハエルはああと何でもないように返した。
「両親も、……姉も軍人だったからな。覚悟はずっと前からしてた」
 テーブルにふたりで並べながら、呟くミハエルを眺めるアルト。
「じゃあ、お前も軍に入るのか? この間言ってた隠してることって、もしかしてそういうことなのか」
「いや、別にそのことじゃないんだけど、軍かあ……どうだろうな。特に考えてないな、そういうのは。さ、食べよう」
 椅子に腰を落ち着けて、向かい合う。そんなにしんみりしないでよと苦笑するミハエルに、アルトはハッとしてごめんと呟く。
「でもほら、お前の家族は、俺がなるから!」
 だからひとりだなんて思うなよと続けるアルトに、ミハエルは目を見開いてフォークを止めた。
 彼は意味を把握してそう言っているのだろうかと考えて、肩が震える。
「なんか笑ってる?」
「いや、ごめんごめん、嬉しくてつい」
 最初に求婚したのはミハエルの方。言い方も順番も間違えたけれど、気持ちだけは本当だ。それを前提としたつきあいを意識して、家族になるよと言ってくれたアルトを、心の底から愛しく思う。
「今日は、予行演習かな」
「今度はちゃんと、俺がご飯作ってやるよ。こんなんばっかり食ってたら体に悪いだろ」
「ホント? 嬉しいなー、いいお嫁さんになるよ姫」
 バカかと笑うアルトを見て、ミハエルはホッとした。
 緊張はどうやら解けたようで、いつも通り笑ってくれる。
 今度は逆にミハエルの方が緊張してしまったけれど。
 今夜、と言ってくれた彼をこんなところまで引っ張ってきてしまったが、本当にいいのだろうかと思案する。
 女性との行為なら、過ぎるほど慣れているが、同性となると話は別だ。アルトをちゃんと気持ちよくしてやれるかなんて、自信がない。
 理性を保てなくて、無理を強いたらどうしたらいいのだろう。アルトが泣き叫んでも、止めることができなかったら。
「また、変なこと考えてんだろミシェル」
「えっ?」
 買ってきたフルーツドリンクを飲みながら、責めるアルトの声。ミハエルはハッとして顔を上げた。そこで初めて、自分が俯いていたことに気がつく。
「俺は大丈夫だって。そうやって自分一人でためこむから、眉間にしわなんか寄るんだよ」
「……寄ってた?」
「バッチリ。まあ、俺の前でしかそんなん見せないから……すぐに分かる」
 ミハエルは情けなくて頭を抱えた。そんなに簡単に気づかれるほど表に出てしまっているのかと。
 アルトの前でだけというのがなんとも情けないが、逆に考えればアルトの前では違う【ミハエル・ブラン】なのだということだ。
「俺とのこと考えてんだなって思うと、嬉しいけど悔しい」
「ごめん」
「謝るくらいなら、ちゃんと言え。今度はなんだ」
 責める言葉さえ心地よくて、愛しく思えてしまう。それはアルトが気持ちを全部自分に向けてくれているからだ。
「俺、ちゃんとアルトのこと気持ちよくしてあげられるかなって思って。ひどいことしたくないけど、抑えきれなかったらどうしようって」
 情けないけど、ここまできたらプライドもなにもない、アルトには全部見せていいと、息を吐く。
「アルトのこと抱きたいのは本当だけど、俺の心の準備ができてないっていうか……」
「どれくらいあれば心の準備ってヤツができるんだ? 十分? 二十分? 一時間? それとも明日か?」
 アルト、と呼んで責めを遮る。だけどアルトもそれで引き下がりはしなかった。
「だってそういうことだろ。お前が覚悟を決めなきゃ、この先ずっと……できないじゃないか」
 結婚するんじゃなかったのか?とアルトが初めて不安そうな声を上げる。
 もちろんふたりで子供を産むことなんてできないけれど、それでもつながりは持っていたい。
「お前が、俺としたくないっていうなら仕方ないけど、そうじゃないんだろ?」
「もちろん、俺はアルトを抱きたい」
 即座に返してきたミハエルにアルトは目を瞬いて、笑った。だったらなんの問題もないと、テーブル上のミハエルの手に自分の手を重ねる。
「……な?」
 今日ここに来たことを無駄にはしたくない。
 まっすぐに見つめてくるアルトの優しい視線に、ミハエルはややあってうんと頷いた。
「俺、ホント情けねー」
「今さらだ、バーカ」
 がくりと項垂れたミハエルにふふんと笑ってやり、それでもそんなお前も好きなんだぞと付け加えた。
「シャワー、貸してくれるか?」
「あ、うん。こっち片づけとくから……あ、タオルとローブは棚に入ってるよ」
 ん、とアルトは指さされた方に足を向ける。
 食休みをしてからの方がいいかなとも思ったが、時間を空けてしまったらまた、ミハエルがなにを言い出すか分からない。こちらはもう覚悟を決めているというのに、何をあんなに怖じ気づいているのか。
 大事にしてくれてるんだよなと、アルトは降ってくる熱い湯を体で受けながら思う。
 本当に、誰にもかれにも言って回りたい。
 ミハエル・ブランが、本当はこんなに情けなくて臆病で可愛らしい男なんだと。
 だけどその反面、そんな彼を独り占めもしていたい。自分の前でだけ現れるそんな本質を、ぎゅうっと抱きしめていてやりたい。
 今日は思い切り抱きしめてやろうと、口の端を上げた。



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