華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.83
ミハアルウェブ再録 2011.03.20
#ミハアル #両想い #ウェブ再録
アルトの耳に入ってくるのは、ミハエルの冷たい声だけだった。 まだ、混乱している。 これからどうすれ…
ミハアルウェブ再録
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アルトの耳に入ってくるのは、ミハエルの冷たい声だけだった。
まだ、混乱している。
これからどうすればいいのか。
宙に浮かんだままの憤りと、彼への想いはどこにやればいいのか。
体が震えた。今から思い起こしてみれば、あんな化け物を相手によく戦闘機なんて動かせたものだと。
あの時は必死だったのだ、ただ、目の前にいる者を助けなければと、その思いひとつで。
―あの時はああするしかなかった。
そうせざるを得ない状況だった。好むと好まざるとにかかわらず、戦闘が必要だったのだ。
―だけどミシェルは……違うんだな……。
ミハエルは生まれた時からあんな世界にいたのだ。今までどんな思いで戦闘機に乗ってきたのだろう。住む世界が違うと言った彼の静かな声が、耳について離れない。
片や歌舞伎界しか知らなかった男と、片や宇宙の戦闘しか知らされなかった男とでは、天と地ほどの開きがある。
この世界にあんな化け物がいたことよりも、ミハエルがそれを知っていて、それを排除するための機関にいたことの方がショックだった。
命の危険があるのかと問えば、それにはイエスとしか返ってこないはずで、それは応戦したアルトにもよく分かっている。
―アイツ、いつも……あんなっ……あんな世界にいたのかよ……!
それでも彼は、他のクラスメイトと何ら変わりなかった。いつだって笑って、怒って、たしなめて、なだめて、ほら何でもないことだろうと囁いてくれた。
その彼さえもが、こんな世界に巻き込まれなければいけないなんて。
「ミシェル……」
もっと他に考えなければいけない重要なことがあるのに、浮かんでくるのはこの同じ銀河に生きている彼のこと。
アルトは俯いて額を押さえた。その左手には、ついさっきまではまっていたリングがない。ふたつともアルトの手元にはあるけれど、ひとりではめていたって意味がない。
涙が溢れてきた。
裏切られたような気分になる。
「なんで……なんでミシェルは俺に好きだなんて……言ったんだ」
知らないままでいられたら、どんなに良かったことか。
ミハエルの気持ちも、自分の気持ちも、宇宙も、戦いも。こんなにミハエルを求める、胸の痛みも。
「なんだよ、一緒に生きるって……!」
空に憧れる気持ちは本当だ。
ミハエルを想う気持ちも本当だ。
だが彼は、守秘義務があると言って、船団の存続にかかわるような大事なことを話してくれなかった。それをミハエルの口から聞くならまだしも、実際はアルトが偶然居合わせたことによって、ただバレただけ。
その上、今さら指輪を取り上げられた。
一緒に生きていこうと言ったのに、納得なんかできるわけがない。
命が関わっていようと、住む世界が違っていようと、大切なのはお互いの気持ちじゃないのか!と歯を食いしばったところへ、聞こえてくる歌声。
アルトはハッと顔を上げた。
「……ランカ?」
その歌声の方へ走り、その少女を見下ろす。あんなことがあったにもかかわらず、少女は変わっていない。
「アルトくん!」
緑の髪の少女は、現れた自分の日常に、嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て思う。
―ああ……そっか。
あの時の自分の判断を後悔はしていないと。
たとえあの時、オズマの機体が救援に来ずに命を落としたとしても、あの時あの場にいた自分の行動を、否定するべきではない。
「日常って、こんなことでもないと実感しないもんだね。普段何気なく過ごしてるのに、あっけなく壊れちゃうもんなんだなって思うの」
朝起きてご飯を食べて学校に行って、友人と談笑して兄と喧嘩をして、いつのまにか仲直りして、そしておやすみなさい、繰り返し。
そんな当たり前の生活が、たったひとつのきっかけで壊れてしまうことがある。
「だから生きていられるうちに精一杯のことしなきゃって、思ったんだ」
「さっきの……歌か?」
「私ね、小さい頃のこと、なんにも覚えてないの。あの歌だけ、ずっと覚えてる」
オズマに聞いた、ランカの孤独。
自分が知っている彼女からは、そんなこと少しも感じられなくて、驚いたものだ。
「この歌だけ覚えてるってことは、何か大事な意味があるのかも知れない。アルトくんとか、ナナちゃんやミシェルくん、ルカくんたちに逢ったのだって、なにか大切な意味があったのかも」
ハ、と息を吐く。
いつだかアルトも、同じようなことを思わなかっただろうか。
「だから届けたいんだ、私の歌。私はここにいますって、もしかしたら待っててくれてる人が、いるかもしれないから」
空に惹かれたのは、何か意味があったのかもしれない。ミハエルに出逢ったのは、大事な意味があるのかもしれない。
あの時あの場所にいたことだって。
「ねえアルトくん、聞いてくれる? 私の歌」
「ああ、ランカ」
「ありがとう!」
少女は幸せそうに口唇を開く。ただそうすることが嬉しいと言うように。
アルトはその歌声に耳を傾けながら、リングのない左の薬指を、そっと見下ろした。
―ただ、そうすることが嬉しい、……か。
アルトは空を見上げる。夕焼けの赤い空に果てがあることは知っていたが、その空を飛びたいと思ってそうしたことを、忘れたわけではない。
空を飛ぶためにミハエルに出逢ったのか、ミハエルに出逢うために空に惹かれたのかは分からない。
口の端が、知らず緩む。
――――戦いの空でも、その先に本当の空が……アイツがいるなら、俺は……。
ぎゅうっと、手を握りしめる。
あの日VF-25のグリップを握った手を。
いつも人工の太陽にかざしていた手を。
ミハエルとつないだ手を。
リングがはまるべき、手を。
――――ミシェル……。
想って吐き出す息が、とても熱かった。
#ミハアル #両想い #ウェブ再録