華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.134
ミハアルウェブ再録 2011.10.23
#ミハアル #片想い #ウェブ再録
「アルトは本当にいい嫁さんになるよなあ」 芋の煮物を食ちに運んだミハエルが、もごもごと口を動かしなが…
ミハアルウェブ再録
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「アルトは本当にいい嫁さんになるよなあ」
芋の煮物を食ちに運んだミハエルが、もごもごと口を動かしながら呟いた。アルトに言わせれば行儀が悪いのだが、彼に悪びれた様子はない。
「今時手作りでこんなに凝ったもの作れる子って、そうそういないぞ」
「え、なんで? お前にいっつも弁当持ってくる女子たちの、あれ手作りじゃないのか?」
「いやあ、手作りを装ってはいるけど、あれは出来合いのもの買って詰めただけだろうな」
もちろんそんなことを言ったりはしないけどとミハエルは付け加える。だまされてやるのもデキる男の条件なのだろうか。
「そうなのか……俺はただ……家で仕込まれただけだからな」
「美味いよ、本当に」
素直な感想、と微笑まれて、アルトの心臓が跳ねる。
――――ん? なんだ、ドキッて?
それに気づいて首を傾げたが、理由はやっぱり探し出せなかった。
「なあお前、メシいっつもどうしてんだ? 確かバイト先の宿舎だって言ってただろ」
「時間が合えば食堂かな。結構仕事が不規則だからさ、コンビニでなんか買ってきたり、女の子と外食が多い」
女の子、という単語が余計だとアルトは思う。そんなこと訊いてないのにと視線を逸らして、今度はちくちくし出した心臓の痛みに首を傾げた。
「アルトはいつも、こうやって作ってんだよな。健康的でうらやましいよ」
「ん? なんなら作ってやるけど。食材お前モチで」
ふふんと笑うと、その時はいっぱい買い込んでくるよとかわされてしまう。
やっぱり人とのコミュニケーションに慣れているんだなあと思うと、自分の知らないミハエルを知っている誰かを想像してしまって、気分が沈む。
「なあアルト、確認するけどさ」
「あ?」
「ホンットに俺のこと好きじゃない?」
テーブルに肘をつきながら覗き込んでくるミハエルに、アルトは目をぱちぱちと瞬く。今日これで何度目だろうか。
「好きじゃないって」
「……そう」
受け答えにも慣れてきてしまって、怒ることさえ面倒になった。ミハエルはいったい、なにを望んでそう訊いてくるのだろうと考えて、ひとつだけ思い当たる。
「なんだよミハエル、お前、俺に惚れてほしいのかよ」
――――からかわれてばっかじゃ割に合わない!
アルトはふふんと口の端を上げる。
「…………いや? 別に。そういうわけじゃないけど」
なんだか変な間があった。それはお互いが気づいて、次の句につなげるタイミングを逃した。
――――えーと。違うんだよな?
――――今ほんと一瞬考えちまっただろ、バーカバーカ、あるわけねえ。
その不可解な間に少しだけ驚いたのはミハエルの方。
好意が存在するのなら、アルトの方からであるはずだ。ミハエル自身にも友人としてアルトと好意的に接している自覚はあるが、それ以上となると考えもつかなかった。
惚れていないか?
そう訊いている理由は、あまりにもアルトからのアクションが強いせい。
自分の方がどうこうというはずがない、のだと。
「あ、アルトお前さあ」
「なん、なんだよ」
ただの仮定が真実のようで、心が逸って言葉が詰まる。正面に座っているのに、視線を合わせたくなくてお互いにあさっての方向を向いた。
「そういう思わせぶりな発言とか、俺以外にするなよな」
「思わせぶりって」
「もっと知りたいとか、メール待ってたのにとか、ご飯食いに来いとか、そういうのだよっ! ああ、もちろんこれは俺が誤解するとかじゃなくてだな、お前っていう人間に慣れてないヤツらは簡単に誤解しちまうってことだ」
らしくなく早口でまくし立ててしまった。言い訳でもしているようだと思って、ミハエルは面白くなさそうに口を尖らせた。
「応えてもやれないのに、優しくすんのはダメなんだからな」
傷ついた女性をフォローしてやれる技量があればまた別なのだろうが、アルトにそれがあるとは思わない。実際、男友達である自分相手でもどぎまぎしているようでは、気配りができるはずもないのだ。
「じゃあ、たとえば、仮の話、万が一、……俺がお前に惚れちまったら、お前は俺から離れてくのか?」
「え?」
ミハエルは、アルトの静かな呟きに、ついていた頬杖から顎を上げて視線を移す。肩を落として俯いたアルトをそこに見つけ、イジメてしまったような気分に陥った。
「あっ、だ、だからもしもの話だ! 優しくすんのがダメだって言うなら、そうなったらお前、こんな風に接してくれなくなるんだろ」
沈黙の意味を悟ってか、アルトは慌てて手のひらを振って付け加えてくる。ミハエルは少しだけ考え込み、静かに返した。
「ああ……そうなるだろうな」
「……そっか」
仮定の話だ。だからそうなる時のことを考える必要なんてないのに、心臓が痛んだ。
「だったら俺、お前のこと絶対好きになんかならない」
このままでいたい。学校で逢って話して、一緒に飛んで、たまにこんな風に食事をしたり遊びに行ったり。
友人としての距離でいい。
「お前がなんと言おうと、惚れてなんかやらないからな!」
そう言って顔を上げたアルトに面食らって、ミハエルは思わず噴き出した。
「なんかそう頑なになられると、逆に惚れさせてみたくなるよな。距離が壊れるどうこうじゃなくてさ、ごめんやっぱ好きになっちゃったとか、バツの悪そうな顔見るの、面白そう」
ぎこちなかった空気がすうっと溶けていく。言葉だけで考えると、お互い罵りあっているようにも思えるのに、口許は笑っていた。
「面白いってなんだよ」
「言葉のまんま」
「お前なんか大嫌いだ」
「大好きの間違いだろ」
ふふんと笑うミハエルに、手元にあったのかクッションが飛んでくる。胸元で受け止めて、投げ返してやった。それは再びアルトから投げ返されて、また投げて、繰り返されてクッションは空気に踊るばかり。
「なにやってんだ俺ら」
「バカみたいだな」
やがて不毛さに気がついて、終息を迎える。
ミハエルはふと見上げた時計が指し示す時刻に気がついて、そろそろ帰るよと呟いた。
「あ、道分かるか? 結構入り組んでるし、大通りまで送ってこうか」
立ち上がったミハエルを振り仰いで、アルトも遅れて腰を上げる。
「いや、たぶん大丈夫だよ。迷ったらメールするし」
せっかくそういうこともメールしようと話がついているのだからと、ミハエルは携帯電話を掲げて揺らす。そう言えば、スタンダードとはいえ同じモデルの同色タイプなんだよなと、アルトは苦笑した。
――――別におそろいが嬉しいとか、こっ恥ずかしいとか、そういうんじゃないけど。
それでも口許が緩んでしまう。
「メシ美味かった、ごちそうさん。また作ってくれよな」
「あ、ああ、いつでもいいぞ」
昨日よりはずいぶん距離が縮んだように思う。仲間から友人へ、昇格したかのように。いつか親友と呼んでいい距離くらいにはなるかもしれない。
「なあ、明日も朝飛びにいく?」
「あー、多分ね。お前もいく?」
「んー、多分な」
曖昧な予定に、玄関先でふたりで笑う。きっと明日もロッカーではち合わせてしまうのだろう。
じゃあ、と呟きあって、ふたりの間にドアという隔たりができる。アルトは部屋の中で、カンカンカンと階段を下りていくミハエルの足音を聞いた。
音がなくなったと思った直後、居間の方で携帯電話が鳴り響く。メールの着信音のようだが、まさかもう迷って道が分からないとでもいうのだろうか。
受信したメールを慌てて開いてみると、
【さっき言い忘れた、おやすみアルト】
たったそれだけの、簡素な文。
それでもアルトは嬉しくてくすぐったくて、ふっと笑う。
【おやすみミハエル、また明日な】
こちらもそう簡潔に返して、今日決めたふたりのルールを初めて行使した。
メールはこれで終わり。なんだかもの寂しい気もするが、昨日よりずっとずっと穏やかに眠ることができるはず。
食器の片づけをしている最中、珍しく鼻歌なんか歌っていることを、アルト自身気がついてはいなかったことだろう。
#ミハアル #片想い #ウェブ再録