No.583

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情熱のブルー-027-

情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19

#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー

 その日以降、跡部の枕元にユキヒョウのぬいぐるみが置かれるようになった――というのを、氷帝のメンバー…

情熱のブルー,塚跡WEB再録

情熱のブルー-027-


 その日以降、跡部の枕元にユキヒョウのぬいぐるみが置かれるようになった――というのを、氷帝のメンバーたちが口にしていることで知った。
 まさか本当に枕元に置いて寝てくれているのかと、口許が緩むのを隠すのが大変だったけれども、「キングたるもの美しい獣の一匹や二匹引き連れているものだぜ」という跡部にまた愛しさが募ったことの方が重要だった。
 跡部を好きなのは変わらない。むしろ気持ちはよりいっそう強く深くなり、感情の大部分を占めている。
 だが跡部は友人で、ライバルだ。彼がそう思ってくれていることも知っている。だからこそ、この均衡は保たねばならない。
 胸に秘めて、隠し通して、生涯をやり過ごす。この想いが叶わなくとも、テニスというすべてを懸けるにふさわしい世界でつながっていられる。激しいばかりの想いではないと知った今、苦痛だとは思わない。
 キングたる彼の友人として、ライバルとして、常に高みを目指していこう。
 感情が不純だなどとは言わせない。まっすぐに向かっていくこの想いは、何よりも純粋だった。
 強くなりたい。誰にも負けないように、己に恥じないように。
 今日の入れ替え戦シャッフルマッチ、見知った高校生がいた。青学テニス部の元部長・大和だ。
 外見がかなり変わってはいたものの、憧れたその人のオーラは変わっていない。選抜に呼ばれるということは、まだテニスを続けていたのだとホッとした。
「手塚くん、全国大会優勝、おめでとうございます。部長として大変だったでしょう」
「ありがとうございます。メンバーに恵まれました」
 テニスは基本的に個人競技ではあるが、学校の大会となると団体の成績がものを言う。事実手塚は、真田に負けたのだ。できれば勝って優勝としたかったが、もう過ぎたことだ。
 今は、目の前の相手をどう打ち負かすかを考えるべきである。
「それはそうと」
 大和の瞳が、まっすぐに射貫いてくる。
 優しげではあるものの、逸らせない強さ。以前はレンズ越しだったが、それが取り払われたことでさらにすごみを増しているようだ。
「君はなぜこんなところにいるんですか?」
「なぜ、……とは」
「聞きましたよ、ドイツのプロチームから誘いを受けているそうじゃないですか。とっくにドイツに行ったものだと思っていました」
 思いも寄らぬ言葉に、体がわずかに強張った。
 いったいどこから聞きつけたのか、と眉が寄る。竜崎あたりからだろうか。卒業しても気にかけてもらえていたのだなと思うが、今はドイツ留学のことを考えていられない。目の前の対戦相手を倒すのみだ。
「選抜候補の一員としてベストを尽くすこと……今は、それしか考えていません」
「やれやれ、青学の柱の次は日本ジュニアの柱というわけですか」
 柱になれと言ったのは大和の方だ。もちろん、言われたからそうしたというだけでもないのだが、きっかけは間違いなく大和である。
 自分は柱として部をまとめ、全国制覇を果たした。勝者とは責任を負うものだ。
 今この中学生選抜をまとめ上げ、率いるのは自身の責任でもあると思っている。
 こういうところが傲慢だと言われる所以だろうか。だが、今このチームを上へと押し上げたいという気持ちは本当だ。
 そのために倒さねばならないというのなら、たとえ憧れた人であってもこの球で叩きのめさせてもらおう。
 大和の仕掛けた幻有夢現を破るために、手塚はファントムを発動する。編み出したあの頃よりは格段に自分のものにできている気がした。
 勝たなければいけないのだ。上に昇るために。腕の違和感も、今は薄い。
「手塚ァ、無茶するんじゃねえ! また腕を痛めたらどうする!」
 跡部の声が聞こえるけれど、聞いていられない。こうしてコートに立っている以上、全力で相手をするのが礼儀だ。
 そう気づかせたのは跡部なのに、止められたくない。
 ――――俺がやらなければ。
 それが上に立つ者の責任ではないのか。跡部ならば分かってくれると思っていた。同じように周りを引っ張ってきたあの男ならば。
「手塚ぁ!」
 心配と怒りと焦りがせめぎ合ったような声に、手塚は振り向いてしまう。視線の先には、不敵な笑みをたたえる跡部景吾がいた。
「柱ってヤツは、何もお前の専売特許じゃねえだろ、アーン? ちったぁ俺たちのことを――信用しろよ」
 目を見開いた。
 信用しろと跡部に言われたのはこれが初めてではない。
 だが以前は〝青学の連中を信じろ〟としか言っていなかった。今跡部は、跡部自身を含み周りを信じろと言ったのか。
 ――――跡部。
 足りないピースがようやく埋まったような感覚に襲われる。
 自分には、信じるという力が足りなかったように思うのだ。何もかもを一人でやろうとして、すべてを背負って、周りを引っ張っているつもりでその実なにもできていなかったのかもしれない。
 いつだか跡部にも言われた。青学の連中のためにやっているのかもしれないが、周りが見えていないと。まったくその通りだ。
 ――――跡部、お前は、いつも俺を……。
 自信に満ちた青の瞳が、包み込んでくれるようだ。手塚は大和に向き直る。
 頭の中を、これまでの出来事が走馬灯のように駆け巡った。
 テニス部に入部した日、柱になってもらうと言われた日、出場した試合、できた後輩、ランキング戦や地区大会、関東大会。
 そこで出逢った無二のライバル。
〝いいじゃねーか。お前には俺がいる。俺にはお前がいる〟
 リハビリに励んだ時間と、そのライバルと打ち合った日々。全国大会の試合。
 そしてこの選抜合宿。海堂にも、今できうる限りのことを教えた。越前も、これからもっともっと強くなるだろう。
 ――――そうだ。俺がするべきことは、すべて終わった。
 柱としての責務は、充分に果たしたはずだ。
 ぞくぞくと、背筋を何かが這い上がってくる。全身の毛穴が開いたような感覚を味わい、ぐっとラケットを握り直す。
「もっと、楽しませてもらってもいいですか――テニスを」
 自分が楽しむためのテニスなんて、どれくらいぶりだろう。
 跡部とでさえ、〝負けられない〟という意地が先立って、恋心に気づいた後は目に焼き付けることに意識が向いて、心の底から楽しめたことはなかったように思う。
 ボールを打つ。返す。また返ってくる。弾き飛ばす。
 たったそれだけのことに、心が躍る。
 楽しい。そう感じた瞬間、今まで見たことのない高みが見えた気がした。
 ――――越前、これが……お前の見ていた世界か。
 テニスが楽しい。自分のために握るラケットが、こんなに軽いなんて初めて知った。
 それを教えてくれたのは、大和と、跡部だ。
 自分自身のために、手塚は大和を打ち降した。
「ありがとうございました」
 大和と握手を交わして、心からの礼を告げる。
 これで二勝一敗だと、手塚は仲間の待つベンチへと向かった。
 だが途中、跡部の脚に阻まれた。これ以上は行かせないと仕切り壁についた足は、若干行儀が悪い。手塚はわずかに眉を寄せて、視線を跡部の顔まで上げた。
「――ドイツ、行きたいんだろ? アーン?」
 目を瞠った。
 どうして。
 どうしてこの男は、いつもいつも見透かしたようなことを言うのだろう。
 行きたい。
 今プロのチームから声をかけてもらっているのだから、この機会を逃したくない。だけど、するべきことがあった。するべきことがあると思っていた。
「行って、とっととプロになっておけ。俺もすぐに追いかける」
 心臓を撃ち抜かれたような気分だった。
 ――――跡部……!
 全身が、跡部の言葉に歓喜したのが分かる。
 背中を押してくれたばかりか、こともあろうに〝すぐに追いかける〟とは。
 それはこの上ない喜びで、唇が震えてしまうのを必死で抑えて、笑ったつもりだった。
「何も言うな手塚。このチームは俺様に任せておけ」
 強気な笑みで、跡部は両手を広げて他のメンバーたちを指す。手塚はゆっくりと頷いて、足を踏み出した。
「跡部、礼を言う」
 すれ違う時に、小さく呟いた。跡部にしか聞こえないように、本当に小さく、小さく囁いたその言葉は、ちゃんと聞こえただろうか。拳で軽く腰を叩いてくれたところをみるに、無事に届いたのだと口の端が上がった。
 ――――跡部、お前を信じている。俺は自分に……お前に恥じない俺になろう。
 背中を押してくれた跡部に仲間を託して、追いかけてきてもらえるような選手であろう。そう心に決めて、手塚はこの合宿を去ることになった。


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