華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.581
情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19
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入れ替え戦(シャッフルマッチ)とトレーニングをこなして、昼食を挟んでまたトレーニング。 厳しい鍛錬…
情熱のブルー,塚跡WEB再録
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入れ替え戦とトレーニングをこなして、昼食を挟んでまたトレーニング。
厳しい鍛錬ではあるが、インターバルとして自由時間も与えられており、この時間帯はおのおの好きに過ごしているようだ。
手塚は財布とスマートフォンを持ち、合宿所を後にする。いつもならば、自由時間にも自主トレに励んではいるのだが、今日は用事ができてしまった。
「あれ、手塚珍しいね。街の方に行くのかい?」
「ああ。少し……欲しいものがあってな」
「ふうん。ボクも一緒に行っていいかな。被写体探しもかねて」
不二は愛用のカメラを首から提げてそう続ける。詮索されそうで断りたくもあったが、訊ねたいこともある。手塚は「構わない」と返して、二人で歩き出した。
「不二。人がリラックスできる状態というのは、どういうものだろうか」
「うーん……過ごし慣れた空間とか、使い慣れたものがあるとかかな」
跡部のことを気にかけているのだと分かっているだろうに、不二は詮索してこなかった。からかっているわけではないといつだか言っていたのは本当なのだなと、ホッとする。
しかし、使い慣れたものの方がいいのかと眉が寄った。
今からしようとしていることは、跡部にしてみたら余計なことかもしれない。おかしな気を遣われるのは自分だって嫌なのだから、跡部だってそうなのではないか。眠れないとほんの少し愚痴をこぼしただけで、他校の友人でしかない手塚が気を遣うのは、余計にストレスになりはしないだろうか。
「ショッピングモール行くんでしょ、何か良さそうなものがあったらでいいんじゃない? 手のマッサージしてくれるヤツとか、ああそうだ、ホットアイマスクとかね、そういうのもリラックスにつながると思うよ」
「そういうものがあるのか。すまない、礼を言う」
自分が使わないものだと本当に疎い。テニス関連ならすぐに浮かぶのに、それ以外はさっぱりだ。
自分がここまで不器用な人間だとは思っていなかった。跡部を好きにならなければ、気づかなかった部分だ。これを機に少しくらい改善できればと、前向きに考える。
ショッピングモールに到着して、不二に案内を頼み雑貨屋へと向かった。男女比は女性の方が多いが、地元の子らしき同じ年頃の集団もいてホッとする。
店に入ってすぐ、小さなサボテンが目に入った。
「不二、これ」
「え? あ、入荷したんだ。この前来た時なかったんだよね。よかった、買っていこう」
不二も楽しそうに店内を見回っていて、なるほど癒やし効果というのは確かにあるのだなと手塚は思った。
しかし跡部に贈るとなると、何をやればいいのかさっぱり分からない。ふわふわのタオルというのも味気ないし、マグカップなども愛用のものがあるだろう。そもそもリラックスできるものを探しにきたのだから、少し的外れだ。
「これは……」
手塚はあるコーナーでふと立ち止まる。薔薇のような香りがしたせいだろうか。
柔らかな香りに胸の辺りがじんわりと暖かくなる。傍のポップにはアロマでリラックスと書いてあった。
いい香りだなとじっと凝視し、手に取ってみる。どうも焚くと良い香りの煙が出てくるらしいと知り、いろいろな香りがあるのだなと陳列棚を順に見やる。確かにこのコーナーを通るだけで良い香りが鼻を通り、気分も良くなるように思った。
「手塚、アロマはルームメイトに気を遣わなきゃいけないよ。自分だけの部屋ならいいだろうけど」
決めてしまおうかと思っていた時、店を廻ってきたらしい不二が声をかけてきた。
「そうなのか」
「苦手な香りってのもあるしね。寮ではちょっと難しいんじゃないかな」
「なるほど。では他のものにしておくか」
助かったと商品を棚に戻し、店を変えてみようとモール内を練り歩くことにする。
跡部に何がいいか訊いてくれば良かったなとも思うが、あの男が素直に欲しいものを告げてくるとは思えない。そもそも欲しければ自分で手に入れるぜとでも言いそうだ。それはそれで跡部らしくていいが、こんな時は本当に困る。
「彼なら、何でも喜んで受け取ってくれるんじゃないかな。君が選んだものなら余計にさ。跡部って手塚のことすごく意識してるし。……ああ、なんていうかその、そういう意味じゃなくて」
「……プレイヤーとして一目置かれているのは理解している」
「だろうね、あからさまだから。……しんどい? 手塚」
隣を歩く不二は、純粋に心配してくれているようだ。手塚は数秒だけ不二に視線をやり、そして正面に戻す。
「いや。アイツに対する感情は俺が勝手に抱いたものだ。そう思うくらいなら、とうに止めている」
つらくないと言ったら嘘になるのだろうが、跡部景吾と同じ世界にいるという事実は、思いのほか手塚を救い上げてくれている。
道が少しも重ならない世界ならば嘆いたかもしれないが、自覚しているように跡部にとって自分は気にかけるべきプレイヤーでいられている。
ほんのわずかな時間でも、彼の思考の中にいられればそれでいい。
その反面、自分のものにしてしまいたいという凶悪な感情もある。
触れたい欲求を必死で抑えることの方が、しんどいといえばしんどい。そもそも自分の中にこんな欲望があるなんて思わなかったのだ。手塚は、思い起こしてしまったその欲を払うように、ふうーと息を吐いた。
その時、ふと目になじむ青が横切ったような気がして立ち止まる。
その青の正体は、瞳だった。ただし、人のものではなく人工的なものではあるのだが。
陳列棚に、山みたいに積まれた、ふわ、もふ。
――――………………跡部に似ている……。
それは、寝そべった格好のぬいぐるみ。
白い体に、長いしっぽ。頭には可愛らしい耳がついていて、なんとも撫で甲斐がありそうだ。
――――猫、……か? ……猫だな。
そのぬいぐるみの瞳は、跡部の瞳と同じ色をしている。跡部の瞳の色の方が深くて好みだが、今はそこを議題にするべきではない。
手塚は棚にそっと歩み寄り、手を伸ばしてみる。
見た目でも感じていたが、毛並みが良く触り心地が良い。ふわふわとしていて、柔らかすぎず、硬すぎず。
そっと持ち上げてみると、少し大きいように思うが、圧迫感があるほどでもない。両手に乗るくらいだ。
たらりと垂れるしっぽや、手……いや足の付け根の感触を確かめる。あまり小動物と戯れたことはないが、可愛らしいなと思った。
「……………………いいんじゃないの、それでも」
「そうか」
抑揚のない声が耳に入るが、どういう感情からなのかは分からない。止めておけと言われないなら、別にいいのだろうと解釈した。これならベッドに置いても邪魔にならないだろうし、同室者に気を遣う必要もない。
棚を見てみれば他に犬や熊もあったが、やはり最初に目に入った物の方が印象に深い。直感とでも言うべきだろうか。手塚はその〝猫〟のぬいぐるみを腕に抱き、レジへと向かっていった。
「プレゼント用ですか? ラッピングいたしましょうか」
「いえ、そのままで構いません」
値段のついたタグだけ取ってもらい、店の袋に入れてもらう。自分用だと思われただろうかと視線を泳がせたが、ラッピングなど仰々しいことをされても困る。跡部が驚いてしまうだろう。
さらに、「そんなガラじゃねえだろ」と笑われそうだ。いや、誰かにこんなものを贈るということ自体がガラではないのだが、これで少しでも落ち着けるといい。
「手塚って時々やることが突拍子もないね」
店の外で不二が楽しそうな顔をして待っていた。否定はできないが、肯定もしたくない。その後本屋に寄り、モールを出ようとしたところで「相談に乗ってあげたんだから」とリンゴジュースを奢らされた。ついてきただけだろうがとは言ったが、アドバイスをしてくれたのは事実だ。なんだかんだで感謝はしている。「美味しい」と言いながらジュースをすする男も、なかなかどうしてしたたかなものだと思った。
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