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情熱のブルー-032-

情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19

#塚跡 #片想い #未来設定 #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー

 インタビューが終わって、ありがとうございましたという記者の声が聞こえる。手塚は目蓋を伏せ、持ち上げ…

情熱のブルー,塚跡WEB再録

情熱のブルー-032-

 インタビューが終わって、ありがとうございましたという記者の声が聞こえる。手塚は目蓋を伏せ、持ち上げて跡部を見やった。
「ったく、試合してる方がいくらか楽だな……」
「それは同意する」
 暴かれてしまった恋心を、跡部は今後どうするのだろう。手塚がけしかけたように相手に想いを告げるかもしれない。隠したまま他に目を向ける可能性だってある。
 跡部が恋を実らせるのが先か、それとも手塚がケリをつけるのが先か。
 ――――跡部、決着をつけようぜ。
 どちらの決着が先か、勝負だ。勝手にそう決めて、手塚は一つの決意をした。
「お前らこの後空いてんのか? 何か食いに行くかよ」
「いいッスね。部長も行くでしょ?」
 訊ねておきながら、越前は有無を言わさず腕をぐいと引っ張ってくる。断る隙がまったくなかった。
「先に下行ってるんで。俺、和食が食いたいッス」
「ああ、いいな。手塚も和食の方がいいだろ。寿司が美味いとこ連れてってやる」
 日本食は久しく口にしていない。加えて、跡部が言うのなら味や品質に間違いはないだろう。現金なもので、失恋の痛みは共に過ごせるという喜びで塗り替えられてしまった。
「…………悪くないな」
 ガッツポーズをする越前に引っ張られ、手塚はエレベーターに乗り込んだ。跡部は少し仕事のメールを確認してくるらしい。越前はスマートフォンでどこかに電話をしていて、口調や言葉からして〝恋人〟だろうと受け取れた。
 エントランスホールに着き、跡部を待つ。
「越前、彼女の方はいいのか?」
「今連絡したんで。ゆっくりしてきてってさ、お土産買っていこ」
 越前らしからぬ柔らかな表情は、見慣れていないせいかひどく違和感を覚える。テニスと恋と、どうやって両立しているのだろうと、不思議にも思った。
「……跡部さんに、あんなにベタ惚れの人がいるとは思わなかった。十年て、長いッスね」
 気まずそうに口にされたそれに、手塚は頷く。
「ずっと想っているというのは驚いたな。だが、情熱的で跡部らしいとも思う」
「あの人見た目がああだから、女遊びとか慣れてそうなのにね。あれで純情一直線とか、ギャップがすごい。……部長なら分かるっすけど」
 暗に、手塚もずっと一人の人だけを想っている純情な情熱家だと言っているのだろう。テニス部で生真面目なプレイを観ていたせいでそう思うのか、跡部に感じたようなギャップはないらしい。
「……越前」
「心配しなくても、言ったりしないッスよ。応援くらいならいいでしょ」
 ハッキリと言われたわけではないが、気づかれている恋情のことは口にしないでほしい。今日ようやく、決着をつけようと思えたところなのだから。
「ねえ、部長はさ――」
 越前が何かを言いかけたところで、跡部が降りてきた。
「待たせたな」
 遮られた言葉を越前はもう言うつもりがないらしく、肩を竦めて跡部を振り向いている。つられて手塚も跡部を振り向いたが、この期に及んで高鳴る心臓をどうにもできない。
「跡部さん、腹減った」
「おう、じゃあ行くか。越前、お前もう酒飲めるよな?」
「年齢的にはね。でも、あんまり飲んだことない」
「それなら軽く祝杯といこうじゃねーの。なあ、手塚、少しくらいいいだろ」
「……まあ、少しならな」
 三人とも体が資本のプレイヤーだ、そこら辺はわきまえている。店に着いたら、酒が入る前に少し話をしてみようと、跡部の後ろについて歩いた。
 跡部が美味いと言うように、味も質も申し分ない寿司屋だった。英国でこのレベルなら、さぞや人気の店なのだろう。かわむら寿司が食べたくなったなと、懐かしい思い出に想いを馳せる。
「日本酒か、跡部。珍しいな」
「最近、ちょっとな。甘口だし飲みやすいぜ」
「跡部さん、俺にも」
 熱燗の日本酒を、杯に注いでもらう。跡部が越前に注いだ後、手塚は徳利を分捕って促した。杯を持ち上げた跡部に「お疲れ様」と言いながら注いでやる。
 三人そろって、杯を掲げた。
「美味いな」
「飲みやすいっすね」
「だろ」
 酒が入る前にと思ったが、これくらいなら酔っているとは言えないだろう。えんがわを一つ食し、手塚は二人を見やった。
「跡部、越前。ウィンブルドン、次は俺が優勝カップをもらう。覚えておいてくれ」
「アーン? テメェ終わった早々勝利宣言とは、いい度胸してやがんな」
「ちょっと待って、勝つのは俺ッスよ」
「いや、今回ばかりは譲る気はない。お前たちがどう思おうと関係ないな」
 手塚は今日、決めた。次のウィンブルドンにすべてを懸けようと。
 次の開催まで時間が空く。鍛錬の時間が欲しいというのもあるが、どうしてもウィンブルドンがいい。決着をつけようと思ったこの国で、跡部が幼少期を過ごしたこの国で、その栄光をつかみ取りたい。
 テニスに恋情など持ち込むなと言われそうだが、手塚国光にとって跡部景吾はそうするに値する人物なのだ。
 すべてを懸けてきたテニス。
 青春のすべてを捧げてきたひとつの恋。
 これが最後になってもいい。胸を張って好きだと言いたい。
 ――――そうだ、俺はあの日、お前に恥じない俺でいようと思った。必ず勝ち取ってみせる。そうしたら、この胸の内をお前に告げよう。
 最初で、きっと最後の恋になる。跡部に背負わせるには重いかもしれないが、知っていてほしい。想い人がいると知ってなお恋情を募らせる愚かな男がいることを。
「本気か、手塚」
「当然だ」
「フッ、上等じゃねーの。受けて立つぜ!」
「もちろん、俺も手加減なんかしないッスよ」
 言いながら、三人で杯を合わせる。大胆な宣戦布告だったが、越前も跡部も、楽しそうに口の端を上げている。もとより勝負が好きな二人だ、全力でぶつかってくるだろう。こちらも同じだけの熱量で迎え撃つだけだ。それを思うと、楽しくてしょうがない。
 宣戦布告がぶつかり合った後でも、何のわだかまりもなく寿司に手をつける気安さが心地良くて、思った以上に注文をしてしまった。
 誘ったのはこっちなんだからと支払いを持ちたがる跡部に眉を寄せ、せめて俺とお前とでだろうと押し問答する。
 結局は押し勝って、無事に支払いを終えた。越前はちゃっかりと甘えたようだが、後輩に奢るのは苦痛ではないし、これ以上跡部に借りを作りたくもなかった。
「しばらくは時間が取れないな」
「お互いにな。まーた新しい技とか編み出してくんだろ、お前は」
「そうしたいものだ」
「ククッ、じゃあな手塚。次のウィンブルドン、楽しみにしてるぜ」
「勝つのは俺だけどね」
「いや、俺は負けない」
「アーン? 勝つのは俺様だぜ」
 そんなことを言い合いながら、二人と別れた。やはり酒は控えれば良かったと思う。今、テニスがしたい。湧き上がるこの闘志をどうにかしたいけれども、考えていたより酒を入れてしまった。
 明日だな、と満天の星を見上げる。跡部の一途な想いを知った夜の空は、いやみたらしいほどに美しかった。



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