華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.587
情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19
#塚跡 #片想い #未来設定 #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー
「あ、あの、では跡部選手はいかがでしょう? 女性に絶大な人気を誇っていますが、恋人やすでに婚約者がい…
情熱のブルー,塚跡WEB再録
favorite いいね ありがとうございます! 2023.03.19 No.587
ありがとうございます!
次のページ >> / / << 前のページ
初期表示に戻る
「あ、あの、では跡部選手はいかがでしょう? 女性に絶大な人気を誇っていますが、恋人やすでに婚約者がいらっしゃったり……!」
越前の特ダネに気が大きくなった記者の言葉に、びくりと体が強張った。
――――跡部、に。
今まで考えたことがなかったわけではないが、本人からその手の話を聞いたことはない。特定の親しい相手がいるということを匂わされたこともない。もっとも、そういうことを話す相手として認識されていないだけかもしれないが。
多忙な身とはいえ、跡部ほどのステータスを持つ男に、女性が言い寄ってこないわけがない。それでなくても財閥の御曹司なのだ、記者が言うように昔からの婚約者がいる可能性だってある。
あるが、聞きたくはない。できれば耳を塞ぎたいが、できやしなかった。
「いえ、そういう相手はいませんよ」
跡部の声が、すうっと耳の中に入り込んでくる。金縛りが解けたかのように軽くなった。
「え、そうなんスか?」
越前もまさかいないとは思っていなかったらしく、驚いている。
しかしやはり、世間の目はそうなのだ。跡部に、恋人がいないわけがないと。
手塚はゆっくりと跡部を見やった。
――――いない……? のか? 馬鹿なことを言うな。
いなくてホッとしたが、いないならいないで腹立たしくなってくる。まさか周りが跡部景吾の魅力に気づかないわけもないし、早いところ身を固めてくれないかとも思う。
「俺が誰か一人の女のものになるわけにはいかねーじゃねーの」
そんなことを思っていたら、これだ。
中学時代から彼の人気は目を瞠るものがあったが、それを自覚して誰のものにもなろうとしていなかったというのか。
「……跡部さんも昔っから変わらないッスよね」
「少しは真面目に答えたらどうだ、跡部……」
どちらにしろこの恋が叶うことはないが、誰のものにもならない彼の傍で何でもないような顔をしているのは、ほんの少し、つらい。
「なんだよ。俺様はいたって真面目だぜ」
「跡部さんて、恋したことないんスか。誰かを可愛いと思ったり、綺麗と思ったり、そーいうのもないわけ?」
「なんだテメェ、馬鹿にしてんのか?」
「いやそういうわけじゃなくて、純粋な疑問。初恋も、まだ……?」
越前は何を言い出すんだ、と手塚は組んだ腕に力を込める。
跡部の恋の遍歴など聞きたくはない。跡部に恋人がいないのもおかしいと思いながら、恋の話など聞きたくないとも思う。この矛盾はどうやって昇華すればいいのだろうか。
「いや、そりゃ、恋くらい、したことあるけどよ……」
言いづらそうに言葉にされた事実は、少なからず衝撃だった。誰のものにもならないと言いつつ、恋は知っているのかと。
どんな恋だったのだろう。それは実らなかったのだろうかと、同情する気持ちと喜ぶ思いがごちゃ混ぜになった。
「なんだ、あるんだ。でも付き合ってないってことは、フラれたんスか。今はフリーなんでしょ?」
「フラれてねえ! つか言うつもりもねえんっ……!」
越前が「え?」と声を上げたのと同時に、手塚の体が凍りついた。
〝言うつもりもない〟ということは、これは、つまり。
「もしかして跡部選手、今まさに恋をしていらっしゃる?」
そういう、こと、なのだろう。
ドクンドクンと心臓が嫌な音を立てた。端の椅子で、越前が気まずそうに「あー……」と声を上げている。
「あー、えーと…………まあ、今、というか……ずっと、というか」
ややあって、観念したような跡部の答えが耳に入ってくる。手塚は目を細め、ゆっくりと呼吸した。
おかしなことではない。
カタブツと言われている自分でさえ恋をしているのだ、跡部が恋のひとつやふたつしていても、なんの不思議もない。
「笑われるかもしれませんが、初恋の人が忘れられなくて。ほぼ十年、ずっとこじらせたままなんですよ」
跡部は困ったように笑っている。十年と言葉にしてみれば短いかもしれないが、そんなにもの期間想い続けているというのは、ひどく長い時間に感じないだろうか。
「その人への想いを塗り替えてくれるような相手が現れればいいんですけど」
――――十年か……つまり、中学に上がる頃ということだな……。
初恋が特別なものだというのは、手塚もよく分かる。事実手塚も、ほぼ十年ほど同じ人物を想い続けているのだ。
長いこと時間をともにしてきたが、跡部景吾がこんなにも一途な男だったなんて初めて知った。
いや、知っていた気がする。テニスに懸ける想いは、一途で貪欲だ。跡部景吾は恋にも一途で全力だというだけである。
「あの、ちなみにお相手はどんな方なんですか? 跡部選手をそこまで虜にする人物とはいったい……!」
「どんな……」
そこまで訊いてやるなと思いつつ少し記者を睨みつけると、途中で頬を赤らめた跡部が目に入る。手塚は驚き、不謹慎にも胸を高鳴らせる。滑稽だ。誰か他の相手を想って頬を染める男にときめくなんて。
「うわ、跡部さんが赤くなったのなんて初めて見たッス……」
「うるせぇぞ越前っ……。いや、そうですね……。俺にとっては誰よりも美しくて、強い人……だと思います。すみません、これくらいで勘弁してくれませんかね」
「じっ、充分です、ありがとうございます!」
手塚は、そっと目蓋を伏せる。跡部の声がわずかに震えていたように感じたのは、気のせいではないだろう。それほどまでに、相手のことを想っているらしい。十年の想いではそれも仕方ないが、と腕を強く握りしめた。
叶わないと分かっていながらも、どこかで夢を見ていた自分に気がつかされる。そんなに一途に想う人がいるのならば、もう天地がひっくり返ってもこの恋が成就することはないのだと、改めて失恋を味わった。
「……なぜ、想いを告げないんだ? 跡部。お前ほどの男ならば、好きだと言われて相手も悪い気はしないだろう」
びくりと、跡部の肩が揺れる。恨みがましげに睨みつけられて、余計なことを言ったのだと気づくがもう遅い。
「そう思わねえ人間だっているだろうが」
「言ってみなければ分からないだろう。お前らしくないな」
「他人事だと思って勝手なこと言ってんじゃねーぞ手塚ァ」
跡部はそう言うが、手塚にとっては他人事などではない。
純粋に、跡部の恋が叶ってほしいという思いと、さっさと告げて実らせてこいという気持ち、それでも叶わないのならばそこで初めて嘆けという身勝手な感情。
跡部がその想いにケリをつけてくれなければ、こちらの想いもずっと宙ぶらりんだ。
じっと跡部を見つめる。睨み返される。
「部長、跡部さんイジメるのはそれくらいにしといた方がいいんじゃないスか」
手塚はハッとしてその視線を断ち切った。こともあろうに越前に諫められるとは。八つ当たりだなと理解して、己の不甲斐なさに嫌気がさした。跡部にしてみたら理不尽なものだろう。
「別に悪意があったわけではない。それに……その想いを塗り替えるような相手と言っていたが、替える必要はないだろう」
「あぁ?」
「跡部がその人を想っている事実は変えようがないのだろう? ならばその上で、他にも目を向けたらいいと言っているんだ」
「精神的に二股じゃねーの」
「そういうことを言いたいんじゃない。その想いごと受け入れてくれる相手が見つかるといいな」
もし許されるなら、自分が全部包み込んでみせるものを。
たった今八つ当たりのようにけしかけておいて何を言うのか。だが、本音でもある。跡部が誰を想っていても、この気持ちは変わらない。
「ああハイハイ、ありがとよ。っていうか、そういうてめぇはどうなんだよ手塚ァ。浮いた噂の一つもねぇじゃねーか」
仕返しのつもりなのか、話をこちらに振ってくる。
浮いた噂がないのは当然だ。手塚も今まさに初恋の真っ最中、左隣に座る男に惚れ抜いているのだから、他に目など向くわけもない。
そこまで思って、自分勝手だなと唇を引き結ぶ。跡部にはなぜ告げないのだと訊ねておいて、自分自身もこの恋を告げられないというのは、卑怯ではないだろうか。
言わなくても答えは分かり切っているが、だからといって跡部が大事にしているその人への想いを、軽々しくけしかけていいはずがない。また周りが見えなくなるところだった。
「今は――そういうことは考えないようにしている。テニスのことだけ考えていたい」
テニスのことだけなどとは聞いて呆れる。跡部が傍にいない時は確かにテニスのことしか考えていないが、傍にいると途端にこれなのに。
だが、もういい加減にケリをつける時なのだろうか。たとえ跡部が他に目を向けたとしても、どうしたって自分は対象外だ。跡部にケリをつけてほしいと願うのならば、まずは自分がそうするべきだろう。
「手塚選手は本当にストイックというか……それがたまらないという女性ファンが、多くいるんですよね」
「コイツ中学の頃からまったく変わってないんですよね。同じこと言ってやがる」
「タイプだけでも教えていただけませんか?」
引き下がらない記者には辟易としながらも、カタブツめと呆れ果てている跡部に視線をやる。タイプもなにも、考えたことがない。跡部景吾以外の誰かのことを。
「…………何事にも一生懸命な人には、惹かれます」
跡部の言葉を借りるのならば、誰よりも美しくて強い人だ。
好みは同じなのだろうかと妙な共通点に嬉しくなってしまったが、想いが向かう先は別の場所だ。
#塚跡 #片想い #未来設定 #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー