華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.564
情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19
#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー
このまま会話を終えて別れるしかないだろうか。つい先ほど、テニスがしたいと強く思った。対等な相手と、…
情熱のブルー,塚跡WEB再録
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このまま会話を終えて別れるしかないだろうか。つい先ほど、テニスがしたいと強く思った。対等な相手と、ボールを交わしたい。
目の前の男は、この欲に応えてくれるだろうか。
手塚は俯いて、たった今連絡先を登録したスマートフォンを見下ろす。
いつでも連絡が取れる状態にはなったけれど、跡部にも予定というものがあるだろう。今この機会を逃したら、ずっと重ならないかもしれない。
そもそも、申し出を受け入れてくれるかどうか分からない。肩のことを気にして、無理だと言われるかもしれない。できたとしても、手加減をされる可能性は高い。
「手塚?」
「先ほど……力になれることがあるならと言ったな。なんでもいいのか?」
俯いて黙りこくった手塚を怪訝に思ったのか、跡部が声をかけてくる。訊ねれば、どこかホッとしたような表情に変わった。力になれることがあるのかと安心したようだ。
「ああ、こっちでのリハビリ施設でも見繕ってやるか? それともジムの方がいいか。体力もちょっと落ちてんだろ。英気を養いたいってんなら、俺が最高のプランを考えてやろうじゃねーの」
生来世話好きなのか、生き生きとした声で提案をしてくる。どれも手塚の望みからすれば的外れなものだが、気遣いは嬉しく思った。
「いや、そういうことではなく……」
「なんだよ、俺様が叶えられないことがあると思ってやがんのか?」
「本来なら、頼むようなことではないと思う。望まないかもしれない相手に言って叶えたところで、それが本当に叶ったと言えるのかどうか」
「おい、俺様に哲学でも説きたいってんじゃなきゃ、さっさと言え手塚。まどろっこしい」
呆れたように跡部が息を吐く。手塚は意を決して、跡部をじっと見つめた。
そうして、あの日からずっと、焦がれている思いを音にした。
「俺はまたお前とテニスがしたい」
跡部が目を瞠るのを至近距離で見つめる。その青の瞳はあの日と何も変わっていなくて安堵した。
「……俺と?」
やはり戸惑ってはいるようだが、搦め捕るような深さは同じだ。そうだ、この瞳が見たかった。ネット越しでしか見られなかったその青が、今傍にあることが、手塚の胸に火を落とす。
「ああ、お前とだ。公式戦でなくても構わない。時間の都合がつけば、今からでもいいんだが」
「……頭沸いてんのか?」
「いや、沸いてはいない」
思考は正常だ。そんなふうに言われるほどおかしなことを言ったのだろうか。
跡部が、困惑と憤りを込めて一歩踏み出してくる。
触れてしまえそうな距離だが、跡部はいつもこんな距離で他人と言葉を交わすのかと、妙なところに思考が向かう。
それでも、跡部とテニスがしたいという思いは変わらない。
「どこの世界に! 怪我のきっかけになった相手とうきうきゲームしたがるヤツがいるんだよ!」
「なるほど。ならば世界初かもしれんな。うきうきというよりはうずうずだが」
跡部が何に困惑して、憤っているのか理解した。気にしないでいてやると言いつつも気にしているようで、まだ素直に受け入れられないのか。今の肩の状態を知らない――というより、あの日肩を痛めた時の様子をいちばん間近で見ていたせいなのだろう。
逆の立場であれば、手塚も跡部と同じだっただろうなと思うが、怪我のせいでテニスができないとは思わせたくない。
やはり、跡部とだからこそ今ボールを交わすべきだと感じた。
「……俺とお前は準々決勝で当たるだろうが」
敵同士だと跡部は眉を寄せる。データでも盗むつもりじゃないだろうなと疑う言葉を突きつけられて、その発想はなかったなと新鮮な気持ちだった。
乾であれば確実にデータを取るのだろうが、跡部とプレイしながらデータを取るなど、そんな余裕があるとは思えない。それに、プレイデータを晒すのはお互い様だ。リスクは同等である。
そう説いたら、「誰がデータなんか取らせるかよ」としたたかに跳ね返される。その根拠と自信はどこからくるのだろう。いっそ心地良いほどのプライドだ。
「ならば問題ないだろう。お前が……俺とはやりたくないというのなら、仕方ないが」
データの搾取が問題でないのならば、あと拒まれる理由はひとつだ。「お前とやると負けるの分かってるから」などと言って対戦してもらえないことが、今までに何度かあった。
跡部がそんな弱気なことを言うところは想像できないが、好まないプレイスタイルというのもあるだろう。
事実、手塚だって跡部のプレイスタイルはあの日まで好きではなかったのだ。跡部にとっての手塚のプレイがそれに当たれば、この先ボールを交わすのは難しくなる。
「いや、そんなわけねえだろ。どこからそんな発想出てくるんだよ、アーン?」
思考をむしばみ始めたそれは即座に否定された。
「俺はお前のプレイ好きだぜ」
否定されたどころか、逆に好きだと言われた。あまりに明け透けな言葉に面くらい、心臓がトクンと音を立てる。
外国での暮らしが長かったと聞いたことがあるが、そのせいなのだろうか。
「予想外に強引で傲慢なアレを打ち負かすのを想像すると楽しいな」
ふふんと楽しそうに鼻を鳴らす様子に、手塚は目をぱちぱちと瞬いた。自身が勝つことを前提にされたのもそうだが、強引で傲慢と表現されたことに驚く。
「傲慢……そんなことは初めて言われたな」
強引だというのは分かる気がする。いつの間にか手塚ゾーンなどと名付けられた技は、ボールの回転を利用してすべて自分のところに返ってくるよう打つからだ。相手の打ちたかった軌道を強引に変えるそれは、そう言われても仕方がない。しかし、傲慢というのはどういうことだろう。
「そうかよ? でもまあ、頂点に立つものには必要な要素だろう。自分は周りを引っ張っていくべき立場、自分にしかできないっていう自信は、プレイにも現れる。褒めてるつもりはねえが、貶したわけでもねえんだぜ」
氷帝学園テニス部の二百余名を率いている跡部が言うのは、さすがにリアルだ。元々のカリスマ性に加え、その自信に満ちたプレイで周りを引っ張ってきたのだろう。強引に、傲慢に。それを褒めたわけでも貶したわけでもないというのは、自身に向けたものでもあるのかもしれない。
改めて、すごい男だと思った。本当に同い年なのだろうかと疑いたくなるほどだ。
だが、あの日知った情熱に、歳など関係ない。
強引な情熱。傲慢なほどの自信。交錯した視線の強さは、背筋を震わせた。
手塚はぐっと拳を握る。
「跡部、やはり今からテニスがしたい」
「……俺様は制服なんだが」
「何でもいいと言ったな?」
火を付けたのは跡部だ。ラケットやウェアなどどうにでもなる。使い慣れたものでないと本来の力が発揮できないと言うのなら、それをそろえてからでも構わない。次の機会など待っていられないと強く見返せば、跡部の瞳には戸惑いも躊躇いも見受けられない。あの日と同じ強さで見つめ返されて、胸が熱くなった。
「……近くのコート、屋内でもいいか」
「ああ、構わない」
頷けば、跡部はどこかに電話をかけ始めた。屋内だろうが屋外だろうが、コートがあればどこでもいい。
そうは言ったが、まさかコートを借り切るとは思っていなくて、彼が財閥の御曹司だということをすっかり忘れていた。
「何も貸し切りにしなくとも……お前が跡部だということを忘れていた」
「ハ、テメェが万が一肩の怪我で無様なプレイしてもギャラリーに見られないようにっていう、俺様の配慮だぜ。感謝しな」
「余計な世話だが」
「冗談だ」
意地悪く片眉を上げる跡部に、手塚は眉を寄せる。本当に余計な世話だ。
そんなプレイしかできない状態で戻ってきたわけではないのだと続けようとしたが、じっと前を見据えながら跡部がぼそりと呟いた言葉に、そんな抗議は飲み込まれていく。
「邪魔されたくねえ」
跡部は音にしたつもりはなかったかもしれない。誰にも聞こえないように呟いただけだったかもしれない。
だが手塚の耳には届いてしまった。
邪魔をされたくないと思うほど、力を入れるつもりらしい。それは嬉しくて、胸のあたりがむずがゆい。
「……俺の肩のことは気にするなと言ったが、お前に貸しができたのだとでも思えば、なかなか愉快だな、跡部」
それを誤魔化すように返してみれば、当然面白くなさそうに跡部が振り返る。
「アァン!?」
「冗談だ」
先ほどの跡部を真似てそう呟いたら、彼は引きつったような笑みを浮かべた。
「テメェ、いい性格してるじゃねーの」
「褒め言葉か?」
「褒めてねーが!? まさかこういうヤツだったとはな……読み切れなかったぜ……」
冗談を冗談で返してくるような男だとは思っていなかったのだろう。指先で額を押さえ睨みつけてくるが、手塚には心地よさだけが残る。
予想外だったのは恐らくお互い様なのだ。手塚は跡部景吾をこんなに真摯な男だとは思っていなかった。跡部は手塚国光がこんなに強引な男だとは思っていなかった。
「まぁいい。おら、行くぞ手塚ぁ」
「ああ、楽しみだ」
まだ知らない面がたくさんあるのだろう。ボールを交わす間に、もう少し知ることができるかもしれないと、手塚は珍しくそわそわとした足取りで跡部の隣を歩いた。
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