No.563

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情熱のブルー-007-

情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19

#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー

「それで、話とは?」「…………肩、どうなんだ」 触れられるくらいの位置にまできて、手塚は促す。眉間に…

情熱のブルー,塚跡WEB再録

情熱のブルー-007-

「それで、話とは?」
「…………肩、どうなんだ」
 触れられるくらいの位置にまできて、手塚は促す。眉間にしわを寄せて、跡部が口を開いた。視線は左肩に向かってきていて、まあそこは気になるだろうなと軽く頷く。
「治療は終わった。もともとそんなにひどいものでもなかったのでな」
「どの口が言いやがる。俺様にあんな姿さらしておいて」
 目を背け舌を打つ跡部に、ぐっと言葉につまる。彼の前で膝をついてしまったことは、悔しくてしょうがない。だが、事実は事実として受け止めなければと、コクリと唾を飲んだ。
「本当のことだ。どうも、心の方が重症だったようだが……イップスも克服してきた」
 そう告げれば、跡部がわずかに目を瞠ったようだった。お前ほどの男でもイップスに陥るのかとでも言いたげだ。
 良い経験ができたとは思っている。自分の中の弱さを理解できた。世間に言われるほど強くはないと思うのだが、跡部がそれだけ評価してくれているのかと考えると、胸のあたりがくすぐったい。
 だが、次の瞬間手塚は目を瞠った。跡部がすっと頭を下げてきたせいだ。
「悪かった」
 一瞬何を言われたのか理解できなかった。困惑ばかりが胸の中に渦巻いて、口をついて出たのは「なんの謝罪だ?」と訊ねかける言葉。いやみでなく、なぜ跡部がそうするのか本当に分からなかったのだ。
「あァ?」
 跡部の顔が、不可解そうに歪む。そうしても元の美しさを損なわないのはすごいなと、この状況で的外れなことを考えた。
 ふと思い当たる。
「……跡部、まさかとは思うが、気にかけてくれていたのか、肩のこと。ずっと」
 跡部が頭を下げる理由などないが、思い当たるのはそれしかない。彼との試合で痛めてしまった肩のことを、謝罪しているのか。
「なっ……てめ……、気にかけるだろうが、普通は! テメェのその怪我は、元は俺がっ……」
 何を言っているんだと憤る跡部に、お前の方こそ何を言っているんだと言ってやりたい。肩を指してくる指先には見向きもせずに、手塚は跡部の瞳をじっと見つめ返した。
「跡部、言っておくがこの怪我は俺の責任だ。俺が選択した結果だろう。お前には関係ない」
 そう強く言い返した瞬間、さっと跡部の顔から血の気が引いたように見えた。そうしてから気がつく。これではまるで、拒絶のようではないか。
 そういうつもりではなかったのだが、硬直した跡部の表情をみるに、誤解させてしまったに違いない。
「いや、関係ないというのは語弊があるな。お前に責任はないと言いたかった」
 思っていることを言葉にする難しさを痛感する。こんな時テニスならば、簡単に伝わるのに、ラケットを握っていないと途端にこれだ。印象が悪くなってしまっただろうかと、胸が痛む。その理由を探したくはなかったけれど。
「……責任がねえわけねえだろ」
「ないと思うが」
「あるんだよ」
「ないと言っている」
 強情な男だなと手塚は思う。自分のことを棚に上げているのは気づかずに、どうあっても譲らないと言いたげに突き刺してくる視線を、同じだけの強さで押し返す。謝罪を受け入れられなくて戸惑っているようで、瞳が揺れていた。
 しかし事実として、跡部が直接手塚に何かをしたわけではない。無意識に肘をかばっていたせいで、肩に負担がかかってしまっただけだ。跡部に咎はない。
「……俺がテメェに対してできることはねえのか」
 跡部の苦しそうな声音が耳に届く。責めてさえいるようなそれに、手塚は「肩はもう治っている」と小さく首を振った。
「だが、リハビリのせいで練習時間は奪われただろう」
「それは仕方がない。跡部、本当に気にしないでくれ」
 対戦相手の怪我を気にするような男ではないと思っていたのに、また裏切られたようだ。義理堅いとでも言えばいいのか、それはそれで跡部景吾としての資質を損ねていない。
「逆の立場だったら、テメェは気にせずにいられるのかよ」
 問いかけられて、手塚はわずかに目を瞠る。それは、無理だ。
 真剣勝負とはいえ、相手の選手生命を絶っていたかもしれないというのに、一切気にかけないというのはできやしない。その沈黙を答えと取ったようだったが、手塚にも言い分はある。
「では逆の立場なら、お前は気に病んでほしいのか」
 跡部が一つ瞬いて、チッと舌を打つ。言葉として答えは返ってこなかったが、それだけで充分に伝わった。
 本意ではないのだ、お互いに。
 あの時試合を棄権しなかった手塚と、全力で迎え撃った跡部。
 お互いの責任――なんて格好つけたものではなく、ただ単に真剣に球を交わしたがった情熱だ。それで負った怪我に、どちらがどれだけ悪いということもないだろう。
「しかし跡部、そんなに心配したのなら、一度くらい顔を出してくれてもよかったんじゃないのか?」
 お互い連絡先は知らないが、跡部の財力と行動力をもってすれば、九州に飛ぶことなど造作もなかっただろうに。
 手塚はやんわりとため息交じりに責めてみる。跡部景吾が手塚国光の帰りを待つだけだなんて、らしくない。
「アーン? 俺様が見舞いに行ってやらなかったからって拗ねてやがんのか、手塚ぁ?」
 責めたはずが、返り討ちにあった気分だった。
 見舞いに来てほしいと思っていたのかと――今気づかされて、いたたまれない。いや、見舞いなどと大袈裟なものでなくて良かったのだ。顔が見たかった。
 ――――いやそれもおかしいだろう。なんで跡部の顔を見たがるんだ。
 やはり不可解な感情が渦巻いて、眉が寄る。テニスがしたいというならまだしも、〝顔が見たい〟という願望が先に出てきたのに困惑した。
「……まあ、テメェがそう言うんだったら気にしねえようにしてやる。できるだけな。けど力になれることがあるようならいつでも言ってこいよ。なんでもいいから」
「何でも……その方がお前の気持ちが軽くなるのなら、そうしよう」
「だから、俺がどうこうより、自分のためにって考えろよ。無欲なヤツだな」
 呆れた調子で肩を竦める跡部に、何を言っているのだと言ってやりたい。自分ほど強欲な人間はいないだろうにと。テニスがしたい。その欲は、誰よりも強い。
「……分かった。だがそれを要求しようにも、お前の連絡先を知らないのだが。個人的なことで氷帝に電話をかけるわけにもいかないだろう。都合が悪くなければ、何かしらの連絡先を交換しないか」
 流れに乗った形で、跡部の連絡先を求める。不自然ではなかったはずだ。そう思うと、跡部の提案はありがたかった。いきなり連絡先が知りたいなどと言っても、不審がられるだけだっただろう。
 跡部はハッと気がついたように目を瞬いて、「そうだな、構わないぜ」と端末を取り出してくれた。手塚もポケットから端末を取り出して、操作をしようとした。
 したが、やり方が分からない。
 なんてことだ。せっかく教えてもらえるのに、どうやったらここに登録できるのか分からない。
 青学テニス部のレギュラー陣は登録されているが、向こうにやってもらった――というか登録された形だ。自主的に登録しようと思ったのは、これが最初。
 手塚は気まずい思いながらも、一時の恥だと口を開いた。
「……跡部、すまない、やり方が分からないんだが」
 素直にそう呟くと、跡部はぽかんとした顔で見つめてきた。間抜けなものだと自分でも思うが、どうしようもない。跡部はクックッとおかしそうに肩を震わせて笑い、それでも手を差し出してきた。
「貸してみな」
 跡部は慣れているのだろうと、手塚は躊躇いもせずに顛末を手渡す。個人情報の塊であるにもかかわらずだ。しかし跡部景吾が妙な真似をするとは考えづらい。
 そう思って彼を見やると、ひどく優しげな表情ですいすいと画面をなでていた。そんな表情は見たことがなくて、息を呑む。
 ほわほわとしたむずがゆさを感じて、そっと顔を背ける。
 ――――コートの外では、そんな顔もするのか……。
 本当に跡部景吾のことを知らないのだなと改めて実感する。あの日の試合で彼を知ったような気になっていたけれど、ほんの一欠片に過ぎないのだろう。
「ほらよ。できたぜ」
「あ、ああ、すまないな、ありがとう」
 登録ができたらしい端末を返されて、手塚はホッとする。
 これでいつでも連絡が取れるのだと思うと、指先が落ち着かない。
「手塚、本当に……試合、出られるんだよな」
 険しい顔つきで、跡部が訊ねてくる。心配しているが、気に病むなと言われた手前、抑えているらしいその表情が、痛々しかった。
「肩は治ったと言っただろう。全国大会に支障はない。氷帝とも、準々決勝で当たるな。……楽しみだ」
 そう返すと、跡部が目を見開く。氷帝が、青学と当たる前に負けるとは思っていない。そう暗に含んだつもりだったが、明確に伝わったようだった。負けるつもりで挑む試合などひとつもない。それは、誰もがそうだろう。
「俺も、楽しみにしてるぜ、手塚」
 跡部が口の端を上げながらそう返してくる。ざわりと肌があわ立ったように感じられた。



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