No.591

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情熱のブルー-035-

情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19

#塚跡 #片想い #未来設定 #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー

 相手選手と労いの言葉を交わし合い、インタビューに答え、何枚もの写真を撮られる。いつまで経ってもこれ…

情熱のブルー,塚跡WEB再録

情熱のブルー-035-

 相手選手と労いの言葉を交わし合い、インタビューに答え、何枚もの写真を撮られる。いつまで経ってもこれだけは慣れることがないなと眉を寄せるが、こんな仏頂面でも絵的には欲しいのだろうか。
 監督やコーチ陣、チームのスタッフに礼を済ませ、シャワーを終えれば、もう祝勝会に行かなければならない時間帯だ。
 上位クラスを祝い労う会ということで、ベスト8あたりですでに参加は決められていたのだが、優勝を果たした以上断ることは許されない。
「クニミツ、ちゃんとスーツ用意してたんですね。祝勝会とか興味なさそうだったから、ヒヤヒヤしてたんですけど」
 スケジュールの管理をしてくれている付き人にそう言われて、間違ってはいないがと答えた。
「今も興味はない。だが、さすがに参加しないわけにはいかないだろう。スポンサーも多くいるのだし」
「いやホント良かったです……。さっ、早く着替えてくださいね。えーと予定では明日明後日はオフということですよね。それなら今日はハメを外されても問題ないですよ。ああ、一応常識的な範囲でお願いします」
 手帳をさっと取り出し、予定を確認してくれる。
 常識的な範囲で外せるハメとはいったいどの程度だ………? などと考えるが、今日はハメを外すつもりはない。いや、いつでもハメを外したことなどないのだが。
「ご友人とパーティーでしたっけ? 今日の試合も観戦してらしたようで」
「ああ、昔なじみを招待してくれたヤツがいるんだ。アイツには、本当に頭が上がらない」
 ふっと、口許が緩む。今回跡部が、なんと青学レギュラー陣をはじめとした友人たちをイギリスに招待してくれたのだ。観戦チケット付きで。
 彼らがあの観客席のどこで観戦していたのかは分からないが、そういえば跡部の傍に不二がいたなと今さら思い出す。氷帝のメンバーもいたようで、賑やかなことになりそうだと思った。
 跡部には本当に、世話になってばかりだ。
 いつだかの借りも全然返せていないのに、今日告げようとしていることは、恩を仇で返すことにならないだろうか。跡部にとって良いことではないはずだ。
 それでも、告げると決めたのだ。
 折れたりしないようにと優勝カップを手に入れることを条件にしてまでも。
 手塚は、祝勝会用のスーツに腕を通す。ダークブルーのこれは、跡部に選んでもらったもの。紳士服店に引きずられていったのはいつだっただろうなと思いながらタイを締め、ベストのボタンを留めてジャケットを羽織る。
 着慣れていないせいか違和感があるけれども、スーツに着られてはいないだろうか。鏡の前で出で立ちを確認し、髪を整えた。
「では、会場までお送りしますね。帰りも、いつでもお迎えにあがります」
「いや、大丈夫だ。帰りはタクシーでもなんでも使うから、今日はゆっくり休んでくれていい」
 車に乗り込み、付き人の運転で会場であるホテルにたどり着く。
 降りた途端にたくさんの記者に囲まれてしまったが、会見は別途開きますと押し切って、会場のホールに入った。顔見知りの選手やスポンサーもいて、おのおの好きなドリンクを片手に談笑をしている。優勝者である手塚にも、そこかしこから声がかけられた。
「おめでとうクニミツ! 君ならやると思っていたよ!」
「次こそ公式で対戦してみたいな。あの……なんだっけ、テヅカファントム? 破ってみたい」
「でも二セット目の中盤、凡ミスもあっただろ。甘いなクニミツ」
 次々とグラスが合わされる。もう誰とどんな言葉を交わしたのか分からなくなった。
 本来の開始時間である時刻に、主催者の挨拶と数名の筆頭スポンサーたちの祝辞が述べられる。立食形式のパーティーで、堅苦しいことはなかったが、やはり慣れない。
 ぐるりと会場を見渡すと、淡いグレーのスーツに身を包んだ跡部の姿が目に入る。
 彼の方は慣れたものだ。よそ行きの顔でにこやかに受け流しているように見える。
 跡部ともグラスを交わしたいが、ひっきりなしにやってくるスポンサーや他の選手たちのおかげでそうもいかない。
 跡部と話す時間はあるだろうかと、落ち着かなくなってきた頃、ふと跡部と視線が重なった。今がチャンスだと思ったが、また別の相手に話しかけられてしまう。
 その相手に視線をやってから再び跡部に視線を戻すと、跡部は察したように目で笑って指先で招いてくる。そうしてくれたのは嬉しいが、どうにも会話のきりが悪すぎる。
 どうしたものかと思っていたら、跡部の方から来てくれた。
「失礼、ミスター。彼、あんまり酒に強くないんですよ。少し休ませてやってもよろしいでしょうか?」
 手塚のグラスをひょいと取り上げながら、相手ににこりと笑う。よそ行きのものでも、向けられた相手が羨ましいなどと思っている場合ではない。
「ああ、こちらこそすまないね。ではクニミツ、本当におめでとう」
「ありがとうございます」
 割って入ってきた跡部に気を悪くすることなく退いてくれて、手塚は軽く会釈をした。そうして跡部に向き直る。
「跡部」
「ったくお前は、本当にしょうがねえヤツだな」
 言いながら、跡部は手塚から取り上げたグラスのワインを飲み干す。高潔でどこか潔癖にさえ見えるこの男がそんなことをするとは思わず、驚く。グラスをウェイターに渡し、ホールの隅に移動した。
「すまない、助かった」
「いいけどよ、別に。お前は滅多にこういう場所に出ねえから、あしらい方も身につかねえんだぜ。……手塚、優勝おめでとう」
「ああ、ありがとう。今回は絶対に……勝ちたかったんだ」
 ようやく跡部と言葉を交わせてホッとする。この期に及んで高鳴る胸は、この先も想いが消えていかないことを示していた。
「手塚、お前、このスーツ……」
 跡部の指先がついとスーツを撫でる。跡部に選んでもらったものだと気がついたようで、どうにも照れくさそうな顔をしていた。
「ああ、着る機会もないからいいと言ったのにな。だが、機会ができた」
「ほら見ろ、俺の言ったとおりだっただろうが。…………似合うぜ、手塚」
 誇らしげに見つめられて、こちらの方こそ照れくさい。好きな相手に選んでもらったというのがこんなにも嬉しくて恥ずかしくて幸せなものだなんて、初めて知った。
 このスーツは一生大切にしようと心に決める。
「……跡部、パーティーが終わったらでいい、時間をくれ。話がしたい」
 まっすぐに跡部を見つめて、頼む。この想いを告げて、前に進みたいのだ。
 そしてできれば、跡部も前に進んでほしい。叶わないと諦めるだけだなんて、そんなのは跡部景吾らしくない。せめて踏み出す勇気を与えられたらとも思った。
「ああ、そうだったな。あんまり遅くまではやらねえはずだから、どこか飲みにいくか?」
「いや、大事な話なんだ。できれば……」
「……他人には聞かれたくねえってことだな?」
 跡部は察しが良すぎる。言おうとした言葉を遮って先回りをしてくれる。
 ここまで気遣いの良さと察しの良さがあって、どうしてこの気持ちには気づかないのだろうか。もともとが思考の範囲外ということだなと、自棄にもなりかける。
「あー……、じゃあ、俺の部屋くるかよ?」
 跡部は人差し指で上を指す。このパーティー会場の上はホテルだ。
「ここに部屋を取っているのか」
「まあな。というか、年間契約してんだよ。テニスでも仕事でも、こっちに来ることが多いからな」
「………………お前が跡部だということを忘れていた」
 今大会の間だけというわけでなく、年間を通して部屋を契約しているとは。このホテルはそれなりに高級なはずで、恐らく高階層を契約しているのだろうと思うと、さすが財閥の御曹司である。
「テメェは毎度毎度……。ったく、この俺を捕まえてそんなことのたまうヤツはテメェくらいなもんだぜ」
 それは仕方がないだろう、と手塚は声に出さずに思う。手塚にとって跡部景吾は跡部景吾であり、御曹司という認識は薄い。尊敬するプレイヤーで、友人で、ライバルなのだ。
「じゃあ、終わったら部屋で飲み直そうぜ。俺はまだ、お前とグラスを合わせてねえ」
「……ああ、分かった」
「後でな。ほら、ちったぁあしらい方学んできな」
 ぽんと右肩を叩かれ、ホールへと押し出される。
 確かに跡部とばかり話していては不義理だ。約束は取り付けたのだからと前を向き、手塚は足を踏み出した。
 この夜が明けた後も、こんな風に話せる間柄でいられるだろうかと、諦めに似たため息を吐きながら。


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