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情熱のブルー-034-

情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19

#塚跡 #片想い #未来設定 #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー

 ウィンブルドン、準々決勝。手塚はネット越しに跡部を見つめ、ぐっとラケットを握り直した。 ――――奇…

情熱のブルー,塚跡WEB再録

情熱のブルー-034-


 ウィンブルドン、準々決勝。手塚はネット越しに跡部を見つめ、ぐっとラケットを握り直した。
 ――――奇しくも準々決勝、……だな。あの時は個人として相対できなかったが。
 中学三年の夏、全国大会でぶつかった時は彼との試合は実現しなかった。手塚は樺地と戦い、跡部は越前と戦った。
 あの時、気を失ってまでコートに立って在ろうとした高潔な魂を、今でも心の底から尊敬している。抱いてしまった恋情を、この時まで昇華することはできなかったが、相手が跡部景吾だからこそ、それさえ誇らしい。
 ――――今度こそ勝たせてもらうぞ、跡部。
 あの頃のようにチームは背負っていない。だが、それぞれ国やファンの期待を背負って今ここにいる。
 あの頃とはお互い髪型も変わってしまったが、向かってくる情熱は変わらない。向ける情熱は少しも変わらない。
 ぞくぞくとせり上がってくる何か。武者震いに似た歓喜で、指先が震えた。
 プレイヤーとして、人として惚れ込んだ相手とこんな大舞台で戦えることの幸福は、言葉にできそうにない。今この時にすべてを懸けてボールを打とう。たとえあの時のように、どれだけ長いタイブレークになろうとも。
「手加減はしねーぜ、手塚」
「加減などしてもらっては困る。本気のお前でなければ意味がない」
「上等じゃねーの!」
 ゴツリと拳を合わせて、跡部のサービスプレイで試合が始まる。速く、重い打球だ。それを返すと、跡部が目を見開いて楽しそうに口の端を上げたのが見える。
 当然ながら打ったボールも返されて、手塚も迎え撃つ。
 ざわりと、全身が総毛立つような感覚を味わった。
 これだ。この感覚だ。この男とでなければ味わえない――快感。
 いつも、いつでも、同じだけの熱量で交わし合える情熱が、魂を震わせる。
 観客席のどよめき。審判のコール。足元を撃ち抜くボールの音。ネット際に詰めた時の呼吸。そのすべてが、手塚の体をわななかせる。
 ボールを打つ。返される。受け止める。決めるつもりだっただろう球を、跡部に向かって返す時の高揚感といったらない。誰に言っても理解されそうにないが、きっと跡部にだけは分かるだろうと、返す一球一球に想いを込めた。
 この球を返せるのは自分だけだ。このボールを打ち返してくるのは跡部だけだ。
 テニスが好きだ。跡部景吾が好きだ。
 球を返すたび、想いが募っていく。誰よりも強くて美しいこの男と、ひとつの目的のために戦っている。
 ――――そんな幸運な男は、世界でたった一人、俺だけだろう。なあ跡部よ。
 歓声も、コールも、もう何も聞こえない。
 強いインパクト音と、コートを踏みしめる足音。隙を見逃すまいと射貫いてくる熱い瞳。悔しそうに歯を食いしばり、ボールに食らいつく執念は、さすが跡部景吾だと思った。
 観客たちが固唾を呑んで見守る中、やがて勝利の軍配は手塚の方に上がった。
「ゲームアンドマッチ! ウォンバイ手塚!」
 大きな歓声が沸き上がる。「ああ……」と呻きのようなため息のような声を上げて空を見上げる跡部が視界に入った。勝ったのだという事実よりも、終わってしまったのかという残念さの方が勝る。勝敗はあの日と真逆だが、最初に思うのは同じことだった。
「コングラッチュレーション。やっぱり強ぇな、てめぇは」
 跡部が手を差し出してくる。手塚はそれを握り返した。
「ああ、ありがとう。……良い試合ができて嬉しい」
 心の底からの本音を吐露したら、跡部がそれはもう嬉しそうに笑ってくれた。崩れ落ちそうになるのをどうにか我慢したら、跡部は握り合った手を高く掲げてくれる。あの日と同じように。
「次も、勝てよ、手塚」
 だがあの日と違うのは、まっすぐ目を見てそう言ってくれたこと。
 手塚はこくりと頷いて、跡部の手をぐっと握り返した。
 ――――跡部。俺はやはりお前のことが……好きで、仕方がない。
 そっと手を下ろし、ベンチへと向かう。応援してくれたファンへのサービスを忘れない跡部に歩み寄り、声をかけた。
「跡部、このウィンブルドンで俺は必ず優勝カップを手にする。そうしたら、少し時間をもらえないか」
「ん? ああ、それは構わねえけど……どうした?」
「いや、少し……相談したいことがある」
 また上手く言葉にできなかったと視線が泳ぐ。相談などではない。いや、言い方によっては相談になってしまうのかもしれないが、ただ告げたいことがあるだけだ。
 跡部は不思議そうな顔をしたが、やがていつものように笑ってくれた。
「いいぜ。お前のためなら、いつだって時間空ける」
「……助かる。ありがとう」
 多忙の身である跡部だ、無理かもしれないと思ったが、要望は受け入れてもらえてホッとする。それどころか最大級の友情を示されてしまって、複雑な気分でもあった。
「俺が時間空けてやるってんだから、これは絶対に優勝してもらわねえとなぁ? 割に合わないぜ」
「当然だ、俺は負けない」
「フフッ、楽しみじゃねーの」
 負けた後でも遺恨を残さない跡部の性格は、やはり好ましい。潔いというか、男らしいというか。この男に見合うような自分であれただろうかと、手塚は青い空を見上げた。


 あと一人。あと一人倒せば、念願の優勝カップが手に入る。ついにここまで来たと、逸る気持ちもあった。何しろ相手は優勝経験者でもある強敵だ。油断など一切できない。
 手塚もこれまでにそれなりの成績を収めて名も知られてきたが、優勝にはまだ早いのではないかと囁かれているのも知っている。
 望むものを手に入れるのに遅いも早いもあるかと思っているが、ベンチに座っていてさえさすがに圧倒されそうなオーラを放っている。
 しかし、手塚にとっても負けられない戦いだ。
 この観客席のどこかに、跡部がいるのなら、余計に。
 手塚は満席状態の客席をぐるりと見渡そうとして、すぐに止まった。
 ――――目立つな、跡部は。
 視界に、跡部景吾の姿が入ってきたせいだ。恋情を抜いても、跡部景吾の目立つ容姿はこんな時すぐに見つけられてしまう。
 観戦すると言っていたからいるだろうとは思っていたが、まさか一般席とは。彼ならロイヤルボックスでもなんでも手に入れられるだろうに、あえてその席なのは、臨場感を味わうためなのか。
 一瞬だけ、跡部と目が合う。跡部はそれに驚いたようで、手塚はすぐに視線を逸らした。
 無様な姿はさらせない。誰が相手であろうと、全力で叩きのめすまでだ。
〝勝てよ、手塚〟
 試合の後にそう言ってくれた声が、耳にまだ残っている。何よりの激励だ。
 ――――ああ、跡部。
 勝って、お前に想いを告げよう。
 手塚はそっと目蓋を落とし、精神を統一し、ぐっとラケットを握りコートへと足を踏み出した。


 さすがに、手強い。長いラリーになった。決めさせてくれない。
 こちらとしても、簡単には決めさせない。何しろ優勝カップがかかっている。手塚には、恋の決着という重要な事項もかかっている。相手にも重要で重大な何かがかかっているのかもしれないが、絶対に譲れない。
 歓声は、もはやどちらの応援をしているのか分からないほどだ。どちらかにポイントが入れば、沸き立つ。どちらかのボールがネットに引っかかれば、落胆する。いつまでも観ていたいと思わせるのだろうか。
 手塚自身、相手選手の執念と誠実さには驚いた。点が取れなくて向かう怒りの矛先は自分自身で、こちらではない。打たれるサーブの丁寧さに、心が躍る。さすがに何年も上位ランクを誇る選手だと、跡部を相手にするときとはまた違った高揚感が湧き上がってくる。
 負けられないのはどちらも同じ。球を交わすことで、知るものがある。これだからテニスは止められないのだと、好戦的な気持ちが這い上がってきた。
 苦しい。息が続かない。腕は上がるが、グリップを握る力が落ちてきたように思う。
 それほどに長い時間、試合を続けていた。
 打った球が、相手の足元を撃ち抜く。悔しそうに歯を食いしばる表情から、次は簡単に取らせてくれないだろうというのが分かる。だが、だからこそ焦りは禁物だ。
「マッチポイント……!」
 ひそひそと囁かれる声が聞こえる。小さなその声が聞こえるほどに、観客席は固唾を呑んで見守っているということだ。
 ――――あと一球。あと一球だ。
 この一球に、すべてを懸ける。手塚は深く息を吸い込み、吐き、高くトスを上げた。
 パァン! と銃声のようなインパクト音。
 弾丸のように打ち込まれた球は相手コートで跳ね、そのまま後ろのスポンサーウォールに激突して落ちた。
 その壁に記されたものが跡部グループのものだったのは、偶然だったのか、無意識に狙ってしまったのか。
「ゲームアンドマッチ、ウォンバイ手塚!!」
 審判のコールが成される。
 手塚はぐっと拳を握りしめ、感極まって空を見上げた。
 ――――勝っ……た……勝ったんだ、俺は……!
 審判は手塚の名を呼んだ。間違いではない。優勝という栄冠を手に入れた。
 ワアアァッと歓声が沸き起こる。拍手も、大雨のような音を奏でていた。
 そんな中で、一際透き通る音が聞こえた。
「手塚ァ!!」
 手塚は思わずその声を振り向く。この大歓声の中、なぜたった一人の声を聞き分けられたのだろう。
 いや、なぜかなんて、そんなことは分かりきっているのだが、彼が呼んでくれたことが、言葉にできないほどに嬉しかった。
 跡部はぐっと握った拳を掲げてくれている。
 応えるように、手塚もゆっくりと拳を掲げた。どうしても口許が緩んでしまうのは、仕方のないことだった。


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