No.574

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情熱のブルー-018-

情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19

#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー

 手塚の予想通り、試合の相手は樺地だった。対戦相手のプレイをコピーする能力は本当にすごい。その上パワ…

情熱のブルー,塚跡WEB再録

情熱のブルー-018-

 手塚の予想通り、試合の相手は樺地だった。対戦相手のプレイをコピーする能力は本当にすごい。その上パワーもあり、器用な選手だと思っていた。
 このオーダーに跡部の思惑がどれだけ絡んでいるかは分からないが、少しも関わっていないわけはない。やってくれるな、と唇を噛みたかったが、そんなことより勝つことだけを考えたい。
 ――――俺は負けない。次の試合に進むのは俺だ、跡部。
 雨が降る。ひどい降りになってきて、グリップを濡らす。予報通りではあるが、こんなに強い雨になるとは思っていなかった。だが審判のストップがかからない以上、ゲームは続いている。
 跡部はベンチで、自軍の勝利を信じている。サーブ権が移ってボールを握っていると、突き刺さらんばかりの視線を感じた。ぐっと唇を引き結んで集中する。体が熱くなるのは、目の前の勝利を渇望しているせいだ。跡部の視線を受けているせいではない。
 テニスは、テニスだ。
 そこに他のどんな感情も挟みたくない。ラケットを振り抜いて、雨を切る。思い描いたラインとわずかにずれて眉を寄せた。
 樺地の重い打球が返ってきて、受け止める。いつもと違うインパクト音が、集中力を削いでいくようだ。だが、負けるわけにはいかない。
 恋情を認識してしまったからこそ余計に負けられない。恋にうつつを抜かして負けたなどと、誰が許すものか。自分自身が、いちばんに許せない。
 跡部景吾は恋をするに値する男だが、だからといってテニスを疎かにはできない。したくない。
 跡部がテニスに懸けている想いも知っているから、こちらも同じ熱量で打ち込む。
「なんか……関東大会とは別の意味で鬼気迫るものがあるっすね……」
「自分の技コピーされてさえ冷静なのに、熱いっていうか、すげえゾクゾクする」
 あれが青学(オレたち)の部長なのかと囁くベンチ。
 雨はより激しさを増して、眼鏡に水滴が張り付く。だが構っている暇などなかった。集中だ、と心の中で呟いて、グリップを握り直す。樺地も、濡れて滑る手をユニフォームで拭っている。よし、と手塚は小さく頷いた。樺地の能力は本当にすごいが、危うさもある。
 関東大会でもそうだった。打ち合い合戦に発展して、結局はノーゲームになったのだ。すべてをコピーできるとは思わない。自分自身の技ならば天候にも左右されず予期せぬ出来事にも対処できるだろうが、コピーでそれは無理だ。
 案の定、樺地は雨天の中では他人の技をコピーしきれず、手塚は勝利を収めた。
 氷帝ベンチを見やれば、鋭く睨みつけてくる跡部景吾の姿。それはふいと逸らされて、ずきりと胸が痛む。あくまでもライバル校の部長としてしか見てもらえていない。それが分かるから、勝利を収めても手放しで喜ぶことができなかった。
 次のダブルス戦は、雨のため次の日に持ち越しとなってしまった。モチベーションを保つのが大変になってくるが、この雨ではどうしようもない。負けん気の強いメンバーは氷帝を挑発し返していたが、決定は覆らない。
 跡部が、ゆっくりと歩み寄ってくる。ラリーしていた時のような気安さは一切なく、ただこの大会を勝ち進むための矜持が彼を包んでいるように見えた。
「明日まで生かしておいてやるぜ」
 すれ違う際、そう投げかけられた。まるで悪役のそれだ。馴れ合いは必要ないと言わんばかりの視線で、ここ数日のやりとりはなかったかのように振る舞われるが、挑発のつもりならば無駄なことだぞと言ってやりたい。
 手塚はもう、跡部の優しさを知っている。真摯さを知っている。
 どれだけ乱暴な言葉を吐こうが、胸の奥の炎は消えはしないのだ。
 だが、こちらも部員たちの手前親しく言葉を交わすわけにもいかない。すれ違った跡部の背中をじっと見つめて、唇を引き結ぶだけに留めておいた。試合の決着がつくまで、自分たちはあくまで対戦校の部長同士でしかないのだと。
 ――――心臓が痛い。面倒くさい相手を好きになってしまったな……。
 跡部でなければもっと楽だったかもしれない。間にテニスがなければ、もっと恋に身を燃やせたかもしれない。
 だけど自分たちの間にテニスがない状況など想像もできなくて、苦笑するしかなかった。
 テニスがあったから跡部景吾を知れた。テニスを通して跡部景吾に惹かれた。それは否定しようがない事実だ。手塚は、テニスに懸けてきたこれまでを二重の意味で感謝に値するものだと思った。
 すべてを懸けられるものに出逢った。初めての恋を捧げる相手を見つけられた。
 想いを告げることはないだろうが、この感情をどうにかコントロールして傍にいたい。テニスでつながっているという事実が、不謹慎にも嬉しかった。


 中断を経て翌日に持ち越された試合、シングルス1。
 幾度も、幾度も、自分があのコートに立っていたいと思った。また強さを増した越前とも球を交わしたかったし、さらに技が磨かれた跡部ともボールを打ち合いたかった。
 腕が揺れて、そのたびに拳をぐっと握る。テニスがしたいという純粋な思いと、跡部と打ち合いたいという不純な恋心が交互に、時には同時にやってくる。どうやって抑え込めばいいのだろう。
 長いタイブレークになった。関東大会で手塚と繰り広げた試合よりも激しい応酬だ。
 固唾を呑んで見守るベンチの部員たち。ポイントを取れば歓声が上がり、点を取られれば悔しがる。ただ、手塚の耳にそれは入っていなかった。
 ぐっと拳を握りながら、ただ二人の間を飛び交うボールを追う。越前の小さな体を追う。跡部の揺れる髪を追う。
 ――――跡部……!
 真剣な表情に惹かれる。必死な顔に心が揺れる。
 部長として越前の勝利を信じ願わなければならないのに、がむしゃらにラケットを振るうこの二人の試合を、いつまでも見ていたいと思った。それは奇しくも、関東大会で周りが思っていたことと同じだった。
 こうしてコートの外から見ていると、跡部がどれだけの努力をしてその位置にいるかが分かる。一朝一夕でつく技術ではない。
 何よりも、どんなボールにも食らいついていくメンタルの強さは見習いたい。勝つことへの執念がオーラとなって見えるようだ。
 氷の王とは言うが、とんでもない。逆に熱すぎるくらいだ。
 心臓が締めつけられる。大事な試合の最中にこんなことを考える自分が嫌で嫌で仕方がない。青学の勝利だけを考えろと何度も心の中で言い聞かせるのに、厄介な恋情が邪魔をしてくる。
 だけど、この感情を不要なものとはしたくない。
 跡部景吾を好きになったことを、余計なものだとはね除けて、彼の価値を下げたくない。もっともらしいことを言っているだけだとも思うが、もう事実は事実として受け入れるほかにないのだ。
 跡部に向かっていくこの想いは、確かに手塚の中に在る。それを乗り越えられないで、過酷なプロの道へ進むことなどできない。
 この厄介な想いさえ糧にしてやろうと、手塚は腕を組んで試合を見守った。
 どちらも退かない。汗の量も多く、心配にもなってくる。
 意地で振り抜かれるラケット、相手コートに運ばれるボール。もうどちらに勝利の軍配が上がってもおかしくない。事実上の決勝戦なのではないかと思うほどだ。
 正直、越前がここまで強いとは思っていなかった。跡部がここまで勝ちにこだわるとは思っていなかった。読み切れなかったなと不甲斐なく思うのと同時に、テニスがしたいと強烈に思う。
 ――――勝ってこい、越前。さらに突き進むお前を見たい。
 ここで勝てば準決勝に進める。自分も試合に出られるし、あの小さな体から繰り出される技の数々をもっと見たい。だがそれは跡部の敗北をも意味していて、複雑だった。
 跡部と、一瞬だけ視線が重なったように思う。気のせいかとも思ったが、あの鋭い青を見間違えるはずもない。越前と対峙していてさえ敵対視されているのかと思うと、なんとも言えない。集中しろと怒ればいいのか、それとも嬉しがってしまっていいのか。
 ――――跡部、本当に厄介だな、お前は。
 八つ当たりのようにさえ思いながら試合を見守っていたが、激しい疲労から倒れ込んだ二人を見た際には、さすがに目を瞠った。
「リョーマくん!」
「越前!」
「越前っ……」
 コートに倒れた二人の肩が、腹が、荒い呼吸で激しくうごめく。体内の水分も随分と流れてしまったことだろう。どちらが先に立ち上がり試合を続行するのか。勝敗の行方はそこにかかっている。
 手塚は揺れる心を隠し歯を食いしばりながら、じっと二人の様子を眺めた。
 果たして、最初に体を起こしたのは――跡部だった。
「跡部……」
 思わず、小さく名を呟く。
 試合終了のコールが成されない限り、そこに立ち続ける姿に、ぞくりと背筋が震えた。
 ――――跡部、もしかしてお前もあの時、こんなふうに感じたのだろうか。
 続行不能かと思われたあの試合、跡部は手塚がコートに戻るのを待っていた。手塚もまた今、跡部が立ち上がるのを待っていた。勝利の二文字に対する意地と執念を、ここで改めて知ることになる。
 そうして、少し遅れて越前も立ち上がった。試合続行だ、と湧き上がるベンチ。
 手塚はひとつ瞬き、気づく。恐らくは手塚がいちばん早くそれを知っただろう。
「――気を失って尚君臨するのか、跡部よ……」
 跡部はコートで気絶していた。立ったまま、だ。
 それでもコートに立って在ろうとする跡部景吾に、身震いした。畏敬の念さえ感じる。跡部景吾はこういう男なのだと、どうしてか手塚が誇らしく思う。
 越前がサーブを打ち放っても、やはり微動だにしない。ポイントはそのまま越前の勝利を意味し、青学の準決勝進出が決定した。
「やったー! おっチビー!」
「越前! やったな!」
「リョーマくんお疲れ様! すごいよ!」
 駆け寄っていく部員たち。手塚は安堵と喜びと残念さが混じった思いで息を吐く。
 越前がバリカンを取り出し跡部の髪を刈り始める。なぜ手元にバリカンがあるのだという疑問はさておき、止めておこうと足を踏み出した。跡部が言い出したこととはいえ、見過ごせない。
 それは他の部員たちも同じだったようで、まあまあと越前をなだめてくれる。そこでようやく意識を取り戻した跡部が、髪のことに気がつき、「おいもうちょっと上手くやれ」などと言っている。言うべきことはそれなのかと眉を寄せたが、変な禍根はないようで安心してしまった。跡部の表情がさっぱりとしたものだったのは、それだけ越前との試合で完全燃焼できたということなのだろう。
 もとより真剣勝負、誰を恨む道理もない。
 互いに礼をした後、数秒だけ視線が重なった。心音は聞こえなかっただろうが、触れたくなる思いを必死で押し殺す。
 次の試合に備えなければと手塚は前を見据え、重なったその視線を断ち切った。


#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー