No.571

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情熱のブルー-015-

情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19

#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー

「いよいよ明日だね」「ああ、油断せずに行こう」 明日からの全国大会、出場するレギュラーメンバーは決定…

情熱のブルー,塚跡WEB再録

情熱のブルー-015-


「いよいよ明日だね」
「ああ、油断せずに行こう」
 明日からの全国大会、出場するレギュラーメンバーは決定した。
 桃城は関東大会の際にレギュラー落ちした悔しさをバネに、しっかりと心身を創り上げてきたし、菊丸も持久力を高めた。海堂や乾、越前、河村も、それぞれの技をさらに磨いてきた。もちろん、涼しい顔をして隣にいる不二周助もだ。
 しかし、手塚には気がかりなことがあった。
「……大石のこと、気にしてるのかい、手塚」
「…………そうだな」
 治りきっていない怪我を抱えたヤツを出すわけにはいかないと、大石は肩の故障を乗り越えた手塚に挑んできた。そうして、自身の手首の怪我が治りきっていないことを皆の前で示したのだ。
 そうされてしまっては、大石をメンバーに加えるわけにはいかない。気持ちとしてはどうあれ、ごり押しすることは部長としてもできなかった。
「ベストメンバーで臨めないのは残念だよ。英二、大丈夫かな……」
「大石と菊丸のことは、俺たちが口を挟むべきではないだろうな。ダブルスのパートナーというのは、他より絆が深くなる」
 片付けをしている部員たちを見守りながら、手塚は眉間に深くしわを刻んだ。
 大石が出られないとなると、青学最強の黄金ゴールデンペアのオーダーはなくなる。それはかなりの痛手だが、パートナーとして過ごしてきた菊丸の悔しさは、中学最後の大会を欠場せざるを得ない大石の無念さは、そんなことよりもずっとずっと深いのだろう。
 自分に何ができるだろう。
 いや、何もできない。せめて大石が会期中に復帰できることを祈り、勝ち進んでいくしかない。
「気持ちを切り替えて挑むしかない。不二、お前も明日に備えて自身の調整をしておいてくれ」
「うん、もちろん。ボクだって負けるつもりはさらさらないからね」
 涼しい顔をして不敵なことを言う。確かにこの男が負けるところは想像がつかないなと、手塚は無言で頷いた。
「君はこれから自主練かい?」
 コートの片付けを見守り、部員たちがちりぢりに帰宅していくのを見届けた後は、それぞれ明日のために気持ちや体の調整を行う。リラックスできる環境で、体に無理のないよう過ごすというのは、竜崎スミレの方針でもあった。しかし不二は、手塚がこのまま帰るつもりではないことを見抜いている。
「ああ。この後、跡部と打ち合う約束をしている」
「…………え? 跡部と?」
 馬鹿正直に暴露してしまった。不二は目を見開いて驚き、絶句しているようだった。
 それはそうだろう。全国大会が明日へと迫ったこの大事な時に、対戦校の部長とテニスだなんて。
「ちょっと待ってよ手塚。跡部とって……どうして……だってリハビリから帰ってきた日もだったんじゃないの」
「そうだな。良く思われないのは理解している。俺もお前の立場だったら、なぜだと問いかけただろう」
 初戦は氷帝ではないとはいえ、勝ち進めばすぐに当たる。そんな状態で連日テニスをすれば、問題にもなってくるだろう。疲労という話ではない、プレイスタイルを体感されてしまうのだ。それが勝敗に影響し、命取りになるかもしれない。
 もともと仲の良い相手と研鑽を積むというのならまだ話は分かるが、跡部とは親しくなどない。ここ数日でようやく人並みに会話をするようになっただけの相手だ。
「データを抜かれるようなヘマはしない。というか、そのリスクはお互い様なんだ」
 ヘマはしないと口にして、言葉に詰まりそうになった。昨日跡部が放った言葉と同じだったせいだ。そんな些細なことにさえ反応してしまうのは、昨夜見た夢のせいだろう。
 後ろめたい。この後逢う約束があるのに、用事ができたと言って反故にしてしまいたい。顔を合わせづらくて仕方がない。
「あえて言うけど手塚、部長だっていう自覚はある? 規律を乱すなって言う君が、まさかそんなことをしてるなんて。みんなに示しがつかないんじゃないのかな」
「………………そうだろうな」
 このまま、今日は逢えないと連絡してしまおうか。不二の言うように他の部員たちに示しもつかないし、明日に備えてたまにはゆっくり休養するのも手だろう。
 だけど、スマートフォンを取り出してみても指先が動かない。アプリを立ち上げて履歴から数文字打って送信するだけだというのに、少しも動いてくれない。
 ――――……逢いたい……。
 逢うまいと思えば思うほど、その気持ちは大きくなっていくようだ。
 手塚は潔く諦めて、『今から向かう』とだけ送信した。
 元々昨日した約束だ。守りたい。跡部に用事があるならまだしも、おかしな感情がわき上がるからとこちらから約束を破ることはしたくない。すぐに既読の印がついたことに、胸が鳴る。『俺もこれから行くぜ』と短く返されて、口許が緩みかけた。
「えっ……」
「すまない不二。約束なんだ」
 他校の部長との逢瀬。手塚は責められる方を選んで、足を踏み出した。
「手塚っ、ちょっと待っ……うそ、よりによって……」
 目を見開いた不二が、戸惑ったように言葉を発していたが、振り向くつもりはない。止められたところで、この足は約束の場所に向かっていくのだから。
 テニスがしたい。その気持ちだけでいい。一歩踏み出すごとに逸る心臓のことなど、考えないでいいはずだ。
 顔が見たい。声が聞きたい。名を呼んでもらいたい。
 そんなおかしな感情は、胸の奥底にしまい込んでいなければ。
 明日から大会が始まるのだし、跡部とのテニスはウォーミングアップのようなものだ。手塚は無理やりそう考えて、眉間にしわを寄せながら歩いた。


 跡部より先に着いてしまったようで、あの目立つ姿が見えなかった。少し落ち着く時間ができたと思おうと、深く息を吸い込む。跡部を前にして、普通でいられるだろうか。
 ――――あの夢は忘れよう。いや、忘れなければならない。誰にも言えないものなど、良いことであるはずもないんだからな。
 吸い込んだ息を吐き出して、まだ頭の中に残る夢を一緒に吐き出す。もともとそう性欲の強い方ではないと思っていて、あんな夢は自分が望んだものではない。
 よりにもよって跡部を性の対象にするなど、赦されることではないだろう。知られたら、絶対に張り倒される。いつも通りにしていなければ、跡部の眼力(インサイト)によって見透かされてしまう。
「ま、待たせて悪いな、手塚」
 そんなことを考えているうちに、跡部が来た。どこかでホッとしたが、おかしいとも感じてしまう。
「いや……俺も今来たところだ」
 この違和感はなんだろうと、じっと跡部を見つめる。そうして気がついた。声をかけられてこれまで、視線が一度も重ならない。
 いつもは鬱陶しいくらいにまっすぐ見つめてくる瞳が、伏せた目蓋に隠れていたりあさっての方向を向いていたりと、跡部らしくない。
 何かあったのかと訊くべきなのか、それとも何も気づかない振りをした方がいいのか。つい先日連絡先を交換しあったばかりの間柄とは、どこまで踏み込んでいいものだろう。
「何してんだ手塚、ぼーっとしてると俺が勝ちをさらっちまうぜ」
 それでもラケットを握ればいつもの跡部景吾になっていて、手塚は目を瞬いた。
「そう簡単にできると思うな、跡部」
 手塚もラケットをぐっと強く握り、跡部からのボールを受けるためにコートで構える。黄色いボールが空を切る音が、徐々に手塚の神経を研ぎ澄ましていくようだ。
 このボールを、明日は誰が受けるのだろう。憎たらしいほど返しづらいところに打ってくるこの球を、誰が、どれほど真剣に跡部に返すのだろう。
 今回の大会で、跡部と試合をすることはないだろうと、手塚は予感していた。チームとして勝ち進むためには、不要な組み合わせだ。全国大会に出られるのは本当に嬉しいが、望む試合ができないのは歯がゆい。
 怪我で出られない大石にしてみたら、パートナーを欠いた菊丸にしてみれば、なんて贅沢で傲慢なことかと思うだろう。
 彼らは今どうしているだろう。部長として、もっとしっかり話を聞いてやるべきかもしれない。だが彼らのことは彼らに任せた方がいいのではとも思う。
 人の心の機微というものは複雑だ。ただでさえ表情が表に出にくいのに、自分が出しゃばっても、いいことにはならないかもしれない。


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