華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.572
情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19
#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー
そんなことを考えていたせいだろうか。打ったサーブを跡部にスルーされた。返せないコースではなかったは…
情熱のブルー,塚跡WEB再録
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そんなことを考えていたせいだろうか。打ったサーブを跡部にスルーされた。返せないコースではなかったはずだ。眉間にしわを寄せたら、ネットの向こうの男は腰に手を当てながらこちらを睨みつけてきた。
「止めだ止めだ、手塚ぁ!」
「……なぜだ」
「なぜだも何もあるか。テメェ全然身が入ってねえじゃねーの。そんなヤツと打ったって意味がねえぜ」
ラケットを下ろし責め立ててくる跡部に、見透かされた焦りと苛立ちが、手塚のラケットをも下ろさせる。
「お前に言われたくはない。今日は、逢った時からおかしかった」
「なっ……」
そう指摘してやれば、跡部はカッと頬を赤らめたように見えた。手塚はわずかに目を見開く。今の言葉のどこに、頬を染める要素があったのか。見間違いかとも思ったが、レンズ越しに見る彼の顔は、赤い。
「俺様のことはどうでもいいんだよ! テメェそんな調子で明日からの全国は大丈夫なんだろうなぁ!」
誤魔化すようにラケットで指される。手塚にとってはどうでも良いことではないのだが、気分は削がれてしまった。
「問題はない。俺自身はな」
そう返しながら、ベンチへと向かう。気がかりはなにも跡部のことばかりではない。
明日からの全国大会、思い描いていたメンバーでないのはやはり、まだ納得しきれていないのだ。
「あ? ……なんだよ、青学のヤツらに何かあったのかよ。おい手塚」
追って、跡部もベンチへとやってくる。怪訝そうな顔に、不安が混じっているのが見て取れた。彼も、ライバル校には全力であってほしいのだろう。手塚は悔しげにぐっと拳を握った。
「大石が……試合に出られない」
「怪我か? そういや関東大会も……ウチ相手に急造コンビでやりやがってくれたな」
跡部が苦笑する。その急造コンビに氷帝自慢のダブルスが敗れてしまったことを思い出したのだろう。手塚はそれに頷いた。
跡部がひとつ瞬き、気の毒そうにわずかに視線をずらす。その視線は、手塚の左肩に向かっていた。
「そりゃ……悔しいだろうな。練習中に痛めたのかよ?」
「いや、子どもが産まれそうな妊婦さんを助けた時にらしい。手首では、致命的だ」
すぐに治ると思っていたが、その予想は外れてしまった。痛みがどれほどのものか手塚には分からないが、自ら怪我が治っていないと示してくるあたり、根深いのだろう。
無理をして試合に出て、相棒である菊丸に迷惑をかけるわけにはいかないと思ったに違いない。
「なんだそりゃ……。大石らしいと言えばらしいのか。だがな手塚。そんな情報を俺様に教えちまっていいのか? 黄金アのオーダーはないってことだろうが。テメェに部長っていう自覚はあんのかよ」
跡部は隣に腰をかけ、揶揄するようにも投げかけてくる。
部長としての自覚というのは不二にも言われたが、誰よりもあるつもりだ。対戦校の部長とこんなふうに打ち合っていて言えることではないかもしれないが、青学テニス部を束ねる者として大会に臨む自覚と誇りは持っている。
「……どうせすぐに知れ渡るだろう。それに、跡部のところと当たるのは順当に行けば日程的には明後日だ。対策はできる」
「ああ……偵察か。氷帝はセキュリティ的に無理だが、そっちは入り込み放題だろうしな」
「大石が納得している以上どうしようもないんだが、やはりベストメンバーで臨めないのは悔しいな。俺などより、ダブルスを組んでいた菊丸の方が無念さや憤りは大きいだろうが……もしかしたらそれが、先ほどのプレイに現れていたかもしれない。すまなかった」
そればかりが理由ではないけれど、せっかくの貴重なトレーニング時間を割いてくれている跡部に、不誠実だった。
思い悩んでいることを、この時間にぶつけるべきではなかったのだ。呆れられてしまったかもしれない。
「いや……いいさ。それだけテメェには重要なことなんだろ。メンバーを大事にしてる証拠じゃねーの」
だが跡部は呆れるでも怒るでもなく、静かな瞳で見つめてきてくれる。
すべてを受け止めて包み込むようなその凪いだ瞳に、手塚はゆっくりと瞬いて、正面に向き直ってこくりと頷いた。
ほんのわずかなやりとりの中で、メンバーを大事にしているなどと言われてしまって、胸の辺りがむずがゆい。
言葉にしたことはないし改めて考えたこともないのに、跡部の言葉はするりと入り込んでそこに落ち着いてしまう。自覚していなかった心の機微を拾い上げて、それでいいのだと肯定してくるのは、懐の広さなのか、余裕なのか。
跡部景吾の器の大きさを改めて認識したような気がする。
――――……俺は、この男を抱いたのか。夢の中で。
昨夜の生々しい夢を思い出す。指先に、髪の先に、鼻先に口づけたあのいっそ悪夢のような時間。
――――そうか……。
手塚はそっと目蓋を落とした。
――――もういい、認めてやろう。どうやら俺は、お前のことが好きらしい。
諦めにも似た思いだった。
恋情より先に劣情をはっきりと認識してしまったことが情けないが、どちらにしろ延長線上にあるのだ。先か後かは関係ない。
手塚国光は、跡部景吾に恋をしてしまった。
ずっと跡部のことが頭から離れなかった理由が分かった。顔が見たいと思ったのも、連絡先を知りたいと思ったのも、すべてこの感情につながっていたのか。
答えを明確に自覚して安堵するのと同時に、後ろめたい。
ライバルとして接してくれているのはさすがに分かる。肩のことを心配してくれるのも、発破をかけるように言葉を投げかけてくれるのも、好敵手として認識しているからだ。
それなのに、こちらは不埒な想いを抱えてしまった。跡部に知られたら、テニスにそんな感情を持ち込むなと張り倒されそうだ。
純粋にテニスを楽しみたい。もっと強くなりたい。高みへ、頂点へ。
そう思っているのは確かに本音なのに、恋情など抱いてしまった自分が不甲斐ない。
ちらりと想い人に視線をやれば、どうしてか頭を抱えていた。
「……どうした、跡部」
頭を抱えたいのはこちらの方だと思いながらも声をかけると、ため息にまじって「なんでもねえよ……」と返ってくる。手塚は跡部のように、些細な言動から読み取ることなどできやしない。何か悩みがあるのかと聞いてやりたいが、この男が簡単に弱みを晒すとは思えない。
それは彼の強さでもあるし、まだ跡部の信頼を勝ち取っていない証拠でもあった。
――――歯がゆいな……。だがこれ以上親しくなるわけにはいかないだろう。跡部には、眼力で見透かされそうだ。
たったあれだけのやりとりで、自身でさえ気づかなかった根幹を見抜いてきたのだ。手塚の中の恋情など、すぐに気づいてしまうだろう。それは避けたい。
これが女性であれば、想いを告げていたかもしれない。テニスが第一であることから交際は難しいかもしれないが、想いだけは知っていてほしいと。そうした方が、いつまでも思い悩むよりテニスに集中できそうな気もした。
だが、相手が跡部景吾では駄目だ。何をどうしたって、受け入れられるはずがない。
こちらをライバルとしてしか見ていない男が初恋の相手だなんて、難題過ぎる。いっそプロになる方が楽な課題ではないかと思うほどだ。
いくら跡部でも、同性にこんな想いを抱かれているなど、気持ちのいいものではないだろう。整った顔をしているし、他にも似たような想いを抱いている男もいるかもしれないが……と、そこまで思って、腹立たしさで止めた。
跡部をよく知りもしない男がそんな感情を抱くんじゃないと、自分自身よく知りもしないのに身勝手なことを考える。
もっと知りたいと思う反面、これ以上跡部景吾という男を知りたくないとも思う。何を知ろうと、恋情に加算されてしまうからだ。拒絶されるのが目に見えているのに、これ以上想いが大きくなるのは避けたい。この想いを知られることも避けたい。上を目指していくだろう跡部を煩わせたくないとも思う。
ならば、隠し通すしかない。生涯をこの距離で、好敵手としてやり過ごしてみせる。
それが唯一、初めての恋に対してできることだ。
手塚はゆっくりと息を吸い込み、同じ量だけ吐き出した。
「なかなか上手くいかねえもんだよなぁ、手塚ぁ」
ぼそりと呟く声が耳に届く。大会のことだろうか。ベストメンバーで臨めないことを指しているのかもしれない。
「そうだな。だが、上手くいきすぎてしまったら、それは自身の成長を止めることになってしまうだろう。俺は……青学オレたちは、必ず乗り越えてみせる」
「同感だが、勝利をいただくのは俺が率いる氷帝だぜ」
「いや、負けるわけにはいかない」
「ククッ、負けず嫌いなライバルを持って嬉しいぜ。俺様の進化の糧にしてやるよ」
ライバルだと、明確に言葉にされてしまった。それは嬉しくもあるし、恋に気づいた今はむなしくもある。まったく上手くいかないものだ。
だが、したたかに笑いながらラケットを握った跡部に胸が躍った。
「手塚、もう一ゲーム付き合いな。俺様も気合いを入れ直すぜ」
「ああ、俺から言おうと思っていたところだ、跡部」
まっすぐに向かってくる不敵な視線を見つめ返して、改めて確信する。
――――好きだ。跡部。
馬鹿馬鹿しいほどに、感情のすべてが跡部に向かっていく。
テニスに懸ける想い、初めての恋、ともに高みへと向かう衝動。
サービスを譲られて、打ったボールはエースを取られた。きっとどこかで加減してしまったのだろうと己を叱咤しながら、高揚してくる気分を球に込める。夕焼けの色が、燃える炎のようだった。
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