華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.566
情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19
#塚跡 #片想い #ウェブ再録 #シリーズ物 #情熱のブルー
顔が熱い。その熱を認識した直後、ハッとする。わずかに上がった右手は、どこに向かっていたのか。 跡部…
情熱のブルー,塚跡WEB再録
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顔が熱い。その熱を認識した直後、ハッとする。わずかに上がった右手は、どこに向かっていたのか。
跡部の肩を抱こうとしたか、それとも髪を撫でようとしたか。定かではないが、彼に触れるためだったことに気づいて困惑した。
――――俺は、何を。
支えなければならない状況ではない。触れなければいけない場面でもない。それなのに、なぜこの右手は下ろすことを躊躇っているのだろう。
「俺様としたことがつい熱くなっちまったぜ……。今日はもう切り上げるぞ、手塚。二時間以上も打ってりゃテメェも満足しただ、ろ……」
跡部が、そう言いながら顔を上げる。さっと右手を下ろしたことには、気づかれていないといい。
思っていたよりも近い距離にいたことに気づいたのか、跡部がわずかに体を強張らせた隙に、手塚は顔を背けて眼鏡を押し上げた。
「五―四でお前がリードしている状態だな」
「そこは目をつむれよ。お前のためを思って言ってやってんだろうが」
お前のためというのがどこまで本音か分からないが、今これ以上心音が大きくなったら気づかれる。
何にどう気づくのかと言われたら明確な答えが出てこないが、きっと良いことではないはずだ。
そんなことを考えていたら、勝負に納得がいっていないと思わせたらしく、「次は今の続きから」と返される。それでも跡部は負けるつもりなどないのだろう。それは手塚だって同じことだ。
だが、次があるというのは嬉しい。跡部と打ち合うのは、やはり有意義だと感じていた。ならば今日はこのくらいにしておくべきかと、帰り支度をすることにした。跡部はと思って横目で見やると、グリップの状態を確認している。
「お前はまだ帰らないのか」
「ああ、もう少しだけな。気をつけて帰れよ手塚」
そう言ってフレームを撫でる跡部は、本当にテニスを大切に思っているのだと分かる。気遣って投げられる言葉にも、やはり律儀な男だと思わせた。
「今日は付き合わせてしまって悪かったな。だが、いいプレイができたと思う」
「そりゃ何よりだ」
ふっと笑う跡部に、手塚はひとつ目を瞬く。肩の力が抜けていくような妙な感覚に襲われた次の瞬間、息の止まりそうな衝撃に身を強張らせた。
――――……は……?
三秒。
――――いや、馬鹿な。
浮かんだ思いをさっと振り払って、言わなければいけない言葉があるのに気がついた。
「……跡部」
「……なんだよ?」
怪訝そうに見返してくる。気づかれたのだろうかと思うが、そんなはずはないなと心の中で否定をして、躊躇いつつも口を開いた。
「俺は言葉にすることが不得手だ。しかし、やはりちゃんと言っておかなくてはいけない。お前には感謝している」
「…………アァン?」
跡部は怪訝そうに歪めた顔をさらに不審げに傾げたが、それにさえ胸がおかしな音を立てる。
そんなわけはないと何度か否定しているのに、音は秒を重ねるごとに鮮明になっていく。
「何を寝ぼけたこと言ってんだ、手塚ァ。俺はお前に恨まれる覚えはあっても、感謝される覚えはこれっぽっちもねえぞ」
寝ぼけたことを言うなと言うのは、こちらの台詞だと手塚は思う。肩の怪我は跡部のせいではないと何度も言ったのに、何が〝恨まれる覚えはある〟だと。
やはり、言葉にして良かったと苛立ちさえ覚える。この先ずっとそんなふうに思われていたのでは、たまったものではない。
「お前とのあの試合、俺にとっては無二のものだ。自分があれほどまでがむしゃらになれるとは思わなかった。お前が全力で向かってきてくれたからだろう、跡部」
跡部が目を瞠る。息を呑んだようにも感じられて、もしや同じ思いでいてくれたのだろうかと気がつき体が熱を持った。
「俺はまだ、上を目指していける。ここで立ち止まっていたくない。そう思わせてくれた。相手がお前でなければ、俺はどこかで諦めていただろう。負けたくない、最高のプレイがしたい。それに応えてくれた」
言葉を飾っているつもりはない。すべてが心の底からの本音だ。正直、跡部でなければ肘を庇ったプレイをすることもなかったし、結果として肩の痛みを我慢してまでコートに戻ることはなかった。このボールを逃したくないという思いだけで、あんなにがむしゃらになれるなんて。
プロへの道が見え出したことで、どこか達成感のようなものさえ感じていた自分が恥ずかしい。まだ上に行ける。まだ道が前にあると、あの試合を通じて知った。跡部が教えてくれたのだ。
「お前と試合ができて良かった、跡部。お互いの都合が合えば、また打ち合おう」
言いたいことはすべて言い終わったとばかりに、なぜか硬直している跡部をそこに残し手塚はコートを後にする。
建物を出て左に曲がり、駅の方角へと足を向ける。
跡部と打ち合った建物から三メートル、五メートル、十メートルと離れるにつれて、歩調が速くなった。
――――待て。
手塚は混乱していた。顔が熱いのは、つい先ほどまでテニスをしていたからだ。体が熱いのも、テニスのせいだ。
――――待て、ちょっと……待ってくれ、頼むから……なんでだ……!
うめきが漏れそうな口を左手で覆って、タ、タ、と足を踏み出す。顔の熱は温度を増したようで、さらに困惑した。
心臓はうるさく音を奏でて、視線が泳ぐ。危うく電柱にぶつかりそうになって、慌てて足を止めた。止めたそこで、再度足を踏み出す気力がなくなる。
ド、ド、と心音だけが手塚の耳に届き、思考を濁らせた。
そんなわけがない。そんなわけがないのだ。
あの男は好敵手であって、それ以下ではないし決してそれ以上であってはならないのに。
――――違う。違う、違う、絶対にだ……!
特別な相手ではあるが、まさか、そんな。
好きだなんて、そんなことあるわけがない。
ガンガンと頭を鈍器で殴られてでもいるような衝撃が煩わしい。手塚はその場で深呼吸を繰り返し、なんとか思考をクリアにしようと務める。
――――跡部だぞ? 俺もアイツも、男だ。通常はその……恋、というものの対象から外れているだろう。アイツとはただテニスがしたいだけであって、そういう……恋愛方面の話にはならないはずだ。
冷静に、極めて冷静になろうとして、話に聞く恋愛というものとは違う面を探してみる。
まず第一に同性であって、自分がそういった性指向の持ち主だとは考えつかなかった。かといって女性に興味があるかといえば、この年頃の男子にしては薄いような気もする。だが同性に恋愛的な興味などあるわけもなかった。
――――恋というものがどんなものかは分かっている……つもりだが……経験がないから、勘違いしているんだろう。そうに違いない。そうでなければ、よりにもよって跡部をそんな対象に据えるわけがない。馬鹿馬鹿しい……!
確かに、跡部景吾に対する印象があの試合からこれまででガラリと変わってしまったことは認めよう。そのギャップからくる勘違いに決まっている。好感は持っているが、性愛につながる感情などではない。
跡部景吾との間にあるのは、テニスだけで充分だ。そうだ、テニスができた喜びで頭と体が混乱しているのだろう。
手塚は目を伏せて、開け、唇を引き結んで足を踏み出す。こんな余計なことを考えている場合ではない。間に合ったからには全力で大会に挑まねばならないのだと、前だけを見据えた。
ドキンドキンと鳴る心臓には気づかない振りをし、寸前に浮かんできた気安く笑う跡部の幻を見なかったことにして。
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