華家
-HANAYA-
好きなものを好きな時に
No.585
情熱のブルー,塚跡WEB再録 2023.03.19
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なぜお前が膝をついているんだ。 視線の先に、ラケットを支えにして膝をつく跡部の姿が見える。 U―1…
情熱のブルー,塚跡WEB再録
favorite いいね ありがとうございます! 2023.03.19 No.585
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なぜお前が膝をついているんだ。
視線の先に、ラケットを支えにして膝をつく跡部の姿が見える。
U―17W杯。手塚は、ドイツチームの代表としてプレ杯に出場していた。プロになる最低条件として、このチームの代表として好成績を収めることを出された。その初戦の相手が、ダブルスとはいえ跡部景吾とは。何か宿命めいたものを感じてしまう。
だが、なぜ跡部は膝をついてこちらを見上げているのか。
汗が落ちる。荒い吐息が空気に落ちる。視線が下に落ちる前に、手塚は口を開いた。
「どうした跡部。いつまで膝をついているつもりだ」
叱責ではなく、落胆ではなく、憐憫でもない。
――――俺はここにいる。跡部、お前は。
待っているなどと言うつもりはない。追ってこいと言うつもりもない。ただ、今ここにいるのだと彼の脳に植え付けてやりたかった。
膝をついている暇などあるのか。純粋な疑問ですらあった。跡部景吾がまさかそこで立ち止まるわけはないだろうと、ゲームが終わった後そっと手のひらを重ね合わせただけの跡部を見つめた。
あの男はまた強くなるのだろう。正式に対峙できるのはいつのことか分からないが、そう遠い未来でもないはずだ。
楽しみにしていようと、久しぶりに至近距離で邂逅した想い人の青の瞳を胸に刻んだ。
一人で自主練か、とその男が訪ねてきたのは、日本戦を翌日に控えた日のことだった。
単身敵陣に乗り込んでくるなんて、怖いもの知らずな男だなと思う。そもそもこの男――跡部景吾に怖いものがあるのかどうかは知らないが。
――――また、魂の輝きが増したような気がする。
自主トレに付き合ってやると高飛車にラケットを突きつけてくる跡部は、日本で一緒にいた時よりも大人びたように見える。先日のプレ杯の時とは比べものにもならないくらい、美しいオーラをまとっていた。
――――何があったのか知らないが、迷いが晴れたようで何よりだ。
手塚は跡部の挑発を受けて、ラケットのフレームをガツリと合わせる。
「では、トレーニングと呼べるほどには相手になってもらおうか」
「減らず口を叩きやがるぜ」
楽しそうに口の端を上げる跡部は、明日の試合には出場するのだろうか。オーダー次第では彼と当たることも……と考えかけて、その可能性は薄そうだと目を細めた。
ボールを打つ。返される。互いの間を行き来する回数が増えるにつれて、打球が重くなっていく。変わっていないと思ったが、強くなった。眼力インサイトを極めたのかと、ゾクゾクするほど強い視線に射貫かれる。
だがそれは、手塚とて同じこと。ドイツに行って、指導を受けて、日本にいた頃より格段に強くなったはずだ。
あの日、自分自身と跡部に恥じない己でいようと決めたように、常に上を目指している。
ボールに回転をかけ、自分のところに戻ってくるように仕掛けた。
「……!?」
目を見開く。ボールの軌道が変えられた。いや、本来たどるはずだった軌道に戻ったと言うべきか。
「手塚ゾーンはもう飽きたぜ」
跡部が手で顔を覆う仕草をする。これは偶然などではなく、跡部が意図して戻したのだと気づいた。手塚はそのボールを跡部に強く打ち返す。しかし、それがもう一度こちらに返ってくることはなかった。ゾーンを打ち破れて満足げな顔をして、跡部はボールを視線で追うこともせずにラケットをネットに立てかける。
「明日のドイツ戦、キサマと戦いたいヤツが多くてな。プロへの足踏みしないためにも、せいぜい気をつけな!」
「誰と戦おうと、俺は勝つ」
「アーン? その言葉、ようやく自分のために戦えてんのかよ。楽しみだぜ」
手塚は確信した。明日の日本戦、跡部と試合をすることはないのだと。
オーダーに組まれていれば、跡部がわざわざドイツの選手村へ来てまでこんな挑発をすることはないのだから。
自分の十八番が破られたのは悔しいが、それが跡部だったことに感謝はしようと思う。誰に破られても悔しいのなら、跡部がいい。
「それはそうと手塚、ウチとお前んとこの試合終わったら夜の予定空けておけよ」
「……なんだと?」
手塚はいったい何を言われたのか分からず訊き直す。予定を空けておけとはどういうことだ。まさか、逢えるというのだろうか。しかも夜に? と怪訝に思って眉を寄せて小首を傾げた。
「各国の選手集めて勝負しようと思ってんだよ。テメーも付き合え」
「勝負……それは試合ではなくということだな?」
「ああ。全国大会の準決勝後にもやっただろ、焼き肉の。決着つかなかったが。今回は世界大会バージョンで勝負するぜ」
「肉でか」
呆れ果てた。確かにあれはトラブルが発生して決着も何もなかったが、それをこの大舞台でもやるとは、いったいどういう神経をしているのか。
――――予定を空けろと言うから、何かと思えば。
いつだか跡部が言った〝言動に気をつけろ〟という言葉をそっくりそのまま返してやりたい。何度思ったことだろう。期待をしたわけでもないが、しなかったわけでもない。突拍子もないことを言い出すのは変わっていないのだなと、大きくため息を吐いた。
「監督陣からも許可はもらってんだ。各国の代表とも、連絡は取ってる」
「その発想力と行動力にはいつも驚かされるが、俺も参加しなければならないのか? できればトレーニングをしたいんだが」
「野暮なこと言うんじゃねーよ。それに、テメェは俺の共犯者だ。ヘリに乗って大会の様子を見守る側だぜ」
手塚は目をぱちぱちと瞬いた。
共犯者というポジションを喜んで良いのかどうか分からないが、一緒にヘリに乗って様子を見るだけならば、乾特製のおかしなものは飲まずにすむ。何より跡部と過ごす時間が増える。その誘いに乗らない手はなかった。
「……そういうことなら構わない。お前が暴走しないように見張っておかないとな」
「言うじゃねーの。じゃあ決まりだな。試合終わったら連絡する」
「分かった。だがまずは明日の試合だな。誰が相手だろうと手加減はしない」
「当然だぜ」
テニスと焼肉バトルは別物だ、と跡部は笑う。
そうだ、テニスに懸ける想いと跡部に向ける想いは別のものだ。手塚国光という男の中で前に突き進む二つの線ではあるものの、決して重なることはない。この想いが一方的なものであるのと同じように、それぞれただ一点だけを目指している。
跡部は帰る準備をし始めてしまっていて、少し寂しく感じてしまう。明日また逢えるというのにだ。
「跡部、少し待っていてくれないか。その……不二に返しておいてほしいものがある。連絡を受けていたのを忘れていた」
「アーン? おいテメェら、よりによってこの跡部景吾を使いっ走りかぁ?」
「どうせ同じホテルにいるんだからいいだろう。待ってろ」
ふてくされたような顔をする跡部を尻目に、手塚は部屋に戻る。エレベーターの中で、愕然とした。あんな?をついてまで、跡部との会話を引き延ばしたかったのかと。
それにしたってもう少し上手いやり方があるだろうに、不器用にも程がある。不二をダシに使ってしまったことは、今度詫びておこう。
手塚は空のCDを片手に戻り、ちゃんと待っていてくれた跡部に手渡す。
「すまないがよろしく頼む」
「フフッ、お前、俺様に借りばっか増えてくじゃねーの」
「必ず返す」
「バァーカ、冗談だ。その端末もドイツ行きの手配も、テメーへの餞別だったんだからよ。言ってなかったが、……元気そうで安心したぜ、手塚」
まただ、と手塚は目を細めた。またこの、優しい声音。
この声を聞くたびに胸が締めつけられて、腕の中に抱き寄せてしまいたくなる。距離ができてこの声を聞くこともなくなって、落ち着いたと思ったのに、全然だ。むしろ距離があったからこそ久しぶりの音に想いは強くなる。
「……ああ、お前も」
そう返す声は震えていなかっただろうか。不自然ではなかっただろうか。「じゃあ明日連絡する」と言って背を向けた跡部を見送って、手塚はスマートフォンにそっと口づける。
逢えてよかった。迷いの晴れた瞳を見られて良かった。
そうして見上げた空は、あの日のような鮮やかな青をしていた――。
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